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泣かないでいてよ

作者: 恵奈
掲載日:2026/03/18

高校バスケ部。

 





 彼女は、俺と初めて会ったときのことを覚えているだろうか。


 彼女は泣いていた。

 大きな目から大粒の涙を行く筋も流して。



 高校の入学式の後。

 俺は中学の時からの先輩に誘われてバスケ部の見学をしていた。3時ごろ、親から早く帰るように言われてたことを思い出して帰ろうとしていたときだった。

 正面口の4,5段のちょっとした階段のところに一人の女生徒がうずくまってるのに気づいた。

 ゆるいウェーブのかかった長い髪。薄いブルーのワンピース。

 その後姿がなんとなくイケてたので、少し確かめたくなった。

 ナンパとか、そういうんじゃなくて、純粋な好奇心のつもり。

 顔を上げないかなと、わざとゆっくり靴紐を結びなおしてるうちに彼女の肩が小刻みに震えているのに気が付く。

 ……泣いてる?

 こんな時、普通そっとしとくものだったんだろうか。

 でも、そんなこと思いつかないうちに、俺は声をかけていた。


「大丈夫?」


 背後に人がいるとは思っていなかったようだ。もうほとんどの生徒は帰宅している時間だし、残ってる一部の生徒たちは部活の真っ最中だし。

 彼女はびくっとして、ばっとに振り向いた。


「!」


 まず最初に目に飛び込んできたのは、大きな目。その目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれている。

 見事、といえるほどの泣き顔。

 それでも、その時俺はお間抜けに、ほらやっぱり美人じゃん、なんて思ってて。

 ハンカチ、とポケットに手を入れたときには彼女は走り去っていた。長い髪を背中で揺らしながら。

 取り残されたのは差し出したハンカチと、間抜け顔の俺。


 ……その時の彼女の顔が、今も忘れられない。

 大好きな映画のワンシーンのように。

 今も心によみがえる。




 俺は、泣き顔を見たせいか彼女のことが気になってしょうがなかった。

 どのクラスのなんて子なんだろう、と探し回った。

 入学式の日にフォーマルなワンピースを着ていたから、間違いなく一年だとは思う。だけど、彼女は一年のどのクラスでも見つけることはできなかった。彼女のように、長くて栗色の見事なロングヘアの子は誰一人としていなかったんだ。

 じゃあ違う学年か、と思い始めた矢先、俺は彼女を見つけた。

 HRが終わり、部活のため体育館に行こうとしたとき、隣のクラスから彼女は出てきた。

 ―――――― 最初はわからなかった。

 カジュアルな服を着ていたからとか、泣き顔じゃないから、とかじゃなく。目印に、と探してたロングヘアじゃなかったからだ。ばっさりと、ショートヘアと呼べるほど短くヘアカットしていた。

 彼女は友達と楽しそうに笑っていた。

 あのときの泣き顔ほどのインパクトはなかったけれど、彼女の笑顔はとても綺麗で……。

 ショートヘアにしても、彼女は人目を引くほどの美人。うちのクラスの男子の中ででも時々話題になるほど。調べなくても、彼女についての情報は自然と入ってきた。

 彼女の名は姫宮千鶴。そして、よくしゃべって、よく笑って、にぎやかな子らしい。

 俺はなぜかほっとした。

 第一印象で感じた、涙腺の弱いはかなげな子ではないと知ったからだろうか。

 だからもうそれで、気にする必要もないと自分に言い聞かせた。




「秋本♪ 宿題やった?」

「……」


 隣の席で姫宮千鶴がにっこり笑ってそう言った。



 2年になって文系理系とコースが分かれるためクラス編成が行われ、俺、秋本直樹と姫宮千鶴は同じクラスになった。

 そしてたまたまくじ引きで俺と彼女は『お隣さん』になった。

 少しばかり戸惑ったのは認める。でも、まあその時もあまり考えないようにした。一部の男子が彼女の隣を狙ってたらしいとか、後で聞いたときも。

 教室の最後列窓側。何気に一番いい場所。

 ぽかぽかとあったかい日差しの中、ハードなバスケ部の練習のツケが授業中の居眠り、という形で幾度か現れる。

 ま、先生に睨まれるのはもちろんヤだけど、眠いし、しゃーないや、と開き直る覚悟があったにもかかわらず、未だ、注意を受けたことはない。

 それというのも……、いつも絶妙のタイミングで姫宮に助けられた。


「消しゴム貸して?」


 とか、


「今日は天気いいね」


 とか。

 すごくくだらないことを言って、俺の眠りを妨げるから内心イライラしてたけど、その後に限って先生が横に来たり、問題当てられたりするから、そのうち気づいた。

 もしかして、助けられてる?俺?


「……いつも悪いな、今日昼飯おごるわ」


 いつだったか、ぼそっとそう言ったら、笑顔が返ってきた。


「ラッキ☆」


 そんな風にして、俺は姫宮と友達になってしまった。




「数学の宿題見るよね?……B定食でいいから♪」

「自分でやった」

「えーーー、じゃ、私のお昼は?」

「知るか。毎日たかられたんじゃこっちはたまらん」

「ぶーぅ」


 姫宮は、男の前でも自分を飾らない。それは俺の前でも同じこと。

 顔の造形が人より出来がイイ、きっと本人も分かってると思うけどそれを鼻にかけることはない。気取らず、飾らず、そっけないほどあっさりとした性格。だから男にもモテルし、女にもモテル。

 ―――――― 時々思う。

 あの時、泣き顔を見た人物とホントに同じヤツか?




「姫宮」


 6月のある日。昼飯を食べ終わって、姫宮とくだらない話で盛り上がってると、ドアのところで誰かがそう呼んだ。

 ふっと、姫宮がそちらを見た。がたっと大きな音を立ててあわてたように立ち上がる。


「……?」


 見上げると、姫宮の顔から笑みが消えていた。誰だ?と思ってそっちを見たら、上級生らしき男が立っていた。


「……三上先輩……」


 姫宮は指先を噛んで、それからちらりと俺を見てから、またすぐに視線をそらした。


「……ちょと、行ってくる……」

「ん?……ああ」


 俺の返事が聞こえたかどうか。姫宮はその三上という先輩に駆け寄り、そのまま二人してどこかへ姿を消した。


「直樹、姫宮ちゃん浮気?」

「……」


 同じクラスで、なおかつ同じバスケ部の中山が、おどけて声をかけてくる。

 こいつは何かにつけて俺と姫宮を『そーゆー』関係にして、からかう。俺はだまったまま机の上にあった教科書で殴った。


「おー、こわ」


 中山はニヤニヤ笑いながら自分の席へ戻っていった。

 ……あの男、姫宮のなんだ?

 それにしても、姫宮のあんな顔は初めて見た。いつも笑ってるのに……。



 姫宮が戻ってきたのは5限目が始まる寸前。チャイムの音と同時にあわただしく席に着いた。うつむいて、一度も俺のほうを見やしない。

 まるで声を掛けるなというオーラでもあるかのように、俺は声をかけられなかった。

 うつむく、暗い表情。姫宮は泣き腫らした目をしていた。

 それを見てしまった俺は、心が泡立つのを止められなかった。

 ―――――― その日はそれきり、姫宮は誰とも話をせずに下校した。




 クラブの最中、俺は姫宮のことばかり考えていた。

 何で泣いてたんだろうとか、あの男とはどういう関係なのか、とか。


「秋本、おまえなにぼーっとしてんだ!突っ立ってるだけなら、帰れっ」


 怒鳴り声のほうへ顔を向けると、シュッ、とボールが飛んできた。

 あぶね。

 バスケットボールは顔面直撃するとかなりのイタイ。どうにか寸前で受け止める。


「ったく、今日のオマエどうかしてるぜ」

「……スンマセン」


 部長のお叱りに、返す言葉もない。

 夏に大きな試合を控えてるから、ここ連日実にハードな練習。みんないっぱいいっぱいだけど、どうにかやってる。

 このままじゃ俺、足手まといにしかならない。

 頭ん中でぐるぐる回ってるのは、姫宮の泣き顔。

 またあんなふうに、どこかで一人で泣いてるんじゃないか。

 そう思ったら、いてもたってもいられなかった。


「頭、冷やしてこいや」


 天の声。……いや、部長の声。


「すんません、そうさせてください。きっと……明日の朝にはすっきりしてますから」


 そう言って、頭を下げた。そして、自分のスポーツバックを抱えてさっさと体育館を出た。

 あとで聞いた話、ちょっと休憩して来い、のつもりで言ったらしい。俺はそれに気づかず、さっさと練習やめちまって大爆笑になったとか。

 まあ、実際あのまま練習したってみんなの邪魔にしかならなかっただろうから、どう思われようといい。かまうもんか、と。

 とにかく、その時の俺にとって姫宮のことが最優先事項だった。




 俺はいったん荷物を置きに家へと戻り、部屋をひっくり返して姫宮の連絡先を探した。

 担任から配られた住所録。電話番号も載ってたが、とりあえず姫宮の家の近くまで行くことにした。

 姫宮の家は俺の家から自転車で30分ほどのところ。

 あまり詳しくない地域なので少々手間取ったが、何とか見つけることは出来た。

 マウンテンバイクから降りて、2階を見上げる。

 たいてい子供の部屋は、2階。

 ……レースのカーテンの向こうにぬいぐるみのある窓を見つけた。

 兄がひとりいるだけだと聞いたことがあるから、多分姫宮の部屋に間違いないと思う。

 俺はほんの少し迷っただけで、すぐにインターホンのボタンを押した。

 ここで躊躇してるようじゃ、話にならない。部を抜けてまできたんだ。

 なんとしても、姫宮の涙の訳を聞きだしてやる。

 そして、いつものあの笑顔を見て安心してから帰ろう。

 なかなか応じないので、留守かな、と思って2階の窓を見上げると、彼女はそこにいた。

 よくは見えないが、窓越しに心底驚いたふうの表情。

 俺は軽く手をあげてから、人差し指で『来いよ』とジェスチャーした。

 窓からその姿が消え、しばらくしてから玄関のドアが開く。


「秋本……、どうして……」


 俺の心配は的中した。

 姫宮の目は真っ赤になっていて、ついさっきまで泣いてたらしいと想像つく。


「……ごめん。みっともない顔してるでしょ?」


 何も言わない俺に、申し訳なさそうに姫宮が言う。

 そこで、ようやく俺はひとつのことに気がついた。

 ただの友達、いやクラスメートである俺に、姫宮の泣いてる理由を聞き出す権利なんてあるのか?


「秋本、どうして私のうち知ってるの?」


 そう言ってから俺が握っている住所録に気がつく。


「えっと、何か用? 電話じゃ、すまないこと、なんだよね」


 近くまで来たから、なんていい訳は今さら通じない。


「いや、別にたいしたことないんだ。……明日学校ででも言うよ」


 今夜一晩考えれば何かいい言い訳が考え付くだろう、と苦肉の策。

 多分、うまく笑えてなかったんだと思う。姫宮はじっと俺の顔を見てた。


「もしかして……、違ってたら、アレなんだけど。……心配してくれたの?」


 伏目がちで、小さな声だった。

 突然、目の前の姫宮が、とても小さくて心細げに見えた。

 抱きしめたい。

 そう思った自分に驚く。


「……もし、いやじゃなかったら寄ってかない?……お茶ぐらい出せるよ」


 泣き笑い?

 一生懸命笑おうとしてるんだと思う。だけど、今にも泣きそうな表情。

 心細いのか?

 俺がそばにいることで少しでも力になれるとしたら……。


「……姫宮がかまわないなら」


 俺は姫宮について、家の中に入った。




 姫宮の部屋に通されたが、本人はお茶の用意だとかで階下に降り、俺は一人にされた。

 女の子の部屋に入ったのは正直初めてで、妙に居心地悪い。さすがに俺の部屋とは雰囲気が違いすぎる。

 俺の部屋は家具を黒で統一しているせいで冷たい印象だけど、姫宮の部屋はその反対。家具が白で統一されてあって、クッションやベッドカバーなどがブラウン系で優しい印象。出窓のところにぬいぐるみが並び、テーブルに花が飾られてたり、ドレッサーがおいてあったり。

 俺がチェストの上に飾ってあるいくつもの写真立てを見ているときに、彼女は戻ってきた。


「紅茶でもかまわない?」

「ああ、なんでもいい」


 そう言って振り向くと、彼女があわてたようにこっちに寄って来るところだった。

 そして、一番真ん中にある写真立てを取って、後ろ手に隠した。


「……見た?」

「え、いや。……クラス写真じゃないのか?」

「あ、うん、そう。そうよ」


 そう言ったくせに、姫宮はそれを元のところには戻さずに、勉強机の引き出しにしまった。


「?」

「あ、気にしない気にしない。座って?」


 小さなテーブルをはさんであちらとこちら、向かい合わせに座った。


「「あのさ……」」


 言い出した言葉が重なって、俺たちは再び黙り込んだ。

 気まずくて窓の外の空を見ていると、姫宮から話し出した。


「昼休みにね、教室に来た人。中学の時の先輩なんだ……陸上部の」

「無理に話さなくてもいいぞ?」


 俺がそう言うと、姫宮は笑った。でもその笑顔は曇って、そのまま泣き顔になった。うつむいた目から、大粒の涙が溢れてくる。


「……先輩が好きだったの。だから高校も追いかけた。……でも、先輩には付き合ってる人がいた。だからっ、あたし……」


 小さな肩が、しゃくりあげるのと同時に揺れる。


「泣いたけど!いっぱい泣いたけど……。ちゃんとあきらめることが出来た。……なのに、なのに、今さら、……先輩に好きだって言われても……」


 姫宮の泣き顔を見るのは二度目だ。

 ぼんやりとその光景を目にしながら、どこか違和感を感じていた。

 あの時、俺の心に焼きついた美しい泣き顔とは、どこかが違う。


「あたし、悔しくて。私は……もう先輩のこと好きじゃないから。……ちゃんと断ったのに、先輩は、無理やり……」


 無理やり……?

 俺はテーブルの下でこぶしを握り締めた。ぎりっ、と歯を食いしばる。


「わたし……、何であんな人のこと一瞬でも好きだなんて思ってたんだろうって、悔しくて……」

「……そいつ、オマエに何したんだ?」


 ふつふつと、うちからこみ上げてくるどす黒い感情。

 一瞬だけ見たあの男が、姫宮に何かをした。……そう思ったら……。


「無理やり……キス……されたの」

「……ってやる」

「え……?」

「なぐってやる、そいつ! 名前は? 家は? いや、クラスでもいい。……俺が殴ってやる……!」


 部屋を飛び出さんばかりの勢いで立ち上がった俺を。姫宮はぽかんとした顔で見つめた。


「……秋本……」


 そこで、俺はようやく自覚した。


 ―――――― 俺は姫宮のことが好きなんだ。




「何で、秋本がそんなに怒るの……?」

「……」

「……友達だから?」

「……」

「……ね、答えて」

「……」


 俺はどう言えばいいか分からなくて、もう一度座った。目の前においてあるアイスティーを一気に飲み干す。


「秋本?」


 姫宮がひざをついたまま、テーブルのこちら側にやってきた。

 俺のすぐそばまで近づいて、涙に濡れた目で覗き込んでくる。


「……友達、だから」

「……」

「そのほうがいいのなら、そういうことにしといてくれないか、頼むよ」

「それじゃやだ。友達として心配してくれてるだけなら、このまま帰って」


 俺は両手で顔を覆った。……ダメだ。


「泣いてるお前を置いて帰れるわけないだろ」

「……」


 姫宮は俺の言葉を待ってるように思えた。

 長く息を吐き出してから、姫宮をまっすぐに見る。


「俺以外の他の男がお前に触れたかと思うと……」


 姫宮の手が俺の手に重なる。

 かすかに震えている手。わずかに込められた力の意味。


「俺は。……オマエのことが好きだから……」


 重ねてきた手が、きつく俺の手を握り締めた。


「あんなことさえなかったら……。今日が一生忘れられないぐらいうれしい日になるのに」


 彼女が小さくささやくように言った。


「あたしも。……あたしも秋本のことが好きなの」


 小さいけれど、今度ははっきりと彼女はそう言った。


「先輩には好きな人がいるから、ってちゃんと言ったの。……なのに……」


 ―――――― 悔しくてたまらない。そう言う姫宮の肩が、震えてる。

 俺は姫宮を傷つけたそいつのことが憎くてたまらなくなった。

 本当に殴りつけてやりたい。……だけど、そうしたところで姫宮の心はきっと晴れやしないんだろう。

 もっと早く、自分の気持ちに気づけばよかった。

 こんなことがきっかけで気づくなんて。―――――― 俺は大バカヤロウだ。


「忘れろよ」

「……そんなカンタンに忘れられないよ。……初めてだったのに」


 彼女の手を握り返す。

 俺を見た彼女の表情を確かめながら、ゆっくりと抱き寄せる。

 腕の中。

 彼女はこわばらせた身体の力をゆっくりと抜いていく。

 細く小さく、やわらかな彼女の身体。

 彼女の心の痛みが少しでも和らげばいい。そう願いながら。




 どれだけの時間、俺と姫宮は寄り添っていたのだろう。

 彼女がつぶやいた。


「忘れる。……努力をする。だから、秋本も協力してくれる?」

「俺にできることなら何でも」


 俺が腕の力をゆるめると、彼女が身体を離した。


「秋本にしかできないこと」


 まだ少し泣きはらした目もとが痛々しいけど、彼女に少しの笑顔が戻ってきた。


「キスして?」


 ……おいおい、俺の心臓止める気か?


「あ、あの……別に今すぐじゃなくてもいいし。それに、いやならいいのよ?」


 俺が固まってしまったのを、彼女は変に誤解したようだ。

 ただ、俺は心を見透かされたようで、驚いただけなのに。

 笑顔が曇って、不安そうに俺を見る姫宮。

 俺は笑ってしまった。


「……秋本?」

「いつもオマエには笑っててほしい。確かにきっかけは泣き顔だったけど……」

「……?」

「初めて会った日のこと。覚えてる?」

「…………」


 彼女が黙った。

 俺はゆっくりと顔を近づけた。彼女は抵抗しない。ただ、そのまま目を閉じた。

 赤くなった目もとに唇をつける。

 涙の筋を通って。

 唇に重ねた。

 一度離して。

 それから今度は少し強く押し付けた。


「……んっ」


 唇を離すと、彼女はものすごく恥ずかしそうに笑った。


「……私、これを初めてにするから」


 ?


「秋本とのコレがファーストキス。そう決めた」


 うわー……。そんな可愛い顔して、そんな可愛いこと言うなよ~……。

 どうしても緩みそうになる口元を、ムリヤリ引き締めた。

 姫宮は自分なりに気持ちの整理がついたのだろうか。ぐっと気合入れるようなポーズをした後、くりんと俺のほうへ向き直った。


「さっき秋本言ってたけど。初めて会った日って」

「あ」


 少しづついつもの笑顔になってきた姫宮。にこっと。


「私。ちゃんと覚えてる」


 彼女はまっすぐに俺を見て言った。


「入学式の日でしょ?声かけてくれたよね……?」


 びっくりした。

 ほんの一瞬だったし。まさか彼女が覚えてるとは思わなかったから。


「変なとこ見られた、ってずっと気になってたから。たぶんきっと……それからちょっとずつ好きになっていったの」


 彼女は立ち上がって、机の引き出しから何かを取ってきた。


「これ」


 彼女が差し出したもの。

 それは先ほどかくしたクラス写真の入ったフォトスタンドだった。

 後列のほうに俺が写っている。

 そうそう。

 そして、姫宮の姿を探したけど……どこにもいなかった。


「これ……」


 よく見ると、その写真は1年のときのものだった。


「1年のときは隣のクラスだったんだよね。一番最初に手に入れた写真なんだよ?」


 彼女の指が、写真の中の俺をなぞる。


「……びっくりした?」


 彼女が笑う。



 彼女に話したいことがたくさんある。

 あの日の泣き顔が今も忘れられないこととか。

 その時からずっと気になってたこととか。

 バスケ部の練習を見に来る彼女の姿をいつも探してたこととか。

 ……まあ、これから話す機会もあるだろうから。

 今はとりあえず。彼女の笑顔が見れたからいっか。



「秋本?」

「いつもいつも笑っててほしいな、と思って」

「それじゃ、私バカみたいじゃん」

「泣いてるよりいいよ」

「そう?」


 そう言いながらもうれしそうな笑顔。


「じゃあ、私を泣かすようなことしないでね」

「……努力シマス……」

「ハイ、してください!!」


 いつものより、とびきりの笑顔が返ってきた。

 つられて俺も笑顔になる。




 確かにきっかけは泣き顔だったけど。

 ―――――― やっぱり笑顔が一番だ、と思う。





昔はね、クラスの連絡先の一覧とか新学期にもらったんだよ?

今じゃ考えられないことだけど(遠い目


過去サイト初出2002/10/11

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