2-12
遅れてしまい本当に申し訳ないです……!
この話と、あと来週で完結となりますので、最後まで温かい目で見守っていただければと思います。
「どういう、ことだよ…………?」
予想からはあまりにかけ離れた光景に思わず息を飲み、ドアの前で立ち尽くす俺をよそに、その少女はさらに掠れた声をかけてきた。
「どちら様、でしょうか? この場所にいるということは、普通の村人のような感じではないと思うのですが……」
「――――」
俺の知っている魔物じゃない。知能がある。容姿は人そのものだ。だがその魔力は、確かに魔物のそれ。
思考回路に流れ込んだ情報が記憶の大地をかけ巡り、俺の記憶から一つの正解を導き出した。
「――あんた、魔物のハーフ、なのか?」
「そうですの。よく、ご存じですね。私はセレス。この通り、吸血鬼を祖先に持つヒトですの」
「そうか、だからか……!」
魔物と人間がつがいになり子をなすというのは、決して珍しい事例ではない。魔物の中にはどういうわけか、人間に近い姿形を持つものも存在しているのだ。
その一例が、〈吸血鬼〉。さすが異世界というべきか日本でよく言われるそのままの容姿を持ち、日光に弱く、強い身体能力と魔力を持つ魔物。吸血能力を持ち、血を吸った相手を使役できるなど、冒険者からはあまり好かれない存在である。
目の前の少女、セレスは、自分がその魔物の血が体に流れていると口にした。
「でも、なんでこんなとこに吸血鬼とヒトの相の子が――?」
「私は質問に答えましたよ? そろそろ、私の質問に答えていただけるとありがたいのですが」
「――ああ、悪ぃ。俺は神谷祐輔、冒険者をやってる」
すっかり忘れていた言葉を口にした俺がそう答えると、セレスはおもしろそうにほほえみ、そして俺にこう要求をしてきた。
「じゃあユースケさん、その扉を閉めてはいただけませんか? 私は吸血鬼、日の光には弱いのですよ」
そう言われて初めて俺は、自分が後ろから差し込む日の光にセレスをさらしていたことを思い出したのだった。
小屋の中に入ってドアを閉めると、部屋の中にはほんの少しだけの明かり以外が闇に包まれた空間となった。
闇に目が慣れるにつれ、入り口ではいまいち容姿が見て取れなかった
セレスの容貌が全体的にはっきりしてくる。
やはりコーゼの剣の代償を肩代わりしているせいか体のあちこちからは血がにじみ、全裸であるにも関わらずなにもセレスの裸に感じるところがないような悲惨さをにじませていた。
だが、その姿は全体的に整っていると言えた。金髪の髪が顔を少し隠す中にヴァンパイアの特徴だと言われる赤い目が浮かぶ顔立ちは端正なものだと思えたし、鎖によって縛り上げられている体もそうだった。
俺がずっと黙っていることに気がついたのか、セレスがふとこんなことを聞いてくる。
「そういえばあなたは、私に会いに来たように見えたのですが。いったい、どういう用件でここへ?」
「――――――ッ、それは、その……」
聞かれたくなかったことを口ごもる俺に、セレスが不思議そうに首を傾げる。
俺はあくまでも、ここにいるのが人の形をしていない魔物が鎖につながれているのだと信じてきたんだ。人殺しを今更忌避するつもりもないが、俺の中の何かがそれを激しく拒否している。
いや、わかってる。俺は、自分が助けられなかった結衣をセレスに重ね合わせて、殺すことを躊躇しているだけだ。
でも、こいつを倒さないことには、コーゼが倒せない。あのチートきわまりない魔法の剣を封じないことには、俺がアイツに勝つすべがないんだから。
「――――私を、殺しにきたのですね?」
「――っ! なんで、わかるんだよ――!」
「その血塗れの格好で、魔力の波動をひたすら押し殺しながらまっすぐこちらに向かってくる人に、いったい殺意以外のなにを感じ取れというんですの?」
「あ……」
その言葉にふと自分の格好を見下ろしてみれば、服のあちこちに赤いシミがつき、血錆で赤黒くなった剣を握る自分の手があった。
「いや、でも、違う、俺はあんたを殺せない――! 殺さなくちゃならないのに――!」
「おおかた、コーゼを倒すため、あの異形の剣の弱体化をはかりに来たというところですか?」
「――そう、だけど。でも、ダメだ。あんたは、俺が助けられなかった人間によく似ている……殺せばきっと、後悔する……!」
その言葉に脳裏によみがえるのは、夢で毎晩俺の精神をむしばむ結衣の存在。もしそこにセレスまで加わったら、俺はもうこの世で生きてける気がしない。
「――なら、私が手伝いましょうか?」
「――え?」
思わず、口から言葉がこぼれる。
「私は、自分の故郷の仲間を人質に取られているのです。コーゼには常々、復讐をしてやりたいとは思っていましたので」
セレスはそう言うと微笑し、俺に賛同の意を求めるような視線を投げかけてきた。
「あ、あぁ、ならありがたい。……そうだ、ちょっと待っててくれ」
そう言ってから腰の剣を抜き、セレスを拘束している鎖の戒めを取り払っていく。なんらかの魔法をかけられているのか、鎖はなかなか切れてはくれなかったが、剣にやや高価な分解魔法を付与してみたあたりでようやく鎖は甲高い音を立ててちぎれてくれた。
「どうも。それにしても……んー、体が凝って仕方ないのですよ」
そう言ったセレスは一度伸びをし、体中の強ばった部分をほぐすような動きをしてみせた。
「で、あのコーゼを倒す方法なのですが――」
セレスが説明するのに聞き入る俺。もしかしたらコーゼを倒せるかもしれないという安心から俺はこのとき、油断していたのかもしれない。
だから、セレスがその表情を凍り付かせるまで、自分の後ろに迫る脅威に気がつけなかった。
「――敵前逃亡どころか敵と楽しそうに会話するたぁ、ずいぶんといいご身分じゃねぇか」
後ろから響く、凍てつく声。
「――――――っ! 〈セー……」
歯を食いしばり声の方に振り向きながら、半ば反射神経的にスキル名を口にしようと喉から声を振り絞
「遅ぇよ」
視界に映る、獣のアギト。
あれが、俺の、顔の前に、開いて。俺を。補食し――
「――このガキ、もうちょい腕はあると見てたんだっつーのによぉ、期待はずれもいいところだ、なぁ?」
「――――っ」
返り血で凄惨にメイクが施されたコーゼからそう声をかけられ、セレスは思わず我に返りその場から一歩後ずさった。
コーゼは足下に転がっていた『人だったモノ』から興味なさげに視線を逸らし、セレスの元に一歩ずつ近寄ってくる。
「ついてねぇ。あぁ、ついてねぇとも」
その言葉から底知れない狂気と、今にも沸騰しそうな憤怒を感じ取り、セレスは思わず小さく喉の奥で悲鳴を漏らした。
「今日一日で、のこのこやってきた頭にお花畑が広がってる冒険者すら殺せねぇ役に立たねぇクズどもを処分して、せっかくちょっと殺りがいのありそうなガキがいたってのに、そいつぁ他人様の道具に手ぇ出した挙げ句、最後はこんな無様な死に様さらしてやがんだ。ほんと今日は、とんだ厄日だ」
その言葉に同意するかのように、男が手に持つ剣が震えながら激しく形を変化させる。
足の裏についた血を湿った音と共に床になすりつけ、コーゼは一歩一歩着実にこっちへ向かってくる。
セレスも無言の圧力に押されるようにして一歩一歩と後ろへ後退していくが、もともとが一時的にセレスがいられるようにと作られた狭い部屋だ。
その足が十歩と進まぬ間に背中が石造りの冷たくじめじめした壁に押し当てられ、セレスが自分の退路がなくなったことに目を見開いた。
「っつうか、そもそもを正せばこの道具|があのガキにロクでもねぇ知恵を吹き込むからこんなことになるんだよなぁ……」
そしてコーゼの独白は、やがてその矛先をセレスに変える。
コーゼは手元に持った剣を構えてすらいない。そのはずなのに、セレスはまるで自分の首もとに冷たい金属性の剣が押しつけられたような錯覚を覚えた。
「あぁそうだ、ご主人様の命令も聞けない道具にはぁ、ちぃっとばかり指導がいるんじゃねぇかぁ?」
「ひっ……」
そしてもう目と鼻の先の距離にまで来たコーゼが、それまで全くの無表情を演じていた口元をニィイッと裂けさせる。
魔法を使いたくても、触媒がない。魔族の血を引く自分なら命の代わりに魔法を発動できるが、その為の魔力がない。
そこから導き出される答えは、詰み。
そう冷静に、残酷に告げる思考にセレスは思わず顔から血の気を失せさせ、声もないまま自分の未来を思ってその身を震わせ始めた。
「でもなぁ。もしかしたらぁ、勢い余ってうっかりっ、壊しちまうかもしれないなぁ? なんせぇ、大量生産だけが取り柄のもろい道具様だもんなぁ?」
そしてコーゼから告げられた、自分への死刑宣告。
自分はあの男から、これから壊されると。そう考えるだけで、意識が薄くなり遠のいていく。
瞬間的に、セレスの脳裏には生まれてからこれまでの間に体験した事柄が走馬燈のように駆け巡っていた。
ヴァンパイアと人間のクォーターであった親が、自分を残して死んだこと。
もう一人の親はそれに絶望し、賭博と酒と女に金をすべて費やして破産したこと。
そして借金の足しにと売り払われた先だった奴隷商人につれられるがまま、あのコーゼの元にいくことになったこと。
鎖で磔にされ、栄養もほとんど与えられないままで彼の剣の代償をひたすら負い続けたこと。
仲間に会いたいという夢がいつしか、ただ漫然と生きる日常のなかに埋没していったこと。
(…………でも、もういいのですわ)
セレスの思考はどうにも助かりようがないこの状況を前にして、「早く死ぬこと」を選択した。長く続く苦しみであるのなら、いっそ終わらせて欲しいと。
もう半分閉じかかった目に、コーゼの狂気の笑みが映る。
視界一杯にコーゼの顔が広がり、視野が狭窄し、その視界に突如光が射し込み――
「……ぇ?」
戻る。モノクロに色あせた世界が徐々に色づけされていく。
その視線の先にあるのは、確かにさっきまでは閉まっていて外から差し込む光を遮断していたはずのドアが開いている、その光景。
そしてドアを蹴破って駆け込み、今まさにコーゼの背中に向かって煌めく剣を振りかぶる、ユースケと名乗った冒険者の姿だった。




