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1-6

 その後、二人は、ゆっくりと来た道を戻った。

 麦畑や中心街は、すでに人が戻ってきていて、それまでの平穏を取り戻している。

 たぶん、ウテリア領では、これが日常茶飯事なのだろう。魔獣の襲来がよくあることは思いたくないが、少なくとも領民たちは、ウテリア領軍の強さを信じていて、有事の際の身の守り方をよく心得ている。

 領主の館に戻ると、あれほどいた人だかりはなくなっていた。代わりに、館の玄関先にウテリア領の女官たちが五人ほど集まっていて、なにやら困った顔で話し合っている。

(ん?)

 すると、女官たちは、クイの姿を見るなり、さめざめと泣き始めた。

(え? 何?)

 クイの代わりに、軍将が問いかける。

「どうしたんだ?」

「……それが。」

 すると、女官の一人が涙を拭きながら答えた。

「お止めしたんですが、もう用は済んだとおっしゃって。」

 事情を聞くと、どうやら、アムイリア領の侍女や従者は、すでにここを出発してしまったらしい。ウテリア領の女官たちは、彼らを引きとめたようだが、平和で安全なアムイリア領で暮らした彼らには、魔獣がやってくる領地に一秒もいたくなかったのだろう。見ると、建物の隅にクイの荷物がちょこんと置いてあって、クイは、

(さすが、父の人選だな~。)

と、しみじみと思った。別に、彼らのことを頼っていたわけではないが、ここまで後腐れなく置き去りにされると、感動すら覚える。

(これで本当に一人か。もう何してもいいってことだよね。)

 すると、そんなクイを不憫に思ったのか、ウテリア領の女官たちが、口々にクイを励ましてくれた。

「私たちがついていますからね。」

「何でも言ってくださいね。」

 そんなに気を遣ってくれなくても、自分は大丈夫なのに。何て返事していいか分からず、ちらりと軍将の方を見ると、軍将も優しく微笑んでいた。

「私も、ついているよ。」

 それが直視できなかった。

 バッとうつむいて、フードの両サイドを引っ張る。

 勝手に泣いてしまったからか、軍将と対峙するのが気まずかった。

(ああ、やばい、私、挙動不審だ。)

 けなげな女性って、どんなんだっけ。

 自分から遠すぎて、想像もできない。とりあえず、クイは、顔を隠したまま、

「……ありがとうございます、皆さま。」

と、小さな声で礼だけは述べた。


   ★


 それから、クイは、女官らとともに、軍将の案内で館を回った。

 領主の館は、領主が生活する建物の他、いくつもの建物が棟続きになっていて、例えば、避難所や備蓄庫、長老議会の会議室や集会所など、それらが迷路のように入り組んでいる。たぶん、増築に増築を重ねた結果なのだろう。

(わぁ~。私の館、最高~!)

 クイはその素晴らしさに、打ち震えた。

(こんなに、身を隠せるところがあるなんて。)

 それに、館の外壁。

 配水管などが、ゴテゴテと付け足してあって、まるで、あちこちに梯子はしごがかけてあるかのようではないか。

(こっそり、出かけたい放題かよっ。)


 ただ、肝心の領主は、とうとう現れなかった。

 どこかに出かけてしまっているのか、なぜか話題にも上らない。

 もしかしたら、言うに言えない事情でもあるのか。こうなったら、思い切って訊いてみようとしたところ、タイミング悪く、また兵が軍将を呼びにやってきた。

「軍将、ちょっと。」

「?」

 前回ほどの危機感はないので、今回は魔獣の襲来ではないようだ。

 兵が耳打ちをすると、軍将は、「すまないが。」とだけ言って、この場からいなくなった。

「どうかしたんですか?」

 クイの質問に首をかしげる女官らを見て、女官長が、

「心配いりませんよ。それより、お部屋にご案内しましょう。長旅の上、この騒ぎでしたもの、さぞ、お疲れになったでしょう?」

と、ニコリと微笑んだ。

 確かに、早くこの重たいローブを脱いで過ごしたい。

 そして、案内されたのが、領主の事がどうでもよくなるほど、広くて立派な部屋だった。

「わ~。」

「もう少しで食事の準備ができますからね。それまではここでくつろいでいらして下さいね。」

「ありがとうございます。」


 女官長たちが去ると、クイは、バッとローブを脱ぎ捨てた。

(いやっほ~。)

 この部屋は、とても豪華な部屋だった。

 入ってすぐに、応接セットがあって、四人分のソファが置かれている。その間には小さな机があって、クッキーと紅茶の軽食が用意してある。奥には、天蓋のある大きなベッドがあって、鏡台やクローゼット、小さな本棚、それに、窓を開ければ、バルコニーだ。

(すごいや~。ここからも降りれるじゃないか~。)

 バルコニーに出てみると、庭木が近くまで枝を広げていた。ここから、下に降りてもいいし、上に登って中心街を眺めてもいい。南向きなので、よく茂った葉がクイの姿を隠してくれている。

(私の部屋、最高~。)

 クイは、部屋の隅々まで見て回った後、大きなベッドに思いきり跳び込んだ。ふわふわのマットレスの弾力に、ひやりと冷たいシーツの感触。端から端まで行くのに、何度寝返りができるだろう。そんなことを考えながら贅沢を満喫していると、ふいに寂しさが差しこんできた。

(私、もう、一人なんだよな。)

 一人なら自由なはずなのに、なぜか、人恋しさが先に出る。

(会いたいな……。)

 母の墓石か、あるいは、アムイリア領に残してきた兄弟、剣の仲間、今は亡き先代軍将せんせい。その辺りがパパッと思い出されるものだと思っていたのに、頭に浮かんだのは、あのウテリア軍将の顔だった。

(ななな、何考えてるんだ。ちょっと褒められたぐらいで。)

 今日初めてあった人の顔を思い出すなんて。

 懐かしさの欠片もない。

 意識的に想像をかき消して、クイは自分を落ち着かせようと、ゆっくり長く息を吐いた。

(私、浮かれすぎ……。)


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