再会
「ナルキ君、大丈夫?」
同級生が心配そうに顔を覗く。ナルキと呼ばれた青年は、微笑みながら頷いた。
「無理、しないでね。」
そういって彼女は走っていく。墓前に花を添えるのだろう。
俺の幼馴染、ミーナが死んだ。あのミーナが、だ。
ミーナは、歴史上にいないであろう天才だった。
そして俺とミーナは当たり前のように比べられ、俺が大学に行ってもあいつは大学に行かず有名な会社に入ったため、その差が縮まることはなかった。
たかが幼馴染なのに、なぜ俺がミーナと比べられなければいけないのか。俺は決して頭が悪いわけでもないのに・・・。俺の自由にさせてくれ、とそういつも思うばかりだった。
そんなことを毎日のように考えていた俺の心情は昨日突然変化した。
ミーナが亡くなった、という連絡が入ってきたのだ。しかも、死因が自殺だった。
一体なぜ・・・? バラ色のような人生を送っていた彼女がどうして自殺を?
そう思う一方で、これで、俺の人生も救われる、と喜んでしまった。
しかし・・・実際は救われるどころか、逆に重みになってしまった。「ミーナちゃんの分もしっかりしなさい」「ミーナの代わりはあなたよ」
そんな言葉を周囲から聞きながら、ミーナの葬式は終わった。
同時刻。
幼い少女が小さな歩幅で何かに逃げるかのように走っていた。頭に被ったフードからは地面につくのではないかというぐらいの長い髪が垂れている。少女は走るのをやめ息を整える。
「早く・・・行かなくちゃ・・・――」
少女とは思えないしっかりとした言葉はどこか凛とした女性の姿を思わせるのだった。
第一章:再会
ミーナの葬式が終わって一週間。いつもの日常に戻りつつあるように見えるがナルキにはやはり覇気がなかった。それにクラスメイトも気づいていた。
「ナル君、元気だしなよ。」
「そーだぞ、ナルキ。くよくよしてんじゃねー。」
クラスの中で一番中のいい二人・・・カナとルシムが話しかけてくる。
「別に。くよくよしてねーよ・・・」
「くよくよしてんじゃねーか。えーと、あれだっけ? まだその・・・――」
「ミーナさんね」
「そう。その子のこと気にしてるんだろ? お前のせいじゃないんだから気に病むなよ。」
「違うよ・・・。」
「じゃ、あれか。あの子のこと好きだったのに告白できなかったとか?」
「違う!!」
ルシムの言葉にナルキは大きな声で反論した。ルシムがそれをみて笑う。
「そーそー。そういう風に元気じゃねーとな!」
「お前・・・いつか俺の車で引いてやるよ。」
「怖いですな~。」
こんなふざけた調子でも励ましてくれているのだ(本当にそうかは分からないが、そう思っておく)。ナルキはそれ以上何も言わなかった。すると、カナがムスッとした顔でルシムの耳を引っ張った。
「今のはルシム君が悪い! 全く!! ナル君、あまり溜め込まないようにね!」
そういって、ルシムの耳を引っ張ったまま、教室を出て行った。あのままどこに行くのだろうか・・・。そんなことを思いながら、ナルキは二人に感謝していた。
この一週間、あの二人にはずっと励ましてもらっていたのだ。もし、あの二人がいなかったら、ここまで回復していなかったであろう。
「・・・ありがとう。」
当人達はいなかったが、ナルキは小さく呟いた。
「さ、てと。次の授業の準備でも・・・」
背伸びをしてふと窓の外に視線を向ける。すると校門のところに、小さな女の子がいるのを見つけた。フードを被っていて顔はよく見えない。
「何でこんなところに・・・? 誰かの妹か?」
そう呟くと、女の子がこちらを見た気がした。
放課後になっても彼女はそこにいた。
ナルキはちらちらと彼女を見ていたが、彼女の親族らしき人物は一向に現れなかった。
(俺の知っている子だっけ?)
彼はそう思い、記憶を探るが該当するものはいなかった。
「んー・・・」
考えて、ナルキは彼女のところへ行く事にした。あの視線がとてつもなく気になったのだ。
階段を下りて、校門に向かう。
そこにはやはり女の子がいたが、ナルキの姿を見て、反応した。
ナルキは驚きながらも、彼女と同じ目線で話しかける。
「何してんの?」
しまった、この話し方はおかしすぎる。
心中で叫んでいると女の子は大声を出して笑った。
「?」
「ナルキ、久しぶり」
「久しぶり? 俺は年上を呼び捨てするような年下は知らないぞ。」
彼女を睨んだが、俺の名を知っている事に気づいた。この少女は一体誰なのか・・・。
「私は知ってる。」
「俺は知らねぇよ。」
「あんたも知ってるよ。」
「生意気だな・・・。」
生意気な少女はフンッと言い、ナルキの手を引っ張った。どこかへ連れて行こうとしているのだろうか。しかし、幼き少女の力では彼を一歩も動かす事はできない。
「どこに連れて行こうとしているんだよ? ってか、誰だよ?」
「いいからついて来て。後で話すから」
「今話せよ。知らない人にいはついて言っちゃいけないんだぞ!」
「こんな子供が誘拐みたいなのするわけないでしょう!!」
少女が怒鳴る。餓鬼にしては口が達者だな、と思う。
「いいから来なさい!」
「嫌だ。」
「あーっ! もう!!」
彼女がそう叫んだとき、強風が吹いて彼女のフードを勢いよくはずした。長い髪がフードから現れる。
「え・・・――」
ナルキはその少女の姿を見て思わず声を出した。
ツインテールの髪型、目が少しつっていて、無愛想な表情。
「・・・・・・ミ・・・ーナ?」
幼いころの彼女にそっくりだ。いや・・・見た目は全く違う赤の他人だが、雰囲気がどこか似ている。
しかし、そんなことはあるはずない。
「いや・・・いやいやいやいやいやいやいやいやいや。ありえねーって!」
困惑した彼はものすごい勢いで首を振る。一方、彼女は慌てていた。
「ヤバイッ・・・!!」
彼女は何かに隠れるかのように急いでフードを被った。
「急がなくちゃ・・・!」
「ど、どうしたんだよ?」
「早く・・・っ! ナルキ! 急いで!!」
「な、何がだよ!?」
「お願い! ついて来て!」
少女が必死に引っ張る。そして、一言。
「私を守って!!」
「!!」
その言葉にナルキは目を見開いた。彼女の瞳が揺れている。
ナルキにはその姿が・・・ミーナと重なった。
「・・・・・・分かった。」
いつの間にか頷いていた。少女は「ありがとう」と、目をこする。
「どうすればいい?」
「・・・車、あるよね?」
「あー・・・・・・ある。」
ポケットから車のキーを取り出すと少女は「じゃあ、車に」と言った。
「え・・・?」
一瞬教室に置いたままの荷物のことを考えたが「ええい! 諦めろ!」と、少女を担いで彼女に言われたとおり車へと急ぐのであった。
ピピピピピピピ!!!
「ミーナの行方を発見。どうなさいますか?」
「場所を詳しく表示せよ。他の者達は・・・直ちに向かえ!」
「はっ!」
モニターにはツインテールの少女が映っていた。
「フッ・・・。幼馴染のところへ逃げたか。だが逃がさんぞ・・・ミーナ。」
暗闇の中でニヤリ、と男が笑った。
第二章:逃走
「えぇ!?」
車に乗ったナルキは耳が痛くなるくらい声を上げた。少女の目が狼のように鋭く光る。
「うるさい。頭に響くわ。」
「いや、うん。ごめん。・・・で、なんて言った?」
「だから、千キロぐらい離れたところにいくわよ。」
「せ、千キロ!? 無茶言うなよ。」
「いいから行きなさい。とことん付き合ってもらうわよ。」
「へーい・・・」
ガソリン足りるか・・・?
そんなことを考えていると、黒い服を着た男たちがこちらに向かってきているのが見えた。
「何だ?」
「早く出して!」
「え?」
「早く!!」
少女が叫ぶ。ナルキは状況が理解できなかったが、とりあえずアクセルを踏んだ。そして、周囲の人に当たらないように気を配りながらバックをし、外へ向かう。ミラーをみると、男たちが慌てていた。
「全くどういう状況!? あの男たち誰なんだよ?」
「落ち着いたら話すから、今は逃げて!」
「あー! もう、何で引き受けちゃったかな、俺」
後悔しながらも、アクセルを精一杯踏む。もちろん、違反にならない程度に。
十分ぐらい走っただろうか。追いかけてくる車らしきものは一切なくなった。
「ふう。運転も楽じゃないな。腰が痛いよ」
「まだそんなこと言う年じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけども」
ナルキは口を尖らせた。隣では少女が笑っている。
「ところで、もうそろそろ事情を話してくれませんか?」
彼女の笑い声にムッとして、話題を変えた。
「ふふふ・・・。そうね。全て話すわ。」
ピタリ、と笑うのをやめて、彼女は足を組んだ。
「今から話す事は全て本当。ありえない話でもありえるから」
「お、おう。」
よく分からないが、とりあえず頷いた。
「まず、私について話すべきかしら?」
「ま、まてよ。運転しながら話なんて聞けないよ。事故するだろう!?」
少女の言葉を途中でさえぎる。ナルキは、二つの事を同時にするのは苦手だった。
「そう・・・ね。でも、立ち止まっていたら追いつかれるかも・・・いや、その裏を考えると・・・――」
ブツブツと言い出す少女。少し不気味だ。
「いいわ。でも一時間だけ。その間に話す。」
そこのカフェにでも入りましょう、数百メートル先にある喫茶店を指し少女は言った。