second2‐粛正人‐
僕は。
僕はその光景に、尻餅を着いた。気圧されて、重力への抵抗が困難になったのだ。
死神は僕に気が付いたのだろう、こちらを向いた。
よく見ると顔は人間とそう変わりはない。その顔にはおかしな刺青をしていて、右頬にシャープ、左頬にフラットの記号が彫ってある。髪はとても奇妙で、左側がぼさぼさで黒く長髪、右側は整った、金色の短い髪だ。骨だけの部分も左の腕と脚だったことに気付いた。そう、そいつは真ん中で分けて、右側と左側が全く別なのだ。
死神は浮いたままでこちらに向かって来て、僕の前に着地する。
…殺される…
恐怖は無くても痛みはあるだろうと悟り、身体は自然に強張っていた。目がしっかりと閉じられ、歯を食いしばる。僕には走馬灯を作れる程の思い出は無いので、このまま楽に逝けるだろうと思った。
が。
「…お前…」
死神はその手に持つ鎌で僕の身体を八つ裂きにするかと思いきや、語りかけてきた。
「…もしかして、もしかしなくても、俺様が見えたりする訳?」
…?
何を言っているのか理解出来なかった。
お迎えじゃないのか?
僕は瞑っていた目をそっと開き、そいつを見た。
すると、状況を確認する暇も無く僕は言葉を失った。
鎌が。
死神の巨大な鎌が、僕の首にぴたりとくっつけられている。
「……!」
「ウンとかスンとか言えよ。見えてんだろ?」
…、
スン。
…いや、それはさすがにやめておこう。本気で首の危機だ。
「……誰、だ…」
緊張も最高潮に達し、うわずった声をやっとの事で絞り出した。
「…あ?
なんで俺様が先に自己紹介なんざしなきゃいかねーんだよ。自分からしろ自分から」
「…」
こいつ…。
「…僕は、僕だ」
「は?」
「だから、名前」
反応は人間と同じようなもんだった。こいつ馬鹿にしてるのか?とでも言いたげだ。
「…なんだかわからんが」
死神は続ける。
「そんなに構えなくても俺様は別にお前を殺しに来たわけじゃねぇ」
…。
少なくとも鎌を僕の首に当てている奴の言い草じゃないな…
「俺様はアシェルという。どうせお前は俺様の事を死神とでも思ってるんだろうが」
ぎく。
「違うぜ。俺様はな、
粛正人ってんだ」
…粛正人…?
いや、聞き覚えはないな…。
僕は黙って、尻餅をついたままの体制で死神…
もとい、粛正人アシェルを見上げた。
それ以前に、僕は何故こんな理解不能な物体と対話できているのだろう。
「粛正人ってのは、人間の時や記憶を刈る仕事だ。つっても、もちろんその記憶の所持者が居なくなったもの…つまり、死んだ人間の記憶だけだがな」
「死んだ人間の…記憶」
もしかすると僕は一度、死んだことがあるのかもしれない…。




