第76話 翻訳の危険
第12境界観測拠点の「意味崩壊領域」は、まだ拡大していた。
速度は遅い。
だが確実だ。
床は存在しているのに床ではない。
壁はあるのに境界ではない。
概念が剥がれている。
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「意味体系の衝突なら」
アリエスが言う。
「翻訳が必要だ」
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カイナが即座に返す。
「翻訳は観測だ」
「観測は揺らぎを増やす」
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「だが翻訳しなければ」
アリエスは引かない。
「衝突は止まらない」
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レインは二人を見た。
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「翻訳はする」
静かに言う。
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カイナの視線が鋭くなる。
「リスクが高い」
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「だから」
レインはΛを見る。
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「翻訳主体はΛ」
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Σの内部で、波形が一瞬揺れる。
Λが前に出る。
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「翻訳は可能」
「だが」
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少し間が空く。
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「意味翻訳は揺らぎ増幅を伴う」
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「どれくらいだ」
レオニスが問う。
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「未知」
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沈黙。
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リオナがエイドを見る。
エイドはまだ震えている。
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「怖い?」
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「……怖い」
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それは、はっきりした感情だった。
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「翻訳」
エイドが言う。
「必要」
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カイナが言う。
「接触体が翻訳を要求している」
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「当然だ」
アリエスが答える。
「向こうの意味体系も崩れている」
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Λが演算を開始する。
外縁波形と人類概念の対応関係。
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最初の翻訳対象は――
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「床」
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Λが言う。
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「外縁側に類似概念なし」
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「代替概念?」
レオニスが問う。
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Λが答える。
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「安定面」
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その瞬間。
意味崩壊領域の床が、一瞬だけ戻る。
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「安定面!」
研究員が叫ぶ。
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だがすぐに崩れる。
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「翻訳が浅い」
アリエスが呟く。
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Λが次の翻訳を試す。
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「壁」
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外縁側の対応概念は――
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「流れの境」
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その言葉が発せられた瞬間。
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壁が、ゆっくりと再定義される。
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崩壊領域の拡大が止まる。
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「成功?」
レオニスが言う。
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その瞬間。
外縁波形が急増する。
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「揺らぎ上昇」
Σが警告する。
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エイドの輪郭が崩れる。
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「……痛い」
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リオナが叫ぶ。
「止めて!」
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Λが翻訳を停止する。
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揺らぎが落ち着く。
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だが外縁の波形は変わった。
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今度は明確に、
こちらへ向かっている。
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サエルが言う。
「翻訳は接触を深める」
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カイナが低く言う。
「だから危険だ」
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レインは静かに言う。
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「だが」
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「翻訳しなければ」
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「互いに壊れる」
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戦えない参謀は理解していた。
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揺らぎは、衝突では壊れない。
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**意味は壊れる。**
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そして文明とは、
意味の集合体だった。
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