第49話 制度の試験
中央評議会地下、第七実験区画。
円形の魔導炉が、静かに脈動している。
「出力、基準値の〇・三%」
「位相安定、維持」
研究員たちの声は落ち着いていた。
これは危険な実験ではない。
理論上は。
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制御卓の前に立つレオニスは、静かに数値を確認する。
「魔力循環を、わずかに偏らせてください」
「偏差、〇・〇五追加」
歪みが、ほんのわずかに生じる。
空間が震えるほどではない。
だが――。
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「時間位相、〇・〇二ずれ」
研究員が息を呑む。
「想定外事象判定、グレーゾーン」
レオニスは微笑んだ。
「境界は、測るためにある」
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数秒後。
観測塔に警告が上がる。
「局所時間流速、不一致」
別系統の監視網が反応する。
「三文明観測網、異常値共有」
データは自動で同期される。
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辺境領。
レインは報告を受け、眉をひそめた。
「震源は?」
「人類圏中央部、実験区域付近」
セシリアが低く言う。
「自然発生ではありません」
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エルダ未来観測院。
サエルが予測図を見つめる。
「分岐、微細だが増加」
百年後への影響は小さい。
だが、ゼロではない。
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コレクティア演算核。
「想定外事象判定、成立可能性六十三%」
Σの声が重なる。
「例外条項、発動条件接近」
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地下実験区画。
歪みは、ほんの一瞬だけ拡大する。
魔導炉の周囲で、時間が波打つ。
作業員の影が、二重に揺れる。
だが、制御は維持されている。
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「十分です」
レオニスが告げる。
「収束させてください」
出力が戻る。
歪みは消える。
残るのは、記録だけ。
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数分後。
三文明緊急通信が開かれる。
「意図的操作の可能性を確認」
レインが静かに言う。
「実験の一環です」
レオニスは落ち着いて答える。
「危険性は極小。収束も確認済み」
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「想定外認定に近づけた」
サエルが指摘する。
「結果として、境界越境条件を満たしかけた」
「満たしてはいません」
レオニスは即座に返す。
「条文第一条四項、境界の物理的意味喪失には至っていない」
正確だ。
違反はしていない。
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Σの演算が静かに流れる。
「協定違反、確認できず」
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レインは、画面越しに青年を見つめる。
冷静。
理知的。
悪意はない。
「何を試したのですか」
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レオニスは一拍置いて、答えた。
「制度の強度です」
空気が止まる。
「例外条項は、想定外に耐えるための設計」
「ならば、想定外の閾値を把握すべきでしょう」
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「人工的に揺らぎを起こすことで?」
セシリアが鋭く言う。
「小規模です。制御下です」
レオニスは揺れない。
「制御できる揺らぎは、脅威ではない」
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レインは、静かに問い返す。
「制御できると、どうして言い切れる」
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「数値で示せます」
レオニスの瞳は澄んでいる。
「例外は危険だと言う」
「だが危険とは、測れないものを指す」
彼は淡々と続ける。
「今回の実験で、発動閾値が明確になった」
「境界線の耐性も確認できた」
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沈黙。
協定は破られていない。
例外も発動していない。
だが。
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「揺らぎを、利用する気ですか」
レインの声は低い。
「利用ではありません」
レオニスは微笑む。
「最適化です」
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通信が終わる。
辺境領の執務室に、重い静寂が残る。
「合法です」
セシリアが呟く。
「ええ」
レインは頷く。
「だからこそ、厄介だ」
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ノクス残骸圏の微細な歪みが、かすかに震える。
揺らぎは、制御されている。
だが、削られ始めている。
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戦えない参謀は、理解した。
制度は、完成した瞬間から
次の最適化の対象になる。
例外は、管理される。
管理された例外は――
やがて、常態になる。




