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1-4

 一方、ウテリア領主オレリアスは、

「ふう、終わったか。」

と、数匹の魔獣が南へ帰っていくのを見送っていた。

 視線を落とすと、花嫁を迎えるために引っ張り出してきた一張羅は、魔獣の返り血で汚れてしまっている。着替える暇がなかったとはいえ、正式な礼装はこれ一着しかないのに、あとで女官たちに何て言われるか。オレリアスは、そんな想像に一人、苦笑いをした。

 実は、オレリアスは、領主と軍将を兼務している。

 領主でもあり、軍将でもあるのだ。

 オレリアスは、血振りをしてから大剣を納め、社にいる彼女を想い返した。

(早く戻ってあげなければ……。)

 魔獣を無事追い払った事、もう心配しなくてもいい事、皆彼女に感謝している事。伝えなければならないことは、たくさんある。

「はぁ。」

 オレリアスは、重苦しいローブを着た彼女を思い出して、ため息をついた。

 オレリアスの目に映った彼女は、背こそ高い方だったが、まだ幼い顔をしていた。たぶん、ものすごく緊張をしていたのだろう。彼女は、真っ青な顔をして、立っていることもままならないほど怯えていた。

 哀れで可哀想な少女。

 その印象が一変したのは、魔獣騒ぎが起きてからだった。彼女は、戦地に向かうオレリアスに「私も連れて行ってください!」と言ってきたのだ。それが、どれほど勇気を振り絞った言葉だったか。魔獣を恐れていないはずがないし、実際、彼女の手は、とても冷たかった。恐怖に血の気が引いていたのだろう。だが、彼女は、その恐れを振り払い、とても気丈に振舞っていた。

(思っていたとおり、……心の強い女性だった。)

 彼女を想うと、反対に、自分の無力さが情けなくなる。

 あんなに年若い少女に、ウテリア領の命運を背負わせてしまうなんて。

 現実の問題、ウテリア領はもう、彼女なしでは立ち行かないほど行き詰まっている。彼女だけが、ウテリア領の希望だった。彼女が領主夫人として結界士を生み育ててくれれば、向こう百年、領民は安心して暮らしていける。

 だが、その念願の平和は、彼女の犠牲の上に成り立っていた。彼女が、自分を押し殺すことで、はじめて叶えられる平和なのだ。

 そんな彼女に、このウテリア領は何をしてやれるだろう。彼女のすべてを奪い、一生ウテリア領に縛り付けて、どうやって彼女を幸せにできるというのか。


「呼び出して悪かったわね。」

 聞きなれた声に振り返ると、そこには、女兵長スフィアが立っていた。

「こんなに早く済むなら、花嫁と花婿の対面を邪魔したりしなかったわ。」

 兵長スフィアは、部下であり、幼馴染だ。

「……ああ、それなんだが。」

 オレリアスは、言葉を濁すと、

「……クイ姫が社にいる。」

と、顔をそむけた。

「え?」

「だから、今回早く片付いたのは、クイ姫が手伝ってくれたお陰なんだ。」

 すると、スフィアは、眉をひそめた。

「は?! それ本当なの?!」

 ウテリア領の方へ目をやると、そこにいるはずのない結界士長ヒューが手を振っている。

「あきれた! 着いて早々こんなことに巻き込むなんて、男気の欠片もないわね!」

「いや、俺はそのつもりはなかったんだが、クイ姫自身が連れて行けと……。」

「それを鵜呑みにして連れてきたの?! そこを安心させるのが男でしょ?! 馬鹿じゃないの?! むやみに怖がらせてどうするのよ!」

 スフィアの罵倒は容赦がない。

「それに、ヒューもヒューだわ! 自分の持ち場を放棄しておいて、何が結界士長よ! へらへら笑ってんじゃないわよ!!」

 矛先がヒューに移ったのをいいことに、オレリアスは、

「……じゃあ、俺は、クイ姫のところに戻るから。」

と、スフィアから逃げ出そうとした。

 しかし、すぐさま、

「その格好で!?」

と、痛烈にたしなめられた。

「よく自分を御覧なさい! あなたみたいな血まみれの大男がやってきたら、どんな女性も魔獣だと思って逃げ出してしまうわ!」

「魔獣?」

 あんな物と一緒にされたくなかったが、周りで片づけをしていた兵士たちがどっと笑い出したので、オレリアスは頭をかいた。

 指先に、ぐっしょりとした返り血の感触が際立つ。

「……わかったよ。ちゃんと、詰め所で洗い流してから行くよ。」

「当たり前よ!」

 すると、結界士ヒューが、ローブのフードを被りながら、こちらに歩いてくるのが見えた。

「軍将~。」

 ヒューは、オレリアスに用があるらしい。オレリアスの隣では、スフィアがヒューを睨んでいたが、ヒュー本人は、そんなこと気にも留めていない。

「あのさ~、西の方角で変な感じがしたんだ~。見に行きたいんだけど、一人じゃ怖いからさ~、ゴドウィンを借りてもいい~?」

 このぬるい口調。

 オレリアスは、ため息をついた。今に始まったことではないが、ヒューは、誰であろうとタメ口を使う。自分が責任ある立場にあるという自覚がない。

「ああ、わかった。」

 すると、兵長ゴドウィンが、事の成り行きを察してこちらにやってきた。

 ゴドウィンは、すらりとした長身の老剣士だ。

「すまないが、しばらくヒューに付き合ってやってくれないか?」

 オレリアスが頼むと、ゴドウィンは黙って頷いた。

「じゃ、ゴドウィン、行くよ~、早く早く~。」

 ヒューが気安く呼び寄せても、年長者ゴドウィンは文句一つ言わない。人生の先輩として、もう少し小言の一つでも言ってくれれば、こちらも助かるのに。

 オレリアスは、二人の後ろ姿にため息をついた。


 ウテリア領軍は、この四人を中心に構成されている。

 領主で軍将のオレリアス。

 その下に、二人の兵長ゴドウィンとスフィア。

 そして、結界士長のヒュー。

 だが、兵長スフィアは、気に入らないことは誰であろうと噛み付いてかかるし、結界士長ヒューは、何もかもを適当にすます、いい加減な若者だった。その上、一見まともそうな兵長ゴドウィンも、残念なほど寡黙で、若者たちの言いなりに甘んじている。

(……あ~。もう少し使える人材がいれば……。)

 ときどき、切実にそう思う。

 領軍をまとめるためとはいえ、オレリアスは、気苦労ばかりさせられていた。


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