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封の旅人  作者: 空閑 漆
【黒い森】
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行軍前夜

 グルニア王国、最北端に位置する小さな村イオニス。

 森の中にある簡素な村であるが、木の需要があるために細々と生活できるくらいには流通がある。

 少し北にいけば、そこは黒い森と言われる広大な森林があり、人が立ち入ることはない。

 名産や観光地としても特筆するものはなく、木こりの住む村としてあるだけだった。


 その村が今夜は違った。

 鎧に身を固め、ぎらつく目を方々に放つ粗野な男達に占領されていた。

 一目で傭兵団と知れる男たちは我が物顔で村を練り歩き、村人たちはそれを家の隙間から覗き見るのだった。


 村に招かざる来客が訪れたのは、日が森の木々に隠れようとする夕刻だった。

 見たこともない大量の物資が村に運ばれ、村近くに野営地として天幕が建てられていく。

 村人たちは事態を飲み込めず困惑するしかなかった。

 戸惑う村人たちを落ち着かせ、事態を収拾しようと村長が天幕の中央へ向かう途中で、身形の良いローブの男が現れた。

 村長としては村人に体裁を見せる事が出来れば良かったのだろう。

 それなりの身分の者であると分かった村長は足を止めた。


「これだけの大群でこの小さき村へ押し寄せて、村人達も畏怖しております。落ち着かせる為にも、事情を説明してはいただけぬか」

「この村を一時、物資保管地とさせてもらう」


 有無を言わさぬ男の態度に村長は一瞬気押されたが、背を向ける男の後ろから迫る村長に、男は国の命であると答え振り返りもせず歩き去った。

 村長が知れたのは一介の者が知れぬ何事かが起こるという事だけだ。

 村人達はただ成りを潜め、早々に事態が収まるのを願うばかりだった。


 村人達が我先にと家に引き篭っていく中、酒場の主だけはそうもいかなかった。

 今夜はここで夜を明かすのだろう男達が、次々と酒場へやって来たからだ。

 店にあった酒はすぐに尽き、持ち込んだ酒を片手に店の前で勝手に酒盛りを始めるが、注意できる者はいない。

 小さなカウンターの席は埋まり、いくつかあるテーブルにも男達の下卑た笑いが張り付いている。

 壁を背に床で飲み食いする男もいた。

 料理はまだ残ってるらしく、忙しそうに走り回るおばさんを一人の男が呼び止めた。

 カウンターの隅で男たちが店に来る前からいた男だ。


「今夜は大繁盛だな」


 状況が分かっていないのか男は暢気に言う。

 黒髪で顔の上半分を隠した男の口元には笑みさえ見える。

 この状況でなぜ平然としていられるのかという顔で曖昧に答えたおばさんは、空いたグラスを抱え店の奥に入っていった。

 酔った男の一人がその様子を伺っていた。

 ふらふらと立ち上がり、黒髪の視線を塞ぐようにカウンターに肘を付く。


「なんだ、お前は」


 酔ってはいるが凄みを帯びた声だった。


「ただの旅人ですよ。三日前にここに立ち寄ってね」

「その割には軽装じゃねえか」


 宿に荷物を置いてるとはいえ、大抵は最低限の装備はしているものである。

 その装備によって剣士、格闘家、魔術師など大方の見立てができる。

 しかし、黒髪は小刀を腰に差しているだけだ。


「逃げるには軽装が一番」

「面白れぇこと言うじゃねえか」


 口の端を歪に曲げた酔った男だったが、目は笑っていなかった。


「やけに殺気立っているようなので、僕は帰ろうと思う」


 気押されたという感じもなく、黒髪はゆっくりと立ち上がる。


「ちょっと待て、こら」


 肩を掴み座らせようとした男の手をすり抜け、雑多の酒場を障害物がないかのように入口へと歩いていく。

 入り口で振り向くと黒髪は軽く会釈をして出て行った。


「オルバス隊長、何者ですかありゃ」


 出ていくまでに数人が黒髪に手や足を伸ばしたが、こともなげに搔い潜り、何事もなかったかのように歩き去っていく黒髪を男達は唖然として見送った。


「逃げるのが上手い、ただの旅人だとよ」


 口の端を歪めたオルバスは、黒髪が出て行った入り口を睨む。

 その先には夜の闇が広がっていた。

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