表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/55

1-1

   一日目


 クイは、木登りをしていた。

 街道から少し離れた、小高い丘の上。

 そこには、ちょうどいい枝振りの大木があって、クイは、この木を上へ上へと登っていった。下では、中年の侍女二人と初老の従者が、怒ったりなだめたりしながら、クイを下ろそうとしている。が、 クイは、そんなことお構いなしに枝を渡った。

(うわ~、綺麗~。)

 青葉の隙間から、ウテリア領の全景が見える。

 それは、北の森を源流とするウテリア川と、そのウテリア川が作り出した扇状地だった。蛇行して流れるウテリア川は、おだやかにウテリア平野を潤していたし、収穫前の麦畑は、風になびいて金色の海のように波打っている。北西の傾斜地は、低く手入れされた広葉樹が並び、あの濃い緑は多分、柑橘系の果樹園だ。蜜柑か、檸檬か。まだ実りの時期ではなかったが、それらの収穫を想像すると、興奮で胸が高鳴ってくる。

(私の領地、最高~!)

 ただ、じっと目を凝らしてみると、そのすべてが理想的という訳でもないことに気が付いた。

 たぶん、ウテリア領は、アムイリア領よりも数段貧しい。

 大きな建物がある中心街は一つしかなく、領民たちは、粗末な民家で暮らしている。行き交う人の数も少なく、活気づいた場所もない。それに、南側に築かれている障壁がどう見ても低かった。横を歩く人と障壁とを比べても、高さも厚みもどちらも足りない。

 いや、それだけじゃない。

 クイは、大きく息を吸い込んで唸った。

(ここの空気。瘴気が混じっている。)

 これほど瘴気が混じっていれば、魔獣は充分息ができる。つまり、瘴気を払うはずの結界があまり機能していないということだ。領地の守りは、障壁と結界が両方揃って、はじめて意味を成す。しかし、ウテリア領は、そのどちらも貧弱で危うかった。これでは、いつ魔獣の襲撃があるか分からない。

(……ま、だから、名家の令嬢が必要だったんだろうけど。)

 そうやって考えると、ウテリア領が少し、気の毒になってきた。

 貧しさのせいで、ろくな障壁も築けず、しかも、まともな結界も張られていない。そんな危機的状況で、領民の希望を背負ってやってきた名家の令嬢が、出来損ないのクイだったなんて。

(……う~ん。……ウテリア領って運が悪いな。)


 クイは、慣れたように枝を降り、ある程度まで来ると、ザッと地面に舞い降りた。

「はい、お待たせっ。」

 周りを見渡すと、侍女たちが、ぎっとクイをにらんでいる。

「もう! 誰かに見つかったらどうするおつもりですか?!」

「大丈夫だよ~。上からも見たけど、誰もいなかったもん。」

 すると、侍女の一人が、荷物から結界士のローブを取り出した。

「なら、今しかありませんね!」

「わわっ。」

 思わず身構えると、侍女の怒りに火が付いた。

「いい加減、結界士の格好をなさい!! あなたはルルト家の人間でしょう?!」

 そう、そうなんだけど。

「あわわ。」

 ルルト家は結界士の名家だ。

 結界士は血の濃さがそのまま能力に現れるので、クイ以外は皆、優秀な上級結界士だ。彼らは、瘴気を浄化する能力と引き換えに、体質的に瘴気に弱いので、浄化作用のある銀の糸が縫い込まれたローブを、日常的に羽織っていなければならない。

 けれど、ルルト家に生まれながら、クイはなぜか、瘴気に耐性があった。

 出来損ないでも、一応結界士のはしくれなのに、普通の人間としてみても瘴気の害に鈍感だった。不思議と、多少の瘴気なら、何の不調もきたさない。

 そのため、クイは、早々にローブを着ることをやめてしまっていた。クイにとってローブは、「長い・重い・動きにくい」の三拍子そろった、ただの防寒具でしかない。

「……お、重い。」

 せめて、銀の糸を縫い込まない、クイ専用のローブを作ってくれたらよかったのに。

 渋るクイに、侍女が目を吊り上げた。

「これで、あなたの体格は隠せるでしょ?!」

「……はい。」

 体格が隠せる上に、下に男物の服を着ていても分からないなんて。

 現状、こんな便利なアイテムはない。

「ううう。」

「それから、その剣は寄こしなさい。」

「はうう。」

 剣先がローブに当たるため、ローブを着ても剣はバレる。

「……あうぁ。」

 未練がましい声を上げると、侍女は見かねて、その剣をクイの嫁入り道具の中に突っ込んだ。

「いいですか? もし荷物を見られたら、先代のアムイリア軍将の形見かたみとでも答えるんですよ。」

「……はぁい。」

 嫁入り道具の中から剣が出てくるのを想像して、クイは、よくできたいい訳だなぁと思った。

 しかし、これで、クイは、丸腰で敵陣に向かうことになる。

 正直、心細すぎて泣いてしまいそうだ。

(あ~あ、どうして私は、こんな風に生まれたんだろう。)

 ローブの懐かしい重量感に、クイはあらためて、自分の生まれを嘆きたくなった。

 同じ家に生まれ、同じ両親の血を受け継いだのに、クイは、他の兄弟たちと同じではない。才能もなければ、体質も違う。本当は、クイも、兄弟たちと同じ苦労がしたかった。一緒に勉強して、励ましあって、立派な結界士に成長して、どこかの領地を守れたら……。

(……何をいまさら。)

 ウテリア領に目を向けると、すっと心が落ち着いてくる。

(私は私。)

 すでに選べる道はない。

(私はもう、上級結界士としては生きられないんだ。だから、剣士として生きるしかない。もう、とっくに分かってる!)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ