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2-4

ちょっと予定外だけど7000PV突破なので投下っ!

ストック? ハハッ、野暮なことを聞かないでくれよ←


……金曜日もちゃんと予定通り投下しますとも、ええ。



 日もとっぷりと暮れた街には夜の帳が降り、昼間は魔物相手に剣を振るう冒険者も、めいめいに気に入った酒場で木製のジョッキを手に赤ら顔で仲間と笑い合っている。


 あちこちで起こる高笑いに紛れて女連れの冒険者の甘い言葉がすっと差し込まれるその空間を、注文を取り付けた従業員がせわしなくちょこまかと走り回ってはテーブルに豪快な料理の数々を置いて回っていく。


 俺は今、夢にまで見たその酒場の一つに取り付けられた無骨な作りのカウンター席にどっかりと座り込み、初めて食べる料理に舌鼓を打っていた。


「なぁおっさん、これって何の肉なんだ?」

「あぁ? そりゃあれだよ、この街名物のカーゴー鳥だ」

「はぁ、まぁ鶏みたいなもんか」

「あのな坊主、こんな旨い肉をただの卵量産機と一緒くたにされちゃ困るんだが」

「俺からすりゃ両方同じ肉だよ。うまけりゃいいんだって」

「おまえさん、見た目の割におおざっぱな性格なんだな……」


 そう言って彫りの深い顔に皺を寄せてため息をもらすのは、俺が今日お世話になったこの酒場の主人、バルツだ。料理一筋でこの街の冒険者の腹を朝から晩まで支え続けるその主人は、みた目通りのごん太な声で俺にこう尋ねてきた。


「なぁ坊主、そういやなんだかここらじゃ見ねぇ顔してやがんだな。どこの出身なんだよ?」

「ん? 出身だったらまぁなんつーか、めっちゃ遠いとこだな。にしてもこの世界でも黒髪は珍しいんだなぁ。確かに今日一日街を歩いても黒の髪なんてほぼいないわけだわ……」

「そりゃいないだろうよ。普通黒い髪なんつったらお前、そりゃ自分が魔族の出身ですなんて言ってるようなもんだぞ?」

「へぇ、魔族ねぇ………………今なんて?」


 思わず凍り付いた俺をよそに、バルツは哀れなものを見る目でこっちを見てからこう口にした。


「お前さん、そんなことも知らないのか? 黒い髪に黒い目、自らの命を対価に魔法使い放題の連中。それが魔族ってもんだろが」

「あ、はい、そ、そういやそうだったネー」

「……まぁいいさ。そもそも魔族がこの街にくるのに、自分の容姿を変えないわけがねぇもんな。ただ気をつけた方がいいぞ? その容姿をみた奴が、なにを考えるかはわかったもんじゃねぇからな」

「あぁ、ありがと…………ま、なにはともあれこの肉旨いな。腹も減ってるし、もう一個もらってもいいか?」

「ほい。じゃちょっと待っとけ、すぐ作ってくるから」


 そう言うやバルツはひょいとカウンターの奥に姿を消してしまう。それを確認した俺は、思わずそれまで軽く詰めていた息をようやくの思いで吐き出した。


「うっげ、今の会話からするに魔族ってあんましこの街じゃよく思われてないんかな…………クソ、髪の色とかが被るってのも運の無い話だったか」


 自分の目にかかるか否やぐらいの長さに伸ばした黒い髪を一房つまみ、指の腹でこすって弄ぶ。街の人間に嫌われたくないのも事実だし、この容姿でのなによりの弊害があるとすればそれは…………


「魔族に両親殺されちゃった美少女、なんてのに出会っちゃった日にはもう目も当てらんないからなぁ…………」


 その時点で『俺と一緒に冒険しない?』という笑顔とともに放たれる惹句は、『俺と一緒に自分のトラウマを抉ってみない?』という狂気の表情を顔面に張り付けたクソ野郎の呪いの言葉へと変貌するのだ。


 俺だって一人の男子高校生、この街の男女の顔面偏差値はとうの昔に割り出してある。日本より数段は遙かに高いと思われるその値を知った時の俺の衝撃は、とてもでは無いが筆舌に尽くしがたいものがあったろう。


「なんか道行く人が結構こっちを向いてくるおかげでやけに計測がしやすかったのって、この容姿のせいだったってのかよ…………」


 そこへきてこの真実である。この世界でなら出会えるかもしれない美少女がもし魔族を毛嫌いしていたら、その偏見と被害は俺にも及ぶところとなるかもしれないのだ。それは勘弁願いたいところである。


「ほれ、カーゴー鳥の照り焼き追加いっちょお待ちどうさん」


 その言葉とともに俺の目の前に湯気を上げる器が置かれたが、正直さっきほどの食欲も無い。


「ん、あんがとな」

「どうした坊主。やっけに元気がないように見えるけどな」

「んーまぁあれだよ、この容姿じゃ女の子が靡かないなぁとちょっとね」

「あんた、今更なこと考えるなあ。その容姿が気に食わないんだったら、いっそその髪全部剃りあげるってぇのはどうだ? よっぽど見栄えするかもしれないぜ?」

「そりゃやだね。勘弁願うわ」


 俺が顔を青ざめさせて慌てて首を振ると、バルツはその様子に満足したのかにんまりと笑みを浮かべて見せた。


「まぁなんだ、魔族が好きな奴もたまにはいるだろうからな、そういう手合いなら簡単に釣れるぞ」

「え!? マジで!?」

「ただまぁ、ほぼ漏れなく加虐趣味持ちだけど」

「ぇー…………じゃいいわ」


 夢を打ち砕かれたような気分でそういってもそもそと鳥を頬張り始めた俺を見て、バルツはまた豪快に笑ったのだった。



 夕食を終え、バルツにお礼を告げた俺はその後近くにあった宿屋に入り、適当な部屋を取って床についた。


 日本の自宅にいたときのベッドに比べ、安い宿の一室にしつらえられたそれはやや堅くはあったが、俺の充足感は快い満腹感とほどよい疲労も相まってかなりのものだった。


 ベッドに入るや否や眠気が目を閉じさせ、夢の世界に釣れていこうとする。その感覚にあらがわずにおとなしく眠りについた俺は――


 そこで地獄を見た。




「――――ねえ、早くしないとおいてっちゃうよー?」

「…………ぇ?」


 足下に広がるアスファルトで舗装された道路。その道には砂が舞うこともなく、確たる安心感を与えてくれる。


 左右にはマンションや一軒家が点在し、朝方の太陽光を反射して光り輝いていた。味はあってもそれとなく時代の遅れを感じる木製の住居はどこにも存在していなかった。


「ねぇ、ユースケってばぁ」


 そしてその中央。風に揺られて花びらが落ちてくる道路の真ん中にたっていたのは、一人の少女だった。


「…………結衣、なのか……?」


 俺が唖然とした表情のままでそう呟くと、結衣は「そうだよ?」と首を傾げ、ついでにこっと破顔して見せた。


「どしたの? なんかいきなり立ち止まったと思ったら変な顔してこっち見てきたりしちゃってさ」

「い、いや、何でもない」

「まったく、今日から高校生だってのに、そんなにぼーっとしてていいの?」

「ぇ? あ、ああ、そうだよな。今日から俺たちは、高校生、だったな」


 俺がぎこちなくもそう返答すると、結衣は「いやー、楽しみだなぁ、高校生活」なんて暢気そうに一人ごちてから、俺に先んじてまた歩きだした。


「…………夢、なのか?」


 高校生活最初の日に通学路で見た、白昼夢。だとしても、性質が悪すぎる。結衣がトラックに轢かれて死に、俺は結衣を助ける方法を助けるために異世界に一人飛び込む。


 さすがに今まで十何年生きていて、丸一日分の生活をするという夢を見るという経験はあまりなかった。向こうのベッドで寝た瞬間に記憶が途絶えているところを見るに、そこが夢の終着点だったのだろうか。


「まぁ、考えてもしゃぁないかな……」


 俺は自分の中で今の自分が置かれている状況にそう結論をつけると、ふと顔を上げて俺の前を歩く結衣に声をかけようとした。


「なぁ、結衣――――」


 その言葉は続かない。


「――――ゆ、い?」


 返答などありはしない。


 俺の目の前に居座るそれは、原型をとどめないまでに粉砕されたもの言わぬ赤い華なのだから。


「――――――――ッ!!」


 遅れてやってきたなま暖かい鉄の臭いに鼻が刺激され、俺は胃の中からせぐりあげてきた感覚に耐えきれずに思わずその場に膝をついた。


 これは夢じゃない。さっきまで俺がいた異世界は、白昼夢なんかじゃない。俺が今目の当たりにしているのは、俺がつい半日ほど前に目にしたばかりの無惨な光景の焼き直しだ。


「そうだよユースケ、やっと気づいたの?」


 そこまで考えた俺の頭上から降ってきた声に、思わず俺の体が意志と関係なく跳ねた。


「私は死んだ。トラックに押しつぶされて、あっけなくね」


 アスファルトにシミをつくった自分の胃液その他と結衣の体の中身が混じっていくのを呆然としたまま眺める俺の目の前に、結衣の手がすっと差し出された。


 本人の明るい性格とは裏腹に不健康さを表しているようなその腕。同時に美しくもあったその白い腕は、すでにその大半が赤く染まっている。


「ユースケは、私を助けてくれるの?」


 その質問に、それまでどこか不明瞭だった意識が再び統合されて動き出す。気づけば俺は、懸命にのどをふるわせて結衣にこう叫んでいた。


「と、当然だろ!? 俺は、そのために、あの世界にいったんだ!」


 結衣の背後から差す太陽光の陰になり、結衣の表情は伺うことができない。


 だが、結衣の表情がその瞬間に三日月型に裂けるのが見えた。狂気と狂喜をないまぜにしたような、結衣らしくない笑みだった。


「だよね。ユースケは、絶対に私を助けてくれるって信じてる」


 ついで、俺の頬に彼女の両手があてがわれた。白く冷たく、生きている人間のそれではない手が、いとおしげに俺の頬をなぞりながら体温を奪い去っていく。


「じゃぁ、早く助けにきてよ。一刻も早く、一分一秒でも早く」

「結衣…………? お前、どうした……?」


 だんだんと熱を帯びてくるその言葉は、普段の結衣のそれとは何か一戦を画すようなものがある。


 そう感じた俺が結衣に問いかけるのと、結衣がそれまで頬にあてがっていた手をいきなり俺の首におろしてきたのは同時といってもよかった。


「結衣――――ッッ!?」

「早くきてよ。ここは寒いの。暑いの。楽しくて愉しくて、苦しくて辛い。私、もう耐えられないよ」


 支離滅裂なことを結衣が口にする間にも、俺の首を絞めあげるその手から力が抜けることはない。


「――――か、っは、ぁ」


 細身の結衣のどこにこんな力が、と疑いたくなる次元の強さで狭められる気道から、俺の呼吸が漏れていく。


「早くきてくれないと、このままじゃ私、ユースケを殺したくなっちゃう」

「ぅ、ぁ、」


 その目に光はない。その目に感情はない。その目に人の持つ温もりはない。


「憎くて憎くて仕方がないんだよ。ユースケ」


 俺が結衣としてみていたその存在の中には、悪意が、狂気が、渦巻いていた。次第に酸欠のせいで苦しみの中でせばまっていく俺の視界の中で、結衣はやっぱり笑っていた。嘲っていた。


「早く、助けてね」


 その声を最後に、俺の意識は電化製品の電源か何かのように切断された。



「――――うわぁぁぁあああああああああああああっ!!!?」


 俺が意識を取り戻した瞬間、俺は思わず叫んでいた。


 痛い。苦しい。つらい。人間の負の感情をとりまとめて形にしたような結衣の狂気に染まったやりとりに、本能が警鐘を鳴らした結果かもしれない。


「――――はっ、はぁ、ぁ…………」


 自分の悲鳴がやんだ後にあるのは、逆に肌に痛いまでに刺さる沈黙。辺り一面を支配する静寂が耳鳴りを引き起こしたような錯覚に襲われながらも、俺はなんとか平静を保つので精一杯だった。




「くっそ、嫌な夢見たもんだなぁ……」


 俺が十分に落ち着き、朝食もろくにとらずに宿屋を出てからすでに数十分が経過していた。


 苦い顔をしながらも街を歩く俺をやはり魔族とやらと勘違いしているのか、道行く人はそれなりに俺の方を見てくる。だが、その大半が直後に気まずそうな表情をして顔を背けてしまうのは、ひとえに俺が不機嫌そうな顔をしているせいだろう。


「この街、入り組み過ぎだろ…………図書館どこだ、図書館」


 そうぼやくも、答えてくれる声などありはしない。今日は本来ふつうにクエストをこなすだけのつもりだったのだが、昨日のあんな夢を見た後では情報収集を優先したくなってしまうのも無理はないだろう。


 とりあえず、当面の目標としては人体蘇生の方法を探ること。そう考えた俺はまず、魔術の研究をしている研究所、ないしそういう書物を収めている図書館的な場所に足を運ぶべきだと考えたのだ。


 道行く人に適当にそういう場所がないかを訪ねたところ、研究所だと研究員としての資格が必要で、そういう研究ならば図書館に納めてあるという返答をもらったので、こうしてこの街を歩いて今に至る。


 道自体は聞いたから別段問題はなかったと思っていたのだが、俺はどうやらこの街をせいぜいが日本の田舎程度と侮っていたらしい。


「あぁもう、ここさっき来た気がするんだけど!?」


 心の底からため息をもらし、さっきも見たような気がする商店街にうっそりとした視線を向けながら俺は思わず舌打ちしていた。


「結構入り組んでる街で、地理に明るくもないのに人の指示だけでどっか行こうってのが間違ってたのかな…………ん?」


 そう結論付けてその場に立ち止まった俺の耳に、何か甲高い声のようなものが少なくない人通りを切り裂いて飛び込んできた。


「――――そこ、どいてーっ!」


 人混みをかき分けながら全力で街を走っているのは、一人の少女。


 明るい茶髪をポニーテールにまとめ、それをフリフリと左右に揺らしながら何かを小脇に抱えて疾走している。芯の一本通ったような強さを感じさせる瞳には、少女特有の活発さとかわいらしさが同居しているように見えた。


「……つまりまぁ、美少女か」


 俺の中で結論がつけられた。この世界の顔面偏差値がわりと高い水準を保っているのはつい昨日気づけたばかりのことだが、それを差し置いても()()()()()駆けてくる少女はなかなかの美人であると言えた。


「――――目の前から?」


 ふと思考に引っかかった言葉に、首を傾げる。そして、俺の鈍重な思考がそのことにようやく気づいたときには、事態の結末はすでに見えていたも同然だった。


「どいてってばぁああっ!」


 目の前からは全力疾走している少女。それも両足がなんか薄く光っているあたり、魔法か何かでも使用して加速しているのだろうか。そして、通行人が皆その少女をよけている中で俺はただその場に棒立ちになっていただけ。


 おそらく百メートル十秒をゆうに切るその俊足が、俺と彼女の距離差数メートルを詰めるのにはそう大した時間もかからないだろう。というか一瞬だ。


 そこまで考えが至ったと同時――


「きゃっ!?」

「うぐっ!?」


 方や可憐な悲鳴、方や呼吸が阻害されたことによる魂の叫びが響きわたり。


 通行人のざわめきをBGMに、超高速で移動する物体の衝突のせいで俺の意識はゆっくりと溶けていったのだった。



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