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心強い人

 大公が去った後は、最初に挨拶をした大臣の方から諸説明があった。といっても大まかなことは既に大公の方から説明済みで、後は令嬢それぞれに与えられた部屋と、行き来してもいいエリアについて、そして使用人や侍女、コンパニオンと呼ばれる付添人制度について説明した後、各専属騎士に託された。


 辺りで令嬢たちがお喋りを始める中、テレーゼは傍らに立っていたジェイドの袖を引っぱる。


「ジェイド様……」

「私のことはどうかジェイドと、呼び捨ててください」


 用件を言う前に再び訂正された。それもそうだろうと、テレーゼは素直に言い直す。


「それではジェイド、わたくしはもう疲れましたので、部屋まで案内してくださいな」

 これ以上この広間にいても得るものはない。それどころか、殺伐とした令嬢たちの熱意にやられ、酸欠になってしまいそうだ。


(それに……ジェイドにも、ちゃんと話をしておかないとね)


 ジェイドはあっさり部屋に行こうとするテレーゼに最初戸惑ったようだが、それも数秒のこと。すぐに彼は頷いた。


「かしこまりました。では、テレーゼ様のお部屋に案内いたします」









 テレーゼに与えられた客室は、廊下の角にある西向きの部屋だった。眺めはそれほど良くないが、別に拘りはない。部屋の広さも十分すぎるくらいで、これならリトハルト家六人全員が暮らすこともできそうだ。


「あ、ちょっと話しておきたいことがあるの」


 部屋の案内だけして去ろうとしたジェイドを、テレーゼは呼び止めた。ジェイドは客間とはいえ、女性の部屋に長居することに躊躇っていたが、テレーゼが重ねてお願いするとなんとか留まってくれた。といっても、ソファに座ったりせずにドアの前に立った状態だが。


「……先に断っておこうと思いますの」

「断り……ですか?」

「ええ。……わたくしの専属になってくれたあなたには本当に申し訳ないのだけれど、わたくしは大公妃になる……というか選ばれるつもりは、微塵もありませんの」


 緊張はするが、先手必勝だ。後になって疑われるよりは心臓にも優しい。

 ジェイドが何か言う前にと、テレーゼは急いて続ける。


「ジェイドもご存じでしょう? わたくしの実家は貧乏で、頭金の十二万ペイルを家計に宛てないといけないくらいですの。それに、わたくしは妃に選ばれる自信も、そんなつもりもありません。わたくしはそれより、城仕えの女官や側近になりたいのです」

「それは……確かに私がテレーゼ様にお話しした中にありましたね」

「そう、それです。……メイクにしても、ジェイドの心遣いは有難いのですが、わたくしは大公妃にはなれないでしょうし、なるつもりもありません。ですから、他の令嬢たちと張り合うことも親しくなることも、ありません。レオン様がおっしゃったように、本当にゆるりと一月間過ごすつもりなのです」


 レオン大公の言う「ゆるりと」がどの程度なのかは分からないが、端切れでパッチワークを作ったり図書館で本を読んだりするくらいなら咎められないだろう。大公の機嫌を損ねるような真似をして追い出されたりしては、元も子もない。


(となると、ジェイドには無駄な仕事をさせてることになるのよね……)


 それが、テレーゼにとっては後ろめたい。誠心誠意仕えてくれるのは有難いのだが、テレーゼは決して、大公妃にはならないのだから。

 ジェイドはテレーゼが話している間は黙って聞いていたが、彼女が口を閉ざすと「ふむ」と腕を組む。


「……つまり要約すると、テレーゼ様はご実家のために城仕えの職に就くべく、こちらに参上なさったのですね」

「はい……すみません」

「なぜ謝られるのですか? あなたが私に謝る謂われはございません」


 はっきりすっぱりと言い切るジェイド。テレーゼは驚き、目を瞠る。いつの間にかガクガク震えていた手に、力がこもる。


 ジェイドはテレーゼの目を真っ直ぐに見る。レオン大公はどの令嬢にも視線をくれなかったというのに、ジェイドは真っ直ぐ見てくれる。


「私がレオン様から仰せつかった任務は、テレーゼ様が何不自由なくここで過ごせるように配慮すること。決して、テレーゼ様が大公妃に選ばれるように工面することではないのです。どのお方が妃に選ばれようと、我々騎士団やメイド、使用人に咎はありません。担当になった令嬢が快く過ごせるようお助けするのが職務ですので」

「……じゃあ、わたくしは本当に『ゆるりと』過ごしていいの?」

「それがレオン様のご命令でしょう? もちろんです。テレーゼ様が大公妃の座を望まれず、女官や側近を目指したいのならば、私はテレーゼ様をサポートするのみ。ご要望のものや閲覧したい書物、行きたい場所などあれば、何なりとお申し付けください。レオン様の許可が下りることでしたら進んでお手伝いいたします」


 ジェイドの言葉がじわじわと、身に染みこんでくる。


 ジェイドは、テレーゼを肯定してくれる。職務だと言えばそれまでだが、テレーゼの貴族の令嬢らしくない言葉を受け入れ、目標を理解してくれる。


 それの、どれだけ嬉しく、心強いことか。


 テレーゼは言葉もなく、ジェイドを見上げた。ジェイドは長く喋ったことを恥じるように口を引き結び、ぽりぽりと眉間を掻く。


「……そういうことですので、テレーゼ様のお心のままにお過ごしください。それでは、私はそろそろ……」

「……あ、待って。それじゃあ、最初のお願い」


 テレーゼは彼を呼び止めた。彼を呼ぶことに、もう躊躇いはない。


(大丈夫、私はやっていける)


 テレーゼのことを理解してくれる人が、いるから。


「わたくしの側にいてくれる使用人のことだけど――」








 城での生活は、なかなか順調だった。


 テレーゼはジェイドに頼んで、実家リトハルト家から使用人を連れてきてもらった。最初は一月も城に留まることになるとは知らなかったため、「まあ、日帰りだしいいか」とまともに共も付けずに参上したのだ。


 ジェイド曰く、城仕えの優秀な使用人を付けることもできたそうだがテレーゼたっての願いで、母と同い年の女性使用人を入城させた。テレーゼたちきょうだいがおしめをしていた頃から世話になっているベテランの彼女は、テレーゼの令嬢らしくもない人生計画を聞いても苦笑するだけで、「テレーゼお嬢様のお心のままに」と静かに従ってくれた。

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