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「…………っ!!」
ものすごい轟音と共に俺の真横を火球が通り過ぎて行ったのに冷や汗を流しながら、全力で足を踏み込む。火球を撃った黒竜がその後ほんの数秒間の間だけ技後硬直のような状態に陥るということが、この十分間前後の戦闘で辛うじて分かった事実だった。
竜種に向かって走り出しながら、この場で必要な魔法を唱える。
「《クイック》!《ファイヤー・エンチャント》!」
俺がそういうや否や瞬間的に体の動きが加速され、ほぼ同時に手に持つ剣が瞬間的に赤く発光して炎を刀身に薄く纏った。そのことを確認する暇などあるはずもなく、俺は瞬時で竜種まで詰め寄ってその足元で剣を往復させた。
「ちくしょう、マジかよっ!?」
だが重い手ごたえとともに剣を振り切った後を見ても、足の皮膚には傷一つ付いていない。お返しとばかりに足で蹴りつけてくる黒竜の攻撃を寸での所でよけ、急いでその場を離脱した。
戦闘開始から、体感時間にしてまだ十分少々しか経過していないというのに、俺たちは既に息が上がり、魔法を撃てども剣で斬れども突破できない黒竜の頑丈な守りに冷や汗を流しつつあった。指令塔を倒したときよりはるかに緊張といら立ちの桁が違う。
「《サンダー・レイン》!」
引き下がった俺と入れちがいになるような形で凛と響いた声と共にセレスが自分の持つ中でもかなり強力な魔法をブッ放すが、雨のようにすき間なく降り注いだ雷でも竜種の皮膚に傷一つ負わせることもできない。
「なんでですのっ!?」
「――――《ディバイド》!」
悔しそうな声を上げて後ろに下がったセレスと入れ替わりに出てきたミーシャは、こっちも滅多に使わないような分解魔法という珍しい魔法を剣に纏わせて突進を敢行した。剣で物理的な干渉をするのではなく、分子構造そのものを分断する魔法をかけた剣でなら黒竜の皮膚も突破できると考えたのだろう。
「おりゃあぁああっ!」
一気に振りぬいた剣はしかし、黒竜の足まで到達してその皮膚を破るかと思われた瞬間に甲高い金属音のような音を立てて弾かれてしまう。
「……いっ!?」
原子そのものを分解してものを両断するという異色の魔法ですらいともたやすくはじき返すという事態に驚いたのか、ミーシャが変な声を上げてその場から急いで後退した。その直後にお返しとばかりに竜種がひときわ甲高い咆哮を上げ、口から特大の火球を放ってくる。
「「ギャアアアアァアアアアアアアッ!」」
「うわあっ!?」
消し炭にするのも生ぬるいとばかりに地面を蒸発させる火球の衝撃派に、俺たちはその場にとどまることもあたわずに数メートルも吹きとんだ。地面と空がぐるぐると互い違いに視界を移動する不快感を堪えて起き上がると、さっきの火球でできた陽炎を透かすようにしてこっちを睨みつける黒竜と目があった。
「――――チクショウっ!!」
何度やっても攻撃をはじき返されることに焦りを覚えた俺が素早く剣を左手にあてがうと、すこし離れたところから魔法を乱射してたセレスがそれに気がついたらしい。
「ダメです! ユースケ様、それだけはやめてください!」
「このままじゃジリ貧で死ぬだけだ! さっきのヤツを使うから、隙を作ってくれ!」
悲痛な叫びを上げるセレスの嘆願を無視して息を整えるのももどかしく剣を引き抜くと、手から血が滴り落ちるよりも前にと素早く魔法名を口にした。
「――《ブラッディ・プリズン》!」
その叫びに呼応して盛り上がって来た紅い土の壁は、さっきの使用時よりも遥かに高く厚い。さっきまで相対していた魔物より一回りも二回りも大きいサイズを誇る黒竜をその壁の中に取り込むため、壁もより強固になったのかもしれない。
「――いっけぇえええっ!!」
俺の発動した魔法が自分を捕獲するものだと分かっているのだろう、次第に自分の頭上に向かって閉じて行く土の壁から脱出しようと黒竜は羽を一打ちして空へと舞いあがろうとするが、セレスとミーシャがそれを黙って見過ごしているはずがない。
「――っ、《グラビティ・ポイント》!」
「《ソーン・チェイン》!」
飛び立とうとした黒竜の真下にどす黒く輝く小球が出現して黒竜の動きを阻み、その隙にと地面から生えた茨でできた鎖が黒竜の下半身をがんじがらめに固定して時間稼ぎをしてくれたおかげでなんとか魔法が完成した。
「「ギャアアアァアアア!?」」
黒竜は自分をがんじがらめにする茨の鎖を引きちぎってやろうと身をよじるが、下半身に巻き付いた茨の鎖が全部ほどけるよりも早く、土の中から飛び出した深紅の鎖がそれの上から巻きつくようにさらに黒竜の動きを拘束していく。
「ハっ、はぁ……」
今日だけで計三回も自分の体の同じ場所を切りつけているということへの精神的な負荷に耐えてドームに閉じ込められたままの黒竜を睨みつけるが、黒竜は相変わらず鎖を解くのに必死になってるばかりでこっちを向くそぶりなど微塵も見せない。
「よし、やった――」
――そう口にしたその時、ガラスを砕くような硬質な音が俺の聴覚一杯に響いた。
「「グギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」
「…………なんでだよ!?」
俺の目の前で竜種は俺の剣からしたたる血と同じ色をした鎖を引きちぎり、高らかに咆哮して見せた。その声に込められた感情は、怒りなのか、それとも嘲笑か。
「――――ッ!」
そのどれが正解だったとしても、鎖を解いた今の黒竜が大人しくしているわけがない。慌てて剣で左手
に傷をつけ、魔法の攻撃用のトリガーとなる言葉を紡ぐ。
「《ギルティ》、《ジャッジ》、《デスペナッ》!!」
急いで紡いだ言葉に応じて、ドームの中の地面という地面から発射されたその槍は、こっちに歩み寄ろうとしている黒竜の体に場所を問わず突き刺さって黒竜の命を跡かたもなく吹き散らす、
「クソっ!!」
はずだった。黒竜のぶ厚いうろこは、血を吸って作られたこの槍ですら貫通することはできないらしい。
最後の槍が甲高い音を立てて黒竜の腕に粉砕されたのと同時、ドームのように閉じていた土の壁がゆっくりと開いていく。黒竜はその壁が下りて行くまでの間を待ち切れなかったのか、茨の鎖で締め付けられても深紅の槍で突かれてもほぼ無傷の足で壁を蹴っ飛ばして粉砕してしまった。
「ぐっ……!?」
そして黒竜は外の光がさしこんだドームの中にいる俺を睥睨し、ブレスを撃とうとしているのか口を開ける。一瞬ながらも死を覚悟したその瞬間、
「――ユースケっ、《レジストバリア》!」
「うわっ!?」
俺の真横からミーシャがすっとんできて俺を吹き飛ばした。おかげで俺は助かったが、ミーシャは黒竜のブレスの端に引っ掛けられてしまった。事前に属性耐性付きの障壁をはっていたあたり、こうなるのを覚悟で助けに来てくれたのかもしれないが。
「うゃ……っ!?」
俺をかばったミーシャはドームの割れ目から飛び出していくと何本か生えた木のうちの一本に勢いよく衝突し、そのままくたっとへたり込むと動かなくなってしまった。
「ミーシャ!?」
「大丈夫ですユースケ様、気絶しているだけです! それよりあの黒竜を倒さ」
俺に声をかけたセレスも、その後の言葉は続かない。ものすごい勢いで接近してきた黒竜がまたも腕を振り、セレスを一瞬で吹き飛ばしてしまったからだ。
「――あうっ!?」
「セレスっ!?」
セレスもまた地面を転がされ、そのまま沈黙してしまった。俺が呼びかけても、反応が帰ってこない。
「ぁ……」
一瞬でパーティーメンバーの二人が意識を刈り取られたと言うことに、俺の思考と視界がぐらりと揺らぐ。このままじゃ、俺たちは全員、ここで、死ぬ?
「ちくしょおおおおオオオオッ!!!!」
視界に火花が走る。力を込めた全身から悲鳴が迸る。これ以上は危険だと理性が叫ぶ。
意識を失ったあいつらに重なったのは、俺の目の前で死んだアイツ。
もう、あの時みたいに手も足も出ないまま誰かを死なせるのだけは嫌だ。
その思いに呼応するように、俺の腕輪が淡く光る。魔法を発動する時は青く光るその腕輪は、赤い燐光を発しながら脈打っていた。
【新しい魔法を入手しました。【バーサーク】分類:身体強化】
ふと、視界の中にこんな文字列が浮かぶ。普段魔法を購入しても、こんなアナウンスのようなものは現れない。そのことがこの魔法がイレギュラー極まりないものだと言うことを示していたが、俺の口は気づけばその魔法名を告げていた。
「――――【バーサーク】ッ!」
そう口にした瞬間、視界が真っ赤に染まり、思考をノイズの砂嵐が蹂躙する。果てしない不快感に思わず歯を食いしばった俺の視界に、さらに赤黒く染まりながら揺れる文章が表示された。
【効果:使用者の身体能力を一時的に4~5倍に引き上げますが、使用後に意識を失い、行動不能になります】
発動終了後に行動不能になるなんてことはあらかじめ表示をしてほしかったが、普通に戦って勝てないのだからこうでもするしかないか。
戦術。勝率。そんなものを考えたら、間違いなく俺が負けるのが目に見えている。だけど、そんなことは知らない。考える必要もない。重要なのは、結果として勝てたか勝てなかったか、それだけだ。
「《ソニック》」
地も砕けよとばかりに踏み込んだ一歩が音速まで加速され、直後、魔法名の通りに音速まで加速された赤く染まった視界の中、黒竜の巨体が一瞬で迫って来た。
「《ソリッド》」
一瞬にして足もとまでもぐりこむと、硬化魔法をかけたことを確認する暇もなく左から右に剣を振り切り、そのまま剣を返して同じ軌道で剣をなぞる。
もちろんそれを黙って見ているわけでもないので俺を引きはがそうと爪を振り回してくるが、全く気にならない。往復してきた剣を腰だめに構え、次は袈裟がけに振り下ろす。日本にいた時に剣術の類は一切やっていなかったので、おそらく力をしっかりと伝達することができていないだろう。だけど、そんなことを気にするくらいなら更に手数を増やすだけだ。
切りつけた回数に応じてどんどん深くなる傷に黒竜が吠え、俺を踏みつそうと足をどんどんと打ちつけてくる。だが、移動速度が音速まで跳ね上がり、さらに身体能力が数段引き上げられた今の俺に、そんな攻撃が当たる訳がない。今度は羽を広げて逃げようとしたみたいだが、それは羽の付け根のあたりまで必死に剣を伸ばして切りつけることで阻止した。
「うらあああああっ!」
怒号ともに足を執拗に切り続けていると、ついにたまらなくなったのか竜種が地面に倒れ込んだ。
「グギャ……ア……」
さっきまでとは打って変わって弱々しくなった声でこっちを恨めしそうな眼で睨みつけてくる黒竜を睨み返し、黙ったまま剣を腰だめに構える。ブレスを吐くつもりなのか黒竜が俺を睥睨したまま口に火の粉をほとばしらせるが、そんなものを悠長に待ってやるつもりなどない。
「――――セイッ!」
普段の数倍増しに強化された腕力で、効果魔法のかかった剣を一気に突きだす。おそらく普段なら傷一つもつかないであろう攻撃だったが、俺の剣は黒竜の頭部をやすやすと貫通し、しばらくしないうちにオーガの時と同様に黒竜の動きを止めた。
「――――」
剣の柄を握ったまましばらく硬直して、本当に黒竜が絶命していることを確認してから剣を引き抜き、その場にへたり込む。これで終わったんだ、と自覚すると同時にこみあげてくる疲労感に俺はしばらく身をまかせていたが、放置しっぱなしだったセレスとミーシャの事を思い出してふらふらとそっちに歩いて行った。
「――おい、お前ら、大丈夫か……?」
返事がない所を見るに、二人はまだ気絶したままのようだった。そしてミーシャとセレスの元へ駆け寄ろうとした俺の耳に、ふと何かの音が入ってきたのに気がついた。
「嘘……だろ……?」
俺の耳に入ってきたのは、何かが羽ばたく音。それも、一つではない。幾つにも反響して聞こえるそれは、空気を打つ大量の羽ばたきだ。
ということは、太陽光をさえぎって降下してくるあのシルエットは、竜、種――――――?
「ぁ…………」
【身体強化魔法【バーサーク】の効果時間が終了しました。 再起時間まであと 72:00:00】
そこまで考えた俺が小さくうめくと同時、赤く染まったままだった視界の片隅にこんなメッセージが表示される。その文章を目で追うや否やいきなり瞼が重くなり、俺の意識は泥沼の中に引きずり込まれるようにして沈んでいった。
またもや日付けが更新してからの投稿になってしまいましたが、一応魔法少女更新です。
あと1話か2話で一章完結予定ですのでみなさんどうか、回数が増すごとに手抜き感が増していく本作を見守っていただければと思います…!




