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「――わかった」

「ほんとですか!?」


 俺が押し殺したような声でそう告げると、セレスが満面の笑みを浮かべ、ついで俺の後ろから今にも人を殺せそうな次元の殺気が炸裂した。


 思わずひきつりそうになるのどを必死になだめ、その続きを口にする。


「――だけど、下着はダメだ」

「……え?」

「…………え?」


 セレスのみならずミーシャまでもが思わずといった具合に反応しているが、今はそっちを気にかけている余裕はない。


「さっきも言ったけど、俺だって普通に男性だ。女性の下着を選びにつれて行かれて平常心を保てるほど、悟っちゃいねえんだよ。だから、一緒に買い物に行くぐらいのことはしてやるが、下着はさすがに難しいんだわ」


 単純に要求をのむことはせず、少しだけ条件をゆるめるという俺の選択は、偶然にもミーシャの怒りを収める方にも効果を発揮したらしい。気づけば、俺の後ろから刺すように発されていたプレッシャーはいつの間にか消えている。本来の予定だったらここでミーシャに誤解を解いてもらおうかと思っていたのだが、その必要は無いかもしれないな。


「ユースケ様……」

「まぁ、なんかテキトーにおごってやるからさ」

「むー……せっかくユースケ様を篭絡できるチャンスでしたのに……」

「篭絡ってお前な……」


 俺があきれたような顔をしていると、ふと後ろから声がかかった。


「……ねえ」


 とんとん、と肩を叩かれた俺が振り向くと、なぜか若干笑顔のミーシャがそこに立っていた。


「私も買い物につれてって?」

「え? えーと、それは……」


 セレスだけじゃなくてミーシャの買い物にまでつきあっていたらそれこそせっかくの休みを丸一日つぶすことになる。そう考えてミーシャの誘いを断ろうとしたが、よく考えたらミーシャも一緒につれていけばいいだけの話だということに気がついてあわてて軌道修正する。今し方発揮された殺意を目の当たりにしていれば当然の対応……だろう。


「……いや、うん、いいぞ」

「ほんと!?」


 実にうれしそうな表情で喜んでいるミーシャを見ていると、まさかミーシャをうかつに刺激したくなくて半ばご機嫌取りみたいな感じで承諾したのだ、なんて言えない。それこそ藪蛇というものだ。


「はぁ……」


 つい数ヶ月前までは無縁だった謎の気苦労に、思わずため息が漏れる。そんな俺を見ていたセレスが、ふとこんなことを聞いてきた。


「……そういえばユースケ様、一つふと疑問に思ったのですが」

「ん? どうした?」

「ユースケ様は、大きい胸の女性と小さい胸の女性、どちらが好みのタイプなんでしょうか?」

「…………え?」


 タイミング的にも内容的にも唐突な質問に思わず全身の動きが一瞬硬直するのを避けられないが、セレスはそんなことなぞ知ったことかとでも言いたげな期待のまなざしをこっちに照射してくる。


 くっそ、好みのタイプっつったってな……こちとら、今こそはパーティーメンバー3人中の2人が女というハーレム的な状況を知らないうちに作り上げてるけどさ、もともと日本にいたときはそんなことを考える気もしなかったんだぞ? 女友達とか、せいぜい結衣ぐらいしかいなかったわけだし。


「いや、そういうえり好みができるほどチャンスに恵まれてこなかったっていうか・・・」

「まあまあ、そういう御託はいいですから」

「え!? ちょいまて、それが本音なんだっての……」


 笑顔のまま俺の回答を言い訳とバッサリ切り捨てたセレスに表情がひきつるが、俺の不幸はそこで終わるはずもなかった。


「……私も気になるかも」

「ミーシャ!?」

「ほら、ミーシャさんもこう言ってるじゃないですか」


 嘘だろ!? という内心の叫びは無視するも、つつぅーっと額からいやな汗が一筋頬を伝うのだけはどうしようもない。


「んなこと言われたって、まず考えたこともないんだけどな……」

「では今考えてください」


 笑顔のまま一歩俺ににじりよってくるセレス。なんというか、この有無を言わせない感じがものすごく怖い。


「なっ……!? っつかお前ら、この質問はやけにグイグイ押してくるな!?」

「それは当然ですよ。私には重要な話ですからね」

「私にも重要だよ?」

「くっそ、こんなときだけ同調しやがって……」


 適当に対応をしながらも、俺の頭の中はこの生涯一、二位を争う問題の解決に向けて全力で回転していた。


 身近にいる女で胸の大きいのと言ってふと思いつくのはセレスで、胸の小さいのといったらミーシャ。さっきの酒場でのやりとりからわかるとおり、自分の胸囲にただならぬ思い入れがあるこの二人を前にしてこの質問を回答するというのは、俺が選ばなかった方のどちらかの機嫌を著しく損なうことがありえるということだ。


 どっちも普段から顔を合わせるような仲だし、ここで本音をぶちまけて機嫌をずっと回復させないまま生活をするというのは俺だって居心地が悪すぎる。


 でももしかしたら、この後の買い物でその機嫌をなんとか水準レベルまで戻すことも可能かもしれない。だが、いくらクエストの臨時報酬があるとはいえ、人間の機嫌一つのために金を消費するのは今の俺にとってありがたくないことだ。


 となると、ここで俺にどっちの機嫌も損なわないような回答を返すという高等手段が求められてくる。ただしそこは日本では女っ気ほぼゼロで通してきた男、神谷祐輔。明確な解決策など持ち合わせている訳もない。


(訳もない、じゃねーよ! 完全に詰んでるじゃねぇか!)


 俺の思考がかつてないほどのスピードで動かされ、思わずセルフつっこみを入れながらもどうにかして解決策を探っている最中。


 無意識に二人をよけながら視線を泳がす先に、それがふと目に留まった。緊急用クエスト召集用の大鐘があるってことは、まず間違いない。


「…………あ」

「「あ?」」


 意外と簡単に思いついた逃げの一手に思わず声が漏れて、あいつらがオウム返しに反応してきた。が、そんなことは知らない。思いきり息を吸い込んで、とっさに用意した台詞をいっきにまくし立てる。


「――あっ、あんなところにギルドが見えるじゃないか! よっしお前ら、あそこまでいっちょ競争しようぜっ!」


 そして、その言葉を言い終わるやいなやセルフで「よーい、ドンっ!」と合図し、全力でその場から駆け出す。


「あ! 逃げましたね!? って、ちょっと待ってください!」

「ユースケもやっぱり、胸が大きい方がいいのかな……」


 こっちにきてからイヤでも鍛えられた脚力にものを言わせて遁走をはかる俺の耳に後ろに取り残した奴らが何か言っているのが聞こえた気がしたが無視だ。ここであそこに戻ってさっきの質問責めにあったら、どうにも逃げられる気がしない。


 え? 俺の本音だって? ……大は小をかねるって言葉、知ってるよな? そうだ、あれが答えだ。



「――っは、疲れた……」


 荒い息をつきながらも日本にいたときより圧倒的に早くなったスピードでギルドに真っ先にたどり着き、ドアを乱暴に開けはなつ。


 中に入った俺の視界にまず留まるのは、隅々まできれいに磨き込まれた木目の内装。さっきまでいた酒場と似たり寄ったりのうるささを誇る室内には、手に書類の入った箱や金が入っているとおぼしき皮袋を手にあちこちを動き回るギルド職員の姿が目に付く。


 ちなみに注釈程度に付け加えると、この世界でのギルドという施設の機能は主に三つだ。


 まず一つ目がこの喧噪の元でもあり、新入りの冒険者がパーティーメンバーを探す交流の場として、また最新の情報がいち早く手に入る情報の拠点としての役割を果たす酒場。ただしクエストに向かう冒険者もいるため酒を出すことはない。酒がでないのに酒場とはこれいかに。まあ、食事を出すのも酒場の役目だけどさ。


 さらに、周囲に比べて少し割高ではあるが、その冒険者をとめる宿屋。行きつけの宿屋が見つからない間は、ここにお世話になる駆け出し冒険者も少なくないという。


 そして最後が、やってきた冒険者にクエストの斡旋をしたり必要な情報を提供したりする、クエスト斡旋所としての役割だ。


 入って真っ正面にもうけられた受付から入り口に向かう通路を境にして左側にもうけられた酒場では、今も見慣れない顔ぶれの冒険者があるものは一人で、あるものはパーティーメンバーらしき冒険者と固まってめいめいに時間を過ごしている。


 後ろ手にドアを閉めてずかずかと中に入り込むと、カウンターの向こうで作業をしていた受付嬢が俺に気がついたらしい。


「あ、どうも~、いらっしゃいませぇ」


 聞いてる方までつられそうになるこのスローペースな女性こそ、このギルドの看板受付嬢であるエミィだ。そのふわふわした口調と人柄で男女問わず数多くの冒険者の人気を引きつけてやまない彼女だが、実際のところはこのギルド内でダントツに優秀な人なのだというから世の中何が起きるかわからない。


「ちわっす。いきなりで悪いけど、今ちょっと時間あるか? 大事な話があるんだが」

「え~? もしかしてこれって、愛の告白だったりしますぅ? ユーくんなんだか、呼吸が荒くて顔も赤いしぃ。どうしよ~、わたしいま勤務時間中なのにぃ」


 軽く頬を赤らめてその頬に手をあててもじもじとしているそのほんわかした姿は、本気か演技かはさておくとしても確かにこれならいろんな冒険者が落とされるというのも納得の姿ではあったが、今は無視だ。


「違うわ。ただ全力疾走してきただけだっての。まあ、俺の言い方もアレだったけどさ……なあ、俺たちがこないだ受けたクエスト、覚えてるか? あのクエストでちょっち問題が起きたんだ」

「――!」


 俺がやや声を潜めてそう尋ねると、とたんにエミィのまとう空気が一変した。やり手ギルド職員としての顔が姿を見せる瞬間である。


「この間……っていうかぁ、昨日ですよねぇ? 報酬が2倍になってた、アバレイノシシの討伐クエストでしたっけぇ。ミーちゃんが取りに来てたと思うのですがぁ」


 口調はほぼ変わらないのに、その全身からはまるで百戦錬磨の戦士にも勝るとも劣らない熟練の雰囲気が漂っている。もしかしたら、こういう意外性のようなものもギルドで彼女が人気をあげている理由の一つなのかもしれない。


「それだな。ほんとアンタ、記憶力はすげぇのな」

「記憶力「も」ですよぉ。ギルドNo.1職員をなめたらダメですぅ」


 笑いながらそう俺をたしなめたエミィは、次の瞬間には真剣そのものの表情になっている。表情の切り替えに内心舌を巻くが、今は用件の方が先だ。


「で、いったい何があったのですかぁ?」

「ああ。クエストで見かけたアバレイノシシなんだが、どうにも数が多すぎるんだ」


 俺がそう告げると、エミィは「それだけですか?」とでもいいたそうに首を傾げた。報酬の引き上げられたクエストというのは、対象モンスターの数が増加していることもあるわけだから、当然の反応だろう。


「数が多い……? でもぉ、ほぼ一年中ハッスルしちゃってるアバレイノシシですしぃ、数がちょっと多いくらいは軽く変化することも――」

「ちょっとじゃなかった。ぱっと見、ありゃ普段の2~3倍はいたぞ」


本日も投稿します。


次はまた来週にー


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