second3‐初仕事‐
「死んだ人間の…記憶」
もしかすると僕は一度、死んだことがあるのかもしれない…。
「まあ、純粋で健全な記憶は回収するだけだ。ただ…」
アシェルは一呼吸置く。
「あまりにも強い怨みやら悲しみを持ったまま死んだ記憶は、自我を持ち人を襲う。標的は主に怨みやらの矛先にあたる人物だ」
…なるほど。
って…
「待て待て。よく分かんないのはこっちもだよ。なんでそんな話を僕に?」
ばったり出会っただけ(?)の僕に、だ。
「なんで…って。
お前、俺様が見えてんだろ?なら決まってんじゃねぇか」
「決まってないよ。粛正人だかなんだかの定義が人間の僕に―」
「ああそうか忘れてた。いやな、本来人間には見えない筈の粛正人が見える人間は、」
…。
何だ…?
「記憶の器…だってな」
「記憶の…ウツワ?」
器どころか、僕には入れる程の記憶はないぞ。
「さっきも言った通り、俺様達粛正人は記憶を収集・削除する。特に削除ん時、粛正人単品じゃあ追っかけ回さなけりゃいけねぇ訳よ」
…まあ自我があるんなら当たり前か。
「で。
器がいたら、その器に逃げかけの記憶を収めといて、その上で削除出来るんだ」
…。
…はい?
つまり、それは、何だ?
「…僕に記憶の囮になれと?冗談じゃない!なんで此所を歩いていたってだけで僕が巻き込まれなきゃいけないんだ!大体僕はその粛正人とかって奴だって…」
「うっせぇな、俺様だってこんないかにも卑屈野郎が記憶の器だなんて嫌だっつの。
いいか、記憶の器に成るものは、記憶を失ってなけりゃならねぇ。お前もそうの筈だ。もしこのまま器として働いたら、」
奴は今の今まで僕の首にくっつけていた鎌を引っ込めた。どうやらもう抵抗しないと悟ったらしい。同時に僕も立ち上がると、冷や汗をかなりかいていた事が服の張り付き具合ではっきりわかる。そしてアシェルは再び話を続けた。
「働いたら、失われたお前の記憶を呼び戻してやろうじゃねぇか」
「!」
記憶。
それは、僕が完璧に諦めていた物。
記憶。
それは、僕が落としてしまったモノ。
でも。
「…要らないよ」
「あぁ?何だと!?」
僕は下を向いたままで首を振った。
「記憶なんて要らない。僕は今の生活で充分暮らしていける」
そんな僕を見てアシェルは呆れた顔をし、その後溜め息を吐く。
「…だからさ、卑屈すぎなんだよお前イライラするな。記憶が戻ったらもっとこう…うーん…ほら…」
思い付かないんだな。
しかし、見た感じこいつは本気で困っているようだ。まさかここまでされて、あの浮遊は現代日本の素晴らしい技術によるワイヤーアクションだったなんていうまい。
…記憶が。
僕の、失った時間が。
戻ってくる。
ここは悩むべきなのだろうか。
「おい」
何だかんだで考え込んでいた僕を、アシェルは一声で戻した。
「お前には悩んでる時間もねぇ。決心してようがしてまいが早速初仕事に行かなきゃだ」
「そんな…勝手過ぎる!僕にも都合ぐらい…」
「抵抗するなら」
次の瞬間、僕は凍り付いた。心臓が、声が、一瞬動きを止めた。
「強引に連れて行く」
先程は首にくっついていた鎌が、今度はその大振りな刃で僕を真っ二つに出来る位置にある。僕は直感で、こいつの様な類の生き物は卑怯だとかいう言葉を知らないのだと知った。
「…だから、僕も下手したら怨みも無い相手に殺されるようなことは…
っ!?」
次の瞬間だった。
僕の足は地を離れ、空を蹴る。風が異様に顔に当たり、重力という物が僕の存在を拒否したような感覚。
飛んでいる。
「言っただろが。初仕事、行くぜ」
奴は僕の服の襟を掴んで飛んでいたのだ。
その状況を理解するのに、10秒。
「うわあぁああ!?」
自慢ではないが、僕は高い所が苦手だ。恐らく一年前までもそうだったに違いない。
「ちょ、ちょっと!?僕はまだ協力するなんて―」
「うっせぇ!俺様が良いって言ってんだから良いんだよ!!」
んな無茶な…
僕はもがこうとしたが、もう地面から数10メートル離れていたことを思い出し、やめた。
「ってゆうか、僕はまだあんたの事も粛正人とかいうやつのことも全然…っ」
「そのうち分かる!黙ってついて来やがれ!」
もうだめだ…。こいつには人間の理屈は通じないらしい。
…待てよ。
服掴まれてるんなら、いつか服が脱げて落ちるんじゃ…。
もう、記憶がなんたら以前に死亡の危機だ!
こうして僕と、粛正人アシェルの奇妙過ぎる生活が始まったのだった…。
って言うか、誰か助けてくれ!




