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そんな俺の胸中まで余すところ無く汲み取ってくれやがったらしい魔王は、俺に向けて実にうざったい笑みを浮かべてくれやがった。そしてその表情を維持したまま、やけに上から目線でこう続ける。
「――じゃあそんなわけで、常日頃からがんばっているユースケ少年に、偉大なる魔王様からの啓示を授けてしんぜよう」
「魔王様ってそりゃまた不吉な」
「君はもう少し、自分がどんな存在と話をしているのかを理解する必要がありそうだね」
俺の茶々に苦い顔をしてそうぼやいた魔王だが、俺は素知らぬ顔でやり過ごした。
俺が時たまこの店に通うその理由、そのもう半分はこの魔王の全世界を見通す力でもってちょっとしたアドバイスを俺に授けてくれることにある。
なにも未来予知ができるとかいうワケではないが、この世の森羅万象を見通すその力があるというだけで、何かの事故や事件の予兆をとらえることができるのだ。
「そう、私がいるからこそ未曾有に防げる大災害もあるわけだね」
「まった他人の思考を読みやがったな? それと、お前のそのお告げなんて、ミーシャの寝言の内容だとか、セレスが次に俺の血を大量に搾取する方法を模索しているだとか、ろくでもないもんばっかじゃねえか」
「失礼な。私がそんなプライバシーの詮索をするようなことをいつしたと言うんだい」
「最後にあったときには、その日のミーシャのパンツの色を告げてきたよな」
「神とは違って私たちの魔王様は煩悩まみれなんだよ」
「そんなお告げいらない」
そんなやりとりを経てからしばらく魔王が唸った後に俺に告げたことに、思わず俺はカウンターに手を突いて立ち上がっていた。
「……お? どうやらこれは、かの竜族が少しばかり血をたぎらせているね。激しく怒っているようにも見えるよ? そのせいかな……周辺に住まう魔物がものすごい勢いで増殖を繰り返しているみたいだ」
「――それ、マジか!?」
「うおぁ!? ……いきなりどうした、少年?」
この世界で魔物というのは、魔族達が人間を滅ぼす為に作り上げた、既存の生物に手を加えたり一から作り出した眷属といういかにもな設定で協会から説かれている。
そして、その魔物に存在するヒエラルキーのトップに君臨するのが、竜族。さっき言った作り出されたタイプの眷属で、いわゆるドラゴンというやつだ。こいつらには、自身の意志で周囲の魔物の動きを活性化させたりするという厄介な能力が備わっている。
ふと俺の脳裏によみがえったのは、一昨日から今日にかけて様々な形で俺を振り回してくれやがったあの暴れイノシシクエスト。今俺がこうして夜中にメシを食うという憂き目にあっているのも、ものすごい大本をただせばあのクエストが原因といえる……かもしれない。なんだろう。そう考えた瞬間にあのイノシシにものっそい殺意がわいてきたんだが。
「ああ、そういうことか。まあそうだね。少年が受けたあのクエストに出現したイノシシも、もしかしたらその竜族によって活性化した連中かもしれないよ? まあ、明日からのクエストに行くときには気をつけることだ」
「てめぇ、どんだけ思考を読みやがったら気が済むんだ……まあいいや、その竜種がいるのはどこらへんだ?」
「まあ君たちがこないだ向かったところとさほど遠くはない。君たち冒険者が「中央の森」と言い慣わしている森の奥の方にいるみたいだね。なんであの竜種がそんな浅いところまで来たのかはわからないが」
「中央の森」といえば、初心者でも安心して狩りができるとギルドからお墨付きをもらった場所のはずだ。その森の浅部に魔物の最高峰を誇るような竜種が放り込まれればなにが起きるか、想像するにたやすい。
おまけにあそこは、今週の征伐戦で勇者が向かう場所でもある。竜種だろうと何だろうと、アイツ等は苦にすることもなくなぎ倒していけるのかもしれないが、随伴する冒険者の命までは補償できない。おまけにもし万が一のことがあって勇者までも死ぬようなことがあれば、この街は社会的に死ぬ。
「……アンタはアイツらの行動を把握していないのか? 少しでも知っていれば、対策もできるかもしれないんだが」
「君ねぇ、とある広大な領地があったとして、そこの領主がどれだけ聡明でもその領地の中に住まう住人の顔と名前に、その行動をいちいち把握してられないだろう? なんせ、領主ってのは実に忙しい仕事だからね。私も、その領主のようなものと思ってくれてかまわない」
「ああ、なるほどな……」
すべての魔族のトップに立つ物が、その枝葉末節のことまでいちいち把握していたらやってらんないと、そういうことなのだろう。
「ま、今日のお告げは役に立っただろう?」
「いつもよりはな」
よく考えたら、こいつは魔王であり、すべての魔族を統べる魔族の王だ。そんな魔王がなぜ、その魔族たちに不利になるようなことを俺に言うのか。ときどき不思議に思うことがあるが、どうせコイツのことだ、「その方がおもしろいから」とかふざけたことを抜かすに決まってる。
「お、よく分かってるじゃないか」
「……もうあれだ、ツッコむ気も起きないわ」
「で、この状況を知った君はこれからどうする気だい?」
「まあ、ちょっと相談する相手にアテがあるからな。そいつんとこに行ってくるわ」
そう言ってふと思い浮かべたのは、あの雰囲気からしてほんわかしたギルドNO,1を誇る女性職員。この手の話題は、信頼できる人に振るのが一番いいだろう。
「ああ、あの聡明なお嬢さんのところか。君は普段から素行が悪いからね、夜這いと疑われないように気をつけるんだよ?」
やはり俺の思考を読んだらしい魔王が、ろくでもない忠告を授けてくる。誰がするか、誰が。
「よけいな世話だっつーの」
日中に開いている店よりもやや高い食事の代金をカウンターに置いてドアを開けた直後、ドアの外の騒音に混じって「まあ君にそんな度胸はないよな」っていう魔王の挑発が聞こえた気がした。……ちょっと黙っとけ。
俺が現在拠点にしているこの街は、街の中心部にしっかりと街の主要な施設がそろっている。来客を増やすためには有益なこの情報を魔王も把握しているのだろうか、裏路地にもうけられたその店から今朝訪れたばかりのギルドまで移動するのに大した時間もかからなかった。
「お邪魔しまーす」
どこぞの無粋な女主人とは違い、カランカラン、という鈴の音に迎えられてドアをあけてギルドの中に入った俺の視界に、明かりをたいたギルドの様子が見えたとき、思わず俺はほっとしていた。草木も眠るこの時間、ギルドの受付窓口は開いているときと開いていないときが半々ぐらいだからだ。
夜から出発して現地に昼過ぎに着くなんていう、遠い土地まで向かってこなすようなクエストに出発する人がたくさんいるときなどは、この時間のギルドも普通に人がいて昼間と変わらないにぎわいを見せるのだが、週末の魔族征伐が迫っていることも手伝ってか、ギルド内を行き来する人が予想通り少なかったのも、かなり俺が危ないタイミングで入ってきていたことを示していた。
昼間とは担当を変わっているのだろう、見慣れない受付嬢の方へと足を進め、受付嬢が「何かご用でしょうか?」と口にするよりも早く、手短に用件を切り出す。
「そっちの職員のエミィと、少し込み入った話がしたい。話をつけてくれないか? ユースケ、っていう名前の冒険者だと言ってくれると助かる」
そういって自分の腕輪をはずし、日付をまたぐ仕事にやや眠そうな様子の受付嬢に手渡す。自分が冒険者である証として使えるこの腕輪には、製造時に自分の名前を刻む必要があるのだ。加えて言えば、製造された腕輪はなにやら特殊な技術によって自分達以外の人間は扱えないように加工がなされているため、誰かに盗まれて自分の名をかたられるという心配もないというシロモノだ。
「……はい、確かに冒険者のユースケ・カミヤ様ですね。少々お待ちください。エミィさんを起こして参ります」
「ありがとう」
そう残して役員の交代口からエミィを起こしに中に入っていった受付嬢を見送ると、ほどなくしてさっきの受付嬢と引き替えに寝間着姿のままさっきの受付嬢以上に眠そうに目をこすり、あくびを遠慮なくするエミィが姿をあらわした。
「眠いですぅ……くぁ〜」
さっきの店で声をかけてきたような娼婦よりあざとさが無いからかよっぽど色気の漂う姿のエミィだが、それでもふて寝をして無視を決め込まないあたりはさすがか。まあ、お疲れのところをたたき起こしたわけなんだから、正直申し訳ないとは思っているが。
「ユースケさぁん、こんな時間にくるなんて、まさか私と寝所を共にしたいんですかぁ? お気持ちはうれしいんですがぁ、ちょっと私まだ心の準備が――」
「……とあるスジからの情報だ。下手すれば、この街の冒険者を何人も失うかもしれない」
「――――!!」
エミィおきまりの冗談につきあってもいられない。それだけ急ぎの用だということを踏まえた上で、冗談の応酬をすっ飛ばして話の核心に切り込んだのがよかったのか、エミィはそれまでの眠気を一瞬で追い払ってやり手職員として覚醒する。こうなったエミィは非常に頼れる。俺の人選はやっぱり間違っていなかったのだろうか。
「それ、どういうことですかぁ?」
ギルド職員として見逃してはならない話に、エミィの目が野良猫か何かのごとく光る。好奇心猫をも殺す、とはよく言ったものだが、エミィはそんなへまはしないだろう。
今日も一本投稿。
そろそろ真面目にプロットを作りたいけど、作り方がわからない。




