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庭園での悶着

 リィナとの勉強会は専ら座学だが、たまにはメイベルやジェイドと一緒に庭に出るようにしていた。リィナ曰く、城の官僚や女官は体力勝負な面もあるため、あまりにもひ弱で運動不足な令嬢だと書類選考の時点で振り落とされることもあるそうだ。


 適度な運動と日光浴、そしてついでに庭園に入れてもらって植物の勉強。


 リィナはそれほど植物には詳しくなかったので、こちらの先生役になるのはメイベルとジェイドの方だ。メイベルは花に詳しく、そして意外にもジェイドは薬草やハーブ類に明るかった。


「ご覧ください、テレーゼ様。こちらのハーブと、メイベル殿がお持ちのハーブの違い、分かりますか?」


 よく晴れた昼下がり。

 メイベルとリィナに日傘を持ってもらい、テレーゼは庭で植物の勉強をしていた。


 ジェイドに尋ねられ、テレーゼは外出用ドレスの裾が汚れないよう、手で押さえながら花壇の脇にしゃがむ。ジェイドは庭師の許可を取って摘んだハーブを手にしている。


「こっちは……花が黄色ね。メイベルが持っているのは、ちょっと白っぽいかしら?」

「その通りです。実はこの二種類のハーブを見分ける方法は、花の色しかないのです」

「へぇ……それ以外は本当にそっくりね」

「匂いもよく似ているので間違えられやすいのですが、私が持っているものはメートラといい、食用です。メイベル殿が持っているのはカーライナ。あちらも香りはいいのですが、香草としては使えません。食べると、苦みが強すぎるので。よってカーライナは乾燥させてポプリにし、メートラを肉の臭み消しなどに使います。あと、メートラは乾燥するとボロボロに朽ちてしまうので、こちらはポプリには向かないのです」


 へええ! とテレーゼは感心の声を上げる。しゃがんでテレーゼに日傘を差し出すリィナも、驚いたようにジェイドを見下ろしている。


「本当に詳しいのですね、ジェイド殿。メートラとカーライナの名前は知っていましたが、用途が違うとは……」

「騎士団に入っていると、遠征もありますからね。遠征先で負傷した場合、程度によっては持参している傷薬ではなく、野の花やハーブを摘んで薬草として活用するのです。それに、野外炊事をしていると自然と、食べられる草と食べられない草というのも見えてきます。……まあ、かつて私もカーライナを間違えて調理して仲間に振る舞ってしまい、大叱られした過去があるのですが……」

「まあ……」


 堪えきれずテレーゼが吹き出すと、頭上のリィナもくすくすと笑う。女性二人に笑われたジェイドはほんのり頬を赤らめ、摘んだばかりのメートラをメイベルが持っている籠の中に入れる。


「……何事も経験なりき、と言いますか。毒キノコや未処理の魚も食べては腹を下したので、そこそこ胃は強い方です」

「騎士団って、そんなに何でもかんでも食べさせられるところなの?」

「……いえ、ただ単に昔の私が無謀で浅はかだったからです」


 ますますばつが悪そうな顔をするジェイド。だが、テレーゼの心は穏やかだった。


(こうやって、ジェイドやリィナのいろんな顔が見られるの、幸せだなぁ)


 同じ敷地内でレオン大公の妃候補たちが不穏な行動を繰り広げているというのが嘘のようだ。


(といっても、あと十日ほどで「指輪の儀式」の日になるんだなぁ)


 レオン大公が発表した「指輪の儀式」の日は、もう間もなく。ゲイルード公爵令嬢クラリスは儀式の日が近付いたことでますます「気合いを入れ」ているらしく、テレーゼが部屋でまったりと過ごしている間にも被害は広がっているとか、広がっていないとか。


 庭散策をした後は、部屋に戻ってお茶の時間を過ごすことになっている。ジェイドとメイベルにハーブを摘んでもらっていたテレーゼだが、ふとリィナが庭の奥の方に厳しい視線を送っているのに気づいた。


「……リィナ?」

「……どうやら今日は、他のご令嬢たちも外に出られているようですね」


 やや固い、リィナの声。テレーゼが立ち上がると、ジェイドが真っ先に反応してリィナが見ている方を見やる。

 ちょうど、庭の入り口から数名の令嬢がやって来たところだった。四五人の令嬢と、付添人の女性たちをぞろぞろ引き連れて先頭を歩くのは、真っ赤なドレスと形状記憶装置付きの金髪縦ロールが印象的な令嬢。


「クラリス・ゲイルード公爵令嬢……」

「……来ちゃったのね」


 テレーゼは嘆息する。予定よりかなり早くなるが、いちゃもんを付けられる前にこちらが撤退した方がいいかもしれない。

 ……と思ったのだが。


「……いい加減身の程を知りなさい! 伯爵家の分際で!」


 ばしん、と鈍い音。少女の悲鳴。

 テレーゼははっと振り返った。テレーゼの心情を察したメイベルも顔色を変え、テレーゼのドレスの袖を軽く引く。


「テレーゼ様、お気持ちはよく分かりますが……」

「分かってくれてありがとう。……ジェイド、近衛を呼んできて。『庭を散歩していたら女性の悲鳴がした』って説明で。それなら令嬢たちも文句は言えないわ。告げ口とは違うもの。……メイベル、リィナと一緒に先に部屋に戻ってなさい」


 テレーゼは有無を言わせぬ口調で二人に命じる。ジェイドはともかく、メイベルは侯爵家の使用人だ。令嬢であるテレーゼの命令に逆らうことはできない。


 メイベルは家族の一員のようなものなので、普段から命令口調は避けていた。だが、こうでもしないとメイベルは引いてくれないのだ。


 テレーゼの意図を察したジェイドが足早に詰め所に向かう中、案の定メイベルは口元を震わせる。だがリィナの方がキッとテレーゼを見つめ返してきた。


 あの、威圧感さえ感じられる鋭い眼差しで。


「私もご一緒します、テレーゼ様」

「リィナ」

「暴行を受けた令嬢を助けに行くのでしょう? 私の方がテレーゼ様より力も体力もあります。それに、私を見ればおそらく、公爵令嬢たちは私の方に怒りの矛先を向けるでしょう」


 つまりは、テレーゼを守ろうとしてリィナは体を張っているのだ。もし暴力を受けるとなると、リィナが盾になる。守りたい人に、守られてしまう。


(そんな……それじゃああべこべになってしまう!)


「だめよ、リィナ……」

「効率を考えてください。私はあなたの正義感の強さと優しさを尊重いたします。ですがどうか、私の我儘を許してください。……行きましょう、テレーゼ様」


 リィナはテレーゼをやんわりとなだめ、真っ先に庭園の奥へと進んでいく。


 テレーゼはぽかんとするメイベルに部屋に戻るよう言いつけ、慌ててリィナの後を追う。リィナの言っていることが正論だと分かっているからこそ、リィナにきつく命じることができなかったのだ。

ここでテレーゼに押し切られるような付添人だったら、おそらくテレーゼの付添人として長くは保たないでしょうね。

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