2-11
「よう小僧。俺の魔法の味はどうだ?」
声。聞こえる。殺意。感じる。
暗がりに突っ込んで色あせた視界は役に立たない。
頼りの耳元で唸るのは、――――剣風?
「うわぁああああああっ!?」
瞬間的に、反射神経のすべてに鞭を打つようにして俺はそこから飛びずさり、その声と音の出所から全力で退避した。
具体的には、その建物のさらに奥へ。
「ほぅ。これをよけるたぁ小僧、なかなかやるじゃねぇか」
明るい外から一転、いきなり暗いところに入ったせいだろう、俺の視界はまだどこか完全に機能していない節がある。色彩にややかけるその視界に入ったのは、『剣』だった。
ただしそれは『剣』というには、あまりにもいびつな形をしている。
手元の柄はしっかりとした革ごしらえの質素にして堅実な作り、柄頭には殴られればただではすまないことが一目で判断のつく艶のある黒色の石がはめ込まれていた。
問題は、その先だ。
剣の主体であるべき、刃。
本来真っ直ぐに、もしくはゆるやかに湾曲してしかるべき剣の刃は、その用途を果たせないような次元で歪曲し、ねじ曲がっていた。
いや、それだけならば俺もただのナマクラとしてその剣を危険視することもなかっただろう。
その剣の刃は、いびつにねじ曲がり、その身を現在進行形で蠢かせていた。
ある時は大きく、小さく、太く、細く、鋭く、鈍く。
下手な生き物よりも激しく変形を繰り返すこの様子は、まるでバケモノ――
「ん? やっぱりお前も、この『剣』には興味あるよなぁ? いやぁ、俺も初見じゃびびったもんだぜ。生きている剣なんて、そうそう拝めたもんじゃねぇよ」
その『剣』を生きている、と評したその男は、色あせた視界の中でもはっきりとわかるほどにひどくいびつな笑みを作ってみせた。
奇怪なその『剣』を見た後でもその笑みの方に恐怖を抱ける、そういう代物だったと思う。
「あぁそうだ、自己紹介が遅れたな。俺はさっきそこで倒れてたカスどもを指揮してた頭領、〈混血の竜〉のコーゼだ」
そう言って男――コーゼは、自分が手に持つその剣を一振りし、
「あの世でよろしくなっ」
――なんの予備動作もなく俺に突進してきた。
「――――――――っ!?」
状況判断は一瞬、だがその一瞬の硬直のうちにコーゼは俺の懐まであと数歩のところまで滑り込むように進入していた。
普通の剣ならば、その距離はまだ相手に盾を構えさせ、回避行動をとらせ、心の準備をする余裕を持たせる。
――だが、この剣ならばその距離は無いに等しいかもしれない。
そう考えた俺は追撃の可能性を切り捨て、イチかバチかで真横に跳躍する。
そして、その賭けの結果は――
「え、なに、これもかわせちゃうのかよ小僧。ったく、コイツも腹ぁ減ってんだからさ、さっさと死んでくれんかな?」
コーゼが振りおろした剣がまるで猛獣のようにそのアギトを開き、俺が直前まで立っていた床を粉砕したことで俺の勝ちが示された。
「クソッ、なんだその剣はっ!?」
「いいだろ? 俺の特注品でな、なんでも魔族の魔法を使う仕組みを取り込んでるんだってよ。命を削ってこんな剣を使い放題ってわけだ」
無論、この会話を繰り返している間にも俺とコーゼはずっと部屋の中を移動しながら剣撃を打ち合っている。
俺が部屋の柱を足場にコーゼに迫れば、コーゼはそれを後ろを向きながらその剣をのばして防御しにかかり、俺がそこから全力で離脱すれば、三つ叉槍のような形状になった剣が俺に向かって突き進んでくる。
魔法を打っては防がれ、逆にこっちをそのアギトにとらえようと俺に牙を剥くその剣に対し、俺は防戦を強いられていた。
「命を削る、だと? 正気か!?」
「正気だったらこんな剣、つかってらんねぇよ。ちょっとした裏技があってな、今俺はこの剣を代償無しで使い放題な状態なんだわ」
「代償無し……?」
その言葉を聞いた俺の心に、ふと『勝てない』という感覚が去来してしまった。
俺はその剣の性能を、何かしらの代償を負いながら使うものだとばかり考えていた。事実、コーゼは撃ち合いの最中に命を削る剣だとその性能を評した。
無論嘘をついている可能性もあるが、もし俺があの摩訶不思議な剣を打ち破ってコーゼの首をとばそうとしたなら、その命を削るハンデにものを言わせて消耗戦を挑むつもりだったのだ。
その言葉が、俺の中にあった『なんとかすれば勝てる』という考えを粉々に粉砕した。
もちろん、これがハッタリだという可能性も全く否定できない。むしろ、そっちの可能性が高いだろう。
「…………っ」
それでも、その言葉を一瞬でも信じた俺の手足からはさっきまでの気迫が消え、今更のように全身に疲労感を感じてしまうのだった。
「はっ、そんなわけだから諦めてくれや。どう頑張っても、お前じゃ俺には勝てないぞ?」
そう言い放ったコーゼは一度大きく剣を振り、俺と距離を突き放す。
その時、すでに半分以上がコーゼの剣によって消滅している家屋の壁にあいた穴から、雲の隙間を縫って光が差し込んだ。
「…………?」
その光がコーゼを包み、コーゼの持つ剣に同じように当たった瞬間。
「ぐうぅぅぅううっ!? チクショウ、あの吸血姫めっ!」
コーゼが途端にうめきだし、全身に脂汗を浮かべ始めたのだ。
「――っ、でりゃぁあああっ!」
その一瞬に勝機を見いだした俺が、剣を携えてコーゼに突貫し。
「クッ、この野郎っ!」
コーゼがそれを剣で防ぎ――切れなかった。
その頬には俺の剣を流しきれなかったことでついた切り傷が走り、かすかに血がにじんでいるのが見て取れる。
さらにそこへ追撃をかけていく俺から逃げるようにして、コーゼは後ろへ後ろへと後退していく。
「うぜぇんだよっ! 離れろっ!」
「ぐぅっ!?」
だがそのラッシュも、ほんの数秒しか続きはしなかった。
それまで疲労困憊といった具合の様子を見せていたコーゼの瞳にいきなり活力が戻り、その剣を一振りして俺を吹き飛ばす。
「くっそ、痛ぇな……」
どういうわけなのか剣自体の形が変化をして俺を食い散らかすようなことはなかったが、それでも一種の鈍器と化した剣の一撃をまともに受けた俺の口から、空気が漏れ出す音がする。
「…………っつぅ、こっちのセリフだっての」
なんとか小声でそれだけ言い切り、すぐには――立ち上がらない。
「チッ、外の奴らが全員死んだせいで天気が戻ってきてんじゃねぇかよ……あぁ、痛ってぇな――」
意識を失ったようなフリをして薄目でコーゼを盗み見ると、コーゼは全身からうっすらと煙を吹き上げながら調子を確かめるように剣を振り、そう呟いていた。
その瞳にはさっきまでの憔悴はなく、代わりに空に立ちこめる雲のような濁った色が――――
「…………ぁ?」
その瞳が、俺をとらえる。
「……おぃガキ、さっさとシネや。俺だって暇じゃねぇんだよ。俺の手をわざわざ煩わせてこんな怪我負わせて、テメェはただのカス以下か? 意識もねぇってか。あぁわかった、ならこいつに食わせて餌にしてやるよ」
その言葉とともに、無造作に振られた剣が。
その腕が振り切られるよりも前に、獲物を前にして我慢のできなくなった肉食獣のように獰猛にアギトを開き。
「――――〈ソニック〉っ」
直後に寝たままの姿勢から横っ飛びに回避を試みた俺が直前までいた場所を、その口の形そのままに食いちぎった。
「ぁあ――ッ!?」
そしてその結果を横目でとらえながら、コーゼの後ろに回り込み。
「〈エア・ウォール〉」
思わずと言った具合に剣を引き戻そうとするコーゼの目の前から、一瞬で上空まで跳躍する。同時に空中に作り上げた空気の壁を蹴り、一瞬で俺はその場から離脱したのだった。
「くそっ、なんなんだ、あの剣は……」
魔術探査を阻害する魔法、自分の姿を視認させるのを妨害する魔法をかけてコーゼの追っ手を撒いた俺はまだ無事な家屋の上に逃げ込んで荒い息を整えていた。
その脳裏に浮かび上がるのは、さっき相対した男――コーゼがふるった異形の剣。
剣というよりは手のひらサイズの肉食獣を従えているような感覚を覚えたその剣を、あの男はなんの代償もなしに扱えると言い切った。
「――それは、ない」
俺だって、なにもクエストばかりをやっていたばかりではない。それなりにクエストの合間に必要だと感じた知識を詰め込んできている自信がある。
少なくともその知識の中には、あんなに強い魔法を代償もなしに発動ができるようなものは存在しない。
ましてや盗賊団の頭領ごときが持っているような魔法であるのならば、なおさらだった。
「いや、アイツ、日光を浴びて苦しんでたよな…………?」
そこまで考えるのと、思いつく可能性は一つ。
「吸血姫――魔物の力を借りてる? ダメージを肩代わりさせているのか?」
それならば、納得がいく。
日光を浴びないことを条件としてあの力を行使しているのであれば、その力の大本――魔物の在処をたたくよりほかはない。
それで力を削ることができたのなら、きっとコーゼ本人を倒すことだって可能かもしれないのだ。
「なら――〈マジックサーチ〉」
その声とともに発動した魔法に応じて、俺の視界にここら一帯の俯瞰図のようなものが浮かび上がる。
真ん中に示された光点は、俺を示すもの。そして、魔力量に応じて示される光点の数は、周囲に二つのみ。
そのうち、あてどなくうろうろと町をさまよっているように見えるのはコーゼか。
つまり、残った一つがその魔物というわけだ。
「うっし、いくかっ――」
そう呟くと、俺は屋根からその光点の方へ向かって跳躍しながら移動し始めた。
**************
「っちぃ、やっぱ日光浴びられねぇってのはきついもんだな」
――――?
「あぁ? そう思うんだったらさっさと出力上げろ。あのガキ、なかなかやるからな。殺るにゃちょっと本腰入れねぇとな」
――――!
「うっせぇな、ちったぁ黙ってろ。てめぇの答えなんざ聞いてねぇんだよ。それともあれか? 故郷の仲間に今のおまえが味わっている苦しみを味あわせてやりたいってのか?」
――――……
「あぁ。それでいい。じゃぁ、」
**************
「――ここ、か?」
視界の中に木造のあばら家を収めながら、俺はそう呟いた。
ここまでくれば、もはや魔法なんて使わなくても魔力の流れを感じられる。間違いない。ここに、あの剣の力を供給している魔物が潜んでいる。
おそらく、向こうも俺の存在に気がついていることだろう。そうであるならば、小手先のだまし討ちは通じない可能性が非常に高い。
ほぼ腐りかけているドアの取っ手を掴み、静かに押し開く。
反対側の手で剣を引き抜き、ドアを開き、静かに息を整え――
「――――――ぁ?」
その口から思わず、間の抜けた声が飛び出した。
「――――――」
俺が予想していたのは、部屋の中に魔物が魔法で縛り上げられて使役されているような光景。
だが、その予想は部屋の中にあった光景を見た瞬間に一瞬で吹き飛ばされた。
「――――――――」
確かに縛り上げられていた。ただし魔法ではなく、その手を傷つけ、腕を冷やし、敗北感を植え付けるような重厚な鎖で。
確かに使役されていた。その瞳に光はなく、もはや布一つまとわぬ体を惜しげもなく空気にさらし、屍のように使役されていると人目でわかる形で。
「――――――どなた、なのです? コーゼでは、ないみたいですが……」
弱々しくも口にされたその言葉には、魔性の艶を纏い。
部屋の中に拘束されたままのその少女が、光の宿らぬ瞳で俺を見つめ返していた。
さて、話もいよいよ大詰めです。
そして作者の根気もそろそろ底を突きそうです。
くっ、プロットのない話を書くのがこんなにつらいなんて……っ!




