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令嬢、大公と話をする

 無事食事会を終え、リトハルト家の五人は帰路に就くことになった。

 最初はかなり緊張した様子の両親も、食後のお茶を飲みながらぽつぽつと大公やリィナと話ができるようになっており、去り際の表情も穏やかなものになっていた。


「……はあ、なんだかちょっと疲れちゃったわ」

「お疲れ様です、お姉様。お姉様も、いろいろと気を遣ってくださりありがとうございました」


 家族を見送りリィナを部屋まで連れて行く道中、二人は顔を見合わせてくすっと笑う。


「ああ、ばれちゃった?」

「ええ。きっと女官の眼差しでこの場をご覧になっているのだろうな、と思っておりました」

「あはは、そのとおり。……ああ、お腹いっぱい。料理、おいしかったね」

「そう、ですね……」


 何気なく話題を振ったのだがリィナの言葉の切れが悪く、テレーゼはさっと隣を見る。


(……リィナ?)


 立ち止まって顔を覗き込むと、リィナははっとしたように目を瞬かせた後、誤魔化すように微笑んだ。


「いえ、何でもありません。わたくしもお腹がいっぱいになったので、今日はゆっくり眠れそうです」

「……うん」


 嘘だな、とテレーゼは気付いた。

 リィナは案外嘘をつくのが得意ではない。嘘をつくことや誤魔化すことへの後ろめたさからか、視線が泳ぐのだ。


 とはいえ、料理は自分の分を食べていたし、好物ではおかわりもしている様子だった。「何でもない」わけではないはずだが、何か気に掛かる点でもあるのだろう。


『相手が何を考えているのかを見抜くのも、側仕えの役目です』


(……そう、そのとおりだわ)


 リィナを部屋に送り届けたテレーゼの頭の中に講師の言葉がよみがえったため、ふんっと気合いの息をついた。

 自分のためにもリィナのためにも、考える必要がありそうだ。


「……テレーゼか。ちょっといいか」


 自分の部屋に戻ろうとしたテレーゼだが、背後から名を呼ばれて振り返る。そこには、先ほど食事会の会場となった部屋からちょうど出てきたらしい大公の姿があった。婚約者やその家族との食事を終えたからか、豪奢な上着は脱いで身軽な格好になっていた。


「はい、何かご用でしょうか」

「最近の様子を聞きたくてな。……女官としての生活はどうだ?」


 大公に問われ、テレーゼは目を瞬かせた。


(てっきり、さっきの食事会のことかリィナのことを聞かれると思ったんだけど……)


 そのつもりでいたから少しだけ怯んでしまったが、気を取り直してテレーゼは答える。


「お気遣いに感謝いたします。見習として仲間と共に精進する日々でございます。また、閣下とリィナ様の婚約記念式典に合わせ、わたくしたちも明日から実地訓練を行うことになりました」

「ああ、そういえばそのように女官長が言っていたな」


 大公は頷いた後、壁に寄り掛かった。それだけの仕草だが、非常に様になっている。公城の廊下という廊下に、今の大公そのままの銅像を並べ置いたらさぞ華やかになるのではないだろうか。


 テレーゼは、そうなった廊下を想像した。

 そして、深く後悔した。


「他には……バザーに参加したり、公城の者たちの仕事を手伝ったりしているそうだな」

「はい。……あの、もちろん女官見習としての仕事に支障を来さない程度にしておりますので――」

「無論、止めるつもりはない。そなたの小さな思いやりや行動が公城の雰囲気をよくしているのは、知っているし、バザー参加も規則に反しているわけではないからな。思うようにすればよい」

「さ、左様ですか」


 そこまでだとは思っていなかったのでテレーゼが少しだけ気恥ずかしい気持ちになってしまう中、大公はしみじみとした口調で続ける。


「……下位貴族の娘ならばともかく、侯爵令嬢でありながら職を持つとは珍しいことだが……実家を助けるというのはもちろん、金稼ぎも誰かの手伝いをすることも、趣味のようなものでもあるそうだな?」

「はい。お金稼ぎはわたくしの使命であり、生き甲斐でもあります。誰かの仕事を手伝うことだって、回り回ってそれが自分のためになると思っております。ですからまったく苦だとは思いませんし、家族や領民の、そして自分のためだと思えると頑張れます」


 情けは人のためならず、自分のためなのだ。


(私だって、聖人君子じゃないもの。お金はほしい、誰かに感謝されたい、自分のためになることをしたい。……でも、この信念を持って行動していることを、恥ずかしいと思ったことはないわ)


 気合いを込めてそう告げると、大公は青い目を細め、クッと笑った。どこか邪悪ささえ感じられる笑い方だが、これが彼にとっては当たり前なのだと知ったのはわりかし最近のことだ。


「それは何よりだ。そなたはそなたのしたいようにすればよい。私もそなたの意見を尊重しよう。……だが、そなたが無茶をすればリィナが悲しむ。リィナはそなたを信用しているようだが、心配もしている。何をするにしても、それだけは忘れるな」


 大公はそれまでの気さくな様子から一転し、やや厳しい口調で言った。その勢いにテレーゼが息を呑んだのは一瞬のことで、すぐに納得がいった。


 彼にとってはリィナが一番。テレーゼが体調を崩せばリィナが悲しむ。だからテレーゼに厳しいことを言っているのだ。


(閣下らしいわね)


 テレーゼはすとんと肩を落とし、ドレスの裾を摘んでお辞儀をした。


「しかと肝に銘じておきます。ありがとうございます、大公閣下」

「うむ。……では今日もご苦労だった。ゆっくり休め」

「はい」


 大公がそれまで廊下の隅に控えていた護衛の騎士を連れ、部屋に戻っていく。彼の姿が見えなくなるまでお辞儀の姿勢をキープしていたテレーゼはようやっと体を起こした。


(私の体はもう私だけのものじゃないのよね。それに、明日から実地訓練だし励ましてくださったのかも)


 体を壊せば悲しむ者がいる。困る者がいる。それを忘れてはならないのだ。


 大公の主張はかなり極端だしリィナの方に針が振り切っているが、言い分は正しい。


(……よし、明日からも元気で頑張ろう!)

貧相な想像力

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