大公の告白
「やあ、みんな揃ってよく来たね。ご苦労ご苦労」
近衛騎士団に連行されて、テレーゼたちはレオン大公の部屋に入る。
広々とした執務室は接客用のテーブルセットなどを取っ払われており、広々としたスペースにクラリスたちが押し込められ、テレーゼは少し離れた場所の椅子に案内される。
レオン大公は、豪奢な革張りの椅子にゆったりと腰掛け、一行を見守っていた。一月前、大広間で始めてあったときと変わらない、怜悧な美貌。
(……ん? 笑ってる?)
テレーゼは、氷のように冴え渡ったレオン大公の唇がほんの少し、吊り上がっていることに気づく。だがそれは、楽しくて笑っているというよりは、おもしろい玩具を見つけてほくそ笑む策略家の笑みだった。
「事のあらましは聞いているよ。クラリス・ゲイルード公爵令嬢以下諸令嬢たちは本日、テレーゼ・リトハルト侯爵令嬢を始めとした諸令嬢の付添人を捕らえ、彼女らの命を盾にテレーゼ嬢に儀式の参加を辞退するよう詰め寄ったそうだね」
「誤解です、殿下!」
床に投げ出されたクラリスが顔を上げ、哀れっぽい泣き声を上げた。後ろ手に縛られ、身動きもろくにできないまま、泣き落とし作戦に掛かったようだ。
「わたくしたちの方が嵌められたのです! わたくしたちは殿下の忠実な臣下。まさか、そんな真似は致しますまい!」
「ああ、そうだね。まさか誇り高いゲイルード公爵令嬢が、穴だらけの知能が感じられない作戦で、卑怯千万、貴族のプライドの欠片もないような子ども染みた真似をして妃候補を嵌め、付添人の女性まで手を掛けるなんて、そんな気の触れたことはしないよね」
一瞬クラリスの言葉に乗ったかと思われたレオンだが、笑顔のまま放たれた言葉は刺となって、ぶすぶすクラリスたちの身に突き刺さっていく。レオン大公を籠絡できたと涙の下でほくそ笑んだクラリスたちはさっと青ざめ、あからさまな侮辱を受けて唇がわなわな震えている。
そんな彼女らを観察しつつ、テレーゼは純粋な疑問を持つ。
(……レオン大公って、こんな喋り方だっけ? もうちょっと堅苦しい雰囲気だったような……)
レオン大公は首を捻るテレーゼや狼狽え始めたクラリスたちをよそに、薄い唇を引いて笑う。そして傍らにいた騎士の一人に、命じた。
「……彼女を、ここに」
「はい」
「一日早くなっちゃったけど、ここまで派手にぶちこわされたなら仕方ないな。今すぐ始めるよ、『指輪の儀式』」
レオン大公はそう言って、驚愕の表情の令嬢たちを順に見つめ、満足そうに微笑んだ。
間もなく、騎士に手を引かれて続き部屋から一人の女性が現れた。
それは、テレーゼがなんとなく予想していた人。
「リィナ!」
(よかった、無事だった!)
思わず立ち上がってしまったテレーゼだが、周りの騎士たちは特に止めようとしない。それどころか、革張りの椅子に座るレオン大公でさえ、ちらっとテレーゼを見ると小さく頷いたのだ。
レオン大公の厚意に甘え、テレーゼは大股で部屋を横切り、ぽかんとして立つリィナの元まで向かった。
「リィナ! 無事だったのね、よかった!」
「テレーゼ様……テレーゼ様こそ、ご無事で何よりです」
そう答えるリィナは少しだけ笑顔が強ばっている。彼女はテレーゼの手を力強く握った後、ゆっくりと視線をレオン大公の方に向けた。
「……それで? これはどういった展開でしょうか?」
「テレーゼ嬢。リィナ・ベルチェをこちらに」
「あ、はい」
低い声でレオン大公に命じられ、テレーゼはリィナの手を引いて大公の席まで誘う。リィナは捕縛されて恨めしそうな目で自分を見上げるクラリスたちを見てふるっと震えたが、果敢に前に向き直った。
レオン大公が手を差し伸べている。テレーゼはリィナの手を離し、レオン大公に委ねる。
「お待たせ、リィナ」
「どういうことなの、ノエル。説明して」
怒りを含んだ声でレオン大公の言葉を遮るリィナ。
そんな光景を見て、テレーゼはああ、と嘆息する。
(そうか……やっぱり、そうだったのね)
心のどこかで「そうではないか」と思っていた節。だからこそ、それほど驚かずにレオンとリィナのやり取りを眺められた。
「黙っていてごめん、リィナ。僕は見ての通り、レオン・アクラウド大公だ。ノエルっていうのは偽名だよ」
「……」
リィナは長い息を吐き出し、目の前のレオンを見つめている。頬は青ざめているが、唇を引き結びやや警戒するような眼差しで大公を見据えていた。
テレーゼが思ったよりも、リィナは冷静そうだ。もしかすると、リィナもどこかで気づいていたのかもしれない。
「……でも、お顔が違います」
「半年前に君が執務室に来たときだね。あの時はまだその時期じゃなかったから、別の者を代理に立ててはぐらかしておいたんだ。僕と同じ、金髪に青い目の騎士を呼んでね。その時は、君に姿を見せられなかったんだ」
「どうして……」
「それはね、将来毒になる者たちを一気にあぶり出すためだよ」
そこでレオンの関心がリィナから、先ほどから沈黙したっきりのクラリスたちの方に戻る。ああ、そういえば縛られたままで転がっていたんだっけ、とテレーゼも彼女らの存在を思い出す。
「……クラリス・ゲイルード公爵令嬢。君たちは他の妃候補だけじゃなくて、リィナにも酷いことをしたそうだね。えーっと、何だっけ? 最初は音楽会に出たリィナを虐めて、その後はテレーゼ嬢と一緒に中庭に現れたリィナを扇で叩いたんだっけ? やるねぇ、君」
実際に現場にいたテレーゼも舌を巻くほどの情報網だ。
クラリスは目を見開いていたが、はっとして辺りを見回す。正確には、自分と一緒に縛り上げられている令嬢たちを。
「……いない……!? まさか、わたくしたちの中に密偵を……!?」
「そういうことだよ。彼女から、そして護衛の騎士たちからも詳細は聞いている。これだけやりたい放題をやっていて、よくしらばっくれられるね?」
「な、なぜ……」
「……僕は最初から、この一月間で妻を選ぶつもりではなかったからだよ」
レオン大公の一言に、令嬢たちから悲鳴やら泣き声やらが上がる。彼女らだけではない。ジェイドを始めとした護衛騎士たちも、小さく息を呑んだようだ。
テレーゼも一瞬だけ息を止めたものの、同時にさっと目の前が開けたような気分になる。
(……まさか、レオン大公がこの一月間、クラリス様たちの問題に手を出されなかったのって……)
落ち着いて考えると、少しずつからくりが見えてくる。一月間、疑問に思っていたこと。それらが解けてくる。
テレーゼもクラリスもリィナも。それだけではない。護衛の近衛兵たちでさえ、みんなレオンの手の平の上で転がされていただけなのだ。
次話も連続投稿してます。