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「ったく、この近未来的な技術のどこらへんに奇跡があるんだっての……」
俺がぼそっとグチを漏らすと、すぐそばにいたセレスが瞬間的に少し身をこわばらせてこう忠告してきた。
「――ユースケ様、近くに勇者がいます。少しだけ、発言に気をつけてください」
「わーってるよ。協会御用達の勇者サマだもんな。見つかったらどういちゃもんつけられるかわかったもんじゃねえ」
面倒くさそうに手を振って軽くセレスをあしらうも、セレスの顔に浮かんだ不安の色は消えそうにない。
少しあたりを見渡してみれば、たしかにその不安の対象が今、俺たちから十数メートルと離れていないところに数人ちらほらと立っていた。
一人残らず重厚な輝きを放つ金色のかかった鎧で身を包み、まるで敵地に足を踏み込んだかのような鋭く異様な雰囲気を周囲に放っているヤツらこそが、セレスのみならず俺たち冒険者たちの大半から畏怖される存在。
あの金ピカ集団こそ、この世界の宗教が生み出した対魔族用部隊にして戦闘のプロフェッショナル、テンプレチート召喚系での主人公の職業と同じ名前を持つ。
その名もずばり、《勇者》。
その中身は、魔族の殱滅をお題目に掲げるこの世界の協会が手にした、そのお題目のためだけに民衆から人員を募って結成された少数精鋭部隊だ。
俺たちが日々日銭を稼ぐのにあくせくする最中で国から全面的にバックアップを受けて日々武術や魔法の鍛錬にいそしむあいつらは、まさに魔族との戦闘のために人類が開発した《兵器》と呼ばれるにふさわしい。
その兵器が牙を剥くための舞台が、一週間に一度の頻度でギルドを通して大々的に開催される、魔族征伐戦だ。普段は何処とも知れない場所で鍛錬に励む勇者たちと冒険者が等しく参加することができる唯一のクエストとして、ギルドから多量の賞金をひっさげて大々的に参加が募集される。
だけどまあ、普段から全く面識もないような二つの勢力がいざ手を取り合って行動するのなんて、とても不可能なわけなので、このクエストは少数精鋭である勇者を数に勝る冒険者たちがサポートするという形式で進行されるんだよな。
まあ端的に言って、俺たち冒険者は勇者の露払いとしていい具合に使いつぶされるという構図をしてるわけだ。ふざけんな。
っていう感じに勇者たちに反感を抱いている冒険者もそう少なくはない。ただし、万が一にも勇者への悪口を実際に口に出してみようものなら、国家権力を笠に着た協会から社会的、物理的に制裁が容赦なく加えられることになるため、表向きはやや張りつめた空気が漂っているだけとしか見えないのだが。
まあ、そんなわけで俺としても勇者と同じ空間に居座るなんざ願い下げだ。一つ鼻をならしてから、ミーシャとセレスに外で待っていると残してその場を離れる。
……はずだったのだが。
「……ユースケ、久しぶりだな」
くるりと回れ右をして一歩足を踏み出した俺の目の前に立って俺の行く手を阻んでいたのは、整った顔立ちの中に鋭利な瞳が光る、堅苦しそうな口調の女剣士だった。屋内の証明を受けてきらりと輝くブレストプレートの上の方には、十字架と羽をモチーフにしたマークがあしらわれている。このマークこそ、俺が今まさにこの場を立ち去ろうとしている原因である勇者の一員である証だった。
「…………」
そしてさっきの女剣士の言葉からもわかるとおり、どこでなにを間違えたのか、俺は紆余曲折があってこのあまり好かない勇者の一人と知り合いでもある。……なんというか、昔の俺がものすごくうらめしい。
「…………」
「…………」
お互いに見つめあうこと数秒。
「あ、そうだ、そういえばまだ買ってない魔法があったか……」
「人の顔を見るなり全力で嫌そうな表情をしてあからさまに逃げ出すとは、いい度胸をしているじゃないか」
今さっき用事を済ませたはずの魔法購入を今一度するべきだという本能の告げるままに女剣士に背を向けて歩きだそうとした俺の肩を、女剣士の手がしっかりとつかんできた。
「……ったく、何の用だ。俺だって暇じゃないんだぞ?――シェリル」
「暇という言葉を使う前にお前は日々の不規則な生活を改善するべきだな」
「お前は俺のお袋かよ」
あきれたようにツッコむも、女剣士改め知り合いたくもなかった勇者ズの一人、シェリルはこれといった反応を返すこともない。
「まだ生きていたのか」
「口を開けばそれだな、ほんと。墓に入ってた方が俺もお前もお互い楽だったか?」
協会の手の者が聞けば、余裕で処罰対象になるレベルの発言。それを勇者に言うということは、喧嘩を売りつけたいだけの大バカかもしくは自殺志願者呼ばわりされてもおかしくはない。
だが、そこは(一応は)知り合いの仲。シェリルは軽く眉をひそめて肩をすくめるだけで俺の忠告を聞き流すだけだった。もちろん、俺もその反応を知ってて言ったわけだけど。
「お前な、人の気遣いをなんだと……まあいい、それと何回忠告したかしれないが、その話、私以外の人にはしない方がいいぞ。魔族殱滅に対する怠慢として首を飛ばされるかもしれん」
「もちろんあんた以外にこんな話はしないし、そもそも勇者様の中でそんなに話すようなヤツもいないからな」
「もし他の勇者にそんなことをお前が言った日には、私はこの剣の切っ先をお前に向けなくてはならないな」
そう言って苦笑しながら背中に吊った剣の柄に手を伸ばすシェリル。背中に吊った白亜の両手剣は、協会の威信そのものの象徴だとでも言うように鈍い輝きを放っているが、その輝きに子供のおもちゃのような安っぽさが見られないのは、その剣が実際にあまたの命を食らってきたからだろうか。
「そりゃ勘弁。っつか、ただ人前に出るってのに、わざわざそのご大層な剣まで持ってくる必要があったのか? もしかして勇者サマは協会の威信の次は実力でも振りかざす方針に変わったとでも?」
「からかうのはよせ。私だって、武力で強引に民草を導こうというつもりはないさ。今日はたまたま剣のメンテナンスをしようと思っただけだ。ほら、少し刃が欠けてしまってな」
……民草、ときたか。どうせ、協会の連中の言葉に手足の先まで浸かってるんだろうから意識はしてないんだろうけど、その一言一言が冒険者と自分たちの溝を拡大させてるってこと、こいつは理解してんのかね。
「……待て、わかったから剣を抜こうとすんなっての」
「こんな衆人環視の中で勇者が剣を抜く必要もないだろうが。それと、今度の魔族征伐戦の時は、お前たちを私のパートナーに指名させてもらうぞ。腕が鈍っていないか、確認させてもらいたいからな。せいぜい、足を引っ張らないことを期待しておく」
「……勝手にしろ」
政治的にも実力的にも圧倒的に勇者に軍配があがる以上、その影響は実際にクエストに行くときにも強く現れる。
勇者の方からパーティーメンバーを指名するというこのRPGそのものなシステムも、一介の冒険者にすぎない俺にそれを否定する権限は一切無い。
そこかしこにちりばめられた勇者と冒険者の格差という名の溝は、いつか埋まる日が来るのだろうか。
「では、次はクエストの時に会おう」
「……ああ」
そう言い残してシェリルがその場を離れると、すでに魔法を買い終えたらしいミーシャが俺のそばに歩み寄ってくるところだった。
「やっと終わったか。セレスは?」
「なんか迷ってるのか知らないけど、うんうんうなってたわね。あれだったらもうちょいかかりそう……で、今度はシェリルさんにどんなお小言を言われたの?」
ついさっきまでディスプレイとにらめっこしてたように見えたんだが、もしかしてさっきの会話はふつうに聞こえてたのか?
「や、軽く世間話をしただけ……って、あいつ、結局俺に何を言いたかったんだ? もしかして今度の征伐戦に俺らをつれてくってだけか?」
「いや、それだけでもずいぶんと大事なことな気もするんだけど? 知り合いとはいっても、勇者様から直々のお誘いがあるって相当なことだよ?」
ミーシャがややうろたえたように俺の発言を取り上げる。冒険者の中でも勇者に対する感想はさまざまで、ミーシャのように勇者と同じ戦場で剣を振るえることを誇りに思う奴もいるし、俺みたいに正直めんどくさいと考えるヤツもいるってことだ。
「おおかた、まだ俺をあの金ピカ集団の一員に放り込む腹積もりなんじゃねえか? 俺はあんな仮装集団に入るなんざまっぴらごめんだぞ」
「金ピカの仮装集団って・・・いくら知り合いが勇者にいてもその言い方はあんまりなんじゃ……」
「どれだけおべんちゃらを並べて誤魔化しても事実は事実だ。俺のもといた国であれやってみろ、笑い者にされること請け合うぞ」
「勇者を笑い者にって……怖い者知らずね」
その光景を想像したのか、ミーシャがまだ見ぬ日本人に軽く頬をひきつらせている。でもまあ、日本の価値観を持ち合わせた俺からすれば、あの格好はほんとに滑稽なことこの上ないんだな。ただし俺の格好もそれなりに《冒険者》めいているから、人のことも言えないけど。ときたま自分の格好に若干嫌気がさしたりするのもここだけの話だ。
「ユースケ様ぁ、お待たせしましたー」
「セレスか。結構時間かかってたみたいだけど、何してたんだ?」
「ちょっと新しい魔法にも手を伸ばしてみようかと思いまして、どれにしようか迷っていたんですよー。でもよく考えたら今日は買い物がこのあとあるので、見送ることにしましたけどね」
広範囲魔法を得手とするセレスの金の循環効率が俺たちよりも一段上だからこその発言。俺たちだったら、それこそ魔族征伐戦に参加して莫大な金を手にしない限りはかなわぬ夢だ。うらやましいことこの上ない。
「いいのか? せっかく戦力拡大のチャンスだったのに」
「いえ、大丈夫です。せっかくユースケ様と買い物にいける機会ですのに、そこにお金を割かないなんてどうかしてますわ」
「お前の価値観もたいがいどうかしてるよな」
吸血好きの変態だったり、自分の好意を隠すこともなく俺に向けてくるし。まあ、敵意を向けられるよりもよっぽどいいけどさ。
「自覚はありますが直すつもりは毛頭ありません」
「まあそれもわかってるけど」
自己主張の激しい胸を張って誇らしげな様子のセレスをおいて俺が歩き出すと、あわてて後ろからミーシャとセレスもついてきた。
ほんとならこの後は酒場に戻ってからゆっくりと午後を過ごすつもりだったんだけど、さっきのやりとりもあったしこれから市場に向かわなきゃならない。
でもよく考えたら、こっちにきてから休みの日のほとんどはこいつらと一緒に動いてて自由に何かする時間が取れてない気がするんだよな。それこそこっちにきて最初の方はクエストマシンと化してて休みの日なんて作るつもりもなくあっちこっちを飛び回ってたわけだし。
夏休みに入りましたので、今日から基本毎日投稿です!
あ、それと、一番最初の方で主人公がこの世界に来ることになった理由を書き直しました。ちょっと内容がグロイですので、観る時は注意をお願いします。




