防壁
森の前方で上がった悲鳴は叫び声となって広がり、エリゼウは厳しい表情を浮かべた。
左右に傭兵団を散開させ、エリゼウの隊は後方から付いていく形だった為まだ被害はない。
「歩兵隊は前方で壁を作れ、魔法士は何時でも反撃出来る体勢にしておけ」
即座に陣形を告げたエリゼウは、隊を把握できる場所まで退いた。
悲鳴に交じり草を鳴らす音が近づいてきていた。
それはまるで群れを成した蛇が狩りをするようであった。
前方に広がっていた音はエリゼウの隊に向かって収束し、草木を揺らして襲い掛かってくる。
「来るぞ」
草の中から現れた黒い物は固い音を立て盾に弾かれた。
ひらひらと舞う黒い物に向け、魔法士が炎の魔法を放つ。
普通の炎とは違い対象だけを燃え上がらす炎に、黒い物はめらめらと燃え上がった。
エリゼウが得ていた情報は、傭兵団のそれとは違いかなり信憑性の高いものだった。
森の民の一人は、髪の毛を自在に操り、その強靭さは剣をも弾く。
弱点は燃やす事、それもただの炎では森を燃やす事しか出来ない。
その為の魔法士であり、壁の役を果たす歩兵隊であった。
エリゼウにとって傭兵団は使い捨てであり、こちらの状況を有利に持っていく的だ。
その為、情報も噂の域を出ない程度しか知らないだろう。
魔法士は貴重なのだ。
今回の進軍でもエリゼウを含め五人しかいない。
黒髪の攻撃を盾で挫き、炎で追撃するも防御の体制は崩さない。
森の民は森から逃げるものは追わず、森に侵入するものだけを責め立てる。
ならばそこに居座り続け攻撃が利かないと分かれば、本格的に撃退するために本体が身を現すはず。
もしくは、本体を見つける手が見つかると読んだ上での作戦である。
新たな黒髪が現れ、燃え上がった黒髪を断ち切ると草の中へと引いていった。
「次はどうでる」
楽しんでいるかのように笑みを浮かべたエリゼウは杖を構え直おした。
杖の先端にある魔法石が怪しげに青く輝く。
草の音が高まり、三方から姿を現した黒髪はさらに角度を変え襲い掛かった。
そのどれもが盾に弾かれ、次の瞬間には燃え上がっていく。
傭兵団とは違い、鍛え抜かれた歩兵が防御に徹すれば隙はない。
次に現れた黒髪は上空からだった。
前後左右を固めている盾では防ぎようがない。
しかし、黒髪は見えない壁に阻まれ、角度を変えて地面に突き刺さった。
上部に魔法壁を張る完璧なる防御の陣。
燃え上がる黒髪の中で、エリゼウの笑みはより残忍な形となって表層に現れていた。