切ない過去の始まり
東京都、とある住宅マンションにてのお話。
「...あぁ、急がないと担当さんとの打ち合わせに遅れちゃう」
小説家である椎名湊、いや、菊地史華は少し急いでいた。
担当者の宮代との打ち合わせである今日と言う日に、寝坊してしまったからだ。
すると、玄関のチャイムが鳴った。玄関の扉を開くと、そこには宮代が立っていた。
「...あれ、宮代さん?今日は出版社で打ち合わせの筈じゃないんですか?」
「あぁその事ね。編集長に怒られて此処に来ました」
宮代の話によると、編集長の荒瀬に、
「偶にはお前の方から、椎名先生の所に行け!」
と言われ、渋々椎名の家にやって来たのだ。
「態々此処まで来てくれて、有り難う御座います」
それもその筈だ。椎名の家はお台場方面にあり、出版社はその真反対方向にあるからだ。
「それじゃあ、奥で打ち合わせしましょ」
「お邪魔しまーす」
少しウキウキした様子で宮代は中に入った。
「...、椎名先生の部屋ってシンプルですね」
「まぁ、あまり女子っぽくないですよね?」
「こういう部屋の女子も居るもんですよ」
宮代はうろついていた時、一つの写真が目に入った。
「あれ、椎名先生。この写真って...」
「あ、そ...その写真...」
その写真には中学三年の時の椎名と一人の男性が写っていた。
「もしかして、先生の初恋の人?」
「ぅわぁああああああああああああっ!!大きな声で言わないで下さい!」
急に過去の恥ずかしい事を突かれた椎名は、顔が真っ赤にしていた。
「椎名先生にも乙女らしい過去があったんですね」
「そ、そんなに過去の話聞きたいですか?」
「是非とも、特に初恋の話」
「......分かりました、お話します。けれど、この話の結果はダメでしたけど」
「え、フラれたんですか?!」
「違います、元々結婚していたんですよ。奥さんに、お子さん二人も居て。しかも、上の子とは少し縁があったんで」
「同じ学校だったとか?」
「そういう事です」
「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
「打ち合わせですね」
「違いますよ、初恋の話ですよ」
「はいはい......」
椎名のブロック作戦は無念に敗れ、仕方なく話すことになった。