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※改稿前の本作品からお読みいただいている皆様は、本話を読む前にプロローグ2を読まれることを強くお勧めします。
「くっそ、あの変態吸血鬼め……今度、絶対、しめてやる……」
自室のドアをしめて一つため息をつくと、自然とそんな言葉が口をついて出てきた。
が、口から漏れる怨嗟の声も、昨日と同じぐらいの血を失った後では力なく部屋に響くのみ。ベッドに倒れこんで仰向けになるだけで、普段より数割り増しで体力を持って行かれる。
「あーもう、何もしたくねぇよ……」
精神的にダメージを負ったセレスの奇行のせいで買い物どころの騒ぎではなくなった俺たちは、仕方なしに酒場に一度引っ返してからミーシャと俺の強い要望によってバラバラに時間を過ごすことになった。
ミーシャとセレスは連れだってどこかへ買い物へ繰り出したらしいが、俺だけは度重なる吸血によってごっそりもって行かれた体力がついに限界を訴え、その後数時間もの間自室のベッドにぶっ倒れる羽目になっていたのだった。ふと眼をさましてみれば、貴重な休日の日がとうに落ちたあとだったときの絶望感といったらない。
「はぁ…………」
明日からまたクエストに出かけては日銭を稼がなくてはならないというのに、ストレスをろくに発散しないままでこの貴重な休日が消えたと思うと心の底からため息が漏れてくる。
ものすごい微妙な時間帯に眼をさましたらしくて酒場はすでに店じまいをしているもんだから、朝以降何も食べていない俺の空きっ腹がさっきから自己主張を繰り返しているのもまた、俺のストレスを加速させる要因だったりする。
なまじずいぶん長い間寝ていたものだから目も完全にさえているし、おまけに腹が減っていては眠りにつけるはずもない。
ベッドの上で乱れた髪に手櫛を通しながら黙考すること3分。腹の虫が再び情けない声を上げたことで、俺の予定は決定された。
「――出かけるか」
俺たちと入れ替わりになるようにして明日が休日になるような冒険者達が闊歩する夜の町並みは、昼間とはまた違った趣があって面白い。
こうしてみれば、日本で過ごしていたときも、本当に時々繰り出していた夜の町並みに胸を高鳴らせていたものだ。
「はぁい、ボウヤ。ちょっと寄っていかなーい?」
道を少し歩いてみれば、夜の帳などかまうものかとばかりにオトナの店から煌々と明かりが漏れているのがよく見える。誘蛾灯に引き寄せられる虫みたいに道の明るい方へとよってしまっていたらしく、気がついたら面積の少ない衣装を着こんだお姉さんが、俺に実に打算的で蠱惑的な笑みを投げかけていた。
「悪いな。俺はメシを食いに来たんであって、女遊びをしに来たわけじゃねえんだわ」
「あら、そう? まあいいわ、じゃあ暇なときにでも遊びにきてねぇ」
そういって引き下がる際にさりげなく手に名刺を握らせるあたり、何とも商魂たくましいとでも言うのか。
まあ、その場を離れてしばらくしてからその名刺は上着のポケットの中でぐしゃっと握りつぶしたけど。
俺も日本にいたならば本来は高校生、健全な男の子のはずだ。そうである以上はああいう店に興味がないこともないが、今もしあんな店に近寄りでもしようものなら、翌日以降にミーシャとセレスからゴミをみるような凍てつく視線が飛んでくること請け合いである。なにかと鋭いんだよな、あいつら。
せっかく互いに信頼を築きあげてきた貴重なパーティーメンバーなのに、そんな衝動的な理由でそれを失うのは心に痛すぎる。
かといってパーティーを組んでいなかったころは朝から晩までクエストに向かっていたわけだから、そもそもこういう店の存在を知らなかったしな。
それに、なんというか、こういう理由は自分でも恥ずかしいとは思っているのだが、ああいう店で遊ぶのはなんだか、安っぽい気がするんだよ。……ええい、笑うなっ!
……えーと、うん。
まあそんな感じで、なま暖かい風の吹く夜の街をゆったりとした足取りで歩いていくと、ようやく目当ての店が見えてきた。
表通りからはずれた宿屋の隙間の道からのぞく光を放つその店こそ、俺の今回のお目当ての店だ。
睡眠不足による集中力の低下は、戦闘における効率を著しく低下させる。そういった国の方針の元、夜遅くまで店を営業し、客をもてなすのは実は一応法律で禁止されている。
だが、今日の俺みたいな人間がいたりさっきのオトナの店があるように、そういった店にも一定の需要があるのもまた事実。そこらへんは街の警備隊もある程度は理解しているようで、商業ギルドに登録をしないことを不文律にそういう店の営業を事実上許可している。まあ、このお触れは酒場とかが深夜営業をしないための予防線みたいなものだしな。
ちなみに商業ギルドに登録をしていないと、ギルド内の最新情報が得られない、国から営業認可を受けていることにならないので万が一のときに補償が効かない、などの制約がある。
だが、その手の店の営業者もそこらへんはしたたかなもので、前者に関しては提供するものの値下げをする代わりに客から情報を収集する、後者に関しては普段からの利用者が善意で補填の出資をしてくれたりするという方法で解決可能なため、事実的にその手の店もふつうの店と変わらない営業を可能にしているのだ。
俺が今から行くのもそんな店の一環で、表に面した宿屋の一角を借りて本当に小規模な経営をしている夜間限定の飲食店だ。宿屋の構造的にあいたものすごい微妙なスペースに作られた店のため、敷地(?)の半分以上を厨房として使っているような狭さだ。
「――おじゃましまーす」
建物の角につけられた引き戸を開けると、解放感とは全く持って無縁に等しいような店の壁と低い天井が俺の視界に移り、そして入り口から数メートルも離れていないような場所に取り付けられたカウンターから、からかうような艶のある声が響いた。
「邪魔をするなら帰ってくれ。営業妨害だ」
「……邪魔はしないから入れてくれ」
「はい、いらっしゃい」
なんだか客に対してふざけた対応をしてこじんまりとしたカウンターの向こうから手を振ったのは、夜のとばりより黒い艶のある髪の中に赤いメッシュの目立つ一人の女性だった。
女性とはいっても、背丈や顔の造りは俺と同じかそれ以下くらいに幼い印象がある。それを補ってあまりある女性、という認識は、一重にその女性の話しかたによるものだろう。
「わりぃなまーちゃん、こんな時間に来ちゃって」
俺がまーちゃん、と気軽に呼んだその女性は、なぜか一瞬呆気にとられたような表情をしたあとに小さく肩をすくめた。
「じゃ、そんな風に他人を、特に女性を気遣うようなそぶりができるようになったってことで許してあげようかな」
「……そんな驚くフリしててもアンタ、世界の全容をいつでも好き放題みれるだろうし、俺の行動くらい手に取るようにわかるんじゃないのか?」
世界の事象のすべてが手に取るようにわかる。人知を遙かに越えた能力を、小柄な女店主は「まあね」といともたやすく肯定して見せた。ついで小悪魔めいた笑みを浮かべ、こんな爆弾を投下してくる始末だ。
「――ああ、確かにそうだな。この私の手に掛かれば、君の行動は裏の裏まで筒抜けだ。たとえば一週間くらい前のことだったかな、夜更けに起きた君はなにやら自室でゴソゴソと下腹部のあたりを――」
「――待てっ! 待ってくれ! 降参するから!」
「はいはい、わかったならいいんだ」
思いがけない言葉にひきつった笑みで行った俺の必死の懇願は、なんとかまーちゃんに届いたらしい。
女性であるまーちゃんの口から事細かに説明されると非常に屈辱を味わうようなことを未然に防いだことにほっとする俺を余所に、まーちゃんは余裕たっぷりに手のひらをひらひらと振っている。恐ろしい女だ。
「私だって、世界を俯瞰したときに君をみるのと、実際にこうして君に会ってみるのとではリアリティがだいぶ違うからな。少しぐらいは驚いたのだって事実さ」
「どっちにしたって、今のは心臓に悪い。ったく、人をもてあそんでばっかだといずれ罰が当たるぞ?」
そう俺が言い放つと、まーちゃんは一つため息をついて「嘆かわしいね」と生意気な回答を返した。
「まあ、久々にあった人間の反応がだいぶ変わっていれば、それはそれでもてあそびたくなるのが人間というものじゃないか? ――神の罰なんて言葉とは一番縁遠い魔王が人間を語るのも、変な話だけど」
そういって、まーちゃん――俺の知り合いにして、俺をこの世界に送り込んだこの世界の魔王は、実に楽しそうな笑みを浮かべてカウンターに肘をついた。
ありとあらゆるRPGだのなんだので取り扱われる典型的ラスボス、魔王。人に仇なす魔族をとりまとめる存在として協会のお墨付きをいただいた、常闇の王。ちなみにまーちゃんというのは本人命名の偽名というかあだ名である。
今の俺では本気を出しても傷ひとつつけるよりも前に街ごと消し炭にされるような存在が、あら不思議、こんな路地裏に夜中専門の食事店を開き、勇者でもなんでもない一冒険者の俺と和やか(?)に談笑しているではないか。
なんというか、ここに至るまでには筆舌に尽くしがたい非常に凄絶なバトルがあったり、涙なしに語れない人間ドラマがあったり、俺の人生でもっとも過激な過去の話があったりするのだが、それはまあここでは割愛させていただき――
「――少年、英雄譚にあこがれて自分の過去を虚飾に染めるのが許されるのは、君みたいに魂のどす黒い人間ではなく、もっと純粋な白い魂を持つ幼い子供だからこそほほえましいものだぞ? 君がやったら見苦しいことこの上ないからやめたまえよ」
「っておい! 人の心の中まで読みとるなっ! あと、俺だってピュアなところぐらいあります! 第一、嘘なんてかけらも言ってないしな!」
大筋さえあっていれば、人はそれを嘘とは言わないはずだ。というか言わせない。
「……ああ、君がまだ童貞を貫いているところかい? 全く、この世界は君のいたところと違って貞操観念も幾分薄いんだから、捨てるべきものはとっとと捨ててしまえばいいものを。君らの神だって、余分なものを持つなと説いてくださっているだろう?」
「う、うっせー! 俺だって初めての相手ぐらいは選びたいっつーの! ってか、お前が神の言葉を語るんじゃない! しかも都合のいいように曲解してるし!」
ちなみにこの世界でいう余分なものとは、「戦闘において邪魔になるもの」だ。学校である、「授業に関係しないものは持ってこないようにしましょう」っていうあれと似てる。まあ、その言葉の重みは大違いだけど。でもその重みも、神の裁きすらおそれぬ魔王の手に掛かれば一気に路傍の石ころよりも軽くなってしまう。
「おーおー、そういうところで少年は妙に青臭いね。・・・まあ、それにしたって、かつては心を持たぬ人ならざる機械で、今は昼行灯の朴念仁なふぬけ野郎である君のことを誤解させて高評価させてしまっては、あとあと読者のみなさまが真相を知ったときに肩を落とす可能性があるじゃないか」
「俺、ずいぶんとひどい言われようだな!? ……ん? 読者って誰だ?」
「君のお得意な虚飾で塗り固められた、君の英雄譚の読者様さ。見苦しくならないようにという作者の配慮から、君の極悪非道な性格は幾分希釈されているはずだよ? それにしたって、ずいぶんとひどい性格になりそうだがな……」
「待てって、俺はそんなにひどい性格じゃないだろ!?」
「答えは神のみぞ知る、だろ? なんなら協会に行って、優しいシスターにその脆い心もおこちゃまなカラダも慰められてきたらどうだい? 一晩の天国を味わえるぞ?」
「次の日には一転して地獄だけどな? あの全身真っ白な協会の奴らと、全身金ぴかの勇者に国単位で追いかけられるなんてヤだよ」
神に仕える聖職者に手出しすれば、それは国家権力を笠に着た協会と勇者という武力の塊に宣戦布告をするのに等しい。そもそもシスターに手出しする気も全くないが、どちらにしたって協会とことを構えるのは勘弁だった。
「まあ、話を本題に戻そうか。・・・で? 苦虫を臼歯で今もすりつぶしているみたいな顔をしている君はあれか? またどこぞの乞食よろしく、私の作るメシを食らいにきたのか?」
「その根本的な原因はお前にあるんだがな? ・・・ま、そんなとこだ。ちょっといろいろあって、変な時間に寝ちまってな」
「ああ。そういえば確かに君は今日、あの吸血鬼ちゃんとよろしくやっていたね。公衆の面前であんなことができるようになったとは、君もなかなか性長してきたじゃないか」
「待て、どうみてもあの状況なら被害者は俺だろっ!? っつか、今の言いまわしに若干不穏な部分があったんだが!?」
あの瞬間に見えたセレスの表情は、どうみても血に飢えた肉食獣のそれだった。あれを俺がよろしくやられていた、ならまだしも、よろしくやっていた、と曲解できるとは、やっぱり魔族をその傘下におさめる魔王の思考回路は一般ピーポーたる俺には理解不能だぜ!
「まあ、じゃあ話はご飯を食べながらでもゆっくりとすることにしようか。ちょっと待っててくれ」
「おい、だから俺はむしろ手出しされた側なんだが!?」
てきとうに会話を切り上げて厨房の奥に消えたまーちゃんに抗議をするも、反応が返ってくる様子はない。あきらめていすに腰掛けた俺の耳に、あの魔王の笑い声が響いてきた気がした。
というわけで今日も更新します!




