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三日目
昼。
昨日にひきつづき、クイが結界柱の差し替え作業を行っている間、軍将オレリアスは、外界に呼び出されていた。なんでも、障壁の見回りをしていた兵が、肉眼で見えるか見えないかの距離に、妙なものを見つけたらしい。
その現場に見に行ってみると、オレリアスは、あまりの光景に度肝を抜かれた。
「な、なんだ、これは?!」
それは、今までに見たことのない光景だった。
外界の荒野に、たくさんの魔獣の死体が並んでいる。
「何があったんだ?!」
オレリアスが問いかけると、先に現場を調査していた兵長ゴドウィンは首を振った。詳しい事は分からない。兵たちがそれらを往復して情報を集めているが、まだその全貌にはたどり着けていない。
「……。」
最西端から東へ、障壁と平行に並べられた魔獣の死体。
オレリアスは、一番近くにあった魔獣に近づくと、その死因を調べた。
大量に出血しているが、致命傷となっている傷は一ヶ所。頚動脈が鋭い刃物で切り裂かれている。
オレリアスは、傷口を手でなぞりながら、
「人間の仕業か……。」
と唸った。
魔獣同士の縄張り争いなら、特に問題にすることではない。だが、これは人間の仕業だった。だとしたら、その目的は何なのか。
「……この傷。」
オレリアスは、この傷に見覚えがあった。
あれは二日前。結界が破れ、障壁を壊して入ってきた三匹の魔獣。それらが、ちょうどこういう傷を受けて死んでいた。急所を一撃。傷の深さもほぼ同じ。同じ力で同じ太刀筋なら、まず、同じ人物がやったとみて間違いはない。
(あのときの、細身の男か……?)
オレリアスは、気味の悪いものを感じていた。
結界が壊れた現場にたまたま現れ、魔獣を切って去ったという男。その男は、ウテリア領を去ったと見せかけて、実は、外界に身を潜めていたのだ。
しかも、他領地からそのような男が出入りした形跡はない。中心街でも、その男らしき目撃情報はない。つまり、その男は、外界からやってきて、今も外界のどこかにいる可能性が高いのだ。
(……バカな。)
オレリアスは首を振った。
とにかく、その男の情報が少なすぎる。
目撃証言によれば、その男は、魔獣を切った後しばらく外界を眺めていたらしい。たぶん、その男は、何かが来るのを待っていたのだ。敵か、仲間か、あるいは、何かが始まる前兆か。
「軍将。」
呼ばれて振り返ると、あらかた調査を終えた兵長ゴドウィンが、険しい顔で立っていた。
「時期が悪すぎますな。」
この言葉に、オレリアスも頷いた。
ゴドウィンの言うとおり、問題はそこだった。
今、ウテリア領は、結界士の名家から花嫁を迎え入れている。結婚式は四日後だ。そんな大切な時期に、目的の分からぬ不審な男が現れ、外界を荒らし始めたのだ。
これはただの偶然か。
オレリアスは、ただの偶然であってほしいと願いながら、
「ゴドウィン、クイ姫の護衛を増やしてくれ。」
と命じた。
ウテリア領の障壁は低いため、社付近を除いて、どこからでも出入りできる。外界からやってくる人間を警戒しきれない以上、ウテリア領で最も重要な護衛対象を守り抜くしか方法がない。
ゴドウィンは、黙ってその命に頷いた。
このとき、彼らの足元に結界柱が埋まっていたが、誰もそのことには気が付かなかった。