追い人
「クロフォードさん、本当に行くのかい」
カウンター越しに声をかけるおばちゃんの前には、黒髪の男が座っていた。
日が天から見下ろしているというのに、この男は何処から見つけて来たのか酒の瓶を傾けている。
それも、これから村を出ようというのにだ。
昨日の騒がしさが嘘のように酒場は伽藍としていた。
村を占拠した男達は朝方、物資と数人の見張りを残し森へと入っていった。
日常へ戻ったとは言えないが、男達が出て行った事で村人は胸を撫で下ろしている事だろう。
「行先が同じなら人数が多いほうが安全でしょ」
最もらしいことを言うクロフォードに何か違う気がして曖昧に返事をすると、おばちゃんは改めてクロフォードの姿を一瞥した。
クロフォードの姿は昨日と同じ洋装に大きな鞄が増えただけだ。
旅人というには身軽すぎると誰もが思う。
持っている武器といえば、獲物を裁く小刀。
鎧に身を固めているわけでもなく、布の服に膝下まであるコートのようなものを羽織っていた。
その全てが黒一色である。
クロフォード曰く黒が好きなだけらしいが、この男は冗談なのか本気なのか判別が難しい。
「すぐに戻って来れるの?」
どこか親しみやすさを感じて老婆心が出てしまうということは誰しもあることだ。
「すぐかもしれないし、数日……数か月もあり得るか。まあ、そのうちこの村に寄ることもあるさ」
他人事のように答えるクロフォードに、おばちゃんは眉根を寄せる。
「さて、行きますか」
まるで近場に出かけるような口調だった。
クロフォードは颯爽と立ち上がると脇にあった鞄を担ぎ、笑顔を残し出て行った。
「本当に大丈夫なのかしら」
クロフォードの身を思い、おばちゃんは言葉とともに重い息を吐いた。
クロフォードは、男たちが踏み固めていった草の道を軽い足取りで歩いて行く。
この道を辿っていけば傭兵に追いつくだろう。
道が出来上がってる分、追いつくことは容易いはずだ。
草の上を滑るように足を速めたクロフォードの姿は、たちまち森の緑に溶けていった。