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2-2


 リズの話を蒸し返すわけではないが、俺が今日こうして訪れることになったその”店”は、俺の趣味からはほぼ真逆のベクトルに外れた、普段の俺ならばまず入ることもないようなものだ。


 その店は、色町を抜けた閑静な商店街のはずれの大通りを一本横道に逸れてしばらく歩くと視界に見えてくる。看板もないその店の入り口のドアを奇特にもくぐることになった客がまず抱く第一印象は、おそらく「……うわぁ」だろう。


 まず目に付くのは、やけに高い壁。建物と建物の間にねじ込んだとしか思えない店の敷地面積の割に高くそそり立つ窓のない壁が、客に対して謎の圧迫感を与える。下手すればこの店は、奥行きと天井の高さがほぼ変わらないかもしれない。


 加えて言うならば、何につけても照明が暗い。窓がない以上は、この店の光量調整の一切が天井に設置された数少ない照明に依存するのだが、その照明が必要以上に暗い。ムード作りのためですと言われてもやや納得し難い次元で暗い照明は、静かなバーよりも拷問部屋を連想させる。


「……うわぁ」

「あ、いらっしゃいませー。お二人様ですか?」


 そして何より、この店の店主の性格がねじ曲がっている。趣味は人をからかうこと、特技は人を煽ること、最近のマイブームは人を切れさせるまでのタイムアタックとでも言い出しそうな人をくった店主の存在がこの店に俺がまず入らないであろうと断言した最たる理由だ。


「なんでミーシャとかセレスだけじゃなくてお前まで他人行儀なんだよやめろよそれ! どうせお前のことだ、ここ一週間の同行くらいはざっと把握してんだろ!?」


 入り口をくぐるなり絶叫した俺の言うとおり、素のこいつはこんな接客精神あふれる営業者の鏡みたいな人間ではない。というか、そもそも人間ではない。


「はい、でしたらこちらのカウンター席へどうぞ。ご注文がおきまりでしたら、お手数ですがそこのベルを鳴らしていただけますか?」

「だからそれやめろっての! そもそもこの店カウンター席しかないし、ベルもないじゃんか!」

「あのう……すみません、あまりうるさくするようならこちらとしても実力行使にでるっていうか、消し炭にさせていただきたいっていうか……」

「それ魔王が言ってるって考えたらマジで怖いんでやめて!?」


 一瞬にして頭に上っていた血が遠のいたのを実感しながら表情をひきつらせると、俺と会話していた人物――魔王が、さっきまでの営業スマイルとは打って変わって生き生きとした笑顔を浮かべた。


「いやぁ、やっぱり少年はどうにもからかいがいがあるよねぇ。私としても、ついついやる気がでてしまっていけない」

「お前な、俺だって今は疲れてるんだからな? 条件反射的につっこみに回っちまったけどさ、結構これ体力使うんだぞ?」


 俺がこの日中からわざわざこの町中に繰り出してきたのは、すべてを見通す全知全能の魔王サマに会いに来るためだ。もちろん、兄弟愛あふれる寸劇を演じ続けるのに限界がきたというのも当然あるが。


 やっぱり人間、何かを隠したままで会話をするのはつらいものだ。そこで、すべての事情を話す必要なく把握している魔王の元へお礼も兼ねてきたというわけだ。魔王にお礼って、我ながらどうかとも思うけどさ。


「じゃあやらなければいいじゃないか」

「俺だけならそれもやぶさかじゃないけどな、今日はコイツを連れてきてるから、お前の本性をむき出しにしとかないと困る」

「ん? あぁ、そのお嬢さんか。どうした少年、ついに幼女趣味にも目覚めたのか? そろそろ手に負えんからそこらへんにしておけよ?」

「そうやってさらっと連れに俺の風評被害を刷り込むのはやめてもらえません!?」

「ほらお嬢さん、こんな男につられてはダメだぞ。ま、お嬢さんはとっても聡明だろうから、そんなこともないだろうけど」

「人の話聞いてるか!?」


 ほら、つまりこいつはこういう奴なのだ。軽口というにはいささか口当たりのしつこい言葉の応酬も今じゃすっかりなれたもんだが、これが煽り耐性ゼロの温室育ちのおぼっちゃまだったらどうなることやら。


「で? 今日はどうやら少年、殊勝にもこの私に先の件で礼を言いに来てくれたそうじゃないか。感情のこもらない慇懃無礼な言葉は別にいらないから、その手に持っている百年ものの酒を早くこっちによこしたまえよ。今日は少年の数々の黒歴史を肴に朝まで語り合おうじゃないか」

「ああ、いつものストーカー能力のおかげで理解が早いのはありがたい。今のまーちゃんの言葉のおかげで、俺は今すぐにでもきびすを返したい気分になったよ」

「なっ!? 待て、待つんだ少年、別に少年は帰ってくれてかまわないからその酒だけはこのカウンターに置いていってくれよ」

「おいおい、この酒だってバルツからお礼としてもらった、秘蔵の貴重な酒だぜ? まーちゃんみたいな人を煽ってけなすしか能のない口にはとても似合う品とは思えないなぁ?」

「待て少年、そこに座って話し合おう。まずは5万ディーンからでどうだ?」


 俺が魔王よりも悪役ヒールらしく意地悪に口の端をゆがめてそう告げてやると、魔王の態度があからさまに激変した。ディーンとはこの世界の通過であり、ちなみに5万ディーンといえばこの世界の人がつつましやかに暮らせば一ヶ月は楽に保つような金額である。どんだけ酒に執着示してんだこの魔王。


「な? こいつ、こんな感じのダメ人間なもんだからさ、そんなかしこまんなくても別に平気で――」

「……お主」

「――ん?」


 俺の言葉を遮ったリズの声には、よく耳にする呆れやふざけた調子が一切見られない。代わりにその声を染めていたのは、余裕のかけらもないように見える焦りと驚愕だった。


「……お主、今さっき魔王だとかなんとかと口にしていなかったか?」


 おい、開幕から妹モードがいきなり形無しになってんぞ? というつっこみをしたいのは山々だったが、それを言うにはリズの口調がやけに真剣味を帯びたものすぎた。俺も一度咳払いをしてから意識を取り直し、しっかりとリズの疑問に答えてやる。


「ああ、まだ言ってなかったな。こいつはこの街でひっそり阿漕な夜の商売を営んでる女主人で、まあなんつーか、いわゆる魔王だ。あだ名はまーちゃんだ」

「おい待て、今の君の言い方にはかなり明確な悪意が込められているように感じられたんだが?」


 ん? おかしいな、俺の今の説明には一切の誤解も誤植もなかったよね? 俺おかしいことなにも言ってないよね?


「――え? ぇえ? いやちょっと待ってくれ、今のはわらわの聞き間違いではないのじゃな?」


 おーおー、あのリズが混乱してら。まあ、普通に考えて魔王に使えている存在だと思われるリズの前に「自分、魔王です」とか言う奴がいたら、電波受信しちゃってる系の人に思われてもおかしくないしな。日本の話だけど。


 店に入るやさっさと席に着いた俺におきざりにされ、入り口のあたりで首を傾げたまま動くそぶりもないリズがいても、魔王のよく動く舌はその動きを止めることを知らない。


「おいユースケ、すべての闇夜の眷属を統べる魔王である私の素性をそんなに簡単に明かすんじゃない。こういうのはだな、謎の武装集団にせめこまれて街がピンチ! 歯が全く立たずにバッタバッタと倒れていく冒険者! そこで颯爽と現れて正体を現し、全力でその武装集団を蹴散らす私! 遠巻きに見ていた町人からは拍手喝采! みたいな状況を作ってからやるべきなんだよ」

「魔王の分際で俺TUEEEEな勇者のまねごとしてどうすんだよ」

「ちなみにその武装集団は、実は私に指示されて街を襲撃した魔王軍の手下なのだったというマッチポンプな事実もあるぞ?」

「うっわ、自演乙俺TUEEE魔王とか、痛々しすぎて見てらんねぇわ……」


 俺の中でたった今、これ以降に街への謎の武装集団の襲撃があったらまずはじめにこの厨二病患者の魔王を疑うことが閣議決定された。まあそんな事態に陥っている時点で、疑ったって意味ないけどな。相手が魔王だし。


「そ、そなたが魔王であるというのは、まことなのか……?」

「ん? ああ、そうだよ? 小さいながらも老成したお嬢さん」

「おいまーちゃん覚えとけ、俺らの世界じゃそういうのはロリババアって言う単語で呼び習わされてんだ」

「なんだって!? そんなに便利な言葉があったのか……」

「――嘘じゃ!」


 突如として俺たちのやりとりの間に入り込んだ、耳に突き刺さる悲痛な叫び。


 見てみれば、視界の隅の方でずっとわなわなと小さいからだを振るわせていたリズが俺たちの方を向き、ほとばしる激情をその表情に張り付けてこっちを睨んできていた。


「おいリズ、ちょっと落ち着けっての……」

「嘘じゃ、嘘じゃ、そんなのは嘘じゃ! 先代の魔王様は、つい数ヶ月前に病気でお隠れになられたはず! 今この時も、かの魔王領では次代魔王の選定の儀が行われているはずじゃ! 魔王を騙り魔王を愚弄するその行い、わらわは竜種の誇りにかけて断じて許さぬ!」

「あぁ、確かに。言われてみれば、そんなこともあったなぁ」


 俺がつい一週間前に相対した竜種と重なるような気迫をほとばしらせながらそう叫ぶリズに対して、偽物だと糾弾された魔王はといえば柳に風だとでも言うようにただ静かにリズの言葉を受け入れていた。


「そんなことも……だと? 」

「でもお嬢さん、じゃあこれを少し見てくれないか?」

「……何?」


 リズの言葉を途中で遮った魔王は、ふと何を思ったか自分の腰の後ろに手を回し、そのエプロンを解き始めた。


「おいまーちゃん、いきなり何してんだ?」

「そなた、何を……」

「いいから」


 いきなりエプロンをはずしにかかった魔王に唖然とするしかない俺とリズを置き去りにし、さらに魔王はエプロンのみにとどまらずに自分の服にまで手をかけ始めた。


 一見したら普通の街娘にしか見えないような服の帯がゆるめられ、服を固定している各所のパーツがとられてどんどん魔王があられもない姿になっていく。


「って待て! ここには俺もいるんだぞ!?」

「これもいい機会だ。二重の意味でめったに見られるようなものでもないから、ちゃんとユースケも目に焼き付けておいた方がいい」

「いや、んなこと言ったってさ……」


 俺の目の前で行われているのは、年頃の女性が自分の服をなんの造作もなく脱ぎ捨て、次第に生まれたままの姿に近づいていくその行程だ。そこにはセレスのような色っぽさやミーシャのような恥じらいはなく、作業か何かのようにただ淡々と行われていく。


「こっちだって、目のやり場に困るんだってば……」


 何も恥じらいがないからいいってもんじゃない。むしろ見ているこっちが恥ずかしくなるわ。


 そんなわけでそらした視線の先に店の壁に掛けられた木製のお品書きを端から端までじっくり読むこと3回、ようやく魔王の方から「もういいぞ」とお声がかかった。


 異性としての自分の特長ですらネタにする見上げたイタズラ精神を持つ魔王のことだと思い、目を手のひらで覆ってからゆっくりと隙間からのぞくようにした瞬間の俺の思考を占めていたのは、落胆でも興奮でもなく、驚愕だった。


「――あ? まーちゃん、いつからそんな入れ墨してたのさ?」

「ふふ。なかなか気合いの籠もったものだろう?」


 俺の視線の先には、こちらに背中を向けて首だけを俺たちの方に回して反応を伺っている魔王。その魔王の背中には、肌色よりも比率の多いのではないかと思われるような次元で肌の上を縦横無尽にのたうつ入れ墨があった。おそらく何かを意味しているのだろうと思われる幾何学模様が人体に整然と刻まれている様子という光景は、色気を感じる間もなく俺の中にある警鐘を鳴らし続けてやまない。


 そりゃそうだろう。こんな気合い入った入れ墨なんてみたら、俺の貧弱な思考回路は真っ先にヤから始まるあの集団を連想するじゃん。


「ああ、俺の地元だったら間違いなくアレな感じの人だよそれ……」

「ん? なんだか期待通りに誉められている気がしないのだが……」


 俺の言葉に含む意味をようやく理解したのか、魔王が俺の方をじとーっとした目で見てきた。当然ここでまともににらめっこなんてしていられるほど俺の肝っ玉は太くないので、さっきも見たばかりの店のメニュー一覧の方へ視線を避難させる。


 その様子を見た魔王がさらに追加で何かを言おうとしたのだが、それはリズの驚愕を多分に含んだ言葉に阻まれることになった。


「そなた、これは……魔王の血縁に連なる証の入れ墨!?」

「お、良かった。それも知らないって言われたらどうしようかと思ってたんだよ」

「はっ? その悪趣味な入れ墨が?」

「悪趣味とは少年、もしかして魔王たるこの私に宣戦布告をしようとでも言うのかい?」


 そういってにっこり笑う魔王。何がなんだかさっぱりすぎるわ。


「――あ、それ、もしかしてまーちゃんが魔王だっていう証明だったりする?」

「そ。この入れ墨は、そこのお嬢さんが言ったとおり魔王の血を少なからずついでいれば彫られる、まあいわゆる証明書みたいなもんだからね。私の魔王という身分を直接照明することはできないが、ちょっとした証拠にはなるかなと思ってね。そこのお嬢さんも存在を知ってるってことは、お嬢さんの家族にもそういう人がいるんじゃないかな?」

「た、確かにわらわの族長はその入れ墨をしていた……そして、それがかの魔王様の血縁に連なる者しか入れられないものだとも言われたが……」

「まだ納得がいかないかい? 小さくも老成した、気高き竜のお嬢さん」

「――――!」


 その言葉に、リズの小さい目が最大限まで見開かれる。


「この森羅万象を見通す力は、いくら魔王の血縁者の数が多いと言ってもさすがに手にできるのは今代の魔王である私を差し置いて他にはいない。もし疑うというのなら、いくつかの質問に答えてあげるよ?」


 どこか挑戦的な魔王の雰囲気に呑まれたのか、リズが喉を一度ならすといくつかの質問を投げかけていく。


「じゃあ、昨日こやつが酒を呑んだ分量は?」

「んーと。確か、少年はここらでも有名な強い酒に挑んで、わずかグラス三杯で撃沈したんだっけ? いやあ、あのときの少年の顔の赤さといったらなかったね」

「おい!? リズもまーちゃんも人をダシにすんなよ!?」

「じゃあ、こやつが今まで女子と寝所を共にした回数」

「うん、少年は周りにかわいい女の子を侍らせておきながらもその矮小なハートのせいで手出しができないでいるんだね。まぁプレイボーイとどっちがいいのかって話でもあるけど」

「なぁ聞いてるか!? おいってば!?」

「なら、こやつが竜を倒した時に使った魔法の説明を」

「はいな。…………んー、少年もチキンハートの持ち主かと思ったら、以外に根性あるんだね。竜種を単騎討伐する上に、代償魔法に手を出すとは思わなかったよ。この代償魔法ってのは、使用した術者の身体的な何かを犠牲に安価なコストで高い効果を発揮する類のものだね。なるほど、少年が最近クエストに行かないでずっとヒキニート生活を送っていたのは、少年の身体能力が著しく低下していたからかな? それにしてもすばらしいニートっぷりだね、見ている方がすがすがしくなるようだ」

「………………」


 魔王から俺すら知らなかった詳しい話をきいたリズは、そのままの姿勢で頭を垂れて沈黙してしまっている。そのリズをかばうような姿勢で、俺は一歩前へでた。


「おいまーちゃん、たった今俺の心は決まった。今から表へ出ろ。身体能力低下とかはもう関係ねぇ。一瞬で消し炭にされるのもわかってる。だがテメェのそのニヤケ面に一発ぐらいはぶち込んでやらないと俺のずたずたにされたプライドが黙っちゃくれないんだよ」

「さ、さすがに少年をそこまで切れさせていたとは思わなかったなこれ、もしかして私が全面的に悪い?」

「ほう。話が分かるようでありがたい。ならこの酒はおあずけだな」

「そんなぁ、ご無体なぁあああああっ!?」


 まるでこの世の終わりかと思われるような悲痛な叫びをあげる魔王から遠ざけるように、手に持っていた酒を後ろ手に隠す。いつぞやの意趣返しのような光景だが、一つだけ違うのは俺は決してこの酒をあいつにくれてやるつもりがないということ。俺はそんなにぬるい人間じゃない。


「――我らが永久の主、魔王様」


 そのノリをガン無視して俺たちの会話に割り込んできたのは、静謐な空気をその身にまとったリズだった。


「御身にありもしない疑惑をかけるような行為、申し開きしようもございません。つきましては、この首と引き替えにでも魔王様の怒りを静めていただきたい所存であります――」


 そういったきり、完全にしおらしくなって沈黙してしまうリズ。さっきの激高もそうだけど、今まで一週間の間で初めて見るような表情なので俺もどう対応したらいいのかわからずに沈黙してしまう。


「ま、いいよ。ずいぶん長いこと留守にしている、魔王軍の私に対する深い忠誠が伺えたし、それだけで私には十分すぎる恩恵だよ」

「――――ッ! そんな、お言葉…………」

「それに私は、ここでは魔王軍総帥としての魔王ではなく、夜な夜なここを訪れる人に料理をふるってやるすばらしくも謎めいた女店主、まーちゃんだからね。気楽に構えて罵詈雑言の一つでも投げかけてくれる方が、らしいといえばらしいね」

「ありがとうございます……」


 リズが感極まったような表情でそう口にしたきり押し黙ったのを見届けてからこっちに振り返った魔王の表情は、いつも見慣れた『まーちゃん』のそれだった。


「にしても少年、さっきから黙りっぱなしだけどどうしたんだい?」

「いやぁ、まあなんつーか、まーちゃんてほんとに魔王だったんだなぁって少し感慨に浸ってて…………」

「失礼な話だな。そもそも、この世の森羅万象をあまねく見通すという時点で、ただの人ではないということぐらいは察することもできたろう? 今朝もなにやらいい夢を見たようで、朝っぱらから裸の幼女を侍らせて起きた瞬間からだらしない笑顔を浮かべていた少年ならね」

「んなっ!? ちょっと待て、それ見てたのかよ!?」

「ああ。少年の周りに展開していく修羅場はなかなか見ていておもしろいものがあるけど、今朝のあれは久々にこっちが生理的嫌悪感を催すようなものだったね。まさか夢の中に自分の幼なじみを出して伝わるはずのない謝罪を」

「この野郎、人の日常生活に土足で踏み込んでおきながらいけしゃあしゃあとっ…………!?」


 俺が歯ぎしりをしながらそう魔王にくってかかっていると、いつの間にか俺の隣まできていたらしいリズが表情に疑問符を浮かべてこう言ってきた。


「そういえばお主、なぜこのようなお方と親しげに接しておるのじゃ? 我が一族でもそんなことができる者は、ほとんどおらんというのに」

「それはだねぇお嬢さん、なんとこの少年は敵軍の総帥である私とひょんなことで出会ったその日にベッドにインして、惚れ惚れするようなテクニックで私を腰抜けにーー」

「してねぇからちょっと黙れ! まーちゃんが会話に割り込むと、どんどん会話がややっこしくなってくんだよ!」

「はいはいっと」

「そなた…………魔王様とすでに一晩をともに過ごしていたとは……それはこんな矮小なわらわ程度では抱いてもくれぬはずじゃな……」

「してねぇっつってんだろ!?」


 なにかすさまじいものを見るような目をしてのどを鳴らしたリズに釘を刺すと、こんどは魔王の方からイタズラのネタを見つけたとばかりの意地悪い調子の声が聞こえた。


「お? 少年、吸血鬼の少女と酒場の看板娘では飽きたらず、次は数百年を生きた竜種の少女にまで手を伸ばすのかい? その態度はずいぶんとまあ見上げたものだけど、刺されないようにだけは気をつけておけよ」

「だぁーかぁーらぁー、俺はまだ誰とも寝てないっての! 童貞のチキン力なめんな!」


 そう言った瞬間、魔王とリズの視線がやけに優しいものになった。言うならば、こう、哀れな人間を見つめるものに。……お願いですからそんな目で見ないでください。


「――それにしても、確かにお主と魔王様の馴れ初めは気になるところじゃの」

「馴れ初めじゃねぇよ、なんでつきあう前提なんだよ。……つっても、そんな大したもんでもないからな?」


 場に流れる気まずい空気を察したのか、リズが露骨に話題を変えてくれた。話題が変わっても、二人の視線はまださっきの生温さを宿していたのにちょっとだけ心をえぐられました。


「いやあ、馴れ初めだなんて照れるなぁ」

「あんたは黙っててくれ、マジで」

「なるほど、これが関係を持った男女の距離感というものか……」

「おいそこ、のどを鳴らして驚愕したような感じの表情作るな!」


 まるで俺を人ならざるものか何かのように戦慄の表情で見つめる少女の実体は、弱い数百歳を生きる竜族である。なんだこの状況、めっちゃシュールだわ。


 そしてこのモグラ叩きでもやってるみたいな会話の場合、片方を牽制している合間に残りのもう一人の口が止めどなく言葉を紬ぎ出す。


「私と会ったときの彼と言ったら、いやはやすごいものだったね。何せ夜の闇で怪しく光る眼孔はまさに獲物を捜し求める飢えた狼のそれ、口から漏れる吐息には純粋な欲望がもうぎっしりと詰まっていて――」

「事実を虚飾して伝えるってのもやめてもらえないかな!?」


 そろそろこの二人に手持ちの魔法をブッパしたくなってきたわ。魔法一発がいくらかで取り引きされるこの世界で、魔法の無駄撃ちは禁忌とか、そんなもん知るか。


「お主……一目見たときからただ者ではないとは思っておったが、まさかここまでとは……」

「だから違うっての……そろそろ俺に誤解を解くターンが欲しくなってきたよ、もう」

「じゃここからは俺のターン! ってことで、ここは一つ酒のつまみに少年の過去の話でもしてくれないか? どうせ最近ニート生活おくってるんだ、暇ならいくらでもあるだろ?」

「おい、まさかそのネタ俺の頭の中覗いて知ったわけじゃないだろうな……って、ん? まーちゃん、テメェその手に握ってんのは何だよ」

「んー? ああ、これね」


 そういった笑顔の魔王が揺らして見せたボトルは、ついさっきまで確かに俺が持っていた酒だった。


「おいまーちゃん、それ返してくれ」

「やだ」

「物理的にありえない距離から、一瞬で物を移動させたのか……さすが魔王様……」

「私が本気を出せば、この世界が私にかしずく。まぁ、物理法則ごときが私にかなうはずもないってことだね」

「そのすばらしい力、頼むから人の酒かすめ取るのに使うのはよせよ。っつかその酒は俺のもんだからな? とっとと返せ」


 用途があんまりではあるが、実際魔王が行使できる力はこうして物理法則の一つや二つぐらい、簡単にゆがめてみせる。常日頃から魔族の殱滅を掲げている勇者サマたちが本当にこの魔王に勝てるのか、たびたび疑問に感じてしまうのもしかたないというものだろう。


「じゃ、代わりに少年の過去バナシでもしてくれよ」

「あぁ? まーちゃんなら、俺の頭の中の記憶を好きなだけ見放題なんだし、それぐらいは簡単にわかんだろ?」

「あのな少年、私のこの力だって好き勝手に発動し放題なほどやすくできちゃいないんだよ。正直、この力を使わなくてもいい場合は極力使用を避けておきたいような気分だ」

「その割にはまーちゃん、俺にいたずらするときは結構その力使ってるよな」

「そこは情報量の軽重の差だな。人の人生一つを見るのと、日常生活の取るに足らないワンシーンを見るのじゃ訳が違うんだ。ま、それに少年の知りたいことを知る手がかりにもなるよ?」


 こんな風に言っている魔王だが、どうにも言いように俺を言いくるめて俺の口から過去を語らせたいように聞こえて仕方がない。まぁ、ここで言い返したところでまた正論で黙らされるだけなんだしな。男の口撃力は、女のそれに数倍差を付けて負けてると思うんです。


「知りたいこと?――おいまーちゃん、それってまさか人体蘇生の――」

「このお嬢さんが今朝、少年のベッドにインしてた理由だね」

「――あんだよ、おどかすなっての」


 こんにゃろう、俺の思考まで読んでからこんなこと言いやがったな?


「まぁそれに、他人がしゃべるのを聞いている方が酒の肴になるし」

「今なんつった!?」

「いやなにも?」


 魔王はそれだけ言ったきり、ひゅーひゅーと鳴らない口笛を鳴らしながら俺に目線をあわせてこなくなった。


「――あぁわかったよ、話せばいいんだろが。でもその前に、こいつになんか食わせてやってくれ。さっきからなんか食いたいって顔に書いてあって鬱陶しい」

「んなっ!? そ、そなたはなにを言っているのにゃ!? そんなことあるわけが――」


 直後、店の中に耳慣れない重低音がなりひびいた。


「どもって顔を真っ赤にしながら否定した挙げ句、腹の虫もなってるんじゃ説得力ないわな」

「ほう、少年もついに読心術の一端を修めるまでになったのか」

「いや、なんかぜんぜん違う気がする」


 だからそのいい弟子を得た師匠みたいなどこか老成した表情をやめろ。


「じゃ、じゃあ魔王様、もしよろしければメニューを見せていただけないでしょうか?」

「そんなにかしこまらなくていいさ。ここでの私は飲食店の店長、お嬢さんはただのお客さんなんだから。あ、メニューはこれね」

「お品書きはなんの意味があったんだよ」

「雰囲気作りかな」

「マジっすか」


 その慇懃な言い方に軽く苦笑し、リズにメニューを手渡す魔王。


「そうじゃの……では、このテンシンハンというものと、ギョウザとラーメンとあとは……」


 朝ご飯をつい今さっき食べてきたばかりだというのにものすごい食欲を見せるリズに、俺の表情が思わずひきつった。


「お前、やっぱ腹減ってたんじゃねぇか。……にしても結構容赦なく頼むんだなぁ……この世界だと、魔法使いが戦力を得ようとしたら、まずは倹約を真っ先に考えるんだぞ?」

「別に良いではないか。そなただって、ついぞこの間の竜種討伐でたんまり金はもっておろうに。それにわらわに恥をかかせてまで食事をとらせようとしたのはそなたじゃからな?」

「ぐっ・・・この野郎っ、人にものを頼む分際で生意気な・・・」

「そなたが倒れた後の状況で、わらわ一人が残ってほかの皆が里に帰るように指示を出したのはわらわなのだが?」

「あ、先輩、ここは俺が持ちますんで何でも好きなものを頼んでくだせぇ!」


 この状況で、「え? んなことあったっけ?」と言い張ってこの場を流すだけの胆力は俺にはなかった。だってここで納めとかないと今後俺の立場がどうなるかわかったもんじゃないしね! 卑屈とでもなんとでも呼ぶがいいさ!


「まぁわらわは金をもっておらんし、どっちにしてもそなたが金を支払うことになるんじゃがな」

「結局変わんねぇじゃねぇかっ! それを先に言えよ、それを!」

「じゃ魔王様、ついでにこの店長おすすめ日替わり定食というのをお頼みしたいのだが」

「お、初見でそれを注文するとは、なかなかお嬢さんも目が高いじゃないか。じゃあ少し待っててくれ、すぐに作ってくるから」

「そして無視!?」


 注文を受けた魔王が厨房に消えるのを見届けたリナがこっちを振り返ったとき、やはりその顔は呆れの色に彩られていた。


「お主、少し考えてみてはどうじゃ? わらわはそなたの生き別れの妹で、引き取り先の家の待遇に耐えかねて逃げ出してこの街にきたところ、偶然にもそなたに出会えたということになっているんじゃぞ? こんな幼子であるわらわが金を持っている方がおかしいというものだろう」

「いや、普通家出とかするんだったら金は持ち出すだろ」

「じゃあここに来るまでの間にすべて使い果たしたということにでもしておこうかの」

「今じゃあって言ったよな! 俺しっかり聞こえちゃったんだけど!?」

「あぁもううるさい。耳元でそうがなり立てられては、幼子も老骨も等しく不快に感じるじゃろうが」

「なんだよこの理不尽!?」


 そして俺達のやりとりに割り込むようにしてカウンターの上に湯気を上げる陶器がいくつも置かれていく。


「はーい、おまちどうさん」

「おお! これがテンシンハンというものか……」

「いや、天津飯はこっちね。それは餃子だよ」

「あれ、まーちゃん、持ってくるのやけに早いんだな」

「まぁね。この世界には魔法という便利なものがあるんだから使わない手はないだろう」


 ちなみにリズはといえば、さっきから湯気を上げている中華料理群に興味津々といった具合に顔を寄せて目を輝かせている。おまえは子供かっつーの。


「っつか、今日は中華なんだな。まーちゃん、中華料理なんて作れたっけ?」

「そうだね。いやはや、こういう料理の知識があるから異世界から人を呼び出すのはたまらないんだよなぁ」

「は? あれ? 俺、まーちゃんに中華料理のレシピみたいなもの教えたことあったっけ? 俺、料理できないよ?」

「ん? 何言ってるんだよ少年、君の頭の中で中華料理店に入ったときの記憶をちょっと拝見して、そこから血のにじむような思いをして再現したに決まってるじゃないか」

「すみませーんっ! 警察の方どちらかにいらっしゃいませんかぁああ!? たった今、プライバシー侵害の犯行を自首した奴がいたんですけど!?」

「さすがにこの世界の警察、というか警備隊でも、私が相手だとわかったら相手できないんじゃないかなぁ」

「チクショウ、強大な力に対して無力なのはどこの警察も同じか……っ!?」


 というか、それはルール全般に関して言えることだろう。そのルールの庇護下にいなくてはならない場合にのみ、ルールは意味をなす。そのルールを必要としない力を持つ場合、ルールはその人間にとって赤子の児戯かそれ以下の意味しかなさないというわけだ。


 ――まぁなんだかんだ言ったけど、つまり俺には巡ってこなかった異世界チートしてらっしゃるみなさんのことなんだよねっ! チクショウ俺にもなんか能力くれよ神サマ!


「いやぁ、少年の場合は結構なイレギュラーでこっちに呼んだからね。そういう神サマの気まぐれを差し挟む余地がなかったんだな」

「じゃしゃぁねぇか…………って、おいまーちゃん、それなに」


 かすかに鼻を突く酒精の香りに思わず俺が顔をしかめると、魔王はにやりと笑っていつの間にか手にしていたグラスを振って見せた。


「もしかしたら短気な少年の機嫌を損ねるようなことをするかもしれないと思ってね。自前の酒を用意しておいて正解だったよ」

「……この展開、はじめっからわかってたんじゃねぇか?」

「いやぁ? そんなことないに決まってるじゃないか。それより早く話してくれよ少年。そこのお嬢さんがそろそろしびれを切らしそうだぞ」

「えっ?」


 話題に上ったリズはといえば、魔王に持ってきたもらった食事をすでに半分前後も消費しながらも、ちらちらとこっちを伺っていた。


「ん? あぁ、ほんとだな。さっきから食事の手が止まってる」

「いや、そ、そんなことはな――ああもう、いいから早く話すのじゃ!」


 こういうところはなんつーか、見たままの年相応の反応ではあるんだけどな。


 ふと魔王を見てみれば、さっそく酒をそそいだグラスに口を付けているが、目はわりかし真剣にこっちを見つめてくる。


 リズもリズで、眉根を寄せてはいるものの微動だにもせず俺の方を見ているあたり、どうやら俺の逃げるという選択肢は消えたらしい。観念して息を吸い込み、ゆっくりと口を開いて語り出す。


「まぁそんな、かしこまって聞いてもらうほどに特別な話ってわけでもねぇんだけどよーー」


 ――悪夢と憔悴にまみれた、俺の異世界ライフを。

次は来週のこの時間になりますかね?

誤字脱字報告や感想お待ちしてます(((チラッ

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