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大公妃候補だけど、堅実に行こうと思います  作者: 瀬尾優梨
書籍化感謝SS(書籍を読む前に履修推奨)
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はじまる前の物語・クラリス

「クラリス・ゲイルード公爵令嬢。あなたが大公閣下の花嫁候補に選ばれましたことをご報告いたします」


 頭を下げてそう告げるのは、近衛騎士団の制服をまとった青年。

 彼の対面に座るクラリスは広げた扇子と前髪の隙間から騎士のつむじを見つめる。


 ずっとずっと、この時を待っていた。







 クラリスはアクラウド公国の名門であるゲイルード公爵家の長女として生まれた。

 彼女には跡継ぎである兄の他に二人の妹がいたが、三姉妹の中で一番美貌に恵まれているのがクラリスだった。


 公爵である父は、どこまでも公正な人だった。彼はより優れている娘に褒美を与えて可愛がり、明らかに贔屓した。だが彼の「優れている」という判断基準は容姿ではなかった。

 公爵令嬢という名に甘んじることなく、常に上を目指せ。我が公爵家からレオン公子の妃を輩出するのだ――父はいつもそう言っていた。


 だから、クラリスは努力した。

 天性の美貌だけでは、父に認められることはない。妹二人だって、容姿ではクラリスには叶わなくても勉強や音楽、刺繍や詩歌などでクラリスに勝とうとしている。

 負けていられなかった。







「大公様の妃候補になるなんて、さすがお姉様ですね」

「お姉様の妹として鼻が高いです」


 騎士が帰った後、クラリスの元には二人の妹がやってきた。たぶんすぐ来るだろうと予想していたので、クラリスは悠然とした態度で妹たちを部屋に招き入れる。


「当然です。ゲイルード公爵家の名に恥じぬようにいたしますわ」


 ソファの肘掛けに寄り掛かってふっと自信に満ちた笑みを浮かべる姉を、向かいに座る妹たちは少しだけ気まずそうにそわそわしながら見つめてきている。

 彼女らの言いたいことは、だいたい分かっている。


「どうしてわたくしではなく、クラリスお姉様なのか」――といったとことであろう。


 妹たちのことは、決して嫌いではない。三人は常にライバルであり、自信を高め合うために掲げなければいけない、見つめなければいけない存在。クラリスが一番容姿に優れてはいるが同じ両親のもとに生まれた三人は顔立ちがよく似ている。さしずめ、向上心を保つための鏡といったところだろうか。


 だが、クラリスには候補に選ばれるだけの要素がそろっていると思っている。さらに、今年二十歳になった大公とクラリスは年が近い。十六歳の上の妹と十四歳の下の妹にはまだ早かったというのもあるかもしれない。


 アクラウド公国に生まれた貴族令嬢。そして時の大公と年が近いとなれば親はまず、娘が大公妃になることを夢見るだろう。だからクラリスも十九歳の年まで婚約者を持つことなく、いつ城からのお誘いが掛かってもいいように心がけていた。


 妃候補からあぶれたとなると、妹二人はまもなく別の婚約者をあてがわれるだろう。だがそれは、もしクラリスが大公妃に選ばれなかった場合も同じ。


「……アクラウド公国の貴族女性として生まれたわたくしたちの使命。それは何ですか?」


 扇の先で上の妹を示して問うと、妹は一つ瞬きした後に表情を引き締めた。


「……はい。それは大公様のために身を尽くし、培った才覚をもってして公国の発展に寄与することでございます」

「そうですね。……ではもし、大公様が自分以外の女性を花嫁に迎えた場合、わたくしたちはどうするべきですか?」


 続いて下の妹に問いかけると、問われることを察していたらしい利発な妹は迷うことなく口を開く。


「はい。わたくしたちはアクラウドの貴族として大公妃殿下を敬愛し、お守り申し上げるべきです」

「そういうことです。……大公妃に選ばれることがわたくしたちの目標ではないのです。選定がどのような結果を迎えようと、貴族の誇りを持っていればよいこと。……おまえたちも、目先の目標ばかりに気を取られてはなりませんよ」


 姉の言葉に、妹たちは何かに気づいたようだ。

 部屋に来たときはどことなくよそよそしい態度を取っていた妹たちは立ち上がると、「お話ありがとうございました」とお辞儀をして去っていった。その背中は、真っ直ぐ伸びている。


 さて、とクラリスは一人きりになった部屋で少しだけ肩の力を抜き、扇子をぽんぽんと手の中でもてあそぶ。

 クラリスにはこれまでの十九年間、積み上げてきたものがある。美貌はもちろん、詩歌、音楽はお手の物だし、乗馬や球技、アーチェリーだって得意だ。


 だが、そんな自分が絶対に大公妃に選ばれるとは思っていない。もしも、はあるし、案外大公は地味な女が好みかもしれない。

 とはいえ、もし大公が自分を選ばなくてもたいした問題ではない。クラリスの目標がちょっと変わるだけだ。


「いかなる時でも、誇りを持て。貴族としての矜持を忘れるべからず」


 幼い頃から両親に口を酸っぱくして言い聞かされていたことを色づいた唇に載せ、クラリスはまぶたを閉じた。

 招集が掛かり、クラリスが他の令嬢と同じく公城に上がるまで、あと数日。

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