1-3
今回は土曜日の投稿になります。
ようやく以前の分量に近くなってきましたね。
新しく書き換えたとき、登場しているキャラクターの名前と中身を少し交換しています。
「――ミーシャ! そっち今何匹目だ?」
俺が剣を振り回してそこそこのサイズがあるイノシシを牽制しながらそう尋ねると、打てば響く早さですぐに応答があった。
「そうね、今これで……っ、13よ! ああもうっ、なんでこうも数が多いのよっ!」
言葉の途中でまた一匹獲物をしとめたミーシャだが、
その顔には若干の疲れが見て取れた。今もきわどくイノシシをしとめていたが、その剣先がだらりとぶら下がってしまっている。
見ての通り、俺たちは今さっきギルドで受注したアバレイノシシの討伐クエストのため、町外れの森の中に潜っていた。
この世界の討伐クエストというのは、読んで字の如く指定された頭数の魔物を討伐すると言うもので、指定された頭数を討伐した時点でクエストのクリア条件は達成となり、帰還すれば報酬を受け取れるし、追加で倒した頭数に応じて追加される報酬もある。
今回は報酬が二倍になっていることもあって、頭数はやや多い15頭。だが、その頭数を遙かに越えて俺たちが仮をしているのはなぜか。答えは実に単純、予想を遙かに越えた魔物に周囲を取り囲まれて撤退したくても迂闊に身動きがとれなくなっていたのだ。
「――セレスはどうだ?」
「いま大体、15といったところですかね……」
こっちはまだ余裕のありそうな声をしている。狩りが始まってからはや30分、こっちは日のあまり差さない森林に入り込んだことでもともと持っていたスタミナが本領を発揮しているのかもしれない。
「こっちは18だけど……これ、やっぱりいくらなんでも多すぎやしないか!?」
そう俺が悲鳴混じりに叫ぶのと同時、さっきまで牽制していたはずのイノシシが目の前まで迫ってきていて思わずのけぞりそうになった。
「くっ、そ!」
そのイノシシに対して右方向に跳ぶようにして逃げ、慌てて体制を立て直す。
必要最小限の動きで距離をとったつもりでいたのだが、やはり連続での狩りは精神的な疲労を蓄積するのか、さっきよりも動きにキレがない。
俺が心の中で舌打ちしたのをしってか知らずか、気づけば突進を俺によけられたイノシシが二回目の突進準備の体勢をとっていた。
このままの鈍い動きで次の突進を普通によけようとすれば、おそらくあの巨体のどこかにひっかけられ、胸に装着した軽金属のブレストプレートや上着など紙のように裂かれて俺は空高く打ち上げられてしまうだろう。
そうすれば俺は当然戦闘不能、パーティーメンバーの3分の1を失ったパーティーは一気に壊滅の危機にさらされる。
――ただしそれは、俺たちの言う常識で物事を考えた場合の話。この世界には、そんな不条理な常識に打ち勝つための道具がある。
イノシシから俺までの距離は、目算10メートル。このイノシシの突進性能なら半秒足らずで詰められる距離だ。だけどその半秒があれば、俺たちはゆうにこの攻撃を回避できる。
イノシシが今まさに地を蹴り、世界トップの短距離選手の二倍前後という驚異的な速度で俺につっこんでくる、その直前。金属性のリングのような《触媒》をはめた左腕を自分の目の前にかざし、声も高らかに叫ぶだけでいい。
「《シールド》っ!」
俺がそう叫ぶのと、イノシシが地を蹴るのはほぼ同時のことだった。迫りくるイノシシを見据える俺の視界が、薄青い色に染まる。そう錯覚させるような薄っぺらい障壁が、目の前にかざした左手を中心に展開されていた。
直後、あたりいっぱいに響きわたる低い衝突音が俺の鼓膜を揺さぶる。
「くっ……!」
その音に思わず顔をしかめるが、だが俺の目の前にいるイノシシは左手からわずか数センチのところから一ミリもこっちに進入できず、不思議そうな様子で制止している。
――これが、魔法。不条理な常識を不条理の力で覆すべく、この世界に存在している武器。眼前にかざした細い左手一本で二百キロをゆうに超える巨体をくい止める、道理にケンカを売りつける力。何度みても自分の目を疑いたくなる光景に、気づけば俺は思わず息をのんでいた。
そこまで確認したときにふたたび響く、硬質な衝突音。自分の突進がなぜかくい止められた理由が察せられないイノシシが、再びの突撃を敢行した音だった。
「ちっ、まずいな……」
いくら常識はずれな力を振りかざしても、その力には限界がある。この初級防御魔法ぐらいでは、このイノシシの巨体をあと2回も受け止められないだろう。
今度はただ体を押しつけて突破することを選んだらしいイノシシの巨体に手元のシールドがきしむのを実感して思わず冷や汗が背中を伝うが、ここで臆したら負けだ。
かざしたままの左手に意識を向け、おおきく息を吸い込む。
「――《ファイア》!」
俺の呼びかけに応じて、手首にはまったリングがまばゆく発光する。
その光はシールドを前に力比べをしているイノシシのところまで飛んでいったかと思うと、唐突に軽い音と閃光を伴って拳大の火の玉と化した。むろんその程度ではこのイノシシにやけどほどのダメージを負わせられるかも怪しいところだが、俺のねらいは別にある。
目の前で突如として出現した火の玉に驚いたイノシシがその瞬間に力比べを放棄し、シールドから離れて後ずさる。もちろん、その一瞬の隙を見逃せるほど俺はお人好しではなかった。
「――――うらァッ!」
空いていた右手で剣の柄を握り、未だに驚きからさめないイノシシに向かって鞘から抜きざまに容赦なく横薙ぎに一閃する。
宙を走った剣がイノシシの首の付け根をとらえた手応えを感じる間もなく地に崩れ落ちたイノシシには見向きもせず、残り二人の仲間の方を見やる。
「セィッ!」
見ればちょうど、ミーシャがイノシシの胸に剣を突き入れてとどめを刺しているところだった。
セレスはといえば、さっきから広範囲魔法で自分に群がっているイノシシをまとめて潰しているようだった。俺たちみたいにちまちまやってないし、そりゃ討伐数も多いわけだ。
そのセレスもしばらくしないうちにやっと最後の一体を丸焦げにしたらしく、ふー、と息をはいてどこか不服そうな様子でこっちに向き直ってきた。
「ユースケ様、見ていらしたのなら声をかけてくださればわたくしもっと張り切れましたのに……」
「もし張り切りすぎて俺たちまで巻き込んだらどうすんだよ」
「そんなことしませんよー」
むー、と頬を膨らませるセレスを無視して、ミーシャの方に向き直る。
「ミーシャ、生きてるか?」
「なん、とか」
地に手を突いて肩で息をするその姿は、とても大丈夫とは言い難いものがあった。
無言で肩を上下させるミーシャをしばらくじーっと見つめてから、一言。
「……なあミーシャ、おまえってやっぱり俺たちの中で一番体力がないn」
「――黙ってて」
「orzをそのまま体現したような姿勢でそれを言われても、説得力ねえなぁ」
俺の発言をぶったぎってまでして自分の体力不足をなかったことにしたいらしいミーシャの額には、玉のような汗が時折地面に落ちては消えていった。
「おーあーるぜっと……?」と首を傾げるミーシャだが、今さっきわかったとおり、奴にはおよそ体力と呼べるような物がない。
具体例を一つ上げるとすれば、日本で言うところのモヤシと呼ばれる文化系男女ズを想像していただきたい。日によっては十キロ前後を歩くこともあるようなこの世界にそいつらがやってきたらどうなるか、ミーシャがそのいい例えだ。ぶっちゃけた話、町中で直射日光をあびてバテているときのセレスとどっこいかそれ以上の体力のなさだ。
まあそもそも論の話をすれば、そういう体力に乏しい奴らは冒険者なんて言うアグレッシブ極まりない職業に就くことはまずないのだが、ミーシャにはちょっとした理由があってのことらしい。だが何にしても足を引っ張るのには変わりないが。
「なんというかあれですね、ここまでくるとイジろうっていう気持ちも失せますわね」
「ついさっきまでのおまえも似た感じの状況だったがな?」
その一言でセレスを黙らせてあたりを見渡すが、まわりに魔物(主にあのイノシシ)の鳴き声や足音は聞こえない。どうやらしばらく休んでも大丈夫らしいという安堵からきたため息を漏らし、剣についたままの血を払って鞘に納めてからその場にどっかりと座り込む。
「――ところでユースケ様」
その俺の隣に座り込んだセレスの顔には、汗どころか疲れの色一つ浮かんではいない。いくら変態でも吸血鬼の血を少し引いているだけあって、体力は俺以上にあるのだろう。
「どうしたんだ?」
そう俺が訊くとセレスはとたんに神妙な表情になり、膝の上であわせた手のひらをぎゅっと握りしめてこう切り出した。
「実はわたくし、今まで非常に大事なことを忘れてしまっておりました」
「うん、はいはい、血ね」
「そうです、私はすでにユースケ様なくしては生きていけない体となっているのですよ? やはりここは男として、責任をとるべきーー」
「ま、あとでなー」
「――え!? なぜですの!」
文字面だけ見たらどうにも別の意味にとらえられる、というかそれをねらってやっているのであろうセレスの芝居がかった口調をあっけなく一刀両断にしてやると、とたんにセレスはしょんぼりとしたしおらしい顔になってしまった。
「なんていうかねー。最初の方はおもしろくて聞いてたんだけどさ、次第に飽きてきたって言うか」
「いやでしたらもっと努力を重ねて精進させていただく所存ですので、どうか……」
「つかそもそも戦闘中に血液抜くとか、こちとら貧血縛りでモンスターを狩れるほど凄腕じゃないんだからな?」
「うっ……で、でしたらユースケ様の分も私がどうにかして稼いで差し上げますから……」
「そしたら俺の儲けがなくなっちゃうじゃんか」
「じゃあ狩りの儲けなら血液代ということでお譲りしますから……」
「まあ一回一回の戦闘で培われる戦闘のカンは、金じゃ買えないよなぁ」
「そ、それなら……」
なおもしぶとく反論を重ねようとするセレスだが、さすがにこれ以上は打つ手もないだろう。ついでにだめ押しで、もう一つばかり小言を追加してやる。
「だいたいなあ、お前のその吸血がストレス発散になってるだなんて、知らない人が見たら町中に魔物がいるって憲兵を呼ばれてもおかしくないんだからな? 酒場で酒に酔ったお前が俺の血を吸いにくるたんびに俺がどんだけ不安かお前は知らないよな?」
「うっ……」
酒に弱いのに酒をこのんで飲みたがるヤツほどうざい人種はいないと思う。マジで。しかも酔ったときなんかにこっちの血を吸いにくると、俺の血液に直にアルコールが混ざりそうで怖いんだよな。