狩場
黒い森は阿鼻叫喚の巷と化していた。
音もなく黒いものが首や手足に巻き付き、悲鳴を伴って藪の中へ連れ去っていく。
遠くで上がる悲鳴は別の部隊のものだろう。
視界の悪い場所で広範囲に広がり、探索していたのが裏目に出た。
「固まれ!」
オルバスの元に男達が駆け寄り円陣を組む。
既に十人を満たない小さな陣に、オルバスは舌を鳴らした。
「動くものがあれば確認せずに斬れ」
簡潔にすべきことを伝える。
混乱の中にあってもオルバスの指示は的確だった。
周囲に視線を張り巡らし、草の揺れを剣で薙ぎ払っていく。
男たちの周りの視界が倒れた草木で埋まるころには、悲鳴は消えていた。
代わりに荒い息遣いが疲弊してきていることを感じさせた。
今も其処此処で黒いものが走り回ってる。
緊張は抜けない。
この状態で時間だけが過ぎていけば、全滅しかないだろう。
「来た道を一気に駆け抜けろ」
一旦引き対策を立てた方が状況は好転する。
今回の行軍の無計画さにオルバス達は、逃げるしか道はなかった。
視界の隅に動きを見てオルバスは剣を振り下ろした。
草を刈り黒いものに当たると、それは固い感触を剣に伝えた。
「今だ!」
オルバスの掛け声と同時に男達が走り出したが、道を塞ぐように左右から黒い物が伸び男達に迫る。
慌てて先頭の男が剣を突き、固い音を立てた。
無情にも剣は半場から折れ、近くの地面に刺さった。
男達の目の前に開けていた道は、既に黒い壁が出来ている。
出足を挫かれ、諦めの表情を浮かべる男達の頭上から追い打ちをかけるように黒いものが垂れると、首に巻き付き三人が上空に攫われていった。
「上か!」
顔を上げたオルバスは足首に何かが巻き付く感触と共に地面に倒され、草の中に引っ張られた。
後方で悲鳴が上がっていたが、オルバスには為す術がなかった。
草の中を凄まじい速さで引き刷られていく。
咄嗟に掴んだ蔓も、掌に熱を残すだけで役に立つことはなかった。
足首に巻き付いた物を何とかしなければ逃げることはできない。
剣を突き立てればと振り上げた手に剣はなく、眼前に現れた倒木にオルバスは強かに顔を打ち付けた。