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「――――おらぁあああああっ!」


 怒号と共に翻った剣閃は五度。


 対象の実体のある分身をいくつも作り出す闇属性の魔法、〈ミラージュ〉によって数を増した剣が、完全に無防備な状態で背中をさらしていたコーゼを瞬く間に斬り裂いた。


 あっけにとられるセレスの目の前で、コーゼが訳が分からないという表情で地面に崩れ落ちていく。それにより、コーゼの巨体に隠されていたユースケの姿が明らかになった。


 よほど激しい動きでもしたかのように肩を上下させて荒い息をつき、倒れ伏したコーゼに未だ警戒を解かない様子で剣を構えるユースケの姿は、彼がしっかりと生きているということを雄弁に伝えてくれた。


 当のコーゼはもういきも絶え絶えという具合で地面にはいつくばり、眼光だけは鋭くユースケを忌々しげに見つめながらこう叫んだ。


「っテメェ――――なんで生きてやがるっ!?」


 セレスの思いを――だいぶ粗野な言葉遣いではあったが――代弁するように叫んだコーゼと同様、セレスもまた死んだはずのユースケがここに現れ、コーゼを地に這わせているのには驚きを禁じ得なかった。


 確かにセレスは、ユースケがコーゼの剣に『食われ』、落命したところをこの目で目撃している。


 確か、ちょうど今ユースケが立っているあたりにその『死体』がまだ転がって――


(…………死体が、どこにもない?)


 入り口から差し込んだ光によって照らし出された小屋の入り口からは、確かにあったはずの死体が煙のように消え失せていた。


 その事実を確認したセレスは、ただ大きく目を見開いてユースケを眺め、状況が動くのを待つしかなかったのだった。






(いやーめっちゃビビってらっしゃるな、ほんと……)


 だがしかし、セレスが驚くのも無理はないだろう。だって俺も驚いているから。


 俺は確かにあのとき、コーゼの『剣』で頭を食いちぎられ、絶命した。


 ――ように、見えただろう。


「〈フィクションアクター〉。効果も結構薄いもんだし、制限時間付きだし、なにより反動が半端じゃない。でも、こういう状況だからこそ使って効果があったわけだな」


 そう俺が一人ごちると、俺がこの場にかけつけてから一言も言葉を発しなかったセレスが驚いたように息を呑んだのがわかった。


「じゃぁ、ユースケ様は今でも……」

「ああ、この通りピンピンしている。そこの瀕死の盗賊サマには悪いがな」

「テメェ……じゃぁあんときゃわざと……」

「んなアホな。俺だってさっき自分の血ぃ使って魔法撃ってんだ、貧血と痛みで注意散漫になってただけだよ。この魔法は使わないに越したことはなかった」

「正気か……!? 効果のほどもわからない魔法を、ぶっつけ本番で使うなんて……!」


 コーゼの顔には『信じられない』という文字がデカデカと大書されているようにも見える。人を気違い扱いとは、ひどい話だな。


「あぁ、あんときは全く持って正気じゃなかったとも。――アンタがな」

「……っ! テメェっ!」

「あと、どんだけ暴れても無駄だ。もうあと数十分しないうちに、ここへ〈勇者〉がやってくる。向こうも仕事終わった直後だったらしいし、まぁすまないとは思ってるけど」

「〈勇者〉!? 魔族討伐の、それも最前線の連中じゃねぇか……!」


 それを聞いたコーゼは悔しそうに歯ぎしりをすると、そのまま地面に倒れ込んで気を失ってしまった。


「あの……ユースケ、さまぁ……」

「……ん? あぁ、どうし……」


 そういって振り向いた瞬間、俺の胸に柔らかく、暖かい感触が飛び込んできた。


「え……? セレスさん、あの、これはどういう……」

「ありがとう、ございました……! あなたがいなかったら、私たちヴァンパイアに未来はありませんでした……! だから、本当に、ありがとう……!」

「あぁ、えーと、どういたしましてなんだけど……」


 俺が歯切れ悪くそう答えると、セレスが「?」といった表情の中にやや涙を浮かばせながらこっちを見てくる。なので、俺もその顔を見つめ返して、こう答え、ゃべ、もう限界――


「ぃゃぁ、ぁの魔法、代償が全身に及んじゃってて、ちょっと、きつぃから回復させて欲しぃかなぁ、と――――」

「え? ユースケ様? ゆ、ユースケさまぁぁああっ!?」


 もしかしたらコーゼよりよっぽど見苦しく地面に倒れ込んでいく俺の耳元にセレスのあわてたような声が飛び込み、直後に地面に顔面を強打されて俺の意識は途絶えたのだった――。




******************



「ってなわけでこの後セレスはギルドに回収された後俺が預かることになって、俺もいろいろあってなんとか人間っぽい人間になれて、一件落着。これで満足か?」

「ほほーぅ、あの混じりものの少女とはそういう過去があったのじゃな」


 リズもすっかり満足そうな様子で、小さい手で拍手を俺に送っている。これが本当に幼児の仕草だったら愛らしいのに、中身が老婆なところが救いようがなかった。


「ったく、こんな長い話するのなんて久しぶりだから疲れたっての……」

「なぁ少年、ちょっと待とうか」


 だが、もう一人の観客はといえばこの話の結末に満足が行かないらしかった。


「行くわけがないだろう。何だあの、あの吸血鬼の混じりものがメインヒロインみたいな話は。私の登場がいっさいないじゃないか」

「ヒロイン? 何言ってんだよまーちゃん、ついに思考回路までこのぱっと見ロリに犯されたか?」

「ぱっと見ロリ!? なんだかまた新しい罵倒が増えた気がするのじゃが!?」

「いや、ふつうに考えてあれは……まぁいいさ。それよりわたすぃの出番だよ、でぇばぁん。少年ったらまったく、これだからいつまで経っても童貞なんだよ」

「オーケー、最後の方の意味不明な罵倒をスルーして答えてやろうじゃないか。……まーちゃんお前、いつの間に俺の持ってた酒奪いやがった?」


 そう。なかなか自分が話の中にでてこないことにつまらなさを感じていたのか、途中からただの呑んべぇと化していた魔王の手元には、俺が確かにこの店に来たときに持っていたはずの酒瓶が抱き抱えられていた。


「ぅん? いやぁねえ、下戸な少年の元にあったんじゃ、銘酒がかわいそうだなぁって思ったまでの話で――」

「まーちゃん? 下戸にしてはよくできたと思うけど許されると思うなよ?」


 この店の中に鏡は存在していないため確認することはできないが、ある種の確信ならばある。俺の表情には今、笑顔と同時に浮き上がった青筋が同居しているだろう、と。


「ゃ、やだなぁ少年、たかが酒の一杯や二杯くらい失敬したって、なんにも問題なんか――」

「なぁリズ、ちょっと手ぇ貸してくれ。もし今手伝ってくれたら俺のDNAなんざいくらでもくれてやるぞ」

「ぇ? わ、わらわかの? でぃーえぬえーとは何じゃ?」

「俺自身の情報が詰まったもの。研究にいるんじゃないのか?」

「いる、超いるのじゃ。…………いやでも、魔王様に反抗するのはわらわにはとても畏れ多くてできぬ……!」

「じゃぁ私からそこなお嬢さんに『命令』させてもらおうか。とりあえずぅ、魔王たるこの私に逆らう不躾な人間を組み伏せたまえ」

「まっ、魔王様からのご勅命っ!?」

「テメェまーちゃん、酒によってるからってやっていいことと悪いことがあるだろがっ!? ってリズおいバカやめろのし掛かるな竜の筋力で俺を押さえつけるんじゃねぇ――っ!」


 俺がそう絶叫した瞬間、まーちゃんの店の引き戸ががらりと開く。


「あっ、ユースケここにいたのね……っ!? っていうか、なにリズちゃんを無理矢理弄ぼうとしているのよっ!」

「ユースケ様っ!? 私も混ぜてくださいっ!」


 入り口に立っていたのは、逆行でシルエットのわからないセレスとミーシャ。うし、ここはこの二人にちゃっちゃとリズを引きはがしてもらって魔王をブン殴るっ――!


「あのぅ、お客様、店内での暴力行為は避けていただきたいのですが――」

「今更カマトトぶってやがるコイツ!?」

「ほらユースケ、店の人に迷惑でしょ? ちゃんと謝ってほら、帰るよっ?」

「ユースケ様、帰ったら私たちとたっぷり、『お話』しましょうか? ねぇ、リズちゃん?」

「へぁっ!? そ、そうじゃのっ?」


 情けない声を上げて変な反応をしたリズを気にとめることなく、ミーシャとセレスは俺をそのまま引きずって店外へと搬送していく。


「待てって、まだ盗まれた酒を取り戻してな――」

「嘘はだめだよ、酒に弱いユースケくん」

「はあっ!? あぁもう、なんでこうなるんだぁぁああああっ!」


 その俺の叫び声は、この狭い町に響きわたり。


 平和で愛すべきこの日常が、今日も平常運転していることを知らしめていたのだった。


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