テレーゼとジェイドのデート大作戦! 2
「こんにちは、ジェイド! デートについて教えて!」
「こんにちは、テレーゼ様。もうちょっと説明をお願いします」
「了解よ」
穏やかな騎士は、突然やってきたテレーゼにも紳士的に対応してくれた。
休憩中らしいジェイドを見かけたのは、城の使用人用の廊下だった。今は昼食の後で、テレーゼやジェイドと同じように食事の後で短めの休憩を取っている者たちが多いので、知人同士が廊下で立ち話をしていても奇異の目で見られることはない。
ジェイドは興奮気味のテレーゼをどうどうとなだめると、通行人の邪魔にならない柱のところまで案内してくれた。
「それで……デートについて教えて、とはどういうことでしょうか」
「うん、それがね……」
テレーゼは、「リズベス」という名は使わないようにして一連の事情を説明した。
だが、話を聞いたジェイドは目を瞬かせ、「ひょっとして」と小首を傾げる。
「それはひょっとして、リズベス・ヘアウッド嬢のことでしょうか」
「うっ……そ、その通りです。あの、できたら内緒にしてね」
「もちろんです。それに、別にあなたのしゃべり方が不審だから気づいたとかではありませんよ」
ジェイドはしゅんとなったテレーゼに向かって柔らかい笑顔で言い、そして少し困ったように頬を掻いた。
「実は……先日私も同じような相談を受けまして。だからあなたの話を聞いてピンと来たのですよ」
「ジェイドも? あっ、まさか――」
「はい。……ライナスが、どのようにして恋人をデートに誘えばいいか聞いてきたのです」
なるほど、とテレーゼは頷いた後、ジェイドと視線を合わせる。
おそらく今、二人が考えていることは同じ。
「……相談相手、間違ってますよね」
「まさにそれ」
硬派なジェイドに、ぶっ飛び令嬢のテレーゼ。
おそらくライナスやリズベスにとって、「近くにいて、相談に乗ってくれそうな人」ということで選んだのだろうが、もう少し恋愛上手そうな人にすればよかったのではないかと思われてきた。
(……ま、まあかくいう私も、ジェイドに相談しているもんね!)
ライナスのことも馬鹿にできず、テレーゼはごまかすように咳払いした。
「えーっと……うん、それで、ジェイドはライナスに城下町散策に誘ってはどうかって提案したのね?」
「ああ、ライナスは本当にその通りにしたのですね。……城下町なら開放的ですから、リズベス嬢も緊張せずに散策できるかと思ったのです。リズベス嬢はともかく、ライナスはまだ酒を飲める年齢でないので、デートの王道とはいえバーに行かせることもできませんからね」
「ああ、確かにそうね」
アクラウド公国で飲酒が許されるのは十八歳からなので、来年十九歳になるテレーゼやリズベス、二十一歳のジェイドなら大丈夫だが、まだ十六かそこらのライナスには早い。
となると確かに、ジェイドの言うとおり明るいうちににぎやかな大通りを散歩するというのがリズベスたちにとってもベストだろう。
ふと、テレーゼは背の高いジェイドを見上げる。
「……ジェイドってもしかして、思ったよりも恋愛に慣れている?」
「まさか。私は見ての通り、仕事一筋の無骨な男です。ただ姉がおりますので、私自身に経験はなくともある程度の知識は備えています」
「なるほどね……それならよかったわ」
「えっ?」
ジェイドの言葉にほっとしつつ、テレーゼは気持ちを切り替えて手を打つ。
「それじゃあ、私たちには何ができると思う? リズベスはかなり悩んでいたようだし、ライナスも若いから戸惑うことも多いと思うわ」
「……そうですね。でしたら……こういうのはいかがでしょうか」
ジェイドは手袋を嵌めた手を持ち上げ、自分の顔の横で人差し指を立てた。
「私はライナスのことを、あなたはリズベス嬢のことをよく知っています。だから、私たちで事前に彼らのデートプランを考えてみるのです」
「私たちで?」
「はい。こういう場所ならライナスが気に入りそう、こういう店ならリズベス嬢が気に入りそう、というのを事前に調査するのです。それをもとに私はライナスにプランを提案し、あなたはリズベス嬢に当日の服装や携行品などのアドバイスをするのです」
なるほど……と、テレーゼはジェイドの言葉を頭の中でじっくり考えてみる。
こういうデートでは、男性が女性をリードするのが理想だとされている。ライナスはリズベスより二つほど年下だが、彼の性格を鑑みても、「たとえ年下でも、自分が恋人をリードしたい」と思うはずだ。
あまり他人に心を開かないライナスだが、ジェイドの言葉なら素直に聞き入れるだろう。ジェイドが「こんなデートはどうだ」と提案すれば、きっとそれを参考にするはず。
そしてテレーゼはそのデートプランをもとに、リズベスにアドバイスができる。事前にプランを教えてしまうとライナスの面子を汚すことになるだろうが、「食事に行くかもしれないから、こんな服がいい」とか、「ちょっと歩くかもしれないから、ヒールが低めの靴がいい」など、やんわりとアドバイスできるはずだ。
「それはいい案だわ! じゃあリズベスたちに先立って、まず私たちが一緒にデートの下見をすればいいのね!」
「……確かにそうですが」
この案を思いついたのはジェイドのはずなのに、なぜが当の本人の方が気まずそうにしている。何か、案に不備でもあったのだろうか。
テレーゼが首を傾げて待っていると、やがてジェイドは躊躇いながら口を開いた。
「……テレーゼ様。その、あなたは、私と一緒に城下町を散策するおつもりなのですね」
「違うの?」
驚いてテレーゼは聞き返した。
そしてこれまでの自分とジェイドの発言内容を一生懸命思い出し――なるほど確かに、ジェイドは「私たちでプランを立てましょう」とは言ったが、「一緒に出かけましょう」とまでは言っていない。彼としては、「二人がそれぞれ都合の良い日に出かけ、後日情報のすりあわせをする」つもりだったのかもしれない。
(……ひょっとして私、かなり大胆なことを言っていた!?)
これではジェイドが困惑するのも当然である。
それはいけない、とテレーゼはぶんぶん首を横に振り、ジェイドに詰め寄った。
「あの、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの!」
「いえ、お気になさらず――」
「私、ジェイドの気持ちを考えていなかったわ! 私一人、勝手に一緒に行く気になってわくわくしていて……ごめんなさい」
「わくわくしていたのですか?」
そう問うてくるジェイドの声は、少しだけ裏返っているようだ。
「ええ。リズベスたちのためではあるけれど、ジェイドと一緒にお出かけなんて仕事以外ではなかったし……勘違いしてしまったの」
「いえ、それなら嬉しいばかりですよ」
そう言ってジェイドは頬を緩め、自分の失言でちょっと落ち込んでいたテレーゼの背中を優しく撫でてくれた。
「私も、テレーゼ様とご一緒できるなら嬉しいです。……テレーゼ様。今度、デートプランを考えるために私と一緒に散策に行きましょう」
「えっ、いいの!?」
「もちろんです」
「嬉しい! それじゃあ、ジェイドがお休みの日をまた教えてね! 楽しみにしているから!」
ジェイドから色よい返事をもらえて、テレーゼはほっとした。
そのときちょうど、昼休み休憩終了間際の鐘が鳴った。
(よし、それじゃあ午後からも頑張ろう!)
ローズブロンドをお下げにしたテレーゼが、機嫌良く去っていく。
ジェイドは最初こそ、そんなテレーゼの背中を優しい眼差しで見送っていた。だが彼女の姿が人混みの中に完全に消えてしまうと、ふっと表情を消す。
「……本当に、あの方は。無意識なのがたちが悪い」
柱に寄り掛かり、ふーっと長い息を吐き出したジェイドの耳がほんのり赤い原因はきっと、この寒さだけではないのだろう。
天然衝撃発言