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中庭には、マーティンの部下が数人、かがり火を焚いていた。彼らは、たぶん、ここでオレリアスたちを迎え撃つつもりなのだろう。だが、そこに、クイが突然とび出て来て、彼らは、その出来事に唖然とした。
「マーティン!! 出て来い!!!」
クイは、誰にも咎められることなく、中央の桜の老木まで来ると、もう一度、建物全体に向けて大声で叫んだ。クイの声は、外壁に反響しながら、夜空の彼方に抜けていく。
「マーティン!! 私に臆したか! さっさと出て来い!!!」
クイの声に、マーティンの部下たちが建物から顔を出した。
当のマーティンは、一番最後だった。
右手側の三階の窓から、面倒くさそうなマーティンが顔を出す。
「マーティン! さっさと降りてこい!」
すると、マーティンは、
「お~い。ヨシュアが、こいつを逃がしたぞ。まだ、その辺にいるから、ヨシュアを捕まえておけ~。」
と、部下らに命じた。
「ぬぉ!」
クイは慌てた。
つい勢いで中庭に出てきてしまったが、このままでは、自分を解放してくれたヨシュアが、クイのせいで捕まってしまう。
「わ、わわわ、私。」
嘘でも、「ヨシュアなど知らない。自分の力で出てきたんだ!」と言えばよかった。だが、クイがまともに喋れないうちに、元いた部屋から、
「捕まえました!」
と、声が上がった。
(あわわわ。)
ほどなく、その部屋から、両手を縛られたヨシュアが引きずり出された。
(……やってしまった。)
恐々(こわごわ)ヨシュアを見ると、ヨシュアは、
「だから、領地人は嫌いなんだ! もっと合理的に考えられないのか?! 領地人は馬鹿なのか? 馬鹿ばっかりなのか?!」
と悪態をついていた。
(あわわわわ。)
返す言葉もない。
「くそ! 触るな!! 馬鹿がうつる!!!」
生粋の王国人であるヨシュアが、別の部屋に連れられていく。
それを、クイは、ただ呆然と見送る事しかできなかった。
(ああ、ごめんなさい。私が、馬鹿だったばっかりに……。)
すると、上の方から、マーティンの笑い声がした。
「あはは! 久しぶりに、素のヨシュアを見た。」
マーティンは、ひとしきり笑うと、ふっと三階の窓から姿を消した。そして、しばらくすると、一階、カウンター裏の扉が開いた。
「待たせたな。」
クイは、剣を構えた。
マーティンが、何のためらいもなく長剣を抜いて、こちらに近づいてくる。
「では、天誅とやらを、食らわせてもらおうか。」
長剣を一振りすると、マーティンに強者の風格が現れた。
国王軍兵長マーティン。その肩書きは、伊達ではない。
オレリアスは別格としても、マーティンには、領軍の軍将以上の実力があった。
(来る!)
クイは、後ずさりをしながら、間合いをはかった。
近づいてくるマーティンの顔が、不敵に笑っている。
「ふふふ。血まみれで倒れているお前を見たら、オレリアスは、どんな反応をするかな?」
笑うマーティンの瞳。
その奥に、深い深い闇が見えて、クイは、ふうと息を吐いた。
(ああ、これは堕ちていく人間の目だ。……底のない、……奈落に。)
鋭い殺意に、手のひらから汗がにじんだ。
剣を交えなくても、マーティンが自分より強いことは分かる。
でも、後悔はない。
(きっと、私は、千回同じ岐路に立たされても、今と同じ選択をする。)
多分、もうオレリアスには会えない。
自分の死を、オレリアスがどう思うか。
でも……。
(ごめん、オレリアス。私の勝手を許して。)
クイは、生への執着を捨てた。
マーティンにだけ集中すると、不要な感覚がそぎ落ちていった。




