4-2
そのころ、クイは、相変わらず結界柱を刺し直す作業を続けていた。
特に危険な事はなかったし、スフィアとも話す事がなくなっていたから、単調な作業の繰り返しだったのだが、クイは、苛立ちを募らせていた。これではあまりに居心地が悪い。
(きー! なんで、こんなに増えているのっ!)
明らかに護衛の数が増えている。
目に見える範囲で三人、遠く離れたところにも三人。等距離を保ちながら、それとなくクイについてきている。
思えば、作業初日の護衛は、スフィア一人だけだった。なのに、次の日には二人増え、さらに今日になって、遠巻きに三人増えた。合計で六人もの護衛がクイについてきているのだ。そんなに危険な作業でもないのに、どうしてこんなにも護衛がつくのか。
クイは、しおらしい女性を演じながら、彼らの存在を忌々しく思った。
(くっそ~! 三百六十度、名家の令嬢を演じるのが、どれだけ辛いか、考えてみろ!!)
★
結界柱の作業が終わったのは、昼前だった。
社には勝ち誇った顔のヒューがいて、「遅かったじゃないか~。」と煽ってきたが、そんなことはどうでもいい。スフィアもそう思ったようで、
「あなたは今日、夜勤でしょ? さっさと帰ったら?」
と、冷たくヒューを追い払った。
「……お、おう。」
(さて、これからどうしよう。)
クイは、結界柱の予備を社の床下に片付けながら考えた。
まず、あの軍将からどうやって逃げればいいのだろう。断る理由はなくなってしまったし、こっそりいなくなったら大事になる。覚悟を決めて食事ぐらいは付き合わなければならないだろうか。本当なら、引きこもり領主を探しに行きたかったが、それをごまかすいい口実が見つからない。
(う~ん。困ったな~。)
何気なく周りを見渡すと、今日は、兵たちが忙しない。書類を抱えて走る兵もいれば、何か大きな道具を運んでいる兵たちもいる。もしかしたら、今日は、特別な何かがあるのかもしれない。クイがスフィアに、
「何かあるんですか?」
と問いかけると、スフィアは、なぜか(ん。)と表情を曇らせた。
「これはね、ちょっとした訓練よ。たいしたことじゃないわ。」
なるほど、ウテリア領軍が強いのは、日頃から頻繁に訓練をしているからなのか。
クイが感心していると、スフィアは、後片付けを急かしてきた。
「で? 終わったの? 終わったんなら、あなたを館に送るから、今日は館で休んでいなさい。」
「え? あ、あの、その。」
こんなに早い時間に館に戻ったら、お出かけ好きの軍将か、あるいは、お喋り好きな女官たちに捕まってしまう。
「わ、私、館に戻る前にまだ、や、社でやっておきたい事があって……。」
本当はやっておきたいことなど何もないのだが、社は何かと都合がいい。社は程よく狭い上に、ヒューぐらいしか入ってこない。ヒューは夜勤みたいなので、今日は夕方までくつろげる。
「やっておきたいこと? 今日じゃなきゃダメなの?」
「……は、はい。」
「そう、それなら仕方がないわね。私は詰め所にいるから、終わったら必ず、私のところに顔を出すのよ。」
「はい。」
そして、スフィアは、若い兵三人を呼び寄せた。
「あなたたち、詰め所の当番でしょ? そちらは足りているから、クイの護衛をしてあげて。」
(え? 社にいるだけなのに、護衛がつくの?!)
社のすぐ近くには詰め所があるので、護衛が要るとは思えない。
だが、兵たちは驚くでもなくその命令に従った。
「分かりました。」
「じゃ、よろしくね。」
「はっ。」
スフィアが去り、クイのそばに三人の護衛が残されると、クイは、落ち着けないほど不安になった。
(え? 何? 何のための護衛?)
結界はほぼ整ったのに、まだ魔獣襲来でもあるんだろうか? と考えてみて、
(ああ、そうか。)
と、クイは別の理由に気がついた。
(……私、逃げ出すと思われているんだ……。)
スフィアに悪気はないんだろうが、たぶん、これがウテリア領の総意だった。
可哀想なぐらい思いつめている花嫁が土壇場になって逃げだす、そんな未来を危惧するからこそ、護衛の数が増えているのだ。
(別に、逃げたりなんか、しないのに……。)
そう教えてあげてもよかったが、侵略者の分際で、都合の良い部分だけを信じてもらおうというのは、おこがましすぎる。この辺の居心地の悪さは、甘んじて受け入れなければならないのだろう。
「あの、私、社に入りますが、皆様も入られますか?」
問うと、三人の護衛は首を振った。
「いいえ、我々は外におりますので、何かありましたら、お声かけください。」