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 ここで幸いだったのが、ギルドもその魔族としての血の発現性の薄さからセレスをこれといって危険視することもなかったこと、セレス本人が自分の体に流れる血になんら引け目を感じていないどころか、誇りにすら思っていること。ただし吸血鬼の血というレッテルが邪魔して、あまりパーティーに入ることはできなかったみたいだけど。


「あーもー他人の血のブランド自慢とか聞きたくないんだからさ、ちょっと黙ってくんないかなー」

「ブランド自慢!? 由緒正しいこの血統を誇ることに、なんら不自然なところなどありもしないでしょう!?」


 俺を挟んで左右からサラウンドでたたきつけられるハスキーボイスに、俺は正直耳をふさいでこの場を離れたい衝動に駆られた。


「なぁお前ら、そこらへんにしとけっての。 血ならあとで吸わせてやるからさ」

「ほんとですの!?」

「え!? なに言ってんのユースケ、もしかしてこいつに血を吸われる快感にでも目覚めちゃったとか言わないよね!?」


「違うわボケ。単純にお前等がうるさいんだよ」


 「ありがたいですの……感謝しますわ……」とか言いながら俺の腕にまとわりつくセレスを振り払いながらその反対にいるミーシャもなだめるというのは、なかなか骨の折れる作業だった。……ていうかセレス待て、さっきから胸を腕に押しつけようとすんな。


 だが俺の発現は全くの杞憂らしく、周りの客がこの程度のいさかいを気にかける様子は全くない。むしろどっちかというとうらやましそうな目線を向けてくるくらいだ。


 まあ、そもそもこれは俺が単にうるさいと感じたから黙らせるいいわけに使っているだけだから当然といえばそうだけど。


 ちなみに客の中には「おいセレスちゃん、ユースケだけじゃなくて俺の血も吸ってくれよ!」なんて笑顔で声をかけるヤツもいたりして、そのたびに俺にベッタリのセレスから「ユースケ様以外の方の血はヤですの☆」と笑顔でバッサリ断られたりもしてた。


 それも結構な数があるもんだから、その都度彼らから笑顔の奥に込めた密やかな殺意が俺の背中に突き刺さるのがなんとなくわかるようになってしまった。慣れってほんとに恐ろしい。


「ほい、よく冷えたジュースな。ちょっち酸っぱいが我慢しろよ」

「どうもですのー」


 そんな風にバルツと受け答えしながら酸味の強い疲労回復に効果のあるジュースを飲むセレスには、さっきの昇天一歩手前みたいなぐったりとした様子は見られなかった。俺の血が吸えると言うことで、だいぶ精神的に回復したからかもしれないな。


「で、これからどうすんの?」


 ここへきて脱線し続けていた話をようやくもとに戻したのはミーシャだった。


「なんの話ですの?」

「午後からいくクエストの内容だよ。キツそうならお前は休んでてもいいけどどうする?」


 俺がそう提案すると、セレスは滅多に見せないきりっとした表情で首を横に振った。


「いえ、行きますわ。今のジュースとユースケ様の血を吸える予定で体調はだいぶ回復いたしましたし、それに余裕は作れるときに作っておきたいですしね」

「セレスお前、俺の血を吸う予定だけで体調を回復させるとか、自称とはいえ真性の変態だな…………」

「いやー、それほどでもないですのよ」

「別段ほめてないんだが」


 そのやりとりをあきれたように見つめていたミーシャが、ひとつため息をついてから口を開いた。


「おっけ、じゃ決まり。とりあえずあんまりひらけた場所のクエストは避けた方がいいわね」

「まあ、そうしていただければありがたいですわね」

「じゃ、私はここで失礼して先にクエスト見繕っとくね」


 それだけ言うと、ミーシャはバルツに礼を告げて勘定を済ませ、店の外へ走り出してしまった。


「…………ってあれ? これって俺もあとから行く流れなの? セレスだけじゃなくて?」

「まあ、残念ながらそうだと思われますね」

「つべこべ言わずに行ってきたらどうだ。案外早く終わるかもしれないぞ?」


 セレスに苦笑混じりの反応を返されるのみならず、食器を下げていたバルツまでからも似たような反応を返されては、俺に為すすべはない。


「はー…………わかったよ、じゃちょっくら行ってくるわ。行くぞ、セレス」

「はいですのー」

「気をつけてなー」


 本当になにがうれしいのか満面の笑みで俺を送り出すバルツに背を向けて、俺とセレスは酒場の戸をくぐった。



「にしても今日は、ほんとに日差しが強いのですね……」


 それから5分後。ある意味で予想通りと言えばそうなのだが、セレスが頭上から容赦なく照りつける太陽の光に早くも音を上げそうになっていた。


「ああ、真夏の都心にも負けてない、って、こう言ってもわかんねえか」

「トシンというのは聞いたことのない言葉なのですが、それはもしかしてユースケ様のいたニホンという国の言葉か何かなのですか?」

「ま、そうだな。道を行けども行けども耐えない人の波に加えて、空気には人に有害な物質がわんさか含まれてるし、おまけに太陽熱が上からも下からも襲ってくる、端的に言えばちょっとした地獄だ」

「ゆ、ユースケ様の世界にはそんなところがあるのですか……というかそんなところと、この国など比べるべくもないのでは?」


 いけしゃあしゃあと誇張満載で都会の有様を表現してやると、その話をきいたセレスが若干ビビっていた。…………ちょっちやりすぎたか。


「いや、まあどっちも案外慣れたら楽なことに代わりはないしな」

「そうなのですか……」


 向こうとは違って地面は白い石のブロックで作られた石畳だし、見上げていたら首が痛くなるような高さの建物もないぶん、こっちとはだいぶ環境は違うといえる。町中だというのに高低差もそれなりにあるって面でも、都会ではあり得ない光景だしな。


「にしてもセレス、おまえほんとに大丈夫か? さっきからどんどん歩くスピードが落ちてってるんだが」

「このくらい、なんの問題もないのですよ~」


 そう言って気丈に振る舞うセレスだったが、その足取りはぜんぜん大丈夫じゃない。やっぱり俺の血が飲める予定が入ったり、ちょっと休憩するだけでは疲れはとれないんだな。


「問題大アリだ。このままじゃギルドにつく前におまえが倒れちまうぞ」

「いえ、そこは気合いと根性で……」


 そんなことを言ってるセレスの目は、なんだかだんだん明後日の方向へ向き始めているようだった。こりゃあちょっとまずいかな。


「あー、なんならおぶってやるが?」


 そんな思いから何の気なしに発した一言だったが、


「――え? 今、なんとおっしゃいましたか?」


 その言葉を聞いたセレスの反応はといえば、さっきまで焦点がややあってなかった目を大きく見開いてこっちに向きなおり、俺の言葉を尋ねるというちょっちホラーめいたものだった。


「え? いや、なんとっていうか、普通におまえをおぶってやろうかって話なん――」

「おぶるということは、私がユースケ様におんぶしていただけるという解釈でよろしいのでしょうか!?」

「まあ、それ以外にはないよな、普通…………」


 若干たじろぎながらのその俺の反応に、セレスは目にうっすらと涙を浮かべてよろこぶというオーバーリアクションをしてくれた。明後日の方向を向いたまま「これは、夢ですの……?」とか言っちゃってるんだけど。なにこれコワイ。


「えーとじゃあ、差し支えないなら、ほい」

「差し支えもなにも、わたくしただいま全力で歓喜しておりますわ…………」


 ともすれば恍惚としたようにも見えなくもない表情のセレスに背を向けてしゃがみ込むと、ほどなくして背中に柔らかい二つの感触が生まれ、直後にちょっとした重みと温かみといい香りが背後から俺の平常心を全力でフルボッコしにかかってきた。


(うわこいつ、やわらk……じゃなくて、いい香りもするしなんか温かいし、なにこれ、やっば……)


 普段こそは自分の変態っぷりを隠すこともなくさらけ出しては俺の血を吸いたがる変態吸血鬼も、なんだかんだいって結局のところは女の子なのだ。


 そんなことを認識して自分の発言の愚かさに俺が気づいたのは、すでに俺はセレスを背に乗せたまま最初の一歩を踏み出した後だった。


「ええと、もし重かったりしたら、言ってくださって構いませんからね?」

「……あ、ああ、だいじょぶだ」


 いらん状況把握のおかげでいっきに加速し始めた拍動を気悟られぬよう、できる限り平静を保って返事をしたつもりだったのだが、大丈夫だろうか。


「ユースケ様……とってもいい香りがいたしますの……」

「ひぃ!? 嗅ぐな嗅ぐな!」


 しまいに後ろからこんな甘ったるい声の一つでもかけられて見ろ。たぶんたいていの男の理性は根こそぎ吹き飛ばされるぞ? ここで必死こいて耐えてる俺をほめたっていいんだぜ?


「ユースケ様……ふにゅ……」

「――って、あれ? もしかして寝ちゃったのか?」


 試しに背中に乗ったままのセレスを軽く揺すってみるも、反応はほとんどない。人の背中の上で寝るとか、どんだけ疲れてたんだよ……ま、ここからギルドまでは大した距離もないし、いいけどさ。


 なんていう戯れ言をはいてから数分後、男女に関わらずに意識を失ったままの他人を背負って運ぶという作業がどれだけ苦痛であるかを体験すると言うことを、このときの俺はまだ知らなかったんだけど。



「――遅かったわね。ふたりしてなにやってたのよ?」

「わりぃ、酒場で思ったより時間を食っちまってな」

「すみませんですのぉ……」


 ギルドの玄関前で起こしたセレスは、起きるなり「本当に申し訳ありませんっ! あ、でも、ユースケ様の背中は本当に寝心地がよくて――」などといいわけを始めてきたのだが、このぶんだとやっぱりまだ少し眠そうだ。


「はぁ……ま、いいけどね。で、クエストなんだけど、これなんてどう? アバレイノシシの討伐、今ならクエスト報酬二倍だってさ」

「お? そりゃ耳寄りな情報だな。よし、それで行くことにしよう」


 安直極まりない名前をしているこの世界のモンスターのたいていは、名は体を表すということわざをそのまま再現したような生態を持っている。アバレイノシシと言えば、一年のうちに繁殖期を長くとり、おまけにその直前と直後にも気性を荒立てるというめんどくさい雑魚の発情イノシシで、クエストの場所も森林の中で日差しが指さないため、セレスにもうってつけのものだろう。


「ん、じゃ決定ね。 セレスもそれでいい?」

「お願いしますわ……ふぁ」


 ミーシャに返答しがてらにあくびをもらしていたセレスだが、さいわいそのことをクエスト受注に向かったミーシャに感づかれることはなかった。


「おいセレス、きついんならやすんでてもいいんだからな?」

「いえ、たまには接近戦の訓練もしておきたいですし、それにユースケ様の血をいただけるのならば」

「……どっちかっつとそっちが主目的じゃないか?」

「さすがユースケ様、よくご存じで」


 そう言って笑顔を――ただしニヤリ、という擬音が似合う物だったが――浮かべたセレスには、いっさい悪びれる様子も見られない。さすが、包み隠すことなどいっさいない変態は面の皮も特別性のようだった。


「ったく、人の心配をなんだと思ってるんだか……」


 俺の独り言にセレスが何かを言おうとしたが、それより先にミーシャがクエスト受注を終えて帰ってきた。


「はい、受注してきたよー」

「ご苦労さん。どうする? もう出発するか?」

「私はもう大丈夫よ。セレスは?」

「もんだいないですの」


 やや舌っ足らずな感じの返答だったが、その目に宿る光はさっきまでよりもだいぶしっかりしている。この分なら、本人の言うとおりクエストにつれていっても問題ないだろう。


「おし、じゃいくぞー」


 ただそういって俺とミーシャが歩きだしたとき、セレスがなにもないところでこけそうになったのは見ていてさっきの考えを取り消したくなる感じはしたけど。

ハッ!? タイトル変更しなきゃ……


今日はここまでです。

次はまた来週の日曜日ですかな。

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