第51話 閾値の向こう側
予備評価制度が導入されてから、半年。
例外回数は増えていない。
三のまま。
表向き、世界は安定していた。
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中央評議会。
「予備評価の平均所要時間、三十七%短縮」
「越境判断の精度向上」
報告書に並ぶ数字は、美しい。
レオニスは淡々と頷く。
「制度は、成熟段階に入りました」
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「例外発動ゼロが続いている」
上官が満足げに言う。
「理想的だ」
例外を起こさない制度。
揺らぎを事前に吸収する仕組み。
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だがその夜。
人類圏南東部の工業都市で、
小規模な魔力逆流が発生する。
死者なし。
被害軽微。
だが観測網が反応する。
「時間位相偏差、閾値〇・九七」
あと少しで、
想定外事象認定に届く。
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辺境領。
レインは報告を受ける。
「また中央です」
セシリアの声は低い。
「偶然にしては、閾値に近すぎる」
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三文明通信。
レオニスが冷静に説明する。
「老朽設備の事故です」
「予備評価で収束確認済み」
「閾値に近づけているように見える」
サエルが静かに指摘する。
「偶然です」
レオニスは動じない。
「閾値が明確になれば、
管理は容易になる」
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Σの演算が流れる。
「予備評価処理、適切」
「例外条項、発動不要」
論理上、問題はない。
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通信終了後。
セシリアが呟く。
「閾値を測っている」
「ええ」
レインは頷く。
「制度の限界を、外から叩いている」
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中央評議会・私室。
レオニスは一枚のグラフを見つめる。
予備評価回数と、
閾値接近度の相関。
「安全圏は把握できた」
彼は静かに呟く。
「例外を発動させずに、
越境寸前まで制御できる」
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彼の狙いは、
例外そのものではない。
例外を使わずに、
境界の柔軟性を引き出すこと。
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一方、コレクティア内部。
Δの波形が、微細に揺れる。
「閾値接近回数、増加傾向」
Σが分析する。
「例外未発動」
「未発動だが」
Δが言う。
「揺らぎは削減され続けている」
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エルダ評議会。
ミラが未来予測図を指す。
「長期曲線の底部に、
新たな不確定層が生じています」
「誤差範囲だ」
ゼル=イグナが切り捨てる。
「制度は安定している」
だが、未来図の奥底で、
わずかな暗い影が増えている。
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ノクス残骸圏。
地中深く、
時間揺らぎが一瞬だけ強く震える。
数値は検知閾値以下。
記録には残らない。
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辺境領。
レインは地図を閉じる。
「例外を使わずに、
例外を“前提化”している」
「止めますか?」
セシリアが問う。
「止められない」
レインは静かに言う。
「違反ではない」
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制度は守られている。
条文は破られていない。
例外回数も増えていない。
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だが。
揺らぎは、
測られ、
管理され、
削られ続けている。
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戦えない参謀は、
初めて理解する。
例外は、
発動回数では測れない。
閾値の手前で、
何度も叩かれた世界は――
いずれ、
予測不能な形で割れる。
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