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『女林冲伝』桝田珪赤  作者: 桝田珪赤
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第二話・転換



青面獣楊志の積み荷を奪った功績が認められて、林冲は四位に据えられた。

それまでは、王倫、杜遷、宋万、朱貴が四位までを占めていたが、宋万と朱貴の間に据えられる形となった。理由は、朱貴が林冲を梁山泊への船に、独断で乗せたからだ。

見る限り、朱貴はまともな人間だった。

梁山泊への入山を許すか否かは、朱貴が決める事になっていた。梁山湖のほとりに構えた食堂が、その役目を果たしていた。役人に目を付けられないようにとの、偽装だった。

林冲は、柴進からの書簡を持っていた。

滄州の牢を破った後、梁山泊へと向かう道すがら、遣いを名乗る男に渡されたものだった。内容は、王倫ではなく朱貴に宛てたもので、王倫の意思がどうあれ、林冲を通すようにとの旨が記されていた。どういう事情かと朱貴に問えば、恩があるのだという。

首に賞金を懸けられた折、暫く朱貴を匿った上、金子を持たせたのが柴進だったのだという。そうして、梁山泊を根城とする王倫を紹介した。王倫もまた、同じように柴進に匿われていた縁があるのだという。もしかしたら、ずっと以前から柴進は魯智深とかいうあの坊主と共に、叛徒を集めていたのだろうか。

手紙にはまた、王倫を討つべし、とあった。朱貴は動揺を隠せないでいたようだったが、すぐに腹を決めたようだった。聞けば、王倫は朱貴を恐れて梁山泊には入れず、泉の畔で食堂の店主に化けさせているのだという。梁山泊への橋渡しは、朱貴が一手に担っていた。他には下働きをしている部下が二名。

どちらも、王倫ではなくあくまでも朱貴に従っているようだった。何れも気骨のある男であったので、王倫に処断されない内にと朱貴が引き抜いてきたという話だった。実質その部下二人と自身の裁量だけで、長年朱貴が殆ど一人で梁山泊を外敵から守ってきたようなものだった。攻め込んでくる軍など、ありはしない。朱貴の元で、全ての秘密は守られる。

朱貴の店は二階が宿になっていた。

一晩、そこに泊まった。店の料理は、旨かった。酒も良いものをそろえていた。盃を交わしながら、朱貴は「偽装のための店だったが、いつしか本当の店になっていた」と語った。牛肉の煮物と、魚の蒸し焼きが絶品だった。特に蒸し物は、蒸す為の湯に酒と生姜を入れているそうで、臭みが全くない。饅頭も小麦の味が甘くふっくらとしていて、久々の豪勢な食事に、人に戻ったような気がした。冬場であったから、熱燗が体内を巡るのが心地良かった。

一晩眠って、早朝に船に乗った。日が昇る前で、空は暗く漆黒だった。鉛色の雲がまばらに流れている。

枯れた葦の間を縫って、船は進んだ。

船着き場の前には、高く聳える門があった。扉は閉ざされている。来るものを威圧するように、柱の端には積み上げられた髑髏があった。朱貴の配下である船頭が、あれは戦場跡などから威嚇の為に拾い集めてきたもので、殺したものは一つもないのだ、と説明した。

先に遣いは出していた筈だった。

待たされた。

日が昇ってきて、空は白くなった。澄み渡った梁山湖の水面に、雲の姿がくっきりと映った。まるで雲の上に居るようだ、と林冲は思った。やがて、ちらほらと雪が舞い始めた。指先は冷え、白い息が天へと昇ってゆく。

門の上にある櫓に、人影が見えた。

大勢居た。混乱しているのが見て取れた。雪が瞼に落ちて溶けた。

林冲は叫んだ。

「豹子頭林冲、入山を希望する」

その時、林冲は櫓の上に立つ人間の中から、一人の男を見つけた。大柄な男で、眉が太く目が少しばかり小さい。地味な、朴訥な顔立ちの男だった。ともすればすぐに忘れてしまうような。

だが、林冲はその男を見つけた。見つけた、と思ったのは後になってからだ。

すぐに門が開いた。

統領である王倫の元に通されると、そこに、件の櫓の上に居た男も待っていた。座したまま動かない王倫と、その横に立つ二人の男。杜遷と宋万、と名乗った。

先程見た男は、宋万という名前だった。

宋万は、不思議な目をしていた。深みのある目だった。強い意志や闘志は感じられなかったが、他とは違うものを感じた。それが何なのか分からず、林冲は落ち着かない気持ちになった。

理由はすぐにわかった。宋万は、最初から林冲が女だと見抜いていた。見抜いていながら、宋万はそれを誰にも言わず黙っていた。

ただ、視線で「どうしてそのような恰好をしているのか」と問いかけてきた。批判ではなかった。純粋な疑問の色だけがあった。もしかしたら、余り物事を気にしないたちなのかも知れない。

天衣無縫、という言葉が過った。幼子のような目で、物事を見ているのか、と思った。

調錬には一所懸命だった。

だが、兵は弱かった。宋万自身も、弱かった。調錬の方法を、武術とは何たるかを知らなかった。

「お前らなど、全員が真剣でかかってきても、俺は棒一本で打ち倒せるぞ」

口を突いて出てきた。宋万は怒って、ならばやって見せろと言った。

単純な性格が、好ましいと感じた。

宣言通り全員を打ち倒してみせると、宋万は林冲に縋った。縋って、自分たちを鍛えてくれと懇願してきた。素直な男だ。鍛えるには、いい兵だった。嬉しかった。禁軍でも、こんなに熱心な兵は居なかった。皆、林冲と、林冲の調錬を恐れた。避けて通れればと思っているのが透けて見えるものだった。

容赦はしない、と宣言した。禁軍の兵と同様のものを求めて鍛え、苛め抜いた。だが、誰一人として逃げ出したりはしなかった。倒れても、翌日には戻ってきた。傷だらけになっても、這ってでも強くなろうとしていた。先頭に立つのは、宋万だった。宋万が誰よりも努力をするので、部下も付いてきた。

その傍ら、王倫からの刺客が何度も送り込まれた。与えられた部屋は狭く、始末すれば床一面が赤くなった。殺される心配はなかった。刺客もまた、弱兵であったからだ。

それよりも、女と知られる方が心配だった。自室で着替えている時に来られると、どうしようもなかった。

実際、一度だけそうなった。

軍袍を脱ぎかけた時に、現れた。始末できないと踏んで、見たものを報告しようと逃れようとしたその男を、林冲は追って殺した。首を落としてから、脱ぎかけた軍袍を着直して、生首を持ち上げた。冬場で死体が腐らないとはいえ、同じ部屋で寝たくはなかった。

首を持ち上げた時に、宋万がやって来た。

恐れていない目だった。ただ、見ていた。そして、ほんの少ししてから、大丈夫か、と聞いてきた。

心配をしているのか。

調錬で苛め抜かれて、さぞ自分が憎いだろうに、あくまでも優しいのがおかしくなって、林冲は笑った。

「これで俺が殺せると思うか?」

納得したように宋万は頷いた。

知らないふりをしていろ、と言った。もしかしたら、王倫が宋万を先に殺そうとしかねないと思った。林冲にとっては既に、宋万は自分の兵であり弟子だった。

天稟はなかった。最初に立ち会った瞬間にわかっていた。けれど、体は素晴らしく頑丈だった。努力で補えるものは全て与えてやりたいと思っていた。

刺客を放っても無駄だと悟った王倫は、青面獣楊志の守る積み荷を襲えと命じた。

相打ちを狙ったのだろう。林冲が梁山泊に入っているとは、世間ではまだ知られていない。だから、林冲が死ねば、しらを切り通す気なのだろう。

部下として、宋万の配下五十人を使う事を許された。

宋万は使えなかった。恐らく、王倫は宋万だけ残して、兵力だけ削いでしまいたかったのだろう。

宋万には人望があった。偉そうにするところがないし、優しさもあった。ひたむきで、見ていると思わず味方したくなる。そんな人間だ。

野心は余りない。宋万が国と闘いたいと願うのは、優しさからだ。

宋万が付いて来ないよう、林冲はすぐさま出発した。乗馬の調練をしていないのが心残りではあったが、部下の内の幾人かは隠れてやっているのを知っていたので、それらの者は馬に乗せた。他は、歩兵とするしかなかった。鍛えた甲斐あって歩兵はよく走った。褒めてやりたかったが、憎まれていた方が良い。師範などは、そうあるべきなのだ。ただ厳しくあればそれでいい。

青面獣楊志は、遠目からでもすぐにわかった。馬に乗る姿からして、姿勢が他とは違っていた。

ぞくりと、背筋を熱く冷たいものが這い上っていった。

本当の初陣は、ここだったのだ。

軍にあっては、幾度も強者と手合わせをした。賊徒の討伐にも幾度か参加した。だが、どれもこれも、戦ではなかった。

たかだか盗賊。されど軍。率いているのは、寡兵。けれど五十人は居る。自分で鍛えた兵だ。全ての采配は自分自身に委ねられている。

歓喜した。狂喜して、頭がおかしくなりそうだった。戦場を求めていた。それを悟った。

ここに立つ為に生きていたのだ。立つ為の意味は、張蘭が与えてくれた。素晴らしい女だった、と思う。愛していた。家族として。家族でしかなかったが、それでも、愛はあったのだ。

高俅を憎んだ。許すべきではないとも定めていた。何を以ても、あの男の首だけは取らなくてはならない。

だが、今ひと時、それを忘れていたかった。

楊志は、素晴らしい武人だった。最初に刃を交えた瞬間、泣きたいほど、嬉しかった。初陣の相手が、こんなに素晴らしい強敵であった事を、天に感謝した。真っ直ぐに首を狙い、狙われる。純粋な勝負だった。他のものが介在する余地は何処にもない。

武術は互角だった。しかし、馬術では林冲が勝っていた。楊志の喉元に穂先を突き付けた時に、背後から宋万の気配を感じた。理性が戻って来た。同時に、この男を殺すのは惜しいと思った。殺すべきではないとも。

宋万に命じて、兵の指揮をさせた。悪くない動きだった。

殺せと言う楊志を無視して、林冲は引き上げた。こうしておけば、またきっと楊志は殺しに来るだろう。もう一度戦えるのだ。それで良かった。ただの略奪で殺すには、余りにも惜しい。

梁山泊に帰還すると、王倫が楊志に向けた手紙をしたためている所だった。味方に引き込んで刺客にしたいのだろう。

楊志はそんなもので操れるような人間ではない、と言い捨てて、部屋を出た。

王倫を殺す為の理由が見つからなかった。自分の都合だけで斬るという真似はしたくなかった。

嗚呼、梁山泊よ。俺をあの首の元へ連れて行ってくれ。

一人では、あの首に届かない。

死ぬのは構わない。だが、死ねない。あの首一つ、それだけでいい。張蘭の無念を、叩き付けなくてはならない。決して弱くない女が折れなかった結果が、あれだ。世界は、女を許さない。だから、やらなくてはならない。張蘭は、同志だったのだ。

その後は、何が起きても構わない。拷問を幾ら受けても、いい。ちっぽけな命だ。出来たら、戦場で死ねればいいと思うだけで。ただ、黙って死にはしない。幾千幾万の屍を築いて、死骸の頂上で死ぬ。そして、知ればいい。首を取った何者かが、俺の体を女と知って、打ちのめされれば良い。

「林冲」

瞑想をしている所に、宋万がやって来た。

「門の外に、晁蓋(ちょうがい)が来ている」

晁蓋の名は、聞いた事があった。役人に睨まれた正しい者に路銀を持たせ、匿っては逃がす事をしているという。また、教師を雇って密かに塾を経営し、志を解いているのだとも。気骨のある男という噂だった。

実際、晁蓋に会ったという部下も何人か居た。路銀を渡され、放浪の果てに梁山泊へとたどり着いたという者達だ。

晁蓋は、怪力の大男で、会う者を惹きつける。眼光強く、声は覇気に満ち満ちているという。剣も、軍人でないにしては良く使うらしい。

恐らく、王倫は入山を拒むだろう、と思った。

嫌な予感がして、林冲は木戸、金沙灘へと向かった。櫓は人で溢れていた。仕方がなく、楼に上ってみる事にした。誰も居ない。晁蓋の姿を見ようと、皆出払ってしまったのだ。

そこで、林冲は窓辺に立つ王倫を見た。引かれた弓。船首に立って開門を待つ晁蓋を矢じりが狙っていた。限界まで引き絞られた、それを目にした瞬間、林冲は腰の剣を抜いていた。

「王倫!」

叫んだ。咆哮に近い。怒りだった。

保身に走る姿が余りにも醜かった。これでは、役人と同じではないか。

一閃の後、王倫の首が宙に浮いた。

赤く塗った欄干から落ちようとするそれを捕まえて、林冲は身を乗り出す形になった。怒号に驚いて、人々の目は全て、林冲を向いている。

血液が滴って、首の断面から落下していった。梁山泊の全てを、林冲は見下ろしていた。

咄嗟に、晁蓋の方に向かって、言った。

「晁蓋どの、お初にお目にかかる」

晁蓋は、目の大きな、眉の太い美丈夫だった。容姿の勇ましい所は虎を思わせる。これだ、と林冲は直感した。この男は、仕えるに相応しい男だ。どことなく、以前に出会ったあの、花和尚。魯智深に似ていた。魯智深が行っていたある方、とは晁蓋の事だったのだ。

「俺は豹子頭、林冲と申す者」

後ろから、宋万が追い付いてきた。視線を感じる。

見るな、と林冲は思った。同時に、刮目しろ、とも思った。矛盾していたが、王倫を討った事は全く後悔していなかった。

「王倫は、晁蓋殿に矢を射掛けようとした。なので、俺がこれは見過ごせぬと思い、首にした」

「俺も見ていた。確かに、晁蓋殿に弓引く姿を見た」

宋万が横に来て、証言した。

地上で、木戸の前に居た杜遷が声を張り上げる。

「門を開けろ!金沙灘に晁蓋殿を迎え入れろ!王倫は最早頭領ではない、林冲が俺達の頭領だ」

素晴らしく晴れていた。目に痛いほど、空と湖面が青い。船の上で、晁蓋はただじっと、林冲を見ていた。

方々から歓声が上がり、群集に囲まれて、晁蓋とその仲間は入山を果たした。

杜遷に案内されて、晁蓋は楼に登ってきた。

「魯智深という男を知っているだろうか」

突然出た名前に、何事かと杜遷と宋万が固唾を飲んで見守っている。朱貴も居た。晁蓋は笑って答える。

「俺の友だ。御存知か」

「流刑に遭った際、世話になりました。晁蓋殿は、その魯智深の兄貴分と見受ける。その恩に因んで、貴殿にこの梁山泊の席次一位をお渡ししたい」

これが狙いだったのだ。最初から、魯智深と柴進は晁蓋を梁山泊の頭領に据える為に動いていた。林冲に王倫の首を取らせる為に。雑な策だ。もしも林冲が卑劣漢であったなら、この計画は瓦解する。読んでいた、という事なのか。

晁蓋の前に、林冲は膝を折り、拝礼した。これ程の男になら、跪くのも悪くはない、と思った。

慌てて、杜遷と宋万、朱貴も同じように膝を折る。

「謹んで受けよう」

重みを持った声だった。意志をそのまま固めたような音をしている。器が違う、と素直に感嘆した。この男が王だったなら、軍人は幸せだろう、と思わせてくれる。

「会えて、嬉しく思う。豹子頭」

笑い出しそうになった。最初から仕組んでいたのだろうに。大した男だ。こんな台詞を吐いても、嫌味な所がない。清々しさすらある。冗談が好きなのだろう。

「顔を上げられよ、林冲殿」

「いいえ、どうか林冲、と」

「林冲、顔を上げてくれ。これからの事を話そう。お前には、その権利がある。未だ梁山泊は、お前のものだ」

「そのような事は」

「いいや、見た瞬間に、わかった。兵が王倫を見限っていたのではない。兵が、お前に惚れ込んでいるのだ。だから、誰もが歓声を上げた」

そうだろうか。疑いの気持ちが先に立つ。殆ど衝動的に殺した。場を取り繕う為に、あんな事を言った。

「潔い。そして、怒りを知っている。恐れを見せず、迷いもせん。そういう男は、人を惹きつける。加えて、勇猛だ。これ以上の武人は、滅多に居ない」

「実は、あなたの戦を見ました」

晁蓋の後ろに控えていた、小柄な男が口を開いた。いかにも大人しそうだが、唇は薄く、幅が広い。どこか、酷薄な印象を与えた。

「失礼しました。呉用(ごよう)、と申します。お見知り置きを」

「ただの追い剥ぎです」

「あれを追い剥ぎと呼ぶなら、軍を軍とは呼びません」

苦手な男だ。どうにも好きになれないが、嫌いにもなれない。直感した。

「農民に化けて、遠くから見ていました。少ない人数で、実に良く動いていたので、余程鍛えられているのだと感心しました」

「まだ、あれで半分も仕上がっていません。何れ、出来る事なら全員、騎兵にしてやりたい」

密かに胸に抱えた願いだった。数人は騎兵には向かないので外す事になるだろうが、不可能ではなかった。一から自分の騎馬隊を作る。この考えが何時からか頭にあった。手足のように滑らかに、一糸乱れずに一個の生き物のように動く騎馬隊。半端な者は要らない。少数精鋭で良い。一本の巨大な槍。それが欲しかった。

「それは良い。俺の野望にも、見合っている」

晁蓋が喜んだ。

「俺は、この腐った国を壊そうと考えているのだ。壊して、また一から造り直す。義の成り立つまっさらな国を、生み出したいと思っている。それを、この梁山泊から始めるのだ」

壮大な夢だ。展望だ。何がこの男を駆り立てるのか。林冲には見当も付かなかった。だが、晁蓋は本気だった。晁蓋の後ろに控える呉用と、他五名の共も同様に、晁蓋の本気を心から信じていた。恐ろしい事に、林冲すらこの男ならばやるだろうと思い始めていた。強く、魅力的で抗う事が出来ない。

膝を折って、間違いはなかった。 晁蓋が差し出した手を、林冲は強く握った。

「林冲」

話し合いが済んで解散すると、杜遷が声を掛けてきた。朱貴と、宋万も居た。当然だ。突然やってきた男を、頭にするなど、納得する筈がない。

「部屋へ」

自室に招いた。朱貴だけは酒を取りに行っていたが、杜遷と宋万はそのまま付いて来た。一刻、三人で黙って座っていた。

杜遷が苛立っているのが手に取るように分かった。

少しして、すぐに朱貴が戻ってきた。酒の入った壺を三つ片手にぶら下げて、もう片手に盃を四つ持ってきた。丁度良い量だろう。特に旨いと思ったことはないが、林冲は幾ら飲んでも酔わない。水のようなものだ。

各々盃を持つと、朱貴が、慣れた仕草で酒を注いでくれる。

酒を煽って、漸く気持ちの落ち着いたらしい杜遷が切り出した。

「林冲、お前が王倫を切ったのには、異論はない。いつか誰かがやらねばならなかった。だが、晁蓋とは、一体どんな関係なのだ」

「話せば、長くなる」

過去を語った事はなかった。

林冲は、最初から説明した。妻である張蘭が辱めを受け、自殺した事。上官である高求に牙を向いた事。流刑に遭い、その途中で魯智深に会った事。いつか、魯智深の仕える誰かを助ける事。柴進と魯智深、晁蓋は懇意であるらしいという事。それを語った。

「済まなかった。納得出来ないなら、晁蓋ではなく俺を斬れ」

「馬鹿を言うな。お前を斬れるものか」

「抵抗はしない」

宋万が俯いて首を差し出した林冲の肩に手を置き、姿勢を真っ直ぐにさせた。

「違う。林冲。杜遷はお前を斬りたくないと言っている。杜遷、林冲を許すか」

「許すもなにもない。私は林冲が頭領だと思っているからな。林冲には従おう。従えというなら、晁蓋にも。だが、信用した訳ではない」

但し、と杜遷が続ける。

「林冲、騎馬隊を作るのなら本当の騎馬隊を作ってくれ。そして、その指揮をしてくれ。見せてくれ。晁蓋の支度した戦場で、梁山泊の騎馬隊が大勝する姿を。それでこそ、私達は救われる」

「言われずとも」

杜遷の言葉に、朱貴も黙って頷いた。林冲を許すと言っているのだ。震えるほど、嬉しかった。 酒を飲んでしたたか酔ってから、解散となった。冴え渡る冬の中天に、丸い月が掛かっていた。梁山湖の底に、もう一つ月が落ちているかのようだった。

「林冲、俺は騎馬隊に入れないでくれ」

最後まで残っていた宋万が、真剣な面持ちをして言う。

木訥な男だ。どうして、賊徒になどなったのだろうか。ふと思った。

「お前は、最初から外すつもりだった」

宋万に、乗馬の才はなかった。武術にも、才はない。他より少し強い位で、凡庸だった。

理想とする騎馬隊を作るには、入れられなかった。無理に騎兵にして腐らせるよりは、歩兵の小隊長にした方が遥かに有用だった。

「そうか。良かった。俺の自惚れだったのだな。お前が、容赦をする筈がない。侮辱だった。許せ」

「調練は、変わらず引き受ける。付いて来い、宋万」

「ああ、お前に、どこまでも付いて行くさ」

笑った。屈託のない笑顔に、胸が締め付けられた。心の臓が頑強な紐で雁字搦めにされたようだった。膝から、体ではなく気持ちが崩れ落ちた。

この男だ。

林冲は確信した。何を確信したのかは、未だわからなかった。だが、これだ、と思った。

武術の才能はなかった。馬術の才能もない。他より辛うじて秀でているのは、愚直に努力と研鑽を積んでいるからだ。字も、ほんの少ししか読めない。人を圧倒するような闘志もない。だが不思議と人は集まった。何かといえば、梁山泊の女子供や老人は、宋万を頼る。体格は優れていたが、顔立ちは地味で、骨がごつごつしていて目が少し小さい。もしかしたら、醜男の部類に入るかも知れない。

だが、それを分かっていても、林冲はこの男しか居ないと思った。

ずっと、違和感があった。宋万に会う度に、何か妙な予感があった。初めて見た時から、そうだった。

船の上から、舞う雪の向こうの群衆の中から、林冲は宋万を見つけたのだ。

そう、見つけた。林冲は林冲の力で、唯一の人を見つけたのだ。

肺腑が軋んだ。何か言わなくてはならない。だが、何を言っていいのかわからない。無理だと思ったからだ。

恋以前の失恋だった。付け髭をした、柔らかさも丸みもない自分の体を思った。泥にまみれ、鎧を纏い駆け回る自分の姿を思った。恥はない。これが自分だ。豹子頭という、一人の女だ。生き方を変えるつもりはない。変えられはしない。

自分が自分であるが故に、叶わぬ想いだった。

宋万が、好きだ。この男が、欲しい。具体的に、なにがなのかは分からなかったが、事実だけを率直に、林冲は受け入れた。この男しか居ない。だが、この男は、きっと林冲を選ばない。

梁山泊には、小さな娼館がある。小金を貯めて、皆女の元に通うのだ。

林冲は未だ、梁山泊の妓館に足を踏み入れた事がなかったが、遊女の姿は時折、遠目から見えた。十人ほどの女が居る中で、部下達がお気に入りは誰かを話していた。下世話な話だが、気にはならない。禁軍の頃も、そうだった。男が遊女の元に通うのは、普通の事だ。生憎と林冲は必要がないので、行く事は殆どなかった。行ったとしても飲み食いをするだけで、すぐに帰宅するのが常だった。そのせいで、益々堅物だと言われた。

梁山泊の兵はといえば、林冲が妓館に行かないのは、ここに居る遊女では満足出来ないからだろう、と思われていた。どこの兵も、女の話となれば盛り上がる。

黙って部下の話を聞いていると、一人が、ある女を指差して言った。宋万殿のお気に入りは、確かあの女ですよ、と。

結い上げた黒髪の見事な、驚くほど胸の豊かな女だった。腰つきなど特に見事で、さぞ柔らかいのだろうなと思わせる。

その時には、少しざわつくような心地がしただけだった。だが、振り返ってみれば、あの時自分は、無自覚の内に諦めたのだ。諦めた。唯一の人を、諦めた。

「…宋万」

か細い声だった。こんなに弱い声を出したのは、生まれて初めてだった。意気地の無さを、林冲は心中密かに恥じた。

「俺は、馬で駆ける。お前は、走って付いて来い。遅れれば、捨て置く」

「手厳しいな。だが、やってやる。明日もまた、鍛えてくれ。お前が望むだけ、俺は強くなってやる。どんなに厳しい調練にも、応えよう」

お前が望むだけ、

その言葉に、頭が芯から甘く痺れた。

「寝ろ。明日も早い」

「ああ」

宋万を半ば追い出すようにして、一人になった。閉ざした扉に、暫くの間未練がましく縋っていた。

より頑健な指揮官であらねばならない、と思った。

翌日から、調練はより厳しいものにした。

半日は馬で駆けさせ、もう半日は武術をやらせた。宋万には、ずっと武術だけをやらせた。ほかの兵が馬の調練をしている間、宋万はずっと素振りをしていた。振っているのは持ち手だけが細い棒で、これは林冲が自分の使っていたものを与えた。

兵たちには、調練の後には馬の世話をさせた。一人に一頭与える形となった。晁蓋に了承は取っていなかったが、許されるだろうと思ってそうした。現に、調練の様子を見た晁蓋は感心するばかりで、騎馬隊ができてゆくのを喜んでいる様子ですらあった。

少しでも馬の世話に手を抜く者が居れば叩き殺そうと思っていたが、一人も居なかった。ただ、扱いを知らない者は居たので、それに関しては丁寧に教えた。教えると、よく覚えた。下手に知った顔をする兵よりも、よほどやり易かった。

馬の世話までを終えると、林冲は宋万に稽古を付けた。

一日中調練を続け疲労困憊の宋万を、林冲は容赦なく打ち据えた。剣と棒での立ち合いだった。幾度も倒して、立ち上がらせた。そうして苛め抜いた。限界まで追いつめて、何かを突き破る事を狙ってそうした。だが、中々そうはいかなかった。本物の戦を経験しないと、駄目なのかも知れない。

じわりじわりと、宋万は強くなっていった。

才能は天が与えるものだ。林冲には、幾らそれをやりたくとも、やる事が出来ない。

だから、せめて才能を与えてやれない代わりに、調練を与えてやりたかった。努力でも、伸ばせる所はあるのだ。努力で得られるだろう全てのものを、与えてやりたかった。

逆に言えば、林冲が宋万にしてやれるのは、それだけだった。

亡き父を思い出した。自分は確かに、あの父の娘だと実感した。

これが、林家の愛し方だ。

誇り高く生きられるように、武を。生きろ。生きて生きて、生き抜いて、そして百年先に、命の果てに瞼を閉じろ。でなければ、赤く散って死ね。

時折、別れた後に宋万が気に入りの女の所に向かうのを知っていた。そんな日は、調練が終わった途端、そわそわと落ち着かなくなる。あの女を身請けして、夫婦になるのだろうか、とぼんやりと思った。誰と結婚しても構わなかったが、矢張り、せつなかった。

想いに囚われないよう、調練に打ち込んだ。

五十の兵がただの雑兵から騎兵になった頃合いを見て、林冲は新たにまた五十人を選んで部下にした。

晁蓋が統領になった事で、全国から人が集まってきていた。その大半は以前晁蓋に助けられた者達で、皆気持ちの良い男だった。金沙灘に足を運んでは、着いた集団の中から、気に入った者を選んだ。

一番先に素質のある者を林冲が勝手に抜くので、引き続き人事を任された朱貴などは、忙殺されているようだった。とはいえ、忙しくなってきた事に誰よりも喜んでいるのは、朱貴だったが。

そうして、一年が経った。

晁蓋は、梁山泊の統領として認められるようになっていた。皆、晁蓋殿、と呼ぶ。

驚くべき事に晁蓋は梁山泊の全員の名前を把握していた。誰と会っても、すぐに名前が出て来る。偉そうにした所がないし、自らを鍛える事にも熱心だった。林冲に教えを乞うてきた事も、何度かある。

呉用に至っては、晁蓋同様、全員の名前を覚えるだけでなく、大まかな素性までをも把握していた。人に限らず、どこに何があり、どれだけの物が備えられているか、また、それが充分にあるのか、それとも不足しているのかまで正確にわかっていた。殆ど、化け物じみている。

晁蓋が連れてきた、他の五人も既に、馴染んできている。席次で言うと、呉用の下、第三位にあたる公孫勝(こうそんしょう)は、道士である。

公孫勝に会う迄、林冲は道士とは何たるかを知らなかった。道士とは、仙人になる為の修行を行う者である。漠然とそれだけを知っていた。

今まで、神仙も妖怪の類も、一度も見た試しはない。だから、この世にはそんなものは居ないと思っている。だが、晁蓋などは異形を見た事がある、と言っている。晁蓋が言うのだから、本当なのだろう。そういう曖昧なものを突き詰めるだけ、意味のないものだ。

道士も同じようなものだと思っていた。だが、違っていた。公孫勝は、剣の達人だった。優雅な無駄のない所作で、音もなく振るう。浮き世離れした雰囲気があって、林冲はすぐに、これは闘う為の剣ではなく、求道する為の剣と悟った。剣ならば勝てないだろうとも見て取った。

字もよく書いた。書をよく読み、静かに岩山の上で瞑想している姿をよく見かける。聞けば、文武を修め研鑽し、仙人を目指す事こそが道なのだという。森羅万象を理解する事が目的で、よく知れば多少は運を操れる。だが、出来ない時もある。

気負いなく語る公孫勝を、林冲は尊敬している。

阮小二(げんしょうじ)阮小五(げんしょうご)阮小七(げんしょうしち)の兄弟は、いち早く馴染んだ。元々は川や湖に船を浮かべて、渡しや漁師をしている男達だった。阮小二は大人しく穏やかで、阮小五は賑やか、阮小七は寡黙という具合で、毎日毎日三人とも口数は違うものの、同じようによく働いた。梁山泊に居る兵は皆半分漁師のようなものだったので、そこが気に入られたのかも知れない。晁蓋に命じられたのか、今は造船と水軍の準備を始めている。不思議と、水軍の素質と騎兵の素質が被る者が居なかったので、互いの領分を犯す事は今のところなかった。

最後が白勝(はくしょう)という男で、これは鼠のように大きな前歯をしている、コソ泥だった。掏摸や盗みを得意としているそうで、すれ違いざま、林冲も一度財布を擦られそうになった。擦られる前に腕を掴んで睨み付けてやったらすぐに降参して、愛想笑いで誤魔化そうとしてきた。態度に卑屈さも、悪びれる風もなかったので、なんとなく許してしまった。手付きは素晴らしく巧みで、盗みに卓越した才能があるのだろうと解釈している。決して悪人ではないし、無邪気で善人である。時々、晁蓋の財布も盗む。擦られると、晁蓋は手を叩いて面白がった。だが、林冲の財布を盗り損なった姿を見た時には更に大声で笑っていたので、むきになったのか、以来白勝は会う度に財布を擦ろうとしてくる。懐に手を入れられて、胸に触られては堪らないので、林冲は悉くその犯行を阻止していた。

杜遷はといえば、未だに晁蓋ではなく、林冲の部下であるという姿勢を取っていた。

いつからか、林冲殿、と呼ぶようになっていた。朱貴は杜遷よりも打ち解けた感じはあるが、同じように林冲殿、と呼ぶ。まだ、全て心を許した訳ではない、と伝えるように。

例外は、宋万だった。

驚くほどあっさりと、宋万は晁蓋に懐いた。晁蓋殿、と呼び、扱いも丁寧だ。林冲の事は、いつも呼び捨てにする。杜遷がいつも、それを見ては睨み付けていた。

「嗚呼…」

一度、宋万の事を考えると、もう駄目だった。調練をしていないと、どうしてもその事ばかりを考えてしまう。

下らない。

取るに足らない理由だ。色恋など、何になるものか。それで腑抜けになるなど、片腹痛い。

最近では、目に見えて食欲も落ちていた。長い冬が過ぎ漸く良い季節になったというのに、まともな食事を取る気にならない。朱貴が手間を掛けた料理でも、駄目だった。喉を通らない。

原因は分かっている。宋万が、ここ数ヶ月、三日と開けずに例の女の元に通っているからだ。噂は梁山泊中に広まっていて、もうじき身請けなのだろうと囁かれている。

変わらず、毎日宋万に稽古を付けていた。終わるなりそそくさと妓館に向かう宋万の姿が胸苦しく、忘れる為に毎晩、酒を煽った。

だが、幾ら飲んでも酩酊しなかった。そういう体質のようで、辛うじて酒で命を繋いでいるようなものだった。涙こそ出はしなかったが、一人で居ると気が狂いそうだった。

これでいい。

そう、自身に言い聞かせる度に、酒が増えた。同時に、部下と共に行う調練も、苛烈になっていった。

哀れにも、苛烈な調練を部下は歓迎した。脱落する者はまだ出ていない。自分を師範として、隊長として信じ切っている部下と顔を合わせる度に、罪悪感が募った。

いっそ、誰かに首を落として欲しかった。自分が、王倫にしたように。

「浮かない顔をしている」

魯智深が居た。白昼夢のようだった。希薄な気配で、気付くとすぐ傍に立っていた。剃髪した頭が、春の日差しに眩しい。相変わらず縦に長く、岩に腰を下ろした林冲を、見下ろしていた。すっぽりと影に包まれる。

「久しいな。林冲」

「お前か」

不意に、魯智深が口角を上げた。

「呉用が、お前を殺す算段をしているぞ」

「そうか」

あの男なら、それ位は考えるだろうと思った。邪魔になったなら消す。そういう男だ。

「流石に、驚かんな」

「ああ、見当は付く」

未だ、頭領が誰なのか、曖昧なのだ。晁蓋でなく、林冲に付いている者が多い。その筆頭が杜遷だ。

更に、林冲が晁蓋に絶対服従でないというのが、一番の問題だった。必要な所はどうせ必要なのだからと、相談も報告もせずに勝手に行う。確かに、不服従の隊長が率いる騎馬隊が精強になってゆくのは、不気味なのだろう。脅威ですらある。

「だが、呉用にお前は殺せない」

「だろうな」

生しておくには鬱陶しく、殺してしまうには不便、という事だろう。今のところ梁山泊では、林冲の騎馬隊が一番強い。

「だから、俺がお前を救いに来てやったのだ」

「無理だな」

「無理なものか。林冲、お前が何に苦しんでいるのかは、お見通しだ」

魯智深の手が伸びて、一瞬の隙を突いた。耳元から、付け髭が引き剥がされる。手を延ばすが、もう遅かった。魯智深は毛の塊をその並外れて大きな手の中に握り込んでいる。

「どの男だ、林冲。言うのだ。天下の豹子頭林冲を射止めたのは、誰だ」

絶句した。

あっさりと隙を突かれた事にも驚いたが、何も事情を知らない筈だというのに、見抜かれた。ひた隠しにして来たつもりだった。現に、誰も林冲を女だと気付いていなかったというのに。心まで、柔らかな女のものにならぬようにと、振る舞ってきた筈だった。

「以前よりも、美しい」

魯智深はそう言って、優しく林冲の頬を撫でてみせた。その所作は親が子供にするものに似ていて、飄々としたこの得体の知れない坊主に、林冲は何故だか懐かしさを感じた。堪らなくなって、どうしてなのか急に、目から涙が零れた。涙を見ても、魯智深は口角を上げたままだ。特徴的な、癖のある表情だ。だが、今は限りなく朗らかに感じられた。大らかで、どうしようもなく安心できる。

「苦しいか、林冲」

「ああ、苦しい」

「そうか。可哀想に。それも恋だ。林冲。どれほど苦さを味わった」

「一年」

「よし、俺が、お前を救ってやろう。もしも俺がお前の苦しみを取り除いたら…林冲、お前、俺と兄弟になれ。誰が居る場所でも、俺を見たなら兄上、と呼ぶのだ。なに、心配するな。既に武松という弟分が居るが、無口で良い男だ。妹を持つのは初めてだが、悪いようにはしない」

「魯智深」

名を呼ぶと、魯智深は膝を折って、林冲を抱きしめた。兄が居ればこんなものだったろうか。

「一度で良い。一度、想いが通じたなら、俺を殺してくれても良い。首を刺し出しても良い」

正直な気持ちだった。常に、張蘭の事を、復讐の事を考えるようにして、押さえつけてきた想いだった。能天気で、死者への侮辱としか思えぬ願いだった。

「そうまで惚れたか」

座っている場所は、岩山の間にある僅かな隙間だった。ここは人気がないが、すぐそこで部下達が調練をしている様子がよく見える。手を抜いたり、怪我をしている者が居れば、動きですぐにわかった。

「お前が惚れるのだから、余程良い男なのだろうな?」

「あれだ。あの、あそこに居る、歩兵を率いている男だ」

振り返って、どの男なのかをまじまじと確認してから、魯智深はまた、頬に手を置いて顔を上げさせた。

「成程、あれか…心配するな。林冲、俺がお前に良いようにしてやる。ただし、下らん我儘は言うなよ」

「わかった」

「それにしても、お前、心は丸っきり少女なのだな」

酷く危うい。

呟いてから、魯智深が続ける。

「今夜、月が空に浮かんだら、ここに来い」

「わかった」

例え、これが罠で、月が昇れば殺されるのだとしても、いい。そう思った。





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