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その言い方に雲行きが怪しくなっているのを感じ取ったのだろう、エミィは軽く眉をひそめ、少し声のボリュームを落としてこう続けた。
「それ、マジですかぁ? ユーくんを疑うつもりはみじんもないのですがぁ、それが本当なら、主にギルドの情報収集能力的な意味でちょっと大変なことになりますねぇ」
「マジだ。これ、見てくれ」
俺がそういって左手にはめた腕輪を外してエミィに渡すと、「では少し失礼しますねぇ」と言って俺の腕輪を傍らにおかれた機械にかけ始めた。
この腕輪こそがこの世界で魔法を発動するための必需品たるアイテムなのだが、その機能は何も魔法を発動するだけには留まらない。
魔物に限った話になってしまうが、こんな風に倒した魔物の名前や数を確認したりすることもできるし、また自分が冒険者であることの身分証明書がわりにもなる。
そうこうしているうちに確認を終えたらしいエミィが検査の結果に目を通し、軽く眉をひそめた。
「――ほんとですねぇ。アバレイノシシ、22体ですかぁ。さすがにこれはちょっと多すぎますぅ」
「最後の方はちょっとうちの変態吸血鬼がバカやらかして、撤退戦みたいなことをする羽目になっちまったから、実際に普通に戦ったらもう少し多い頭数が狩れたかもしれないな」
「んー。いくらアバレイノシシといってもそんな密度で囲まれでもしたらぁ、駆け出しの冒険者の方々にはきついものがあるでしょうねぇ……」
やはりそこはギルド最優秀の職員。同じクエストに初心者が何も知らないままつっこむことを真っ先に考慮したか。
何か思うところでもあるのか手にしたペンのようなものでしばらくカリカリと頭を掻いていたエミィは、ふと顔を上げるとこんなことを聞いてきた。
「あ、そういえばセレスちゃんは今、元気してますかぁ?」
「ああ、おかげさまでな。今朝も酒場で朝から剣を抜くや抜かずの大喧嘩をしてやがったぞ。っていうか、アンタは昨日の時点で普通にセレスの姿は見てるじゃんか」
「いくら私でもぉ、見てるだけじゃわからないことはいくらでもあるのですよぉ。でもまあ、元気そうなら安心ですぅ。若干やんちゃな気もしますけどねぇ」
そういってクスリと笑うエミィ。実は俺がセレスに初めてあった時のクエストを斡旋し、そしてクエストが終了した時にセレスを一時的に引き取って保護してくれていたのもこのエミィだったのだ。エミィにとってセレスは、実の家族のように思われている節があるのだろう。
「まぁ、昔とくらべりゃいいんじゃないか?」
「ユーくんがそれを言うとぉ、ずいぶん説得力があるのですねぇ」
「だろ?」
「そうやってナメられないような態度に出るなんてことも、昔のユーくんはしなかったですからねぇ」
「あー……そこまでお見通しだったか」
「当然なのですぅ」
そういってにっこりほほえむエミィ。俺もつられて軽く笑っていると、ギルドの入り口が轟音をたてて乱暴に開け放たれた。
「ユースケ様、おいてくなんてひどいですよ……」
という台詞は、この天気の中でいつの間にバテたのかミーシャにおんぶされたままのセレスのもの。そのセレスを負ぶっているミーシャはといえば、手をひざにおいたまま黙って肩で息をしていた。どんだけ疲れてんだお前。
「おいていかせるようなことをしたお前らが悪い」
「ユースケ様、そんな薄情な……」
しれっとした反応で俺がセレスたちを切り捨てていると、エミィがふと「ユーくん」と俺を呼んだ。
「あれぇ~? ユーくんたら、いつの間にセレスちゃんに自分を様付けで呼ばせるようになったんですかぁ? ずいぶんとやり手なのですねぇ」
「や、違うよ、こいつが勝手に呼んできたから好きにさせてるだけだっての……」
改めて傍目からみたら若干違和感のあるその点を指摘されてややしどろもどろになった俺に、エミィは「ほんとですかねぇ~?」とだけ意地悪な笑みを向けると、俺の反応を待つことなくミーシャから降りて歩いてきたセレスに向き直った。
「お久しぶりですねぇ、セレスちゃん。お元気してますかぁ? 今朝もずいぶんやんちゃしたと聞いてますよ?」
「な、なぜそれを!?」
めずらしくあわてているセレスからごく自然に目をそらしてみたが、数秒後には「……ユースケ様でしたか」とあっという間に看破されてしまった。まあ、もともと隠すつもりもないけど。
「……まあ、おかげさまで昔よりも、生きているのが楽しくなりましたよ」
「そうですかぁ。なら、よかったですぅ。愛しのユーくんに、ちゃんと構ってもらうのですよぉ?」
「そうしますね」
「ミーちゃんも、自分の気持ちには正直に、ねぇ?」
「えっ!? わ、わらしですかっ?」
いきなり名前を呼ばれたミーシャがなんかどもったり噛んだりしてる。まあさっきまでずっとセレスとエミィで話し込んでたし、とっさの反応でどもるのは仕方ないか。
「ユーくんもずいぶんと優しくなりましたからねぇ。なんだかんだ言っても、二人の手はふりほどかないはずですよぉ?」
「いや、勝手に断定すんなよ……」
「でも、事実ですよねぇ?」
「ん、まあそうだけど……」
「昔の死んだお魚みたいな目をしてたころよりも、ずっと優しいですしねぇ」
「……ま、それでもたまに前のクエストマシーンだったころのほうがいいんじゃないかって悩むこともあるけどな」
「わたしは、今のユーくんの方が好きなのですよぉ?……あ、これは別にプロポーズの答えってわけじゃないですからねぇ?」
その言葉にしばらく沈黙していたセレスとミーシャが適当な方向を向いていた首をぐるんと回してこっちに向き直るという若干ホラーな反応を示した。
「「え? プロポーズ?」」
「お前ら落ち着け、ちょっと怖いだろが。……そもそもプロポーズからしてしてないからな?」
「あれぇ? そうでしたっけぇ」
そういって軽く笑うエミィ。なんて言うか、この人と口論をしても永久に勝てないような気がする。
「ではそろそろわたしもかき込み時なのでぇ、ここらへんで失礼してもいいですかぁ?」
「ああ、大丈夫だ。俺らも今日は本当は休みだったんだけどな。さすがにやばいと思って報告だけさせてもらったってわけだ」
「なるほど、それはお手数をかけましたねぇ。じゃあ、追加の報酬は追って連絡しますぅ。もちろん、あのクエストには厳重な注意を払うように掲示をして、実地調査もしておきますぅ。もちろん、情報収集班にもお灸は据えておくのですよぉ」
「ああ。助かるよ」
自分でやったことながら、情報収集班にこれから降り懸かるであろう災難を想像して思わず背筋が冷えるような力がエミィの一言には集約されていた。
その後しばらくしてから、ギルド内に懲罰部門委員長というあだ名を持つギルドの受付嬢が爆誕するのだが、それはまた別の話。
――魔法とは、何か。
――それは、人の身にして神の奇跡を起こしうる、数少ない手段の一つである。
――では、奇跡とは何か。
――飢え乾く地に恵みの雨をもたらし、凍える人々に炎の温もりを与え、濃き闇を振り払う光を喚ぶ力である。
――では、神の使徒たる我らはこの奇跡の力をいかように使うべきか。
――答えはすでに、我らが神の御手によって示されている。人を支え、人を救い、人が人であるために。
とまあ、大ざっぱに要約するとこんな感じの内容が、どんな魔法書にも必ず書き記されているこの世界の魔法とはなんたるかの説明文だ。
文章がやや厳ついというか中二じみているのは、この世界にも存在した協会がこの文言の出所だからであって、別段俺が勝手な解釈を加えたわけではない。断じて。
まあそれは置いとくとして、俺たち冒険者が非常にお世話になっているらしい魔法という存在は、その協会に曰く古く神代の頃までさかのぼるらしい。
こっちの世界の創世記的なものをひもとけばそれこそ元の世界でいう聖書に書いてあるような物理法則を軽く無視しためくるめく神話の世界が展開するのだが、まあそれはここでは大して重要な話でもないので割愛する。
つまりなにが言いたいのかというと、この世界で魔法というのは神代の頃から連綿と受け継がれてきた、ある意味では超オールドな技術なのだそうだ。
……もう一回端的に言う。つまるところ、この世界での魔法とは、超・超・超古い技術なのだ。
「……ここに来るたびに毎回思うんだけどさ、この世界どこもかしこもファンタジー要素が詰まっているのに、何で一番重要なはずの魔法がやけに近代的なのさ?」
そうぼやいた俺の目の前には、メタリックな艶を放つ、一本の円筒が鎮座していた。
その円筒は真ん中あたりの一部分がへこんで平らになっており、淡く発光するそこには「メニューを選択してください」の文字が浮かび上がっている。いわゆるディスプレイというヤツだ。
字面だけみたらSFか何かのワンシーンみたいな《機械》が立ち並ぶこの魔法ステーションなる場所に、俺たちはその古の技術であるところの魔法を《購入》しにきていた。ファンタジーじみたこの世界で唯一ものすごい違和感を放っているこの機械にことあるごとに接触する俺の心情は同じ日本人なら推して量っていただきたい。
「なんつーか、この世界の魔法ってことごとく俺の期待を裏切ってくれるよな……」
「? どういうことですか?」
俺の独り言に、隣で同じような機械を使って魔法を購入していたセレスが反応を返してきた。
「たとえば魔法を買わなきゃ使えないっていったら、そもそも俺の世界じゃ聞かないし、魔法をぶっ放すのに魔力がいらないとか、最初はチートキター! とか言ってテンションあげまくってたんだけどな……魔法が打てなくなるのが魔力切れじゃなくて魔法切れ、身も蓋もない言い方すりゃただの金欠が原因ってさ、夢もなにもあったもんじゃねえよ……」
「は、はあ……なにやら聞きなれない言葉がいくつか入っていたような気がするのですが……」
この世界の冒険者は、自分の所持金にかなり敏感になる。というのも、魔物を倒して素材を売ったりクエストの報酬で収益をあげたりして、そこで得た金で食費や武器の整備費、そしてまた次の戦闘に必要な魔法を購入するという具合に生活に魔法と金が密着しているからだ。
そしてその魔法という攻撃から支援に回復まで多大な効果を発揮する要素を戦闘に組み込んだこの世界において、彼我の力量差を示すもの、それは最終的に魔法を入手するための金に顕著に現れてくるというわけだ。
ファンタジーの代名詞と言っても過言ではないような魔法を使用して戦うのに、頭の中では魔法にかかるお金をやりくりしなくてはならないというどうにも夢のない状況に、最初は俺も軽く愕然としたのを覚えている。
「まあ、私たち冒険者が慢性的に金欠ぎみな以上は仕方ないわよね……」
そう言って虚空を見つめて哀愁漂うため息を漏らすミーシャ。男性より女性の方が何かと金がかかるというのを聞いたことがあるので、ミーシャも少し思い当たる節があるのかもしれない。
「えっと、確かこないだ使ったシールドと、加速と、あとなんかあったっけ……」
そういいながらも俺の手は、ほぼ無意識のレベルで動かせるほど実になめらかに魔法を購入する手順を実行していく。
どこの誰が考えついたのか知らないが、チャリーン! というマ●オそのものなSEと共に魔法が買えるという光景には、最初の方は実に違和感を覚えたものだった。というか、正直その違和感は今も抜けていない。
感覚的には、電子マネーカードに現金をチャージするような感じか。ただ、魔法を蓄積しておく媒体である腕輪を直接触れさせる必要がないなど、微妙に現代日本を上回っているところはあるが。
ちなみにこの細長いアルミ缶もどき、恐ろしいことになんとさっき言った創世記の第一ページ目から登場してくる。物理法則ガン無視の読んでいて目が疲れるような文章にも平然と共存しているのだからすさまじい。しかも、初登場時から今に至るまでモデファイも変形も一切していないというおまけ付きだ。ときどき、この物体の出自について本気で悩むこともあるのもうなずけるかと思う。
本日も投稿です。
そろそろ展開の修正をしていこうかなぁと思っておりますので、今までに投稿した話の構成というか内容の変更をしていくと思います。




