甘党剣士と笑い上戸姫
夏休みが始まって、もう気がつけば3日も経過してる!このままじゃすぐに夏休みなんか終わっちゃうよね?何だか焦って、『あっそぼー!』って皆にメールしたんだけど
智代からは『ごめん、今日は無理』っていう素っ気無いメールが来て、奈々子からは『ごめん、里奈!今日は無理だよ・・・ごめんね?』っていう可愛いメールが来て、志保からは『私今北海道!』っていう羨ましいメールが来て・・・。
あぁ、誰も遊んでくれる人がいない。
でも!私は一人でも外に出るよ!お母さんからお小遣いも貰ったし!お盆におじいちゃんとおばあちゃんからお小遣いがもらえるっていう、ちょっと悪い考えもあるよ!
だから、私は今日結構色々買い物しちゃおうかなぁあああって気が満々だよ!でも、やっぱり一番の目的は、ここです!ここ!私は携帯をいじりながらニヤけてしまう。地元の駅にこの前新しくオープンしたカフェで、色んな種類の紅茶に、季節のフルーツとかをそれはもうふんだんに使ったタルトが食べれるんです!あー美味しそう!涎が!涎が止まらなーい!
ほんとは皆で食べに行きたかったけど、それはまた今度ということで・・・。私はニヤニヤを押し殺しながら駅前まで歩き始めた。
目的のカフェは駅近くのビルの一階に入っている。お店自体が凄い可愛いんだよ!あぁ、何が食べられるんだろう。何食べようかなぁ!
オープン仕立てだからもっと込んでるのかなーって思ったけど時間帯をずらしたせいか、そんなに人は入ってなかった。私は店内を少し見渡して、ショーウインドウに釘付けになる。
うわあ。どうしよう。どうしよう!美味しそう!
背の高いシフォンケーキとか、シンプルなショートケーキとかも置いてあるのだけど、何よりもまずはタルト!あぁ、何ということでしょう。匠です。これはもう匠の仕業に違いがありません。うわぁ。タルトからはみ出る位、これでもかって乗せてあるパイナップルのタルト。ゴールデンパインだって!ほんとに黄金に見える!あぁ、涎が!!タルトの真ん中には真っ白なホイップクリームにパイが刺さってる。あぁあ。美味しそうだよぉ!!
ひいい!!怖いよお!!タルトの上に瓦みたいにメロンのスライスが敷き詰めてあって、その上にこれでもかってくらいカットされた桃が乗ってるよお!!!食べたい!なんとしてでも食べてみたいよ!!あぁ!こっちの生の白桃と、シロップ漬けになった桃が溢れんばかりに乗せてあるのもいいなぁ!!あぁ、こっちの見て!グレープフルーツがね、一粒ずつ丁寧に剥かれてタルトの上に敷き詰められてるよ!?こんなの美味しくないわけがないよ!?何なの!?
私は頭を抱えたかったけど店員さんとほかのお客さんに引かれてしまうので必死に我慢した。思わずバッグから財布を取り出して中身を確認する。ううん、家出る前に確認はしたからしっかり入ってるの。樋口一葉さんが。だから、食べられるの・・・。た、食べようと思えば全部食べられ・・・いやいやいや、里奈。落ち着かないと。いくら私でもタルトを4個は無理・・・無理・・・じゃあない!!無理じゃない!!あぁ、何ということでしょう。別腹!!甘いものは別腹なのです!!でも高い・・・一葉さんとお別れしないといけなくなっちゃう・・・。
ここは我慢して・・・に、2個にしよう・・・。紅茶とケーキorタルトのセットで980円らしいし・・・。それに単品でもう1種類タルトを頼んで・・・。あぁ、どれにしよう!?
もう楽しくて仕方がなかった私はケーキに釘付けになっていた。だから新しくお客さんが入ってきたことにも全然気がつかなかったようだ。そのお客さんが私に気がついて「え」って言って固まっても、私はしばらく気がつかなかった。
でも何となく視線を感じて、ようやっと私は顔を上げてそのお客さんを見た。
「!?あれ、遠藤君じゃーん!」
固まったように動かないまま私を見つめてたのは同じクラスの遠藤信夫君だった。
うちのクラスにはサムライがいる。うん、いきなり何を言い出すんだって感じだと思うけど。見てもらったら納得してもらえると思う!うちのクラスの男子の中でもかっこ良さで五本の指に入る・・・らしい、4人組の男の子達。いつもクラスの後ろで固まって話していて、とにかく楽しそうにしてる。でも、自分たちからはあまり私たち女子には話しかけてこないし、話してる時はあれ?この人いつも後ろの方で騒いでる人だよね?って思う位すごーい落ち着いた雰囲気になる。・・・っていうか雰囲気がすごい固くなるの。だからついたあだ名がサムライ。メンバーは神谷礼君に矢野昌也君、前橋奨君に・・・遠藤信夫君。そう。そのサムライメンバーの中の一人が目の前に立っていた。
たぶん4人の中じゃ一番おとなしいんじゃないかな?剣道部で、いつもは裸眼だけど授業中だけ眼鏡をかけてる。一部の女子からは異常な人気・・・らしいよ!
とにかくそんな遠藤君が気がついたら目の前に立っていた。私がここにいることに驚きを隠せないみたい。暫く固まってたけど、ようやく立ち直ったのか、話しかけてきた。
「中村さんじゃん!うわ、偶然だね」
???遠藤君顔まっかっかなんですけど。どうしたのかな?
・・・あぁああ!!分かりました!里奈分かりましたよ!!探り探り遠藤君に話しかけていく。
「ねー!遠藤君一人なの??」
「あぁ、うん。まぁ」
「そっか!私もー!!遠藤君もお茶しに来たの??」
「・・・うん」
「あ、ホントにー!?ね、これ凄いよねえ!?」
言いながらショーウインドウを指差す。ぎくしゃくしてた遠藤君が、ショーウインドウに視線を移すと・・・あ、ちょっと嬉しそうに笑った!
もう私には分かったよ。何で遠藤君が一人でこんなところにいるのか!!きっと遠藤君は一人でこっそりこのお店に来たんだ。そしたらまさか、クラスの女子がいるなんて!!ってことなんだと思うんだ。つまり、遠藤君はスイーツが好きな男の子なんだ!!こっそり来たのに、クラスの女子が居たらそりゃ固まるよね・・・。うぅ、悪いことしちゃったな。
クールなイメージの遠藤君からはちょっと想像ができないけど、同じ甘いもの好きの私には分かるよ!タルト見てニヤニヤするの抑えられないよね!?分かるよ!!
私はもう一方的に親近感が湧いてしまった。遠藤君に夢中で話しかける。
「これ、美味しそうだよねえ!?私どれ食べようか決められなくてね、このパインなんてすごいよねえ!?でもね、こっちはメロンとね、桃が乗ってるでしょ!?絶対美味しいよねえ・・・こんなに乗せて大丈夫なのかなぁ!?」
遠藤君は驚いた顔をしたけど、またふっと笑った。遠藤君のこういう笑い方珍しいな。
「・・・こっちオススメ。この組み合わせ、ここでしか出してないオリジナルメニューになってるから」
そういって遠藤君が指差したのは桃といちじくのタルトだった。
「え!?そうなんだ!?あぁ、どうしよう・・・私これとこれに決めてて・・・あぁ、でもこっちも食べたいなぁ・・・」
私は途方にくれてしまう。そんな私を見てまた遠藤君がふふっと笑った。
「次の楽しみにとっとけば?・・・中村さんはここで食べてくの?」
「え?うん!あのね、セットで頼もうと思って・・・」
「ここ、紅茶もかなり美味しいからさ。フレーバーものも結構そろってるし」
「・・・詳しいんだね?」
遠藤君は喋りすぎたと思ったのか、しまったと思ったのか少し視線を外していった。
「・・・代官山の方が本店じゃん?・・・割と行くからさ。・・・頼まないの?」
そういって遠藤君がショーウインドウを指差して私は慌てて店員さんに注文した。
私はウキウキ気分でテーブル席に座る。オープンしたての店内はピカピカだ!!メニューを見ながら紅茶とタルトを待つ。
注文を終えた遠藤君が入り口近くのカウンターに座ったのを見て思わず声を上げる。
「え!?遠藤君、こっちこっち!!」
私が手招きをすると遠藤君はぎょっとした顔をしたけど、すぐ立ち上がった。そこから恐る恐るといった感じでこちらに近づいてくる。
「何で?せっかくだし一緒に食べようよ!」
「あ、うん」
あれー??私あんまり好かれてないのかなー??ちょっと悲しいなぁ!確かに私は声もでかいし態度もでかいので、遠藤君とは対極にいるもんなぁ。でも、私は遠藤君と仲良くなりたいなと思い始めていた。
「遠藤君、甘いもの好きなの?」
遠藤君ははっとした顔をしたけど、また少しだけ微笑むとそうなんだ、と言った。
「まぁ、あんま周りには言ってないけど。だからこうやって一人で食べに来てるよ。
・・・まさか中村さんがいるとは思わなかったけど」
「私もね!!遠藤君とここで会うとは思わなかったよ!!あっは!!・・・あ」
・・・あぁ!!またやってしまった!!私テンション上がると声がでかくなるんだよなぁ。笑い声でかいし・・・。周りに居たお客さんがちらっと視線を投げかけたのが分かる・・・。あぁ、ごめんなさい。思わずうつむく。
「ご、ごめん」
「何が?」
「私うるさいよねぇ・・・。ごめん、楽しいとね、どーしても声大きくなるのね?」
あぁ、恥ずかしすぎる。子供じゃないんだから・・・。
「・・・あはは!!」
ぎょっとして顔を上げると遠藤君が爆笑していた。え!?何で??
「・・・うん、知ってる」
ひとしきり笑った後、にっこり微笑んで遠藤君がそういった。・・・そ、そうですか・・・?
「美味しい・・・ホントに美味しい!!」
まずは2つのうちの1つ、ゴールデンパインのタルトを食べてみる。たまらなーい!!あのね、果肉をね?噛むと果汁がじゅわーーーー!!って!!甘くてすっぱくてすごいいい匂いがして!!タルトがサクサクっとしてて、カスタードクリームが濃厚で!!ああ、幸せすぎるよ!!超美味しい!!
「ほっぺが落ちる・・・」
言いながら頬を押さえたらまた遠藤君が笑った。
しかもね、私はね・・・私はもう1個頼んでいるのですよ!!見てください!!横にあるのはですね!?メロンと白桃のタルトです!!ギャーーー!!目に毒!!ううん、嘘。もっと見たい!!見て!!目の前にタルトが2つ!!どうしよう!?え?うん、食べる!!信じられないことに、タルトはどんどん減っていく。何で!?私がバクバク食べているからです!!うわーーーん!!
遠藤君が頼んだのはさっき言ってた桃といちじくのタルトだった。これもすごい美味しそう!!今度はこれにしよう!!なんて浅ましくも思いつつ、自分のタルトをほおばっていく。
ふと、気がついて思わずフォークを操る手が止まる。・・・遠藤君はまだタルトを半分しか食べていないのに・・・り、里奈はすでにタルトを1つ完全に食べきった上、すでに2個目も食べ始めている・・・だと!?怖い。私は自分の食欲が怖い・・・。・・・っていうか私・・・恥ずかしすぎる・・・。
でも美味しい!!メロンと白桃のほうもね、どっちも水水しくって、でもしっかり甘くって、口の中でじゅわぁって広がって、あぁ。もう半分しかない。馬鹿な。
「・・・ほんと美味しそうに食べるね」
私の食べっぷりに遠藤君もあきれてるに違いない。お恥ずかしい限りです・・・。消え去りたい。中村里奈は今すぐここから消え去りたいです。何が楽しくて食いしん坊万歳なところを遠藤君に見せてしまったというのか・・・!!
愛想笑いを浮かべた私を見て、遠藤君は食器を少しこちらに近づけていった。
「・・・これも一口食べてみる?」
うわーーーーーん!!食いしん坊万歳どころじゃないよおお!!!私はもう遠藤君の中で「もう食べられないよ君」に認定されちゃったよお!!あ、ちなみに「もう食べられないよ君」っていうのは私が勝手に設定した『大食いの人』の呼び方です。ほら、あの人たちって食後「もう食べられないよお・・・」って言いそうじゃないですか。
私はこれ以上ないくらいみじめな気持ちだったけど・・・でもしっかりとフォークで一口分をもらってしまっていた。ほおばる。ガッデム。くそう。美味しい。
ニヤニヤしてしまう私を見ながら遠藤君も何故か微笑んでいた。
まさかの番外編です。
作中のカフェは実在のカフェがモデルとなっています。
「笑い上戸」はお酒が入るとよく笑う人のことを一般的には指す
と思うのですが、お酒が入っていなくてもよく笑う人のことも
「笑い上戸」と呼ぶらしいです。