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1-2

 ウテリア領内の街道に入ると、クイたち一行は、すぐにウテリア領民に取り囲まれた。

「ようこそ! ウテリア領へ!!」

 次々に集まる領民たち。

 彼らの数は見る間に増え、さっきまで農作業をしていた老人までが、農機具を放り出してついてくる。 気づくと、クイのローブの端っこには、多くの子供たちがくっついていた。

(もしかして、結界士って珍しい?)

 クイが戸惑っている間にも、山のように花や手紙を差し出される。

 クイたち一行は、よろけるほどの歓迎を受けた。

 そして、領民たちに押し出されるように領主の館に案内され、そこでも大勢の領民たちに出迎えられた。

(わわ、すごっ。)


 館の前には、一人の男性が立っていた。

 女官らが後ろに控えてみるところをみると、それなりの地位にいる人間のようだったが、この男性に、クイの目は釘付けになった。

 それは、身の丈二メートルはあろうかという大男。がっしりとした肩に、太い腕。上半身は、逆三角形に引き締まっていて、腰には規格外の大剣をたずさえている。しかも、その眼光は、明らかに只者ではなく、クイは、

(なんだ、こいつ!)

と、恵まれすぎた体格にイラっとした。

 あんな重そうな大剣、どうせ飾りに決まっている。

 すると、その大男は、クイに近づいてきて、

「よく来てくださいました。」

と、手を差し伸べた。どうやら、彼は、握手を求めている。

(え? ま、ままま、まさか。こ、こいつが、ウテリア領主?!)

 見上げると、至近距離の彼は、思ったよりデカい。

(このやろ!)

 試しに、クイは、頭の中で彼に切りかかってみた。下から懐にもぐりこんで、あるいは、フェイントを駆使して後ろに回りこんで。だが、何パターンか切り込んでみても、クイは簡単に弾き飛ばされてしまう。自分の脳内のイメージすら勝てる気がしない。

(やばい、相当強い。)

 足の裏から、汗がにじんでくる。

 クイは今まで、これほど実力差を感じる相手にめぐり会った事がない。

 すると、

「長旅は、大変だったでしょう。我がウテリア領へ、よくいらしてくださいました。」

と、彼が微笑んだ。

(わ、我がウテリア領?! やはり、こいつがウテリア領主か?!)

 クイは、ただ、青ざめた顔で彼を見上げることしかできなかった。

 圧倒的な体格差。しかも、年齢も一回り上のようで、彼は、落ち着いた大人の色気までかもし出している。

(こ、こんなやつを、力ずくで追い出せるのか?!)

 考えようとすると、頭の中が真っ白になった。

(こ、この私が負ける?!)

 もし、負けてしまったとして、その後の自分はどうなってしまうのだろう。

 ウテリア領を追い出されるのは、まあ仕方がない事として、それとは別に、そのまま結婚させられてしまうという可能性があるのではないか。

(……え? え?!)

 このとき、クイは初めて、差し迫る乙女の危機を感じていた。

 結婚式は、一週間後だ。

 クイは、本来、結婚が決まった時点でするはずの覚悟を、今日の今日まで考えていなかったのだ。

(あ、あんな腕でつかまれたら、逃げられない!!)

 クイは、ふらふらと倒れそうになった。

 すると、握手に応じてもらえなかった彼は、それを無礼に思うでもなく、

「大丈夫かい? そんなに緊張しなくてもいいんだよ。」

と、クイの肩に手を伸ばそうとした。

(ひ、ひぃぃぃ~~。)


 その時だった。

「軍将!! 軍将!! 大変です!!」

 歓迎ムードを引き裂くように、緊迫した声が近づいてくる。

 クイが振り返ると、ざわめく群衆を割って、兵が一人、こちらに向かって走ってきていた。

(え? 何?)

 兵は、まっすぐ大柄な彼の前までやってきて、

「軍将!! 魔獣です!!」

と言った。

(魔獣?)

 大柄な彼は、慌てるでもなく、兵に状況を問いただす。

「数は?」

「十です。」

「わかった。すぐ行こう。」

 そして、彼は、領民たちにてきぱきと指示を出した。

「全員、第一防衛線まで退避。皆は、このまま避難所へ向かってくれ。手のあいているものは、逃げ遅れた人がいないか、確認に回ってくれ。」

「分かりました。」

「女官長は、客人を頼む。」

「お任せください。」

 見回してみると、おろおろしているのはアムイリア領の人間だけだった。領民たちは皆、きびきびと動き出していて、アムイリア領の侍女と従者の三人だけが、ガタガタと震えながら立ち尽くしている。

(魔獣が十頭って、結構な数だよな~。)

 そんな事を考えていたクイだったが、もっと重要な情報を耳にしていることに気がついた。

(あ! 今、この兵士、こいつを「軍将」って言った!!)

 記憶をさかのぼってみても、やはりそうだ。

 この兵は、この男の事を「領主」ではなく「軍将」と呼んでいる!

(なんだ、そういうことか。)

 クイもおかしいと思っていたから、納得するのに時間はいらなかった。

 つまり、この大男は、ウテリア領主ではなく、ウテリア軍将だったのだ。

(ということは、ここの領主は、花嫁の出迎えを他人任せにする「ダメ領主」ってことじゃないか!!)

 クイの知る限り、領主とは大概そういうものだ。

 クイの勝手な持論はこうだ。

 まず、第一に、領主にろくな人間はいない。領主は、生きていく上での苦労をほとんどしていないので、働かねば飢え死にするという概念がない。

 そして、第二に、領主は、大まかに二つの種類に分けられる。一つは、血筋を鼻にかける見栄っ張りタイプと、もう一つは、領主である事に興味を失っているオタクタイプだ。前者は、血統を絶やさないことだけしか考えていないため、花嫁探しに積極的で、反対に、後者は、どうでもいい趣味に没頭し、結婚さえすれば、領主としての使命を果たしたと、勘違いしている。

 この持論から推測すると、ウテリア領主は、後者のオタク系領主に間違いがなかった。

(その方が、こちらもやりやすい!)

 その推測に、クイは、気力を取り戻した。

 どう考えても、目の前の軍将を倒すより、根暗な領主をいじめるほうが簡単だ。

 まずは、根暗な領主をひっ捕まえて手下にし、それから、この領主から軍将の弱点を吐かせればいい。 そうして、軍将をネチネチといたぶってウテリア領から追い出し、最後に、領主も放り出してしまえば、綺麗サッパリ。ウテリア領はクイのものだ。

(うふふ。)

 すると突然、大柄の軍将がクイを呼んだ。

「クイ姫!」

「は、はい!」

あわただしくてすまないが、しばらく女官たちと一緒に待っていてくれないか。大丈夫、心配はいらない。ただ、挨拶は後にさせてもらうよ。」

 軍将は、そう言うと、さっと戦場へ赴こうとした。

 けれど、その後ろ姿に、クイは、

「待って! 待って下さい!!」

と、叫んだ。

わたくしも参ります! 軍将様! 私も連れて行ってください!!」

 クイが手を差し出すと、軍将は、驚いたようにクイの瞳を見つめ返した。

「いいのかい?」

 もちろん、クイは、魔獣など恐れはしない。

「はい。」

 その間にも、人々は、館の併設されている避難所に流れていく。アムイリア領の侍女たちも、とっくにいなくなっていて、ウテリア領の女官たちは、クイも連れて行こうと気をもんでいたが、軍将は、それを一瞥して、

「いいんだね。」

と念を押した。

「はい!」

 はっきり応えると、軍将は、柔らかく微笑んだ。

「ありがとう。君の勇気に感謝するよ。」

 軍将はそれだけ言うと、クイの手を取った。

 軍将の手は、大きくて硬くて、ぐいと引っ張られると、体が浮いてしまいそうなほど力強かったが、それも不快には感じなかった。もしかしたら、魔獣の襲来というスリルにワクワクしていたからかもしれない。クイは、足元にまとわりつくローブを引き上げながら、懸命に軍将の後を追って走った。


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