2-10
「――ケッ、このガキがぁっ!」
野太い雄叫びを伴って眼前から降りおろされた蛮刀を、紙一重のところで体をよじってかわす。
完全に『取った』と思い油断している敵の首に吸い込まれるようにして、俺の持つ長剣が翻った。
「あの野郎、よくもザフさんをっ!?」
その首が地に落ちる光景には目もくれず、次の標的を目指して俺は地を蹴る。
「おいユースケ、ちょっと前に出すぎだ! 自制しろっ!」
「…………チッ」
温い。どいつもこいつも、本来の戦力の半分の力も出せていないのではないか。俺だったら確殺の相手を、なぜ俺よりも強い奴が殺れない。
…………いや、理由なら、こいつらの恐怖に固まった顔を見れば一瞬でわかる。
「人殺しの禁忌、か……」
――そんな邪魔なモラルは外してしまえ。そんなところで立ち止まっているから、お前等はどうみても格下のはずのコイツらに苦戦せざるを得ないんだ。
そう胸中で叫び、表情をこわばらせてぎこちなく立ち回る連中の輪の中へと帰っていく。
盗賊が跋扈するこの村に到着した俺たちを待っていたのは、盗賊連中による奇襲という名の手荒い歓迎だった。
盗賊の内通者による情報漏洩に気がついたギルドの連中がさらに出発時間を変えて盗賊の不意を突こうとしたのに、それすらも盗賊側には知られていたということだろう。
あまりにも突然のことにあっけにとられる俺たちを後目に、襲いかかってきた盗賊の手で早速数人が殺された。
一人目の胸から剣が生え、二人目の体がひしゃげながら飛ばされ、三人目の首が宙を舞って初めて、討伐隊のやつらはようやくフリーズしていた思考をたたき起こしたらしく、そこでようやく遅すぎる反撃を始めた。
だが心の準備もままならないままに突っ込まれ、もともと奇襲をかけるつもりだったことも相まってか連中の動きはまだ鈍い。
そこに加えて、あまり人殺しもやったことのないという心境が剣筋をさらに曇らせる。
様々なマイナス要因が重なった結果生まれてしまったのが、この状況というわけだった。
「討伐隊が村の中心部まで到達しても人っ子一人いない時点で、何かがおかしいと気がつくべきだったろ……!」
ハメられたのはこっちだと気がついたときには、すべてが手遅れだった。俺たちは気づけば狩る側から狩られる側になり、人殺しを躊躇うか否かのアドバンテージのせいで今もこうして徐々に戦力を減らしつつある。
「埒があかない。俺なら一瞬で片づけられるが、行ってきてもいいか?」
「お前、隊の統率を乱すつもりか――っ!?」
「このままじゃ、そう遠くないうちに全員が死ぬ。どうせ死ぬんなら、より多く持っていくべきだろ?」
「くそっ、せいぜい死ぬなよっ」
本当は死ぬなんて、毛頭思っちゃいない。だけども、それを今伝えれば討伐隊の緊張はほどけ、逆に全滅への道をたどりかねない。
一人分の戦力が抜けてさらに緊張の度合いを高める討伐隊を後目に、俺はその周囲を盗賊を攪乱しながら動いていく。
「おいあのガキ、一人ではぐれやがったぞ! 今がチャンスだ!」
「バカ、あいつはザフを殺ったんだぞ!? 警戒しろっ!」
分隊長のような役割を果たしているのだろう男が焦った様子でそう警告するも、すっかり頭に血の上った盗賊の耳にはそれが聞き入れられた様子はない。
「お前らぁっ! 取り囲んでなぶり殺しにしろっ!」
「おおぉぉおおっ!」
そして単細胞もいいところなバカ共がだいたい半分ぐらい俺に追随してきたと思った段階で、その場を一気に離脱する。
「おい、逃げたぞっ! 追えっ!」
身体強化魔法を使えるやつに追いつかれない程度、かつ完全に引き離してしまわないように留意しながらその場を離れるように移動すること数分、俺が足を止めたときにはもう周囲に味方の気配は失せていた。
「おい小僧、さっきは俺の仲間をさんざんからかってくれたじゃねぇか。どうだ? 俺は心優しいからな、今なら四肢を斬り飛ばして土下座すりゃ、許してやれるかもしれないぞ?」
「そりゃ、土下座できないじゃないっすか! だったらさっさと殺してやりやしょうよ!」
俺が止まった理由を死ぬ覚悟を決めたからと勘違いしたのか、さっきまで俺に向かってくる部下を制御していた男が下衆い口調で俺に投降を進めてくる。
「バカか」
「あぁ?」
「俺がなんの勝機も無しにお前らをこんな場所まで誘導したと思ってるのか。四肢を斬りとばされて俺に許しを請うのは、お前らの方だな」
俺のその一見してナメ腐った態度に、周囲の盗賊が頭に血が上ったのか「殺せ!」だの、「奴隷にしていたぶれ!」だの、好き勝手なことを騒ぎ始める。
――どうやらこいつらは、自分ノ命が惜シクなイらシい。
「いいんだな? ――――――――じゃ、死ね」
俺の口調に込められた殺気に気づいた分隊長が何かを口にていたが、遅い。命令が伝達しきるよりも、俺の魔法発動までにかかる時間のほうが、圧倒的に短い。
夢で散々言われ続けた呪いの言葉を口にするや否や、俺は抜き身の剣の刀身を左手で握りこむと同時、右手に握った剣の柄を全力で引き抜いた。
「あいつ……正気かっ!?」
自傷行為にいきなり走ったように見える俺に思わず周りの盗賊団員がたじろいだスキに、手を焼く感触を無視して地面に赤いペンキで前衛芸術を描く。
地面に自分の血が吸われたことを確認するや否や、俺はその魔法のトリガーを引いた。
「〈ブラッディ・プリズン〉」
直後、俺の周囲数十メートルを描くようにしてドーム状に隆起する地面。頂上で組み合わさったそのドームの中には、俺とその他大勢の盗賊が閉じこめられる。
「うわああっ、なんだこれっ!?」
「落ち着け! あのガキの魔法だ! ちゃっちゃと魔法を一点集中させて突き崩せ!」
いきなり出現した土の壁に閉じこめられたという事実に、もはや焦燥を隠せない盗賊たちに、分隊長からの指示が怒号となって飛ぶ。それに反応した盗賊たちが魔法を打ち始め、かすかだがドームが揺れだした。
「まぁでも、逃げてもらっちゃ困るんだよ」
だけど俺だって、その光景を黙ってみていたわけではない。ドームがふるえ始めた時にはすでに、自分の血を代償にさらにこの魔法の続きになる効果を発動させている。
「……なんだこれっ、絡みついてきて取れねぇっ!?」
盗賊たちの足下から突如として現れた壁と同色の鎖が盗賊たちを絡めとり、その体の動きを縫い止めた。
突如としてあわて出す盗賊たちをさめた目でみつめた俺は、盗賊たちに向かって死刑宣告を行うことにした。
「〈ジャッジ〉〈ギルティ〉。人間の風下にもおけないお前らには、この地に還ってもらうのがお似合いだ」
「ひいっ! せめて、せめてっ、命だけは……っ!」
「お前らは、そういう命乞いを今まで無視してきただろ? そんな連中にかける慈悲は持ち合わせていない。――〈死刑〉」
俺は絶望を表情に浮かべるに盗賊たちに冷酷にそう告げ、魔法の完成をしめす最後のトリガーを引いた。
その声に呼応するように、地面から暗い赤色をした槍が無数につきだし、盗賊たちの体を串刺しにしていく。
「ぐわっ、助けっ、ぎゃぁあああっ!」
「手があっ、俺の手がぁぁあああっ!」
当然聞こえる断末魔には耳をふさぎ、俺は自前の治癒魔法で自分の手の傷を治して一つため息をつく。
「お前らっ! くそっ、ぐぁぁああああああっ!」
ひときわでかいその声に耳を向ければ、さっき俺に命乞いをしていた分隊長のような男がその胸をひときわ大きい槍に貫かれて、悲鳴をあげて息絶えたところだった。
そして俺以外に居合わせた男たちが全員死に絶えると、赤いドームがその天井からまた地面に吸い込まれていく。
「自動で解除されるのか、この魔法…………」
いざ魔法がとけてみれば、そこには円を描くようにしてかかれた境界線のような地面の跡と、その中に倒れ伏す男たちの姿があるばかり。
この光景を作ったのが俺だと思うと、どこか思うところもないでもない。
「…………っと、いつまでも見てる場合じゃねぇか」
ここの盗賊は全員死んだ。殺ったのは俺。知るべき情報はそれだけであり、これ以上余計なことを考えて俺の感情を揺らすべきではない。
それだけを断定し、俺はさっきまで連中がいたはずの場所に戻ることにした。
「まぁ、さすがにこれぐらいは片づけられたか……」
俺がそこに帰ってみれば、そこに広がっていたのはある意味予想通りの光景。
俺の方へついてこなかった盗賊たちが、全員地に倒れ伏しているというものだった。
そしてそこから少し離れた場所で、何人かの討伐隊の連中が座り込んでうつろな目をしている。それを見咎めた俺は一つため息をつき、そいつらの方へと歩いていく。
「おい」
言ってから我ながらぶっきらぼうに声をかけてしまったと思ったが、意外なことに討伐隊の反応はない。
「おい、聞いてるか?」
少し声量を上げてそう尋ねても、やはりその男から反応は返ってこなかった。
「なぁ、無視すんじゃ……」
軽く、本当に軽く肩をどつく。
それだけで、男の体は傾き、地面に倒れ込んだ。
「…………なん、だ、これ?」
地面に倒れてもまだ、男の目は虚ろなままどこかを見ている。いや、正確にはもう見えてないだろう。なぜなら男は、その背を大きく抉られて事切れているのだから。
その様子を見た俺の背筋が、一瞬で粟立つ。
防具までもが一部欠損するという、明らかに人為的でない抉りかたをされた背中。今になって少し注意を払ってみてみれば、盗賊団のみならず周りの人間も皆死んでいるように見えた。
注意深く盗賊団たちの方にも近づき、その死因を観察する。よく見てみれば、盗賊団の方にも剣でつけられたとおぼしき傷以外にもそれを遙かに上回る大きさの抉られたような傷が見てとれた。
おそらくここにいる人間は、戦闘中になにかしら共通の要因で死んだのだろう。日本では怪死扱いされるであろうこの傷も、この世界でなら魔法ということで片が付く。
「…………待てよ」
これが第三者による魔法を使った犯行なら。この陣営内のどちらでもない人間が放った魔法による被害なのなら、その犯人が俺のことを知ってその命を狙おうとしていたのだったら――
「――――ッ!!〈ソニック〉!」
瞬間的に周囲への警戒を跳ね上げたのは、幸いだった。
俺の立つ位置の後ろ、大通りの奥の方から、何かが突っ込んでくるのを感知した俺が身体強化の魔法をかけながら横っ飛びに大ジャンプをした瞬間、首をひねった俺の視界にそれは映った。
それは例えるならば、風の蛇。
大口をあけて大通りにあるものを一瞬で飲み込んでいく、貪欲な蛇の形をした蛇。その通り道にいたものはそのなにもかもを消失させる他ない。
「あれが、あいつらを――――っ!?」
その様子を見てさっきの惨劇の理由を俺が理解したのと、勢いと咆哮をいっさい考えなかった俺が近くの民家に頭から突っ込んだのはほぼ同時のことだった。
「――――――よう小僧、俺の魔法の味はどうだ?」
そして、その先にさらなる殺意の塊が待ちかまえていることも。
先週はご迷惑をおかけしました…。
そろそろあの吸血姫さんでてくるかな?




