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1-19

 うっすらと目を開けると、目の前には白い天井が広がっていた。寝起きのときよりも何倍も酷い倦怠感に耐え、二度、三度と目をしばたかせた。


 横に目をやれば、窓に取り付けられた白いカーテンが揺れているのが目に入る。背中に感じる柔らかい感触から、どうやら俺はベッドに寝かされているらしいと気がついた。


「ここ、どこだ…………?」


 絞り出した声はかすれていて頼りないが、それ故に自分が生きているという事を実感できる。場所を確認しようとあたりを見渡そうとした瞬間、


「――ユースケ様っ!」


 突如として俺の上に柔らかい塊が降ってきた。ベッドに横たわった俺にすがりついている少女の金色に波打つには見覚えがあった。


「……セレスか」

「私、私っ、ユースケ様が死んじゃったらどうしようかと思ってっ――」


 俺の胸に顔を埋めたまま歯止めも利かないように泣きじゃくるセレスの頭を撫でようとして、


「あれ……動かねぇ」


 腕が少ししか動かないことに気がついた。かなり力を入れれば動かないこともないが、まるで巨大な重りで加重しているかのような苦労を伴う。


 足を動かそうとしても結果は同様だった。首から上以外がほぼ動かせない状況に、思わず冷や汗が頬を伝う。


「――あんまり動かそうとしないほうがいいらしいわよ」

「……ミーシャ」


 すぐ真横からかけられた声の方に視線を動かすと、やや目尻と鼻を赤くしたミーシャの姿が目に入る。見たところセレスほどおおっぴらではないにしても、ミーシャもミーシャで少しは泣いていたらしい。


「俺は、どうなったんだ……?」

「ユースケ、三日三晩寝込んでたのよ? あなたを看た医者に言わせれば、どういう理由かは知らないけど、体のありとあらゆる筋肉を無理に酷使した跡があるって。上位の治癒魔法で治すことは出来たらしいんだけど、まだ体に何かよくないものが残留しているから体が動かせない、とか何とかって言ってたけど……何か覚えある?」

「全身の筋肉を酷使した跡……? 何か良くないもの……?」


 ミーシャの言葉を反芻した俺の脳裏に蘇ったのは、黒竜を相手にしたときにミーシャとセレスが吹き飛ばされて意識を失い、俺がブチ切れた後のこと。


 購入した覚えなどない、俺の知らない魔法、【バーサーク】の取得と説明の表示、そして発動。


 普通の魔法を発動した時とは全く異なる、禍々しい紅い光を放っていた腕輪。


 曰く4~5倍に跳ね上がっていたらしい身体能力とスキルの併用で、それまで散々苦戦していた黒竜に手出しをさせる暇もなく圧倒していたこと。


 そして黒竜を倒した俺が揺れる視界で見た、空から降りてくる竜種の群れ。


 それらのことを一瞬で鮮明に思い出すと、俺の思考に一つの疑問が浮かび上がった。


「……! そうだ、ほかの竜種は……!?」


 どうみても世紀末あの状況があのとき起きていたなら、間違いなくしばらくしないうちに人への並々ならぬ被害が出るに決まってる。


「え? なんのこと?」


 しかし俺の質問には、きょとんとした表情のミーシャから予想外の答えが返ってきた。


「なんのこと……って、竜種の群だよ。空から降りてきたのを見てたんだってば――」

「――お兄様っ!!」

「――――――――はっ?」


 そして今、俺の思考にさらなる疑問符が追加された。


「生きていたのじゃな!! 心配したのじゃぞ!?」


 そう言うやセレスの横で俺にすがりつく少女の姿は、全く見覚えの無いものだった。


 この世界に来てからはほぼ見ない黒く波打つ髪に黒紫の浴衣を着込んだ、見た目十歳前後の少女の姿を見たことが無かったものかと自分の記憶を必死に洗うが、いくら記憶を探れどこんな特徴的な見た目をした少女は見たこともない。ましてや、俺をお兄様などと呼ぶ人がいた記憶なぞありはしなかった。


「……あのさ、悪いんだけど俺、君が誰か分からないんだけど……」

「ミーシャ殿、実は折り入って頼みごとがあるのじゃが……」


 俺をお兄様呼ばわりする目の前の少女に話の真偽を尋ねようとした俺の言葉は、それを制するかのようにしゃべり出した少女によって阻まれてしまった。


「どうしたの、リズちゃん?」


 タイミングの悪い少女の割り込みに眉根を寄せた俺の様子を気に留める素振りも見せず、ミーシャはリズという名前らしい少女と普通に応対している。


「妾、やっと出会えたお兄様としばし水入らずでお話がしたいのじゃ。できればでいいのじゃが、お兄様と妾を二人っきりにしてはくれないかの?」

「ああ、確かにそうね。気遣いできなくてごめんね」

「……は? どういうことだ、そりゃ」


 事態が全く飲み込めない俺がベッドの上でポカーンとしているのをいいことに、ミーシャはベッドの上で俺の腕にしがみついて鼻を啜っていたセレスに声をかけるとさっさと部屋を出て行ってしまった。


 それが合図だとでも言うように、それまで花の咲くような笑顔を振りまいていた少女の表情がフッと穏やかなものになる。


 偽りの笑顔の仮面を脱ぎ捨てた少女はドアの方を一度しっかりと見ると、俺の方に向き直ってこう切り出してきた。


「…………妾の茶番に付き合わせてしまって、すまないの。できればそなたとは、二人きりで話をしておきたかったのじゃ」

「……やっぱりアンタ、俺の妹かなんかってわけじゃないんだよな」

「そうじゃの。まあ、あの状況を長く放置すれば妾がそなたの妹でないことぐらい、すぐにバレたじゃろうしな」


 さっきまでの印象と打って変わって、老成したような雰囲気を漂わせるその少女は、半ば呆れたような俺の物言いに静かに苦笑して見せた。


「妾はリズと申す。今はこうして幼子の姿をとってはいるが、竜種と呼ばれる種類の魔物じゃな」

「……まあ、なんつーか納得だな」

「予想していたよりも驚かぬの?」

「や、俺の中じゃロリBBAになれる竜なんてざらにいるもんだから……」


 竜種を名乗ったリズという少女がその言葉に更に首を傾げたので、慌てて「悪い、こっちの話だ」と言って話を続ける。


「にしたってなんでまた、その竜種サマがいもしない妹を偽って俺のとこに来てんだ? 兄妹なら別にいらねえぞ」

「おお。それを話すのを忘れておったの」


 リズはまるでたった今思い出したとでも言いたそうな素振りで柏手を打ち、こういうことを口にした。


「まぁ端的に言えば、お礼と研究じゃの」

「……お礼と研究?」

「そなたが倒した竜がいたじゃろ。実はあやつ、前から妾にしつこく迫ってきていたのじゃよ」

「はぁ……」

「あのブ男ときたら、女と契りを交わす手順というものを分かっていなかったゆえ、ちょっとキツくお灸を据えてやったらしっぽを巻いて逃げ出しおったのじゃ」


 その時の事を思い出したのか、リズが苦々しく顔を歪める。正直竜種の恋愛沙汰の話など聞きたくも無かったけど、よく考えたらそもそも耳を塞ぎたくても手が動かないのを思い出して俺も密かに顔をしかめたのは内緒だ。


「どうやらあやつ、妾に振られたのが余程ショックだったようじゃの。妾たちの住む里を遠く離れたものだから、ちょっと様子見に行こうとしてみれば、ちょうどそなたがあやつを倒しているのを見かけたというわけじゃよ」

「あー、だからそのお礼に来た、と……」

「それが半分じゃの」

「鶴の恩返しならぬ、竜の恩返しってか……ん?」


そこまで考えたところで、ふと今のリズの言葉に引っかかるものを覚えた。


「ーー待て、一個聞きたい。あの黒龍は、そのショックからお前等のすみかを抜けて、森の浅いところへと行ったってのか?」

「まあ、そういうことじゃな」

「……」

「……どうした? 何故そなたはうなだれておるのじゃ?」


 事の顛末のあまりのしょぼさにうなだれた俺に、思慮の欠片もない言葉を投げかけるリズ。


 おそらく今の俺が全身を動かすことが出来たなら、この部屋の窓を開け放った上で今の感情を全力で叫びたいような心情だったが、人の形をしていても竜種であるこいつにの理解の及ぶところではないだろう。


 これでコイツが竜の状態だったら、間違いなく一発全力で殴っているが、ベッドに横たわる俺の傍らに鎮座しているのは見た目だけは年端もいかぬ見目麗しい幼女だ。


 この状態のコイツに俺が手を挙げたら、それは間違いなく俺が犯罪者扱いされることに繋がるだろうし、そもそも今の俺では腕の一本であっても持ち上げることもかなわない。


「…………や、なんでもないわ」

「そ、そうか……」


という理由からリズにこのやり場のない無力感を叩きつけるのを断念することになった俺の諦観のつぶやきは、リズにそれ以上の詮索をさせないだけの力があったらしい。


「ま、そんなとこじゃな」

「ああ、分かったわ」


リズは心なしか重くなった場の空気を入れ替えるように一度咳払いをすると、何を思ったのかベッドの上に乗ってきて、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「そして、これが残りの半分じゃな」


 そう言ってリズは、自分の着ていた浴衣の帯をゆっくりと緩めだして――


「や、何やってんだよおまえ!」

「だから言ったじゃろう、これが残りの半分だと。さあ、妾と子作りでもしようではないか!」

「いやまて、流れが全く読めないんだが!?」

「竜種の中でもかなりの力を誇る妾と竜をも狩る力を持つそなた、妾達が愛をはぐくみ子を成せば、その子は実に末恐ろしい力を秘めることになるとは思わんか? そなたも満足するし妾たちもうれしい、実に素晴らしい研究ではないか!」


 そう口にするや、リズはベッドに横たわったままの俺に向かって四つん這いで近寄ってくる。


 幼女のクセして微妙に存在する胸部の膨らみが重ねた着物の裾から覗き、頬をほんのり赤く上気させた表情で舌なめずりしながら俺ににじりよってくる姿はやけに扇情的で……


「――じゃねえよ! この戦闘狂共め! 何が悲しくて人じゃなくて御年数百歳の竜なんぞと小作りしなくちゃならないんだっ!?」

「何とでも言うがよい! 大丈夫、まあ天井の木目の数でも数えておれば半分も行かぬ間に終わるからの! たぶん!」

「その台詞は本来お前が言うべきものじゃない! しかもたぶんってなんだよ!?……ってやめろ、服を脱がすな!」

「よいではないか、よいではないか!」


 動かせない全身を必死に動かして芋虫か何かのように醜くあがく俺の抵抗も虚しく、いつの間にやら俺の上に馬乗りになっていたリズにあっと言う間に俺の服を脱がされてしまった。


「何にも良くない! っつかお前、いもしない俺の妹を偽ってたよな!? 兄妹でよろしくやってどうすんだよ! 血ィ繋がってんだろが!」

「ま、まさかお主、血縁がないから大丈夫な義理の妹と……っていうシチュエーションが好みなのか? な、ならば仕方あるまい、お義兄様のためなら妾も一肌脱いで……」

「やめろ!俺にそんな嗜好はないから、俺を魔道に引きずり込むんじゃなぁあい!」


 俺が声高にそう叫んだ瞬間、入り口のドアが轟音を立てて吹き飛んだ。


 かなり危ない位置でリズの近くを通過したドアは壁に激突し、真ん中からひしゃげて床に墜落した。


 わけもなく喉が鳴るのを自覚しながら粗大ゴミと化したドアから視線を引き剥がし、風通しのよくなった入り口に目をやるとそこには足を前に突き出したままのセレスとミーシャが立っていた。


「よ、ようお前ら、どうしたんだ?」


 この状況ならば、セレスとミーシャは俺が幼女(リズ)とにゃんにゃんするという展開を防いでくれる救世主になるはずなのだ。そう考える俺の全身からは、ありがたいハズの来客を前にしてなぜか血の気がすうっと引いていった。


「――R18の扉を開く音が、聞こえました」

「何でお前がそんな単語知ってんだ!ってかどんな音だよそれ!?」

「まあ具体的に話すと、周期的な水を打つような音と言いますか、【検閲により削除】が【検閲により削除】して【検閲により削除】に【検閲により削除】することですね」

「思ったよりずっと具体的だった!?ってか俺、そんなことまだやってないわ!」

「まだ、ということはこれからするご予定があると、そういうことですね?」

「ヒィ!? 無いから無いからっ!」


 セレスの口が笑顔の形に三日月を描く。ニコちゃんマークも涙目で逃げ出すような完璧な笑顔の、目元だけが笑っていなかった。


 長時間見つめているだけでじわじわと寿命を刈り取られそうなその視線から逃れるように視界を移すと、その先には下を向いたまま微動だにしないミーシャがいた。


「……な、なぁミーシャ、お前ならセレスの誤解を解けるだろ?」

「――これは兄妹だからオーケー、あれでも兄妹じゃマズいんじゃ無かったっけ、いやでもそうじゃないと私がユースケをコロs」

「こっちも駄目だっ!?」


 床をじっと見つめたままのミーシャの顔の目のある場所には、今や二つの闇が浮かんでいた。見ているだけで本能的な恐怖を呼び起こされる夜より黒い闇に冷や汗が伝うのを感じながら、ミーシャに弁解の言葉を伝えようとする。


「なあミーシャ、だからこれは俺が一方的に……」

「すまない、冒険者のカミヤ・ユースケというものがこちらにいると伺ったんだが……ああ、そうだ、できれば今すぐここへ引きずり出してくれ。女との約束を破った罪の重さを、これから奴の身に刻み込まねばならない」


 だが運命は、どうあっても俺に絶望を突きつけたいようだった。


「………………」


 階下からでもよく響く勇者の声に俺の頬をつつーと冷たいものが伝う。俺の中で100パーセントのあたりを上下していた『俺がこれから死ぬ確率メーター』がたった今、盛大にマックスの値を振り切ったのが分かった。


 そういえば俺はあの時から三日三晩寝ていたと言われていたか。だとしたら、征伐戦はとうに過ぎ去っているということになる。なるほど、ならばあの勇者サマが約束をすっぽかした俺をシメにきたって文句は言えないか……


「――とか考えてる場合じゃないな、なあリズ、とりあえず俺の上からどいてくれないか? じゃないと俺が死ぬ」


 世の悪鬼羅刹が泣いて逃げ出す次元の殺意を放出するセレス達に視線を固定したまま、未だに半裸の俺に同じく半裸で乗りかかったままのリズに声をかける。


 全身を全く動かせないままの俺のほぼ確定した死刑宣告を覆せるかもしれないのは、今やリズだけだ。どこぞの勇者の問題を先送りにしたとしても、この状況をまず切り抜けないことには俺に明日はない。


「わ、妾……」


 その意図を察してくれたのかリズは静かに息を吸い込むと、プロの役者も顔負けな感情のこもった声音でこう口にした。


「妾、お兄様に汚されてしまったのじゃ……もう今は何も考えられぬ……」

「――――え゛」


 だがリズの口から飛び出したのは予想の真逆を地で行く回答。喉のどこを押したらそんな音がでるのかというような声を上げてリズの方を見た俺の耳に、ふと金属の擦れ合うような音が入ってきた。


 その音に首をぎこちなく動かすと、さっきまで入り口に立っていたハズのリズが気づけば俺の横たわるベッドの傍らに立ち、腰の剣に静かに手をかけていた。


「……ユースケサマ、」


 セレスは腰から剣を抜くや、青筋を浮かべた笑顔のままこう言い放った。


「…………死んでクダサイ♪」

「――――うぎゃぁあああああああっっっ!!」


 俺の記憶は、ここで途切れている。


 かすかに覚えていたのは、本来なら謎のスキルの副作用で動かないはずの手足を死にもの狂いで動かしたときに全身に走った痛み。


 それと、意識を失う直前に体感した、それをさらに上回る次元の正体不明の激痛のみだった。



みなさま、こんにちは。


この度は作者の謎のぐだりと、我が家で使用していたプリンターの再購入に伴うインターネット環境の一時使用不可とのコラボレーションにより、本作の一章最終話の更新が非常に遅れてしまい、本当にすみません。

↑最後の展開を書くのにずっと時間かけてたのはここだけの話。。。


というわけで、この話を持ちまして「倹約+魔法少女」の一章は終了となります。

このあとは予定通り、(単発もの出して終わりの作者だと思われないための←ぇ)続編として二章の投稿になっていくかとは思うのですが……


ええ、あれです、この話、何分設定も甘々なままに書き始めてしまったものですから、何分話の展開の難易度が上がっているのです。

これはあれですね、神様が僕に急がば回れという言葉の意味を教えようとしているのでしょう。


というわけですので、正直なところこの続きの話をいつ投稿できるかの目処は立っていません。

ある程度の分量を書き溜めてから投稿するつもりですので、近々文化祭が控えていることもあって投稿は9月下旬以降になろかと思われます。


進捗状況はTwitterの方でちょくちょく報告させていただこうかと思いますので、どうぞ長い目で見守っていただければと思います。

長文になってしまいましたが、この辺で失礼させていただこうかと思います。

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