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「実は今、「中央の森」の奥に住まうドラゴン達が何らかの理由で森の浅いところに来ていて、周りの魔物をどんどん増殖させているらしいんだ」

「中央の森? そこって、今週の征伐戦に使われる場所でしたよねぇ。そこに、竜種が出現……?」


 そういって思案顔を作って黙り込んだエミィはしばらくして何かを考えついたのか、はっとなって俺の方を見てきた。


「もしかしてぇ、ユースケさんたちが受けたアバレイノシシのクエスト、その竜種が原因だったりしませんかぁ?」

「まあ、そうだろうよ。その情報提供者にも話をしたら、おおかたそれが原因だろうってさ」


 まあ実際は話してないけどな、という言葉は会話を混乱させそうなのでのどの奥にとどめておく。


「駆け出し冒険者さんもよく利用するような場所に、竜種が出現ですかぁ……ちょっとこれはぁ、アバレイノシシのクエストとは危険度のレベルが違いますねぇ」


 さすがはエミィ、事態の危険性を俺が説明するよりも前に理解してくれている。そう感じた俺は、言葉の端々に緊張感がにじみ出るエミィにさらにちょっとした提案をすることにした。


「将来のベテランの芽を摘んじまうのは、そっちとしてもよくないだろ? だから明日、俺達にドラゴンの偵察に行かせてほしいんだ」

「偵察ですかぁ?」


 俺のその提案に、エミィがめずらしく目を丸くして驚きを示した。俺の言ったことは、それだけのことだったってことだ。



 この世界で一般的なクエストとは異なり、この偵察という分類に入るクエストは、ギルドから冒険者を指名して依頼されるか、もしくは冒険者から提案をするという形でのみ依頼が成立するやや特殊な種類のものだ。


 偵察系クエストが手軽に受けられないように面倒な手続きをとりつけられた理由は、実に単純。多種多様なクエストのなかで、偵察クエストに向かった冒険者の生存率が圧倒的に低いからだ。


 偵察クエストが必要とされる場合、その理由はわざわざ事前調査をしなくてはいけないほどにその魔物が強力であるか、その魔物が見たこともないような未発見の種類かのどちらかだ。


 未知数の敵、もしくは相当な強敵に挑むというゲームなら実に燃えるシチュエーションも、人の残機が一機しかないこの世界では死と隣り合わせのイベントに早変わりする。


 エミィが驚いたのは、そんな死地に俺たちが自分から飛び込むといいだしたからに他ならない。



「さっきアンタも言ったが、あそこには、週末に勇者達も征伐戦に向かう予定だ。ここでもし予想外の事態が起きて勇者に死傷者が出たら、この街もギルドも国と協会からにらまれる羽目になるぞ。俺だって、そんなのはごめんだ」

「そこで、勇者様に死なれたら魔族殱滅がまた一日遅れるからぁ、なんてきれいごとを並べないあたり、私は好きですよぉ?」

「冗談を言ってる場合じゃないんだって」


 せかすようにそう告げるも、どこかほわほわとしたエミィの様子には微塵も焦りの心は見えない。エミィはしばらくその笑顔を維持していたが、一つ息を吐くとキッと表情を引き締める。


「――わかりましたぁ。明日のその偵察、私たちギルドからも実力のある隊員を派遣させていただきましょう」

「――え? アンタ、それ本気で言ってんのか!?」


 思わず口から言葉が飛び出る。夜中の静寂を破る大声に、職員が顔をしかめるが、それどころじゃない。


 偵察系のクエストが危険なものだということは、さっき説明した。でも、俺がエミィの発言に不覚にも大声で反応してしまったのにはちょっとした理由がある。


 ギルドなどの公的な機関がわざわざ偵察を行うのには、冒険者の危機排除以外にもう一つ理由があるのだ。


 単純に言えば、噂の発見者による自演行為を阻止するためだ。噂というのはうまく扱えば、一部の人間に圧倒的な資産をもたらすような道具だ。魔物を相手に知略を尽くしてきた冒険者たちが、その知識を噂の悪用に用いるようなことがないように、援軍ではなく監視員としての調査員を、それも大人数つけることがある。


 今回の俺の”噂”は、確かにすべての冒険者、ひいては勇者までに影響を及ぼしかねないようなシロモノだ。噂の出所と理由はどうであれ、そんな危険なものを噂のままに放置しておくことはできないと、エミィはそう判断したのかもしれない。


 でも、もしこの噂が俺たちの自作自演だと疑われていたとしたら。そう考えるだけで、得体のしれない感情が腹の底から沸き上がってくる。


「――偵察なら、俺たちだけでも十分足りる」


 絞り出すようにしてそう告げた俺に、エミィはきっぱりと首を横に振った。


「ダメですぅ。竜種の出現なんていうことが本当に起きたなら、それは冒険者だけに対処を任せてはいけないですぅ」

「今の俺は、昔とは違うんだ! もう、守られるだけの存在じゃないんだ! 俺の言葉を、信じてくれないのか……!?」

「…………」


 それを聞いたエミィは、しばらくの間黙っていたが、ふと口調を和らげると、こんなことを言い出した。


「……確かに今のユースケさんは、昔のユーくんとは違いますぅ。自分のことを大事にしていらっしゃいますしぃ、昔よりもずっと強くなりましたぁ。それはもちろん、セレスちゃんやミーちゃんも一緒なのですよぉ……」


 「……でもぉ、」と、少しーー少しだけ頬をふくらませて眉をよせたエミィは、続けて俺の予想だにしなかったようなことを口にしてきた。


「――じゃあユーくんたちが強くなった今はもう、私たちはユーくん達の心配をしてはいけないのですかぁ?」

「――――――っ!!」


 これは、やり手ギルド職員として決して俺たちの自作自演を疑うための増援ではなく、エミィ個人として純粋に俺たちの身を案じての行動なのだと。そういうことを遠回しに教えてくれる言葉。


 エミィは自分達を心から信頼しているのだという前提の元に成り立っていた言葉を、自分達のことを疑われての行動ではないかと疑心暗鬼になっていた俺自身のことが恥ずかしい。


「――疑ったりして、悪かった。ごめん」

「――いや、私も少しズルかったですよねぇ。でもぉ、これだけは覚えておいて欲しいですぅ。たとえユーくんやセレスちゃん、ミーちゃんが国や協会や、勇者様を敵に回しても、私だけはユーくん達の味方ですぅ」

「エミィさん…………」


 本来なら国の直轄の機関であるギルド職員にあるまじき発言だが、それをとがめるような無粋な人間は今ここにはいない。


「何せ相手は竜種ですからぁ、万が一にもユーくんたちにけががあっては私が泣いちゃいますぅ。もちろんギルドとしても、対策は万全を期しておきたいですしねぇ」


 そういって苦笑いするエミィには、俺たちをはめようとしているそぶりは見られないような気がした。


「さって、では仕事なのですよぉ」


 伸びをして全身をほぐすエミィの顔には、少しだけ疲労が見える。いくらやり手の職員でも、疲れる物は疲れるのだろう。


「あー……俺が言うのもあれだが、なんか、寝てるとこ叩き起こしちゃって悪かったな」

「別に気にしなくていいのですぅ。どっちにしてもぉ、もうそろそろ起きなくちゃいけない時間でしたしねぇ。それよりもぉ、ユースケさんもちゃんと寝た方がいいですよぉ?」

「……そうだな。じゃあ、俺も帰って寝ることにするわ」

「それがいいですぅ。偵察隊の時間は、明朝の8時頃でいいですかぁ?」

「ああ。それで頼むわ。じゃ、お休み」

「はい、ユーくん。お休みなさいなのですぅ」


 そういって笑ったエミィは、カウンターの奥の関係者通路のドアを開け際にこんなことを口にした。


「早くかえってあげないとぉ、ユーくんの大好きな女の子たちが泣いちゃいますよぉ?」

「なっ……」


 だが俺が弁解の言葉を口にするよりも早く、無情にも俺の目の前でドアが音を立てて閉まった。



 ――結論から言おう。


「で、ユースケは私たちが寝静まった後の夜更けになにをしに街をうろついていたの?」


 すでに明かりを落とされて久しい酒場に帰ったときには、なぜか二人とも起きて俺を待ちわびていやがった。


「ミーシャさん、もっと簡単に言ってあげましょうよ。ユースケさん、私たちを差し置いて他の女に腰を振るようなまねをしていたんですよね? そうですよね?」


 しかも、それぞれの背後に悪鬼も泣いて逃げ出すような殺気を抱えた状態で、というおまけ付きだった。なにやら、二人の周囲の空気が揺らいでいるのが視認できる次元だ。


 ちなみに俺はといえば、出かけたときの格好のまま、仁王立ちする二人の前で正座をさせられているのだった。男の威厳が号泣するようなシーンだが、その威厳が今にも崩れさろうとしているだから泣いている場合じゃない。


 実はどうやらこの二人、こいつらが寝ている間に俺が夜の街をうろついて得体の知れない女と楽しんできたんだろうとものすごい誤解をしているのだった。


 よく考えたら、もしお楽しみなら朝帰りになるんじゃないのかとか、そもそも金のない俺がなぜ楽しむことができるのかだのと理性的なツッコミはいくらでもあったのだが、それを今のこいつらにぶつけたところで、問題解決のできようはずもない。


 よって俺は今、冷たい床に座り込んだままでこいつらの糾弾を一身に受けているのだった。無論、帰ってきてからすぐにこの状態になったため、偵察クエストの話を切り出して話題そらしをする余裕もありはしない。


「お、お前ら、おちつけっての……」

「「これが落ち着いていられるとでも?」」

「――ハイ、ゴメンナサイ」


 という塩梅である。


「まったく、私たちがいるっていうのに、それをこれっぽっちも省みずに女遊びにいそしむユースケの気持ちが本当に分からないわよ」

「ほんとですわ。この間だって、私の一糸まとわぬ姿をユースケさまに見せて差し上げたのに、ユースケ様ったらほとんど私のことを見てくれなかったのですわよ? これはきっと、他の女にうつつを抜かしているからに違いありません!」

「は、はぁ…………」


 つーかこいつら、顔も赤いし、風邪でも引いたのかとか思ってたけど、よく見たら若干酔ってんじゃねぇか。


 おおかた、俺が出かけたあとで目が覚めて、酒でも引っ張りだして飲んでたんだろうけどさ。ったく、もう数時間としないうちに偵察クエストに向かうってのに……


 にしても、俺が帰ってくるなりいきなり引き倒して拘束するなんて荒技にでたのも、酒のせいと思えばまあ納得も…………いや、行かない。そもそも夜間に外出した根本的な原因がそこの吸血鬼にある以上は、そっちにだって責任はあるだろ!?


「全く、ユースケはこんな美少女二人に囲まれてるっていう自分の立場をよく自覚してよね?」

「……自分で言うかよ」


 まあ、確かに二人とも可愛い方ではあるけどさ。セレスもうなずいてるし。とっとと泥酔してくんないかね?


「まったく、ユースケ様はこれだから朴念仁と呼ばれるのですよ……このあいだだって――」

「あーはいはい」


 セレスがなんか言ってるけど、無視だ無視。酔っぱらいの話なんざ、校長先生の話以上に聞こうという気が起きねぇわ。


「――というわけで、今日はここらへんにしておいてあげますわ。ちゃんと気をつけてくださいね?」

「わーったよ。気をつけますから」


 なにに気をつけるのかも言わないままで俺がセレスの話を流すと、セレスは「ならいいのです」と満足そうな笑みを浮かべた。


「……俺そろそろ帰っていい? 明日はお前らもそうだけど偵察クエストがあるから、いい加減に寝たいんだけど」

「いいですよー? ではお休みなさーい」

「はいはいっと……お?」


 そういって俺は立ち上がったが、そこでふとポケットから取り落としたものの存在に気がついた。


「なんだ、これ……?」


 何か強い外的な力を掛けた痕跡の見られるそれは、どうやら何かの記載された小さい紙片らしかった。毒々しい色で装飾のなされたその紙片には、誰かの名前と今さっき見てきたような覚えのある店名が――


「――――――ッッ!!!!」


 一瞬にして、俺ののどが干上がった。見覚えのあるどころの話じゃない。これは、さっきの風俗店に通りかかったときに俺がもらった娼婦の名刺だ。


 まずい。今のこいつらにこの、風俗店の名刺をみせることだけはしてはならない。さっきまで俺を女遊びで疑っていた連中だ、これが知れたなら今度こそ間違いなく俺は殺されるッ――!!


 そうだ、こいつらに気悟られないようにそっと、だが可能な限り迅速にこの名刺を回収し、あとで部屋で消し炭にする! 俺ならできる、というかやるしか選択肢は――


「あれ? ユースケ様、何か落としまし――――」


 その声は、俺にとっての死刑宣告。


 意識を戻せば、俺がさっき落としたばかりの名刺がセレスの手の中にあるのが見える。


 そしてセレスは俺の方を表情の宿らぬ目でじっとみつめていて――――


「――ユースケ様」

「は、ハイっ?」


 あ、セレスの口角がつり上がって、今、笑って――


「覚悟はできていますか?」


 ――俺の記憶は、ここで途切れた。


日付け、変更してましたね……。

すっかり忘れて模写やってました、スミマセヌ


というわけで今日(?)も一本。

あと23時間以内にもう一回投稿すると思います。

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