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2-6



「――ッ、〈アイスニードル〉!」


 狭い路地に立つ建物反響して高らかに響いたその声を受けて、声の主の腕にはめられた腕輪が薄く発光する。


 かざした左手の先の中空に出現した氷の棘は発動者の意志を乗せて高速で空気を裂いて飛翔し、狙い違わずその切っ先を目標に的中させる――。


「チッ、外したかっ!」


 とは行かず、野生のカンとでもいうべきもので死角からの強襲を免れた目標に当たることなく棘はあらぬ方向へと飛んでいってしまう。


「おわぁあぁああっ!? なんだこれっ、冷たい!? ミーシャお前、俺を殺す気かっ!?」


 それとほぼ同時、氷の棘が今し方誤爆されたあたりの場所からやけに切実な悲鳴が響いてきた。


「えっ!? ユースケ、そこにいたの? ごめんっ!」


 それを聞いた少女――ミーシャが、自分の魔法が危うく味方に誤射をしそうになっていたことに気づき、謝罪の声を上げた。


「もうちょっとちゃんとユースケを狙えばよかったっ!」

「やっぱりお前俺に恨みでもあるんじゃねぇのか!?」


 …………ただし内容は真の目標()に魔法を当てられなかったことへの謝罪だったが。


 俺とミーシャが今互いに怒鳴りあいながら魔法ブッぱしまくっているここは、ギルドからもその安全性が高く評価される〈グルマ遺跡(ダンジョン)〉だ。


 そもそも街の図書館で人体蘇生の方法を探すはずだった俺がなぜ、こんなところにいるのか。


 その理由は、つい一時間ほど前にミーシャから告げられた内容にあった。



「――――マジで?」


 人体蘇生の魔法が、魔族に秘匿されている。だから、そんな魔法はいくら図書館でも置いていない。その事実を告げられた俺はただ、呆然としたままそう反応することしかできなかった。


「その様子だったら、ほんとに何にも知らないっぽいね。いい? 魔法っていうのも現在進行形で開発・研究が進められてて、残念ながら私たち人族の研究は魔族のそれに一歩劣る。魔法を取り扱うのなら、常識の範囲内だと思うんだけど?」

「ち、ちなみにその研究の進み具合の差ってのは、具体的年数に直すとどのぐらいで――」

「そんなもの知らないわよ。でも、確かこっちがつい最近開発したっていう重力操作の魔法、確か向こうは百年以上前に開発したって話だしなぁ。まぁ、百年以上の差の開きがあるのは確かなんじゃない? あぁ、ついでに言えばその人体蘇生の魔法だって存在が確認されたのはつい最近だからね。ユースケがお爺ちゃんになっても開発されていない可能性は十分にあるよ」

「ひ、ひゃくねん…………」


 そのミーシャの言葉に、俺はそれはもう軽い絶望のどん底にたたき落とされていた。


 だって考えても見て欲しい。百年だぞ? そんなになるまで生きていられるかもわからないのに、そもそも開発されなかったらどうしようもないじゃないか。


「あー、でも解決策はないこともないかな?」

「本当か!?」

「うわっ、ちょっ、近い近い! 離しなさいよ!」

「ぅえ? わ、悪ぃ」


 思わずミーシャの胸ぐらをつかんでいた俺がその手を離すと、ミーシャは一呼吸置いてからこう話し出した。


「いい? まず、解決策の一個目はそもそもユースケが魔法の研究者になって、その人体蘇生とやらの魔法を本当に開発しちゃうこと。わざわざ待ってなくったって、そうすれば栄誉も魔法も金も一緒に手に入る」

「ぁ、確かに」

「でもこれはデメリットが一個あるのよ。キミ、見たとこ別にこの世界に詳しいってわけでもなさそうでしょ? そんな状態のキミが、今の魔法研究の最前線を行く人たちに追いつけるまでにどれだけの時間がかかると思う?」

「ぐぅっ…………」

「あともういっこ。普通に考えて、魔族と私たちの研究スピードの差をそう簡単に埋められるとは思えない」

「お、おっしゃる通りで……となると無理かぁ…………」


 思わずため息をついて肩を落とした俺に、ミーシャが「人の話は最後まで聞きなさいよ」とぼやいた。


「さっき一個目、って言ったでしょ? まだもう一つ、あるのよ。研究者になるよりもてっとり早く人体蘇生の魔法を入手できる方法が」

「そ、それって……?」


 思わず喉をならす俺に、ミーシャは少し声のボリュームを落としてからこうぽつりと呟いた。


「――略奪する。魔族征伐戦に参加して、魔族の研究機関を捜し当て、そこにあるであろう人体蘇生の魔法を何らかの形で入手する、ね」

「そう、か…………」


 魔族征伐戦。おそらく、その魔族とやらとの戦争を指すような言葉だろうか。この間会ったバルツは、俺の容姿を魔族のようだと評した。


 その言葉から察するに、魔族というのはおそらく人間のような姿をしているのだろう。その魔族に対して戦争をふっかけて、魔法を略奪する。


 その字面だけ見たら、戦争なんて言葉は教科書や物語の中でしかみないような典型的な日本の男子高校生である俺としては、かなり考えさせられるようなものがあった。


 だが、俺の逡巡も一瞬のもの。


「わかった。魔族から、回収してくるよ。その魔法」

「…………そっか」


 回り道をしている暇はない。あくまでも、殱滅をするというわけではないのだ。それを自分に言い聞かせている俺にどこか納得した様子で俺にそう告げたミーシャは、続けてこんなことを口にした。


「じゃ、まずは冒険者ギルドにでもいこっか」

「え? なんでったってまた……」

「キミねぇ、まさか初心者丸だしなその格好のままでクエストを受けに行くつもりなの? なにをするにしたって、まずは実力を付けないことには意味がないでしょうが」

「ああ、まあそうさな……」

「ん、じゃちょうどいいし、この際私たちでパーティーでも組まない?」

「んあ、パーティーね。……パーティ!?」

「そ、パーティ。どうせキミ、冒険者の常識とか戦闘のイロハとか、ほとんど知らないでしょ? なら私がいろいろ教えてあげて、ついでにパーティーでもらえる恩恵で私が少しづつ借金を返していくようにすれば…………そんなに驚くようなこと?」

「――――いや、うん、なんでもない」


 あまりにも唐突な提案に硬直したままの俺の目の前で小首を傾げるミーシャには、俺の胸中など推し量ることなどできるはずもないだろう。


 直前まで『魔族の殱滅がどうこう』なんて考えていたのを遙か彼方に投擲し、『なんか美少女と二人っきりパーティーキターーーー!!』などと俺の思考回路がやかましく万歳三唱している姿など、万が一にも知られたいとは思わないが。


「そ、じゃ決定で。これからよろしくね、ユースケ」

「あ、ああ、よろしく」


 そう言ってミーシャが差し出した手を俺がおっかなびっくり握り、俺がついさっき夢想していた『美少女と一緒に冒険!』という願望が実現する運びとなったのだった。




「ユースケ! そこ、また私の魔法の圏内に入ってきてる!」

「ええ!? さっき離脱したんじゃなかったのかよ!」

「私の動きに追随してきて!」

「初心者に無茶いいなさんな!」


 だが俺の理想のはずだったそのパーティー内部では、現在悲鳴と区別も付かないような怒号での会話が繰り広げられていた。


「あぁもう、さっきからあっちへこっちへ移動するなんて……」


 そうグチりながら立ち上がり、その場を急いで離脱すると、直後俺がさっきまでいた場所が轟音をあげる炎に巻き込まれた。


「ちくしょ、こんな時間ないんじゃあ見つかるもんも見つかりゃしねえっての……!」


 美少女(ミーシャ)と夢のふたりっきりでパーティーを組んだ俺たちが真っ先に受けたクエスト、それがこの『〈グルマ遺跡(ダンジョン)〉に落ちた宝物を探せ』だった。


 内容は至極簡単、町外れに存在するこの〈グルマ遺跡(ダンジョン)〉のさびれた町並みを歩きながら、その至る所に存在する魔力鉱石(魔力を多分に含んだ石のようなもの)を回収していくというもの。


 ただし、ミーシャが俺とパーティーで挑んだことからわかる通り、このクエストにはただ単騎で挑むとあまりいい結果を得ることができないのだ。


「これも違う……これもだ…………って、うわっ!?」


 ダンジョン、という名前を冠しているだけあり、このグルマの地にはあちこちを大小様々な数多くの魔物が徘徊しているのだった。


 俺の目の前に現れた魔物、〈ブラッディリザード〉もその一種だろう。


 サイズ的にはだいたい普通のトカゲより二回り大きいくらいが平均的で、体色は血のような濃赤色。


 正直言って日本でもこちらでもあまり遭遇したくないような見た目のこの魔物だが、こいつが魔物として恐れられる所以は別にある。


「って、痛っ!? …………うわっ、足にもはっついてやがる!」


 ……このブラッデイリザード、困ったことに名前そのままに吸血性の魔物なのだ。


 大群で押し寄せられればそれはこっちの血という血を吸い尽くす小型の死神として恐れられ、単体でもあまり長時間血を吸われれば健康に支障を来す。


 そして、この血吸いトカゲの恐ろしい特性がさらに一つ。


「なんか…………来てるよな……」


 血を吸ったトカゲはその身体から同種にしか判断不可能なフェロモンか何かを放出するらしく、一匹に捕まっているとどこからともなくブラッディーリザードが押し寄せてくるのだ。


 その様子は一匹見たら三十匹はいると思えと言われる例のアレに近い。足にひっついたトカゲをひっぺがした俺の視界に移ったのは、廃墟と化した建物の入り口から、地下から、二階から、排水溝から、隙間という隙間からブラッディーリザードが飛び出してくる姿。


 これがチート能力を付与された勇者ならば『くそっ、数が多いのが取り柄の雑魚どもがっ!』とか言って剣の一凪であっさり魔物を消しとばしてしまうんだろう。


 だが残念ながら今の俺はこの世界では駆け出し冒険者と言われるような貧弱な人間だ。ということで、俺にできるのは醜く抵抗してトカゲの群に生き血を啜られること――ではない。


「ミーシャ! 助けてくれぇっ!」


 振り向きざまにそう叫ぶのと同時、


「ほんとキミ、情けないねっ!」


 いかような方法を用いたのか、ミーシャが直前までいた位置で魔物を牽制したかと思うと、その直後には俺のすぐそばまで来て魔法発動用の腕輪をはめた左手をかざした――






遅れまして申し訳ありません、作者のリアルが忙しくて予約投稿したつもりになっていましたorz

お詫びと言ってはなんですが、今日はさらにもう一つ投稿。


あれ? 一章だと残念きわまりないはずのミーシャ、なんかイケメンじゃない……?

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