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※改稿前の本作品からお読みいただいている皆様は、本話を読む前にプロローグ2を読まれることを強くお勧めします。
「うぇー、やっぱり今日は暑いです……」
「まあ、確かに日ざしは強いかな……」
「ねぇユースケ、あそこで何か食べるもの買ってきてもいい!?」
「お前は逆に元気すぎるだろ。つかお前の金なんだし、好きに買って来いっての」
近頃なかなか雨が降らないせいでバテがちなセレスに歩調を合わせていると、必須的に商店街をゆっくりと闊歩することになる。
戦闘の時の虚弱っぷりはどこへいったとばかりに食い気を発揮してあっちへこっちへ何かを買いに走るミーシャを適当にあしらいながら歩くといういつもの構図が気づけば完成していた。イノシシ討伐の臨時収入があるから、ミーシャの動きの素早さも数段増しで、あっと言う間に腕に抱えきれないほどの食料を確保していく。
「うー……」
「どうする? 日陰にでも行くか?」
「…………そうしたいですね」
ついに音を上げたセレスを連れて、日陰に用意されたベンチに腰掛ける。すると間もなく、どこかの露天から帰ってきたらしいミーシャが俺たちを見とがめて走りよってきた。
「途中で休むんならそう言って欲しいんだけど?」
「言う暇もなくお前があっちこっち飛び回ってるからだろが。っつかそんなに食べてばっかだと太るぞ?」
「ふ、太らないもん! 運動してるし!」
口に含んでいた焼き肉を飲み込んでから頬を朱に染めてそう弁解したミーシャの両手には、数々の紙袋が抱えられていた。……説得力のかけらもないんだが。
「じゃあついでだミーシャ、その運動がてらに俺とセレスに何か飲み物を買ってきてくれ」
「えー? それぐらい自分で買ってきてよ」
「……ふむ」
不満顔で俺の要求を突っぱねるミーシャ。こうなると力技でミーシャを動かすのは少し難しいので、俺は少し考えてから、ふと顔を思わせぶりに今きた道へ向けてこんな甘言を口にしてみた。
「――そういえばさっき、あっちに美味そうな飴を売ってる店を見かけたんだが」
「わかった、行ってくるっ! これ、持ってて!」
「え? いや、ちょっとまて、多すぎるだろこれっ!」
そういうや否や手持ちの食料を俺に押しつけてミーシャはどこかへと駆け出してしまったのが、手の中に積み上げられた食料の山の上からかすかにのぞけた。
「ったく、すこしは量を考えてから買えってんだ」
「……ユースケ様もなかなかひどいことをなさりますね」
「ああいう純粋なヤツは扱いが楽で助かるよ。それに、一応飴の店っぽいものはあったから嘘はついてないからな。……にしてもあいつ、ほんとに太んないよな? 戦闘の邪魔になったらめっちゃ困るんだけど」
「ミーシャさんだって、ユースケ様がいなかったらもう少し見境なく買い食いしてるとは思いますよ?」
「え? あー、まぁ俺が手綱握ってるようなもんだしな」
「………………そう、でしたね」
なんだろう。セレスの俺を見る目線に俺ではない誰かへの同情と、ものっすごいもどかしいような感情がこめられてるのがひしひしと伝わってくるんだけど。俺、何かしたか?
「まあ、そこを口にするのは野暮ですか…………ユースケ様、その手に持ってる焼き鳥をくださいませんか?」
「ああ、これか。……ほい」
「どうもですのー」
ミーシャの買ってきたものだということは誰も気にとめない。足りなければ自分でどんどん買い足していくだろうし、もし金を請求されたら払えばいいしな。
「――で、ユースケ様、私の下着はいつになったら買ってくれるんですか?」
「……お前な、実はずっとこのタイミングをうかがってたんじゃないのか」
「あら、ミーシャさんが一緒の時に申し上げてもよかったんですよ?」
「……………そりゃお気遣いどうも」
ここは両手をあげて降参しておく。確かにさっきのミーシャを思い出すと、とてもではないがあの負の感情の塊に再臨願いたいとは思えない。
「で、ユースケ様の好みは何色ですか? 純潔の白ですか? 情熱の赤ですか? ……それとも、魅惑の黒ですか?」
「おまえ、ほんっとその手の話題に関してはぐいぐい押してくるよな……」
「それは当然ですわ」
ニコニコといっさいの裏のなさそうな笑みを向けてくるセレスから、気恥ずかしくて思わず視線をそらしてしまう。
なんて言うか、こうも純粋に好意を向けられたことがなかったから、対応に困るんだよな。こういう話題をあしらうのも難しいし。
とか思いながらちらっとセレスの方を盗み見ると、この場をやり過ごす簡単な方法が思いついた。口の端が少しつり上がるのを自覚しつつ、いかにも呆れたような様子でこう告げてやる。
「でもなぁセレス、そういう話題を振る前にまずは自分の口についたままの焼き鳥のタレをぬぐったらどうだ?」
「…………え」
一瞬ぽかーんとした後にそういって口元を手で拭うセレス。たぶん、その手には焼き鳥のタレがついているはずだ。
セレスはほどなく自分がどんな間抜けな格好で話をしていたのかに気づいたのか、見る見るうちに顔を赤くしていく。
「ゆ、ユースケ様っ! 気づいていたんなら、もっと早くに言ってください!」
「いや、俺だって今気づいたんだってば」
「うあぁぁ……」
そういって両手で顔を覆うセレス。もちろん、さっきの二の舞にならないようにと手にしていた焼き鳥は食べ終え、串をベンチに置いていた。
隣の変態が沈黙したことでようやくほっと一息つけた俺が人の往来に視線を戻すと、人混みの中から飴とコップを手にこっちに駆け寄るミーシャの姿があった。っつか、自分で誘導しといて言うのも何だけど結局飴は買ってきたんだな。
「ユースケー、飲み物買ってきたよー……あれ? セレス、どしたの? ついにバテちゃった?」
「ユースケ様に辱めを受けましたの……」
「……ユースケ?」
「俺はちょっと注意をしただけだ。辱めてなんていないからな」
そう弁解する俺をミーシャはしばらくジト眼で見つめていたが、やがて何かをあきらめたような表情になると一つため息をついて話題を切り替えた。
「ま、いいけど。……ん? あれ、そこにあった焼き鳥、どこいった?」
「よく覚えてるな、お前……それなら食ったよ」
「食ったぁ!? 誰が!?」
「そこの変態」
「おいそこの吸血フェチ野郎、食い物の恨みは恐ろしいってことを教えたるからちょっと裏路地まで行こうや」
ミーシャの全身から怒気が吹き出し、周囲の人間を巻き込んでセレスにたたきつけられる。もちろんそんなものでひるむセレスではなく、なんとも神経を逆なでする言葉を並べてミーシャの烈火にガソリンを注ぐぐらいのことはするーーというのが常の反応だったのだが。
「……セレス?」
だがセレスはいっさいの反応を見せることなく、静かに下を向いたまま沈黙を貫いている。
顔を覆っていた手は膝に置かれていて何とも行儀のいい姿勢だったが、なぜかその全身から発される雰囲気に何ともいえない恐怖を感じ取れるのは俺だけだろうか。
「もしもーし? セレスさーん?」
「…………」
相変わらず沈黙を保つセレスのただならぬ態度に、俺だけでなくさっきまで濃密な怒気を放っていたミーシャまでもが不思議そうにセレスの様子をうかがう中、セレスがぽつりと何かを口にした。
「――私を、」
「え? 何だよ、よく聞こえないっての」
俺がベンチの上をセレスの方に近寄ると、ようやくセレスが何を言っているのかが耳に入ってきた。
「――私を辱めた罪、今ここで償っていただきますわ」
「はぁ?」
直後、視界がぶれてかすんだかと思うと顔の片側になにやら柔らかい感触がふれる。それが近寄った俺をセレスが俊敏に自分の膝に引き倒したのだと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「――ってお前、何してんだよっ! 俺だってこんなのされたら恥ずかし……い……」
文句をぶつけながら膝枕をされたまま上に視線を向ければ、キュピーン! と、どこぞのロボットさながらに眼から怪しい光を放つセレス。
その息はいつの間にか浅く早くなり、だらしなくゆるんだ口からはグフェヘヘとか気持ち悪い笑い声が漏れている。その顔の両脇で高速でうごめく手のひらもまた謎の恐怖を俺に呼び起こしていた。
「よっしゃあぁぁあ!! ユースケ様ゲットオォォオオオ!! このまま一気に血をいただきますっっ!!!」
「え? えぇ!?」
変態スイッチが完全に入ったセレスは、肉食獣もかくやの咆哮をあげるやいなや事態が読み込めずに唖然としているミーシャを置き去りにしてその勢いのままに俺に急接近してきた。
「――さあユースケ様、今日という今日は観念してくださいねっ!?私の気の済むまでひたすら血を搾取させていただきますよぉ!!」
「ちょい待てセレスっ! それは公衆プレイと……いや違う、それより今俺貧血気味だからこれ以上血なんて吸われたらほんとに昇天しちゃうからやめろ胸で口封じをしようとするんじゃなモガモガガ――――ッ!!?」
膝枕をされたままじたばたとモガく男性冒険者に女性冒険者がなにやら襲いかかっているという状況に周囲の男性が前かがみになったり四つん這いになったりするという、どうみても異様な光景がたまたま通りかかった警備隊とミーシャによって止められるまでの間、俺は窒息死と失血死という絶対味わいたくない二つの死に方を一歩手前まで体験する羽目になった。柔らかかった胸の感触を楽しむ暇なんてこれっぽっちもありはしなかった。
……とまあ、今の俺はこんな感じにこの異世界で生活できている。日本とはいろんなところで違いがありすぎるこの世界だけど、住めば都という言葉もあるくらいで意外に順応はできるもんだ。
剣があって魔法があって、魔物があって戦いがある。命の重みも知ったし、誰かを守ることの難しさも学んできた。仕事のあとの酒は美味いことも知ったし、鍛冶屋に依頼していた剣を手渡されたときの高揚感は今でも忘れない。
――でも、そういう世界に順応していく代わりに、次第に忘れていくこともある。元の世界での記憶、日本で十数年間暮らしていたときの記憶がその最たるものだろう。
ふと昔のことを思い出すと、まず真っ先に思い出すのは、あの日のこと。桜の舞う街道を歩きながら俺に笑いかけていた、あいつ。
――結衣。
俺の幼なじみにして、俺の目の前で息絶えた、すでにこの世にいない人間。
忘れては、いけない。
俺はこの世界に、ファンタジーの体験をしにきたわけでも、女の子に囲まれて異世界ハーレムを作りに来たわけでもない。
俺のこの世界での目的はただ一つ。
俺のいた世界では禁忌とも奇跡とも称される、運命にあらがって死人を呼び戻す、人体蘇生の手法を探すこと。
――あの日、返り血にまみれた意識で誰ともしれない存在に必死で願ったこの想いだけは、何があっても忘れるつもりはない。
夏休みは毎日投稿なのです。というわけで今日も更新します!
もうそろそろ3000PVいきそうだ……
今度こそ……今度こそ逃してなるもんか…




