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2-1


 白い。一面見渡す限り、その他の一切を否定するような絶対的な白に塗りつぶされた空間で、俺は彼女と相対していた。


「――ユースケ」


 彼女ーー結衣が俺を呼ぶ声には、日本にいたときのいつもの調子とも、またこの世界でさんざん聞いた怨嗟の言葉とも違う、柔らかいものが含まれていた。


「結衣……」


 信楽結衣(しがらきゆい)。俺の幼なじみにして、俺がこの世界に来る要因となった人物。花の咲くように、という形容詞がぴったり当てはまる笑顔をよく見せていたあいつは、すでにこの世にはいない。


 風もないのにたなびくワンピースを身にまとった結衣は俺と一定の距離をあけて、俺の名を一度呼んだきり黙っている。


「――待たせてて、ゴメン」


 しばらくの間をおいて俺の口からでてきたのは、そんな言葉だった。


 この世界に来たのは、ファンタジー異世界ライフを楽しむためでも、剣と魔法の腕を磨くためでもない。


 日本には、地球にはなかった、人の魂をこの世に連れ戻すこの世の条理を覆す法。俺の目の前で死んだあいつを生き返らせたくて、その法を探しながら俺は今までこの世界で生きてきていた。


 そろそろこの世界にきて半年近くの時間がたつ。日本と違って体も動かさなくてはならないおかげで、筋力もだいぶ付いた。日本では決してできない体験も、数多くしたように思う。


 でも、肝心の人体蘇生術に関しては未だに手がかりの一つも見つかっていない。むこう半年の間、俺は自分に背を向けて歩く結衣の服の裾に指先をかすらせることすら叶っていなかった。


 だから、ごめん、と。


 もうちょっと待ってて、と、『もうちょっと』がどれだけの間になるのかもわからないまま、それも自分の夢が作り出しただけの存在に謝る。


 ここで謝罪の言葉を口にしたところで、それが本物の結衣に届くわけがない。でも、それだからと言ってこの場を謝罪の言葉も口にすることなくやりすごしていられるほど、俺の罪悪感は軽くなかった。


 結衣は俺が殺した訳じゃない。たまたまあの時、あの場に、ものすごいスピードでつっこんでくるトラックがいたせいで結衣は死んだということぐらいはわかっている。


 それでも、俺は常々考えてしまうのだ。


 『――もしかしたら、結衣を救えたんじゃないか? 俺があのとき何かしていれば、結衣は助かったかもしれないんじゃないか?』


 その考えを脱することができない以上、俺は未だに俺が結衣を殺したんじゃないかという考えをやめることができない。



 意味のない謝罪の言葉を口にしたまま俯いた俺の耳に、ふとため息のようなものが聞こえた。


 顔を上げれば、そこには相変わらず微笑を浮かべたままの結衣がいる。


 そのため息の意味は、呆れか悲しみか怒りか怨嗟か。負の思考にとらわれたまま、瞬きを忘れて結衣を見ていることしかできない俺の耳に入ってきたのは、想像の埒外にあるような言葉だった。


「――待ってるよ。ずっと、ずっと、いつまでも」


 ため息をついたのではなく、かすかに笑ってみせた結衣の表情はまるで、彼女がトラックと壁の板挟みになる直前に見せたそれのようで――


「――――待ってろ。絶対、助けてやるから」


 俺の思いを再確認するには、十分すぎるものだった。




 甲高い鳥のさえずりが聞こえる。


 そう気づいた俺が目を開けると、視界に飛び込んでくるのは重数年暮らしていた自宅の部屋の天井ではない。最近ようやくなれてきた木の香りが鼻につく、酒場の二階にある自室の天井だった。


「…………朝、か」


 しばらくその場でじっとしていると、うっすらと意識にかかっていたような靄が晴れて視界と思考がだんだんクリアになっていく。


 昨日は心地よい程度まで酒を呑んだからか、久々に、いい夢を見れた。


 自分の目的の再確認と、その強化。自分の夢のなかでの出来事でも、この思いは本物だ。


「結衣……待ってろよ……」


 朝から起き抜けに何をやってんだお前はという無粋な疑問は棚上げし、気の向くままに手を中空に伸ばす。


 そこに結衣が手を伸ばしている様を幻視したような気がして、思わず目を見開いた。が、一瞬の後にそこをもう一度しっかりと見てみれば、俺の視界に映るのはずいぶん見慣れた木目の目立つ天井だけだ。


 どうやらまだ頭が寝ているらしいと重たい頭を揺すって目を数回しばたかせ、一度深呼吸をする。人工物の匂いが一切しない空気を肺に満たした次の瞬間――


「――――ふぇ、ヘッ、ヘックシュン!!」


 俺の盛大なくしゃみの音が、朝の静寂を切り裂いて部屋いっぱいに響きわたった。


「さ、寒い…………って、え?」


 この時期にしてはやけに涼しい空気の温度を感じた俺が体を起こして両手をかき抱くようにしてすり合わせたところで、俺はようやく自分の身の上に起きている異変に気がついた。


「――――なぜに、裸?」


 俺の特に誇るところもないような素肌が空気にさらされ、その素肌にたった鳥肌が無数に観察できる。なるほど謎の悪寒の理由はこれだったのか、とか相づちを打っている場合じゃない。


 ちなみに補足程度に言わせてもらえば、今のこの世界の季節は日本で言うところの初夏に相当する。夜中に毛布が必要なほど寒いわけでもないが、かといって熱帯夜というほど寝苦しくもないこの時期でも、さすがに全裸で一晩眠りこけていれば、寝起きに盛大なくしゃみをぶっ放すのにも無理はない。


 しかもさらに謎なことに、現在俺の体を覆っているのは「これもうシーツに使えるんじゃね?」っていうくらいの薄さを誇る薄手の布団が一枚。かけたことはおろか、持っていた記憶すらないその布団をまじまじと見ていた俺の視界の隅には、さらに俺の思考の困惑度を加速させる存在が横たわっていた。


「むにゃ……うゅ……」


 一呼吸ごとに繰り出される、一部の変態的嗜好を持つものを一撃で地に沈める破壊力を持つ小さい声。規則正しくゆっくりと上下する薄い胸板が、その存在が今もしっかりと熟睡していることを教えてくれる。


「……はっ? リズ? なんでここに?」


 ロリババアにして義妹(設定)。冒険者が聞けば血の気も引いていくと言われる竜種の子供にして、見た目はそこらへんにいそうなただの幼子。


 そんな何かと相反する形容詞で表現可能な謎の少女・リズは、今現在俺の傍らで実に幸せそうな表情で朝のまどろみを楽しんでいた。


 ちなみに言えば、なぜかリズもそのつるぺたボディを惜しげもなく空気にさらした一糸纏わぬ姿で、しかも実に幸せそうな表情をしている。


「…………いやまて、これいったいドゥーユー状況?」


 寝起きの頭からなにやらふざけた言葉が飛び出てきた気がするが、それはこの際無視して状況を確認する。


 明け方の部屋でベッドに横たわる裸の男女(片方は幼女)。よく見たらなんか若干乱れた痕跡のあるシーツ。そしてその幼女の実に幸せそうな表情。


「これって、まさか…………」


 この状況をたっぷり十秒近くかかってから理解した俺の全身から、寄せていた波が返すかのようにすぅーっと血の気が引いていく。


 俺の脳裏にふと浮かんできたのは、とある一つのワード。日本にいた頃は友人とその存在を疑ってかかっていたそれを、相変わらず外で甲高くさえずる鳥に促されるように、口に出す。


「――――――――朝、チュン?」


 竜種を討伐するという偉業を成し遂げた数日後の朝にして、俺の思考は竜種ロリババアでの童貞喪失という考えたくもないような可能性への懸念でいっぱいになっていた。




 ついこの間、とある知り合い魔王からのご託宣により存在が確かめられた竜種を死にものぐるいで討伐してから、今日でちょうど一週間の時間が経っていた。


 あの後ギルドからは報償としてそれなりの額の金を受け取り、若干目元を赤くしたエミィから涙声の感謝の言葉をもらって気まずくなったり、その噂がいつの間にか流れているらしく酒場に帰ってみればちょっとした有名人になっていたりと身の回りのことに気をとられているうちに、気が付けばこんなに時間が経ってしまったのである。


 そしてその一週間の間、研究と称して強力な竜種と人間のハーフを作るーー身も蓋もない言い方をしてしまえば俺に抱かれたいと自称しているリズの執拗なアプローチがこれでもかとばかりに俺の理性を揺さぶりにかかってきたのだ。


 まずは寝起きのキス未遂に始まり、買い物にでかければなにかと腕を組んできたがるし、挙げ句の果てには俺の料理に媚薬まで盛ってくるというひどい始末で、いっぽ間違えれば竜種ロリBBAとゴールインというバッドエンドが待ている。


 そんな地獄を乗り越える中、見た目の可否は別にしてもリズルートだけは回避したい俺は夜這いはなにをさしおいても警戒していたはずだったのだ。それなのに――


「――おい、冗談だろ!? 冗談か嘘だって言ってくれよ! 冗談でもいいから!」


 ちょっとなに言ってるか分からないような悲壮感のにじむ俺の声に答えてくれるものは、この部屋の中にはいなかった。



 童貞喪失。それはこの世を生きる男の大半にとっての悲願であり、ある意味でのステータスである。童貞を遵守する事にこの上ない義務間と使命感をいだける一部の人種はどうかは知らないが、少なくとも俺はそういう風に考えて今までの人生を生きてきた。


 そう考えている時点ですでに俺がその大多数に属しているということが分かるだろうが、童貞喪失に一種のあこがれを抱く俺の思考だって、例外はあるのだ。


「起きろ、リズ! 起きろってば!?」

「――ぅう? なんじゃ、わらわは眠いのじゃよ、もうすこし寝かしてくれても……」

「そういってる場合じゃないんだって! これは俺にとっちゃ生きるか死ぬかの一大事なんだよぉ!」


 たとえば、もしかしたら自分のハジメテの相手が見た目だけは人間で中身は全く違う生物だというものに、それも何の準備もなく奪われたと言う状況があったら。


 竜種討伐の時に勝るとも劣らない次元で白熱する俺の思考が懸念していることは、まさにそれだった。


「リズ、頼むから起きてくれよ! 下手したら俺、ショックのあまりこのまま軽く昇天しちゃうかもしれないぞ!?」

「わかった、わかったから少し待ってくれ。耳元で騒がれたらわらわもかなわん」

「わかった、じゃあちょっと待つからさ……」

「そうそう、それでいいのじゃ……zzz」

「寝てんじゃねぇかっ!?」


…………………………


…………………


…………


「――――はぁ、なるほどの。それでお主はわらわの朝の安寧を妨げてまで、そんな事実だけを確認しようとしたのじゃな」

「そんなって! お前からしたら別にどうでも良くったって、俺からすりゃ一大事なんだからな!?」


 必死にまくし立てる俺の言葉を「うるさい」と指で耳に栓をしながら受け流したリズは、ベッドの上で自分が纏っているシーツを今一度しっかりと前であわせて一度大きなため息をついた。


「あのな? この状況でお主が心から嫌がるようなことをわざわざして、それでわらわに一体何のメリットがあると言うのじゃ?」

「はぁ? じゃあリズは別に俺に夜這いをしかけたとかってのはやってねぇってのか?」

「そなたから求めてきたわけでもあるまいに、わらわからお主を押し倒したりして、そなたからの好感度が下がったらどうするんじゃよ」


 そういって呆れたように半眼になったリズを放置して、俺は心の底からあふれでた安堵のため息を口から漏らしていた。


「よ、よかった……」

「じゃがお主も一人の男なら、女の夜這いの一つや二つは見逃したらよいものを……そんなにわらわと交わりたくないと申すのか?」

「あのなぁ、俺にロリババア属性はねぇんだよ。もしそんなに俺とアレコレしたいんだったら、せめて精神年齢だけでも50歳は若返って出直してこい!」

「む……なんだかよく分からない単語が聞こえた気がするのだが、どうやら罵倒されているらしいことは分かったのじゃが」

「まあそんなとこだな」


 そこまで言い切れば、今度は俺が耳に栓をしてリズの「そんなところってなんじゃ!」という叫びを受け流す番だ。目の前の状況から目をそらすようにすれば、半ば現実逃避的な思考が浮かび上がってくる。


「……ん?」


 その思考の中に、俺がふと感じた素朴な疑問が割り込んできた。未だに何かをまくし立てるリズを横目に見ながら耳栓にしていた手をはずし、リズが何かをさらに言おうとしたのを手で制する。


「――なんじゃ?」

「……一個聞きたいんだが、なんでお前は俺のベッドに潜り込んできた? 夜這いでもないってのにわざわざ全裸になってまで俺にいらん心配させやがって、実はリズって以外にイタズラ好きだったりする?」

「ん? 悪戯ならすきじゃぞ? ベッドの上でもな」


 俺の言葉を聞いたリズは、それまでの不機嫌な表情を一瞬で隠すと両手をわきわきとさせてやけに人の悪い笑みを浮かべた。……もうこの淫乱ロリババア嫌だ。


「まぁまぁ、そんな顔するでない。冗談とそうでないものの区別ぐらい付けられないようでは、なびく女もなびかんぞ?」

「わーったよ。いいからとっとと話してくれ」

「……あれ? 何を話すんじゃったっけ」

「おうおう、その見た目で更年期障害はかなりやばいんじゃないの?」


 俺が呆れ半分本気半分でそう言うと、リズがさも不快だとでも言うように顔をしかめて


「うるさいわ。…………ああ、思い出した。なぜそなたのベッドにわらわがいるのかという話じゃったな?」

「良かったな。あと数秒考え込んでたら俺はお前の頭を本気で心配してるところだったわ」

「この話を教えるも教えないも、わらわの意志一つでたやすく決定できるということを忘れるでないぞ?」

「はいほんとゴメンナサイ」


 その言葉を最後まで聞くやいなや、ベッドの上に惚れ惚れするような姿勢で三つ指をついて頭を下げる俺。情けないとでも何とでも言いたまえよ。たぶん俺、この話を聞かなかったら向こう数週間はもんもんとして過ごすことになりそうだからな。


 しかもよく考えたらこの状況、シーツを身に纏ったままのギリシャライクな姿で幼女相手に土下座を繰り出している男性という呆れよりも憐憫を誘う構図になってるということに気がついた。もう知らん。


「なんというか、そこであっさり折れるあたりがいじられキャラの由来なのかの……」

「だぁーもう、そんな表情で見るんじゃねぇ! とっとと話してくれっての!」

「はいはい。で、それなんじゃがな、実は昨晩……」


 リズがようやく真剣に話を始めたので、俺も身を乗り出してちゃんと話を聞く体勢を取った。


 ――そのとき、(黒)歴史が動いた。


「ユースケ様、朝ですよー! 朝ご飯はなにg……」


 不自然に途切れた声の出元は、入り口のドアを中途半端にあけたまま硬直したセレス。


「……あ」


 ――よく考えてほしい。


 今の俺は着ていたはずの寝間着をなぜか脱ぎ捨て、裸でベッドの上に座っており、その傍らではリズが薄いシーツ一枚を纏ったままの姿で女座りをしている。


 寝起きの瞬間に俺がおもわず朝チュンを連想したことから判断できる通り、どうみてもこの状況は「昨日はお楽しみでしたね」だ。


 そしてその状況を目にしたセレスが次にとる行動なんて、いくら俺でもたやすく想像できる。


「…………ユースケ様、」

「ハイ」


 その手にいつの間にか握られていたのは、セレス愛用の剣。鞘が付いたままなのはセレスの温情か、それともこれから俺を滅多撃ちにするための布石か。


「朝ご飯、新鮮な挽き肉でハンバーグをというのはいかがでしょうか?」

「本当にゴメンナサイでもこれ俺のせいじゃなゲブラバッ!?」


 重くとどろいた複数の打撃音に驚いた雀がさえずりながら飛び立つと、後には冤罪で袋叩きの刑に処された男が沈黙しているだけだった。


 その傍らでは、肝心の会話をすっかり忘れてまたもや眠りに入った竜種の少女が高いびきをかいていたのだった。




「なぁセレス、なんで俺は朝っぱらからボッコボコにされたってのに、その元凶なはずのリズには全くダメージがないんだよ」


 体中に青あざを作った俺が酒場のカウンターに肘をつきながらそうグチると、セレスが「そんなの当たり前のことですわよ」と前置きしてからこの理不尽の由来を物語ってくれた。


「ユースケ様、私のこと鬼か何かかと思ってませんか? 私にだって、幼子にかける温情ぐらいは持ち合わせていますのよ? それに、今朝のは完全な未遂でしたしね」


 鞘を装着したことで攻撃属性が斬撃から打撃に変化した剣で、気を失わないようにしつつもダメージを蓄積していくといういやらしい殴りかたをされつづけた俺の損害は、打ち身数カ所、黒歴史数ページだった。

 とりわけ後者に関しては、「幼女と一晩を明かした男」という一生消えない称号キズを剣による殴打とともに俺の黒歴史ノートにしっかりと刻みこまれた様子。誰か、誰か俺に南の島でのバカンスを。俺の心は休息を欲しています。


「ちなみに勝手にベッドに潜り込んできたのもこいつだしおそらく俺の服を脱がせたのもこいつだがな?」

「そうらしいですわね」


 そう端的に答えたきりのセレスを見るに、この世界でもやっぱり人間は幼い子供には優しく甘いのだった。ちなみにリズは中身をみれば完全御年数百歳のバケモノなので、おそらく素性さえ隠せばロリババアが社会的に一番有利であると思われる。なにこれ世知辛い。


「…………クッソ、なんだこの理不尽はっ!?」

「はいはい、朝からそんな頭抱えて叫んでたら変な目で見られるよ?」


 そういって俺の隣に座ったのはミーシャ。どうやら俺とほぼ同時刻に目を覚ましたのか、身なりこそ整ってはいるがそのまなじりにはうっすらと眠気の残滓が涙となって漂っている。


「だからこれ、俺のせいじゃないんだって……」

「数年越しにやっとあえた妹なんだからさ、ちゃんとかわいがってあげないと」


 ……先生、相手は同年代かそれ以下のはずなのに、まるで兄妹ケンカをたしなめるお母さん的な口調で接してくるミーシャがうざいです。


「そうだぞお兄さま、わらわだってお兄さまにもっとかわいがってもらいたいのじゃ」


 普段の老成した口調からはとうてい想像も付かないようなアニメボイスで俺の膝の上から身の毛もよだつ台詞を口にしてくるのは、すべての元凶こと淫乱竜種幼女のリズだ。……そういっている傍らで俺にだけ見えるようにこっそりにやけるところから見るに、おまえの言うかわいがるってのは、どうせベッドの上のことなんだろ? 勘弁願うわ。


「おっまえな、何で俺がこの休みの日の朝っぱらから額に青筋立ててっか分かってんのか……」

「まぁまぁユースケ様、相手はまだ齢十歳にも満たない幼子ですよ? それなりに受け流してあげるのが大人の余裕というものですよ」

「あ、ああ……そう、だな」


 おいお前ら知ってっか、コイツ実は百年単位を生きるババアドラゴンなんだぜ! なんて叫び出したい欲望を必死にこらえ、さらに青筋の数を増やしながら頬をひきつらせる。



 今の会話からある程度把握してもらえたかと思うが、この猫かぶり淫乱竜種ロリババアであるところのリズの正体を知っているのは、今のところ俺しかいない。


 理由は単純だ。この場でリズの正体を俺があかしたとする。それが冗談として受け入れられればその場はそれで収まるが、もしリズがそれを開戦の合図として受け取ったらどうだろう。魔物と人間は、水と油のような関係にあり、この世界の人間側からすれば共存はありえないというのがほぼ共通の見解だ。


 それを知っているであろうリズが次にとる行動は、自分に被害が及ぶ前にこの酒場を血の花が咲く虐殺場へと一変させることだろう。本性ババアなリズをつるし上げてやったぜイェーイ! とか言う間もなく、俺も塵になってしまうのがオチだ。


 つまり俺は今、現在進行形でこの街の住人全員の命を手中におさめてるんだぜ! もしその命を握りつぶすときは、俺ももろともだけどね!


「もう、お兄ちゃんなんだからちゃんとしないとー」

「そうだな、はは、ははは…………」


 なんて空元気を発揮している脳内とは裏腹に、俺自身は今にも崩れて消える灰の山も同然の精神状態で会話をしていた。


 なんだろう。リズがくる前はなんというか、もうちょっとセレスは俺にベタベタだったし、ミーシャにもそれなりの親近があったというのに。リズというワンクッションがいきなり登場した瞬間に、コイツらいきなり普段の態度が軟化しやがったんだよな。セレスはそんなに血を求めなくなったし、ミーシャもなんか態度が分かりやすくなった。


 そりゃまあ当然、吸血鬼もどきに血を吸われすぎて年中貧血気味になってるとか、なんだか態度がよく分からん女の考えを読むために必死こいてるのよりはこっちの方が楽なんだけどさ。


 なんか、こう……この他人行儀感がそれとなく気持ち悪いのって俺だけなんですかね?


「にしてもリズちゃん、かわいいですねー」

「そ、そうかなー……」


 リズのロリババアとは別の理由でもちろんそんなことを口にできるわけもないので、俺もおとなしく同調しておく。……理由? そんなこと言ったら最後、「じゃあ」とかいってコイツ等が元のやりかたに戻っちゃうかも知んないじゃんか。言わせんなめんどくさい。


「もう、お兄ちゃんなんですからもっと兄妹同士の交友を持たないといけませんよー」

「あ、ああ、ソウダナー」

「……うらやましいですけどね」


 もう朝っぱらにして思考が白く燃え尽きかけている俺には、なにやらセレスがぼそっとつぶやいた言葉を拾うだけの余力は残されていなかった。




「あ〜、やっぱり今日はあちいな……」


 味のしない朝ご飯をもそもそと口に押し込んでから兄妹デートと偽って酒場を後にした今、俺はリズを伴って日の照らす商店街をゆっくりと歩いていた。


「……そなた、わらわをあそこから逃げ出すための時の口実にしおったな?」

「口実なんて人聞きの悪いことを言うなよ……どっちにしたって、”妹モード”のお前もあの場所に長くいたくないだろ」

「うっ……いやまあ、何というか、それとこれとは別問題で……」


 そう言ってやると図星だったのか、それまで俺をジト目で見ていたリズが言葉を詰まらせた。


「な? お互いwin-winの関係なわけなんだからさ、ここは一つ黙って俺についてきてくれ」

「なんだか耳慣れない単語が聞こえた気がするのじゃが……まあいいかの」


 とりあえずリズが納得してくれたようなので、俺も内心でほっと胸をなでおろした。まあ、納得してもらおうとしてもらえまいと街を歩くつもりではあったけど。


「……で、なんでそなたはわらわをこの暑い日にわざわざ外へと連れ出したのじゃ? あのおなごどもの会話に耐えかねたのか?」

「その原因、お前にあるからな? そこんとこわかってる?」

「知らんな」

「こんの……」


 俺の辟易とした発言も、リズは柳に風と受け流しやがる。あまつさえ、こんなことを言って露骨に話題を変えてきやがった。


「で? そなたもこの暑い日に、わざわざ外を行き先もなく出歩くなんてことはしないんじゃろ?」

「……まあな。一応、行き先は考えてあるよ」

「ほう。ではこれから行く店にはそなたのセンスが反映されていると」

「おいちょっと待て、なぜそうなった」

「よく考えてみるがいい。この真っ昼間から女を連れて町中を出歩くなど、どうみても世間一般で言うところのデートという奴ではないか。そこで男が女を連れて入る店なのだから、男の趣味にあわぬ店にわざわざ入るはずもないだろう?」

「いや、まあ確かにそうだな……って、そもそもこれデートじゃねぇからな!?」


 危うくリズの言葉に納得しそうになっていた俺が声を荒らげてそもそもの前提を否定すると、今度は逆にリズがさも驚いたといった様子で大声を張り上げた。


「何じゃと!? そなた、わらわを連れ出したとき、酒場に残した仲間たちに『兄弟デート』などといっていたではないか!」

「あぁ? ありゃあいつらから逃げるための口実に決まってんだろ。俺だって、御年数百歳のロリババアとデートなんざしたくねぇよ」

「そなた……やはりわらわを口実にしたのじゃな……?」

「いや、そりゃ他にも理由はあるけどさ……おい待て、説明するからその殺気を収めてくれ、竜種の殺気とか洒落にならなすぎるわ」


 俺がかなり本気でそう懇願すると、リズはそれでようやく納得したのか全身から発されていた殺気を収めて代わりに呆れたような半眼を向けてきた。


「で? その理由とやらはいったいどんなものなんじゃ?」

「まぁ端的に言えばだな、俺の用事がてらで少し嘘偽りのない話でもしようかと思ってな。主に俺のベッドにおまえが入ってきた理由とか動機とか罪状とか。そこなら俺もお前も、兄妹設定なしで話せるし」

「……はぁ、そうかの」

「行く前からそのいかにもやるきのなさそうな声と表情をするのはやめてもらえますかね!? こっちだって竜種出現のご託宣がなけりゃ、いくらこんな小芝居しなくていいからってあんな奴んとこなんざ滅多に行かないからな!?」

「ご託宣? 何じゃ、そのそなたが用事があるといった者は占い師か何かなのか?」

「あー、なんつうかな、おそらく占い師と比べるのもおこがましいというか正確さが桁違いっつーか……まぁあれだわ、もうすぐつくからそしたら説明してやるよ」


 その一言で会話を切り上げ、何か文句を言おうとしていたリズを封殺する。


 これから俺たちが会いに行くその相手の話を聞けば、この国にも少なからず生息している占い師がみんな顔を真っ青にして裸足で逃げ出すこと請け合いだろう。


 なんせ、その相手はこの世の森羅万象をすべて手中に収めるとんでもないヤツなんだから。

お久しぶりです!

久々の投稿ということもあるので、今日はこの章のプロローグ的な話を二話投稿しておきますね

実はこれ予約投稿だったり。

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