second1‐出会い‐
人は弱い。
だからこそ、自分を失う。
僕はこの方1年程、記憶が無い身だ。原因は事故らしい。
無くした当時は身分証明書は持っていなかったので自分の名前は知らないし、歳も分からない、住所ももちろん覚えていない。
なので人には年齢を聞かれるととりあえず1歳と言っておくのだ。住所は、現住所。
名前。
名前は。
…、
「僕」
で良いだろう。
僕は行く当ても無く、記憶を失う前に持っていたらしい財布の中の金を元手に、安いアパートを借りて慎ましく生活している。
住人はみんな優しいし、たまにお裾分けなんかも貰えるから不自由は何一つない。
毎日が平穏。
毎日が平和。
それで良かった。
自分の記憶を探ろうなど、考えたこともなかった。
これからも、平穏な日々しか続かないと。
…思っていた。
思ってはいた。
でも。
突然。
それは本当に突然で。
奴は、
勉強机の引出しの中からでもなければ、
おかしなランプの中からでもなく。
出現したのだ。
途方も無く遠く、
気が遠くなる程現実離れした、
「そこ」
から。
それは、暗黒と称するに相応し過ぎる程の闇夜。もう何時間、外を歩いただろう。
もう何時間、上を見上げているだろう。
退屈だ。
バイトの日以外はずっとこうしている。何せ、やることが無いのだ。
ファーストフード店のバイトなんてあまり良いことはない。強いて言えばポテトとバーガーで食費が浮く、という事くらいだ。
…そろそろ、まともな会社に就くべきだろうか…。
こうして夜道を散歩する事は僕の趣味の一つだ。こうしていると、
「自分」
という存在が濃くなる気がする。
完璧なる孤独。
完全なる静寂。
その中でだけ、僕は
「自分」
を感じられる…。
「ふぅ…」
そろそろ家に帰るか…。こうしているとキリがない。
僕はいつものコースをゆっくりと、歩く。まるで、そう、永久に辿り着かなくて良いという様に。
いつもの公園に差し掛かり、西側の出口から出ようとする。
すると。
人が、居た。
僕が先程まで眺めていた空に、
浮遊して。
「…………!」
僕は、自分がこれから死ぬのだと悟った。
何せ、その
「人」
は。
骨しか残っていなかった。
骨だけの腕で巨大な鎌を持ち、僕の目の前で浮遊するそいつは。
紛れも無い、絵に描いた様な死神。
「ぁ…………」
声が出ない。
あまりにも現実からブっ飛んでいるその目の前の光景は、
恐怖というよりも、
畏怖というよりも。
美、だ。
僕は死ぬ事は怖くない。記憶が無いのに、他に何が残っているというのだろう。
しかしそれはもう…
言葉に喩えられもしない、夜をさらに深めた様な美しさだ。




