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「「ギャァァアアアアアアアアアアアッッ!!!!」」


 一回の咆哮が何重にも反響するかのように俺たちに恐怖心を植え付けていく。今までに相手した魔物とは次元の違うプレッシャーに数人がすくみ、一瞬の隙を生み出した。


 もちろん、その隙を見逃す黒竜ではない。


 音を置き去りにして羽ばたき一つで俺たちのど真ん中まで急接近した黒竜は、大きく足を踏み込んで爪を一気に薙ぎ払う。その動作だけで、タワーシールドのようなものを構えていた調査隊の屈強な男たちが盾を破壊されて数メートルも吹き飛ぶ。


 そしてその事実は、状況を理解したがらなかった他の奴らの目を叩き起こし、生命の根幹にきざまれた逃走本能に火をつけるには十分すぎるものだった。


「う、うわぁぁあああ!!」


 イヤでも俺たちの緊張を数段跳ね上げる悲鳴を皮切りに、調査隊の連中が我先にと逃亡を開始する。それまで様々な魔物の攻撃から身を守ってくれた盾が、この怪物に対しては紙以下の意味もなしてはくれない。そのことを知った調査隊の連中は、我先にとその場から遁走を開始した。


「おい調査隊、調査はどうした!? お前らが真っ先に逃げ出してどうするんだよ!」


 後ろを向いたまま全力で逃走する調査隊に声をかけると、その中の一人がこっちを振り返って蒼白な顔でこうまくしたてて来た。


「お前も知っているだろう!? 俺たち調査隊は魔物に見つかった段階で調査から撤退に方針が切り替わるんだよ!! 隠密魔法の一つも使ってないこの状況で、あんなのを相手にできるか!!」

「クソッ……!」


 その隊員が口にしたことは決して間違ってはいない。調査隊にとって何より大事なのは生きて情報をギルドに届けることであり、竜種などという化け物に態勢も整えないままでつっこむなど、考えられないのだろう。


 だけど、全員がパニックになって自分の保身のみを考えてあっちこっちをかけずりまわるこの状況では、誰もが「誰かがきっと守ってくれる」の一念に縛られて自分の身を守ろうとしない。このまま行けば、暫くしないうちにここにいる人間は全員死滅する羽目になる。


「り、《リフレクション》!!」


 目をくらませた黒竜に背を向けて全力で遁走を始める俺たちに、調査隊の一人が隠蔽魔法をかける。光の屈折率をあやつることで自分の存在を目視できなくする魔法が俺たちを含む全員にかかり、その場を走っていた男たちのすがたは一瞬後にあとかたもなく消え去った。本来は姿を隠して敵に接近するための魔法ではあるが、このように撤退用の魔法としても優秀なのだ。


 だがそれは、有る程度の強さの魔物に対してのみ、である。


「「ガァアアアアアッ!」」


 竜種はその場で足を踏ん張り、息を吸い込んだかと思うと一見何もないような空間に向かって灼熱の光線を放った。直後、何もなかったはずの噓空から表面を焦げさせた人型の何かが出現する。あれはおそらく、調査隊の誰かが光線を喰らったあとの姿だ。魔法の効果対象外になって出現するということは、魔法から生命体ではないと言うお墨付きをもらったのに同義なので、あの調査隊員はもう生きてはいまい。


「これじゃ、みんな死んじゃうよ……!」


 俺の傍らに立つミーシャが、それを見て悲痛な声を上げる。今俺たちは奇跡的に竜種からは狙われていないが、だがそれも、しばらくの後には順番が来て我が身に降りかかってくる。背を向けて逃亡するのならば、あいつらと同じ運命をたどるのは既に分かりきっている。


 ならば、することなど一つしかない。背を向けて死ぬくらいならば、剣を手に取り、立ち向かうのだ。


「――くっそ、やるっきゃねぇんだな」


 俺がそう言って頭を掻き、剣の柄に手を掛ければ、


「ユースケ様がそう決めたなら、私は従う他ないですわ」


 セレスが左手の腕輪に手を添える。


「うわー!? あの竜種、今絶対こっち見たよ……」


 ミーシャはやや弱気な態度ではあるが、それでも迷いのない動作で剣を構えた。


 打てば響く返事を返す二人に思わず口の端が緩むが、あまり油断もしていられない。何せ、目の前に対峙しているのは魔物の中でも最高峰の強さを誇ると呼ばれた竜種なのだから。


「調査隊が尻尾巻いて逃げた以上、ここは俺たちもあいつらに負けじと遁走するのがスジなんだろうけどなぁ……」


 そうぼやいた俺に隣から、セレスが不敵そうなことを言ってくる。


「でも私、最近ちょっと欲しい魔法がありまして……少々お高いのですが、この竜種でもさくっと倒せば集められるようなお金なんですよね」


「セレス……」


「わ、私も剣の新調したいし! ほんとだし!」


 ややどもりぎみなミーシャは分かりやすいが、セレスもよく見れば不敵な笑みがほんの少しだけこわばっている。いくら怖いものなしの変態吸血鬼モドキであっても、その性根は一人の女の子なのだ。


「……んじゃ、まぁちょっとさっくり竜種討伐とでもいきますか」


 あえて気の抜けたような言い方をして剣を構えつつ、俺たちに背を向けて逃亡した隊員を探す竜種に切っ先を向ける。俺たちのこの場での役目は、断じて調査隊がギルドまで生還する支援をすることではない。魔物最強と名高い竜種をさくっと討伐し、魔物の繁殖を食い止めて多額の報酬をもらうことだ。


 ――そう自分を鼓舞してでもいないとやっていられないプレッシャーの中、戦いの火ぶたが切って落とされた。


 






今日も一つ投稿です。


すみません、今まではいちおう平均一日一つで投稿をしていたのですが、ここへきて少しだけ休憩を頂戴したく思います。次の投稿は3日後以降となります。


この話も結構短く仕上がってしまったのですが、ご理解いただければと思います。

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