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1ー4

「で、でも、人としてやらないことをやっている背徳感と生きた人の血の暖かさがというのがまたたまらなくって……」

「誰もお前の変態談義なんかにつき合いたかねえよ」


 これで会話はおしまいだ、という意思表示もかねて、ブレストプレートを音を立てながら立ち上がる。


 俺たちが戦闘の場所に選んだのは、この鬱蒼と茂った木々の中で数少ない半径10メートルほどの円を描いた開けた場所で、視界を遮る木はほぼ生えていない。


 その視界の上の方には真っ青な空が広がっていて、今も一羽の鳥がこっちに向かって飛んできてUターンし――


「……ん?」


 何だ今のは。空を飛んでこっちに向かっていたはずの鳥が、やけに不自然な軌道でどっかいったぞ。


「…………なあ、セレ――」


 セレスに声をかけようとしてふと思いとどまったのは、セレスのほっそりとした色白の左腕、そこにはまったままのリングがかすかに光っていたからに他ならない。


 リングが光っている、ということは、魔法が何かしら発動中である、という証。ついでに言えば、明後日の方向を向いて沈黙したままのセレスの態度が、どこかぎこちない。それにとある確信のような物を一つ覚えた俺は、もう一度セレスに声をかけてみることにした。


「…………なあ、セレス」

「……はい、なんでしょう」

「おまえこれまさか、なんか魔法を使って魔物をよけたりなんてしてなよね?」


 俺の不穏な空気をまとい、単刀直入に発された一言に、セレスはにっこりと笑顔を作るとこう答えた。


「人は誰しも、時には休息を求めるものなのです」

「その建前に隠してお前が欲しいのは俺の血をゆっくり吸う時間だろ?」

「…………」


 笑顔のまま表情を凍り付かせるという高等技術を見せたセレスは、しばらくの後にその表情のままでさっきと同じようなことを繰り返し口にしようとした。


「ひ、人は誰しも、時には休息を求めr」

「よし魔法を解除しろ」

「え!? そんなっ! まだ血も吸えてないのに!」

「お前なあ! この時間のせいで俺たちの稼ぎは刻一刻と減ってるんだよ! 俺はもう体力は回復できたし、ミーシャは最初からアテにしてないからもういいだろ!」

「あの胸囲の……いえ、驚異の小娘はわたくしも相手にしてませんからいいですのよ! それよりも今わたくしに必要なのはユースケ様のその熱い血……」

「――おいちょっとまてそこ、主にそこの変態エセ吸血鬼」


 やっと話せる程度まで回復したらしい雑魚が何かさえずっているが、そんなものはまったく耳に入らない。


「血なら後でいくらでもやるっての!だから今は戦闘に集中させろって! じゃないと今夜の飯が貧相になるぞ!」

「――え!? ユースケ様の血をいくらでも?」

「ああいくらでもやるk」「わかりました、今すぐにでもこの結界をときましょう! あ、そうですね、どうせなら魔物寄せの魔法もかけてさしあげましょう!」

「――え?」


 セレスの勢いに負けてなにやらものすごく大事な言葉を聞き逃したような気がしたのと同時、セレスが左手を掲げてうれしそうな声で魔法を二つばかり操作した。


「《ハイド》解除、《アテンション》起動!」


 セレスがやらかしたことは実に単純だ。《対象の地形を敵の目から隠す》という魔法を解除して、《対象の周りに魔物が集まりやすくなる》という魔法を発動したまでのこと。ほらね、簡単でしょ?


「じゃなくて! お前、何やってんだセレスぅうううううう!」

「え? 何って、見ての通り今までの遅れを取り戻すために狩りの効率を一段跳ね上げてさしあげようかと……」

「確かにこれが俺とお前だけだったら捌けるよなっ! だけどよく考えても見ろ、そこにはあの足かせ貧弱娘が鎮座ましましてやがんだよ! あんなお荷物をひっかけたまま今以上のイノシシを捌くとか、無理ゲーにもほどがあるわ!」

「あら、あんまりにも胸が……いや失礼、影が薄いものですから、あの貧にゅ……貧弱娘のことなどすっかり忘れていましたわ。というか何であの足かせをこのクエストにつれてきたんですの?」

「そもそもの話をすれば、俺たちはあいつにつれられて来たんだがな?」

「おいちょっと待てっつってんだろ、さっきから貧弱だ貧乳って、私にケンカを売ってるってことでいいのよね?」


 俺とセレスの間にずいっと割り込んできた貧乳娘をぐいっと脇によけ、セレスをにらみつける。


「そんなことより、バカやってる暇なんてあるんならとっととこの魔法を解除してくれ」


 俺とミーシャの意味合いの異なる視線を受けながらたじろいだセレスは、ほんの少しためらうように口ごもった後にこう答えた。


「えーとですね……この魔法、困ったことに一度発動したら時間切れまで効果が継続するらしいのですよ」

「――――効果時間、何分?」


 とっさにその場に大の字に寝っころがってすべてを投げ出したくなったのを理性の鎖で必死に自制した俺をほめていただきたい。


 そんな俺の心情の葛藤など知る由もないであろうセレスは、なにやら手元のリングを操作して自分が使用した魔法の効果を確認し――そしてその表情のままに凍り付いた。


「――――30分、ですわね」


 ここまで余裕を保ってきた笑顔のセレスだったが、そのことを告げた声がかすれていたあたり、いい加減に状況のヤバさを実感してくれたらしい。


 俺の頭の中に30:00と表示された電光掲示板が浮かんだのと、森の奥の方からものっすごい不穏な感じの地響きが聞こえてきたのはほぼ同時だった。黙考すること3秒、思いついた唯一の対処法をセレスに伝えるべく、俺は口を開いた。


「――セレス」

「――なんでしょうか?」

「お前は下半身を持て。俺は上半身だ」

「了解ですの♪」


 それだけの会話を交わすと、俺とセレスは「ねえユースケ、私の話聞いてるの?」とか言って俺の肩を掴んで揺さぶるミーシャを有無を言わさずかつぎ上げ、息ぴったりの駆け足でその場を後にした。


 ――これを人は、三十六計逃げるにしかず、またの名を戦略敵撤退、もしくは「いのちだいじに」と言う。この世界での俺の座右の銘にして、ある意味では常識でもある言葉だった。




「――あっはっはっはっは! そいつぁ災難だったなあ、ユースケ!」


 日もとうに落ちた時間帯、夜の酒場に店主の豪快な笑い声が響きわたる。昼間にクエストに向かっていった奴らが帰ってくるこの時間帯、酒場の中はいつにもまして多くの喧噪が飛び交っていた。


「んなこと言ったって俺の報酬は帰ってこねえよ……」


 そんなぼやきと一緒に、木製のジョッキに入った飲み物をぐいっとあける。カップを目の前から下ろして見れば、にやにや笑いを浮かべるバルツの顔があった。


「しかも、今回のイノシシの大発生のことをギルドに報告しなくちゃいけないときた。とんだとばっちりだ」

「まあその分お前らの儲けが増えるわけだし、いいんじゃねえか?」

「それでもいいとこいってまあ、プラマイゼロだな」


 ジョッキで揺れる水面の中に映った俺の顔は、どこかやりきれない不服を抱えているようにも見えた。


 あのあと喚くミーシャを脇に抱えて30分、ろくにイノシシを狩りもせずに林の中を逃げ回ったせいで見込めるはずだった報酬が激減したことを思えばまあ、当然か。


「――ユースケ様っ」

「うわっ!?」


 と、背中に唐突に出現した重みに思わずカウンター席に突っ伏す。


「んだよ、セレスか……ってお前、もうすっかり出来上がってんのな」

「は~い、セレスはいつでもこんなでございますよぉー」


 いつの間に酒を飲んだのかジョッキを片手にもち、朱の差した顔に満面の笑みを浮かべるセレスの様子は、どう見ても酔っぱらいのそれになっている。


「お前、ほんとに酒には弱いんだからさ……ちょっとは自制するってことを覚えてくれよな」

「りょーかいでーす!」


 俺の背にもたれ掛かったまま敬礼して威勢良く返事をしたセレスは、その勢いのままにまたどこかへ走り去ってしまった。


「あいつ、またどっかでブッ倒れないといいんだけどな・・・」


 以前にセレスが酒盛りをしていて寝落ちし、意識を失ったままの酒臭いセレスを家まで引きずるという重労働をさせられた身としては、セレスが調子に乗って深酒をしないことを祈るのみだ。


「――ねぇ、ユースケ」


 その声に横合いを眺めてみれば、こっちもジョッキを手にしたミーシャが机にひじを突き、さっきの俺とは比べ物にならないんじゃないかってくらいの陰鬱な表情をしてどんよりとしたオーラを漂わせながら座っていた。


 近いものを一つ上げてみよう。夜のバーでくたびれたネクタイとアイロンのかかっていないワイシャツを身につけ、全身から自分不幸ですオーラを周囲に放射しまくってながら酒をチビチビと啜る会社から解雇されたリーマンを想像してみるといい。その姿が、まさに今のミーシャそのものだ。


「……おー、どうした」

「私ってさ、やっぱりパーティーのお荷物だったりするのかな? バリバリ前衛のクセに体力ないし剣の腕もないし胸もないし、なんかもう人としてどうなんだってくらいじゃないかなって思うんだけど……」

「…………」


 あれだ。セレスが酒に滅法弱いけどただ陽気になるのに対して、ミーシャの場合は人並みかそれより少し下くらいの耐性があって、酔うとめちゃくちゃ鬱モードに入るっていうめんどくさいヤツだったわ、そういや。……つかお前もいつの間に酒なんて飲んだんだ?


「ねえユースケ、聞いてるのー?」

「あ、うん、聞いてる聞いてるー」


 こんな雑な対応でも、ミーシャは「ほっ……」とか大仰に安心しちゃうから不思議なもんだ。


「でさー、私ってやっぱり体力も知力も女子力も胸もないような人類史上最高のクズだと思うんだけど、そこらへんどう思う?」

「あー、うん、胸の需要は人それぞれじゃないかな」

「だよねー、やっぱり私なんていない方が世界はうまく機能するんだよねー」

「ソウデスネー」


 なんて具合に会話がかみ合わないからめんどくさい。


「――ハッ!……でも、まだ私やりたいこといっぱいあるから死ねないなぁ」

「あ、そうなんだー」

「えーっとね、まずはいっぱいモンスター倒してお金持ちになって、魔王もついでに倒して、将来の夢はユースケと……むにゃ」

「はいはいそうでs……ってあれ、寝た?」


 なんか最後の方で何かを言いかけてそのまま寝落ちしたみたいだったけど……ま、いいか。


「……なんつーか、お前さ」

「ん? どうした?」


 さっきからことの顛末を見ていたらしいバルツの声に顔を上げると、その表情からは憐憫とも同情ともつかないような色が伺えた。……どういうことだ。


「うん、まあ、なんていうかな……いやすまん、なんでもない」

「はぁ? どういうことだよ、詳しく言えっての」

「いや、これは俺の口から言っちゃあ意味がないからな。自分でがんばって体得しろ」

「なんだよ、それ」


 そういってバルツをにらみつけても、バルツは苦笑いのような曖昧な笑みを返すだけだ。


 これ以上は聞いても無駄らしいと考えた俺が後ろを向き直ると、セレスがほかの冒険者たちとなにやらステージパフォーマンスのようなことをしているのが目に入った。


 俺がしばらくみているとそのことに気がついたのか、セレスが笑顔でこっちに手をぶんぶんと振ってきた。


 ジョッキを持ち上げて挨拶を返した俺に、そこらへんにひしめく多数の男性冒険者から羨望と嫉妬のまなざしが飛んできたのは言うまでもない。

今回投稿できるかは微妙なところでしたが、なんとか投稿できてうれしいです(((o(*゜▽゜*)o)))


なんだろ…いま出来上がってるぶんの原稿を見たら、胸囲の小娘ことミーシャの存在感がセレスと比べてかなり薄い気がしてきた…


一応この話、現在のメインヒロインはミーシャとセレスの二人のつもりなんですが……

なかなか力量不足でしっかりとキャラ配置ができない作者ですが、生温かい目で見守っていただければと思います。

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