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 その後数分と時間を置かずに、まーちゃん、もとい魔王が厨房からお盆に乗せた料理を運んできた。


「――ほら、あまりこんな時間から重たいものを食べても、明日に差し支えるだろうと思ってな。君の世界の料理はわりとあっさりしたものが多いから、それを用意させてもらった」


 ややあって俺の目の前に置かれたのは、俺がある意味で一番親しみのある食べ物。そして、俺が長い間口にしていなかった故郷の味。


「おお……ご飯と味噌汁か。ずいぶんと久しぶりに見たな」

「まあ、この近辺じゃここぐらいしか米と味噌を調理して供するような店はないからね。もちろん、ライバルがいないからといって腕を抜いたつもりは一切無い」

「時たま食ってんだから、味はわかってんだろが……んじゃ、いただきます」


 ほくほくと湯気をあげて白く輝く白米をほおばり、香ばしい味噌の香りがたまらない味噌汁を胃に流し込む。日本では実に見慣れた光景ではあるが、西洋風の料理ばかりが食卓に並ぶこの世界では、この一瞬こそが俺にとって至福の一時でもある。


「おお……いつ食っても和食はやっぱりうまいな……」


 人類の滅するべき魔族の頭領が店主を務めているのにその売り上げを伸ばすようなことをしているのだと思うと少し罪悪感のような物も覚えるし、サトリでも相手にしているのかとうんざりするほどの読心を交えた会話や、これを公の場に報道したら立派に名誉毀損で訴えられるんじゃないかというほどの毒舌も何回繰り返しても耳に一定の不快感を残していく。


 が、それでもそれらすべてを帳消しにしてあまりあるだけの魅力がこの世界での和食に存在しているのも、また揺るがぬ事実。俺が眠れない夜を迎える度に、街を出歩く足が自然にこの店へと向かう理由がこの和食だった。


 実を言うと、クエストマシーンと化した俺がふつうの人間に戻る手助けをしたのはこの和食だったりする。そういう意味においても、俺にとってこの和食は特別な存在だった。


 これでこの店主の人をあざけるのが生き甲斐ですとでも言わんばかりの悪魔か何かのような性格がなければ、おそらく俺はもっと高い頻度でこの店へと通うだろう。この店主の更正を俺は日々心からお祈りしております。


「……君がなにを考えているのか、よーくわかった。この食事を引き下げることで、私からの気持ちの代弁とさせていただこう。なに、安心していいぞ。金は払わなくていいからな」

「そっ、そんなご無体な!!」


 お茶碗と汁椀を手で掻き抱き、俺の心を読みとったらしい店主の文字通りの魔の手から俺の至福の一時を死守しようと離れる。


「にしても、この腕ならふつうに昼間から店を出しても儲かりそうなもんなだがな……」

「昼間は忙しいからイヤだ。私だって、これを仕事にしたいわけではないんだからな? 私の本来の職業は魔王だ。そこんとこ、勘違いされたら困る」

「……なんだよそのニートと中二病が混在したみたいな答え方」


 日本の職質で「私の質問は魔王です」って答えたら、いったいなにが起きるのだろうか。でも、この魔王のことだし、どっかのジャンクフード店でアルバイトをしてらっしゃる魔王みたいにうまく身分を隠してそう。それこそ、料理店の従業員として入ってな。


「それと、店で料理を出したのはこれが最初だが、魔王軍の中でも私が料理の腕を振るっていたことはそれなりにあるぞ? 働かざるもの食うべからず、が我が魔王軍のモットーだ」

「はぁ、そっすか……」


 つくづくどうでもいい話題だったのでおざなりな対応をしているとまた魔王から至福のひとときを取り上げられそうだったので、それをまた必死に両手で抱え込む。


「全く、私も昔はやってくる勇者を相手取るときにまずは自ら腕によりをかけて作った真心こもった料理をもてなしていたのだがな……」

「……え?」


 一瞬自分の幻聴を疑ったが、それは直後に魔王の口から紛れもない真実として語られた。語られてしまった。


「なぜかそれを見た勇者がその場で泣き崩れたり気絶したりと、勝負すらままならないような状態になったりしたものだからね。私としてもせっかくの挑戦者がいなくなってしまってはつまらないから、おかげで対外的に私の料理をふるう機会が無くなってしまったんだよ」

「…………」


 魔王のやるせない表情を全力で無視して、ふと魔王に言われたとおりの光景を頭に思い浮かべる。


 暗闇に包まれただだっぴろい空間にともされた数本の頼りないたいまつ、剣の切っ先を突きつければ返ってくる冷たい反響音。幾多の試練を乗り越えて満身創痍の勇者たちがようやくたどり着いたここは、魔王の間。


 その最奥部まで続く赤いカーペットを踏みしめ、ゆっくりと、しかし油断なく歩を進める勇者たち。それまでの嵐のような激しい戦闘とは対照的に、水を打ったように静まり返った魔王の間に、否応なく勇者たちの緊張は高まる。


 そしてついに、カーペットの奥に終わりが見えてきた。数段にわたる階段がもうけられ、周囲より一段と高くなったその場所に備え付けられたのは、勇者たちの身の丈を遙かに越える黒玉と深紅に彩られた玉座。


 勇者たちは互いに視線を交わし、変わることのない互いの決意を再確認する。最後の距離を一気に駆け抜け、その役職の名に違わぬ勇気をいかんなく発揮し、赤いカーペットを駆け抜けた勇者たちの目に飛び込んできた、最後の敵の姿。


「やあみんな、お疲れさま。ここまで来るのはとても大変だったろう。さあ、そこに座るがいい。暖かいぞ?」


 それは。


「今年はどうやらみかんの出来がよかったらしくてな。この寒さのせいで冷えてておいしいから、一つどうだ?」


 まるで、ここが自分の実家かと見紛うような光景で。


 巨大な玉座などありはしないとでも言いたげにその玉座の前にこたつを置き、そこに足をつっこんでみかんの皮を剥いている。


 どてらを羽織ってこっちゃこいとばかりに手招きをするその女性は、だが確かに夜の帳のような漆黒のマントと飾りものでない角を持っていた。


 これが、自分たちが今までさんざん倒す殺すと豪語してきたはずの悪の権化。悪逆非道の限りを尽くす魔王と死闘を繰り広げるはずだったその薄ら寒い部屋は今や部分的に家庭的な暖かみを放っており、そのど真ん中にはあの魔王が、自分は魔族を率いる王を自称しておきながらたかがこたつごときの魔性の魅力に負けて鎮座しているという有様だ。


 もう、これは……ワケ、ワカメ……。


「あー、今日も寒いな。これじゃみかんが冷凍みかんになってしまうよ……うん? 君たち、どうしたんだい?」


 魔王がそうぼやきながらみかんの皮を剥いたのと同時に、勇者たちもまた目の前で起きていることに思考がオーバーヒートし、白目を剥いて堅い石造りの床に倒れた。


 …………とある寒い寒い、冬の日のことであった。



「――――――――ッ!!?」


 瞬間的に背筋を言い表しようのない怖気が駆け上がり、俺はやっと現実に意識を戻せた。そもそもこたつがこの世界には無いだろとか、みかんを出すだけなんてことは決して料理とは呼ばないとか、そんな細かいつっこみが頭の中に浮かんでは消えるが、今の俺の恐怖を溶かすのにはいささか情熱に欠けていたようだった。


「なあ、まーちゃん」

「どうした?」

「それだけは、絶対に、やらないでくれ。今後一切、だ」

「あ、ああ……わかった」


 ものすごく念を押すようにそう告げると、熟練の戦士を相手にして一歩も引かないはずの魔王はその表情に神妙なものを感じ取ったのか、若干引き気味に俺の意見を了承してくれた。


 俺の頭の中も加えて読みとったようだが、今ひとつ理解が追いつかないらしくて首を傾げているが知らん。


 まあでも、よかった。これでその勇者が味わった謎の無力感を、誰にも味あわせないですむな……


「まあなんていうか、ユースケはずいぶんと変わったね」

「そうか? 正直、あんまり変わったような気はしていないってのに、ここ数日それ言われてばっかだぞ」

「ああ。だから私も、空気を読んで言ってみたのだよ」


 屈託のない笑顔でそう告げる魔王の表情には、なにもうしろめたいことをしたというような色は見られない。このサトリのような化け物に反省を要求するのは、どうやら不可能なようだった。


「なんつーか、かわいげのないやっちゃな、おまえ……」

「私はすべての魔族を統治する魔王だぞ。人を魅了するだけの力とカリスマを持たねばならない存在に、可愛げなど必要ないね」

「まあ、そうなったらいよいよアイドルだよな……」


 「まーちゃん L・O・V・E」なんてかかれた鉢巻やらうちわやらを身につけた魔族の男たちが、ステージ上で笑顔と愛嬌を振りまきながら踊る魔王に野太い声援を送る姿を一瞬脳裏で想像し、ゆっくりと首を振る羽目になった。


「――ほらな、言ったとおりだろ?」


 こっちもあきれたような表情を浮かべている魔王は、俺の考えていることをまたのぞき込んだらしい。確かにこいつは、あの姿に純粋なあこがれを抱けるようなタイプじゃないな。


「でもまあ、実際のところ君が変わったのは事実だよ。考えてもみたまえ。クエストと聞けばうへぇといやそうな表情を作り、パーティーメンバーが自分以外全員女子というマイハーレムを築き上げ、そのくせそれまでの苦労のおかげで装備や技術は実に充実しているから、こと戦闘においてはほかの誰にもひけをとらず、かの勇者にまで誘いを受ける有様。……ほら、以前の君からは全く考えられないような進化を遂げているじゃないか」

「……どんどん不真面目になってるのは俺の気のせいだよな? そうだよな?」

「でも、不真面目になったんじゃなくて人間味が増した、といって欲しいんだろう?」

「うっ……」


 非常にいたいところをこの魔王は突いてくる。二日前にこの世界に来たばかりのことをミーシャと話していたときのことだったか。こいつ、ほんとになんでも見てやがるんだな。


「あたりまえだろう。君は見ていて興味の尽きない人材だ。これなら、あの世界からわざわざ取り寄せた甲斐もあるってものだ」

「まあ、見返りがなかったら来てなかったけど」

「君にとっては不幸な偶然でも、私にとっては幸運な偶然だったってことだね」


 俺が口にした、見返り。今となっては数年前とも感じるあの日、俺の目の前でその痩身を壁とトラックの間に挟んで息絶えた俺の幼なじみ、結衣を生き返らせること。この世界に来た俺の第一目標にして、なによりも優先するべきこと。


 こっちの世界に来てから未だにその方法は見つかりそうにもない。3ヶ月もたってまだ何一つかすることは無いのかと、昔の俺だったらひどく狼狽していただろう。


「まあ、方法は気楽に探すしかないな」


 だが今はせいぜい、そんな風に割り切れるようになった。


「なんというか、少年もずいぶんと変わったよね」

「だから言ったろが。人間3ヶ月もたてば、それなりに変わるんだっての」

「よくも悪くも、ね」


 そう切り替えしてきた魔王に、俺は仕方なく口を閉じた。戦闘でも口論でも、こいつには勝てない気がする。


今日もまた一話投稿です!

新作のアイデアをまとめるのだ。

なんだかひと段落したら微妙なとこになっちゃいそうな予感。

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